第三十話-かつての黄金都市-
三方向に散って悪魔を倒した俺たちは、エルドラド地下都市前の廃屋に戻って来ていた。
一番乗りはクロウさん。
次が俺とマナで、バナーとアサギ、ヨシキリくんとサザナミくんの四人は一緒に帰って来た。
「よーうバナー少年。その後は身体に不調は無いかな?」
「…え?」
「ん?俺だよ。クロウだ」
「…えっと…どなたっすか…?」
「…え?」
クロウさんがゆっくりと俺たちを振り返る。
俺とアサギはゆっくりと顔を見合わせる。
そう、俺たち二人はクロウさんがバナーを救ってくれたのだ、という事を話していなかったのである。
あの森を出た後はクロウさんを探す為にバタバタだったし、学園に帰った後も任務の報告だなんだと慌ただしく、なんとなくクロウさん達三人の事をバナーに話さないままになってしまっていた。
そんなこんなの事情を説明した後、俺は頭を下げていた。
「す、すみません…!!」
「あー、もういいって。事情は分かったし。こっちこそごめんな!」
カラカラと笑いながら許してくれたクロウさんは、狭い室内を走り回るサザナミくんを捕まえて羽交い締めにしている。
「あの、クロウさん」
「お、バナーくん。さっきの繰り返しだけど、この二年間で身体に不調はあったかな?」
「いえ、至って健康そのものです!その節は本当にありがとうございました!!」
「おーおー、元気いっぱいだな!ま、今後何か不調があったら何でもいいな。君らの事はタダで診てやるよ」
「へえ。珍しいですね、クロウ先生がタダで診察だなんて。そんなに彼らの事を気に入ったんですか?」
「よしてくださいよヤージュ先生。ただ俺は、彼らの分の診察代はナオに請求すりゃいいって考えてるだけなんで」
「うわぁ、せんせー、また悪いカオしてるよ?」
「黙ってろサザナミ」
クロウさんにサザナミくんが余計な事を言って叱られ、それを見るヨシキリくんが苦笑しながら嗜める。
あぁ、二年前にも見た光景だ。
なんだか落ち着く。
あれ?そういえば…
「それで?クロウ先生たちは何故この国に?」
俺が聞きたかった事をヤージュ先生が聞いてくれた。
「ん、それについてはですね、一先ず偵察隊が戻って来てからにしましょう。そろそろ戻ってくるんですよね?」
「そうですね、フマイン先生が戻ると約束した時間まであと少しです」
それからしばらくして、フマイン師匠、グラディオさん、アヤネさんが戻って来た。
かなり奥まで行ってみたが、地下に魔物や妖異の類は見かけなかったという。
「ふむ、それもまた妙な話ですね。人の手入れがされていない地下空間なんて、簡単に魔物が生まれる条件が揃ってしまうのに」
「その件に関してはグラディオさんが思い当たる節があるそうです。グラディオさん?」
「はい。以前お話したように、このエルドラドはこの国最大の鉱山都市でした。この国がまだエルフや人間やドワーフや、その他様々な種族の共同体を形成していた頃、平和な国に付き物な者たちもまた、多く存在していたのです」
「犯罪者たち…」
「そう。ユウくんの言う通り、この街は文字通り宝の山です。通常の鉱石は勿論、銀や金、果ては宝石や魔石も採掘されていました。盗掘しようとする輩は後を絶たず、街の代表者たちは話し合いの結果として、盗掘対策の仕掛けを坑道に施していったのです。最初はドワーフの技術を活かしたブービートラップばかりだったようですが、そこにエルフやハーピィ、竜翼人などの亜人族の知識が加わり、魔法や幻術、槍を持ちながら火を噴く石像などが追加されていき、自分たちが採掘する為に苦労する程だったとか」
「なにそれ!変なの〜」
マナが声を出して笑っている。
話を聞いていた他のみんなも、その可笑しな光景を想像したのか、ほんのりと笑っていた。
「ということは、洞窟内で発生した魔物はその侵入者用のトラップによって退治されている、と?」
「おそらく。ですが、私たちが先程探索したのは、坑道部分だけです。他に生活用の通路があったはず。そちらにはトラップは仕掛けられていないかもしれません」
「その道は?」
「見つけられませんでした。もしかしたら、見つけられないように隠す魔法が使われているのかも」
「なるほど、その魔法自体がトラップになっている… ではやはり、みんなで行ってみましょうか。最高のタイミングでクロウ先生が合流しましたし」
「おう。探索なら俺達に任せとけ。魔法解除もお手の物だ」
「よろしくお願いします。ではクロウ先生、先程中断していた、先生たちがここにいる理由を教えていただけますか?」
「まぁ理由も何も、ナオに頼まれたからってだけですわ。ちょうどこの大陸のすぐ隣の国にいたからすぐ着けたし。それに二年前のあの小僧供に力を貸すって事なら、無碍に断る訳にもいかねぇからな」
ニヤッと笑いながら俺たちを見る。
いつのまにこんなに気に入られたのだろうか?とも思うけど、それはまた今度聞こう。
「ただし、他にもいるナオの子飼いじゃなくてわざわざ俺を向かわせたのには理由がある。それが、全員揃ってから話したかった部分だ。みんなよく聞いてくれ」
そしてクロウさんは語り出す。
これから俺たちが成さねばならない事を。
☆★☆★☆
クロウさんの話を聞いた俺たちは、暗くなる前にと坑道への侵入を試みた。
グラディオさんたち三人が偵察をした際は、トラップに引っかからないようにかなり静かにゆっくりと移動したらしい。
だが俺たちにはあの町の住人の人たちが付いてきている。
遠回りして時間をかけたくはなかった。
でもその心配は全く無用だったのだと、思い知る事になる。
