第二十九話-悪魔の王-
俺がユウの言い方にイライラしながら担当の場所に着くと、既に戦ってるヤツがいる。
近くにある岩をブンブンと投げまくってるけど、空中にいるヤツにはカスリもしてない。
「もぉぉぉ!!!降りてきてせーせーどーどー戦えー!!!」
「おい」
「えっ?」
「念の為に聞くけど、あいつは悪魔か?」
「そう!あいつを倒してせんせーの所に行かなきゃなんだ!」
「せんせい?お前にも師匠がいるのか?」
「うんいるよ!!せんせーの1番目のジョッシュなんだ!」
「ジョッシュってなんだよ… でもまぁいいや。ならお前と俺の目的は同じって事だな!」
「キミもせんせーのためにアイツを倒すの?」
「うーん、まぁそれもあるけど、悪魔を倒す為にこの国に来たからな。俺はあいつを倒す。それだけだ」
「そっか。じゃあ一緒に戦おー!」
そこからコイツとの共闘が始まった。
つーかコイツとんでもねぇヤツだわ。
そこら