「次来るぞサザナミ!」
「はーいまっかせてー!! とあー!!」
槍を持つ魔導人形を振りかざした槍ごと飛び蹴りで粉砕するサザナミくん。
その向こうでは、壁から飛び出してきた無数の矢をヨシキリくんが全て叩き落としている。
そしてクロウ先生はというと、凄まじい精度の魔力感知によって次から次へと起動するトラップの全てを把握し、先回りして壊したり、安全に回避できる場所を指示したり。
こうして、襲い来るトラップの数々はクロウ先生、サザナミくん、ヨシキリくんが全て撃退し、俺たちは後方まで飛んでくる石の破片などをペシッと手で落とすだけの簡単なお仕事だった。
そうして突き進んだ結果、俺たちはとても開けた空間に出た。
それまでの道は、壁は朽ち、地面は陥没し、更に様々なトラップが襲い掛かってくるという散々なものだったが、この空間は違う。
松明は今点けたかのように赤々と燃え盛り、建ち並ぶいくつもの建物や道は綺麗にその外観を保っている。
「ここは…」
「この空間こそ、真のエルドラドだ」
結界の町の人たちは、今もまだ無事である建物に入っていく。
ヤージュ先生やヨシキリくんたちが同行し、当面の間の宿泊地として場を整えていく。
彼らがそれぞれ寝る場所を定めていくのを見ながら、俺たちは街の入口近くにあったテーブルとイスを使って腰を下ろした。
さっきのグラディオさんの言い方を疑問に思ったのか、バナーが続きを促した。
「真のエルドラドって? 上に建っていた街並みはエルドラドじゃないんすか?」
「もちろんあっちもエルドラドさ。だけど上の方は観光客用の街。この街が鉱石で利益を上げていき人が集まりだすと、地上部分だけでは手狭になった。
そこでドワーフ達は考えた。
自分達が一日の終わりに息をつける場所をどこかに作ろうと」
「あぁ、だから酒場みたいになってるんだ」
俺たちは周りを見回した。
木で出来たカウンターや大きなテーブルとイス。
テーブルはこうして俺たちが使っているように、建物の外にも並んでいて、空のジョッキがいくつか転がっている。
そして建物の壁際には大きなタルが並んでいて、おそらくその中にはお酒が入っていたのだろう。
「そう。観光客たちで賑わう街中では、ドワーフが好むエールを出す酒場にも自分達の席は無い。
そして選ばれたのがこの広大な空間だった。ここは元々は鉱石の集積地だったのさ。
その機能はそのままに、自分達がその日掘った鉱石を眺めながら酒を酌み交わし、好き勝手に寝る場所となった」
グラディオさんが指をさす。
その先には色とりどりの鉱石が無造作に積まれている。
「そして元々地上部分に住んでいた者達は段々と地下に移り住み、地上は歓楽の都として発展していった。
この国で唯一の、眠らない街だった。
でもそのせいで重要攻略拠点として認識され、フロスタル陥落後すぐ、北部にある港湾部と同時に悪魔たちの襲撃を受けてしまった。
逃げ惑う観光客たちをなんとか逃がそうとドワーフやエルフ、竜翼人たちも戦ったが、奮戦むなしく…」
沈黙が降りる。
そうか、だからこの地下の街には人影が一つも無いのだ。
つまり、遺体すらも…
悪魔たちは逃げ惑う人々を守ろうとする人を排除して、その上で無抵抗の人々に手をかけた。
どれだけの絶望だったのだろう。
グラディオさんやランドさんが地上部分に一切足を向けなかった理由が、今分かってしまった。
「つまり地上部分には今もまだ…」
「あぁ、その通りだよユウ君。この国にいた高位神官はみな居なくなってしまったからね。上は今や亡者の街。天へと導かれる事無くこの世に留まり続ける者達で埋め尽くされている」
「ひとつ、よろしいでしょうか」
フマイン師匠が手を挙げる。
「フマインさん?」
「先程グラディオさんは、エルドラドの住民は段々と地上から地下に移り住んだ、と仰った。僕たちが坑道に入った入口は地上の街のはずれにありましたよね。地上の中心街のほぼ真下にあるこの空間にそんなに大多数の人が移り住んでこれるでしょうか?荷物の運搬だけでも、鉱石を運ぶ事より大変そうです。何しろ引っ越しですからね。
それから、掘り出した鉱石を加工したものを地上の街で販売していたはず。その為にも地上と地下の行き来は簡単でなければならなかったはずなのです。
鉱山というものは出入口を複数作るもの。落盤などしてひとつが潰れた場合、出入口がひとつでは出られなくなってしまいますからね。
つまり、街のはずれにあったあの入口とは別の入口が他にも複数あり、かつその中のひとつは地上の中心街のへと通じていなければならない。オラトリオ伯からお聞きになったお話の中に、それに関する事はありませんでしたか?」
「…確かにその通りです。今にして思えば何故不思議に思わなかったのか… ですが仮にその道が見つかったとして、地上の街へと行くメリットは無いのでは?」
「いいえ。地下にこれだけのトラップを仕掛けた者達が、地上に何も作らなかったとは考えにくい。地上にもなんらかの防衛機構があるはずなのです。もしかしたら今でも役に立つものがあるかもしれない。これ以上あの住民の方たちを移動させるのは危険ですし、僕たちがフロスタルへ侵攻する際にこの街に残せる防衛要員は少ない。使えるものは全て使えるようにしておくべきです」
「フマイン先生に賛成です」
「ヤージュ先生。しかし地上は亡者が彷徨うゴーストタウンです。広範囲高等神聖術・神々の導きくらい使える者でなければ…」
「それを使える者はいます。そうでしょう?アヤネさん」
この場にいる全員の視線がアヤネさんに注がれる。
「アヤネ…?」




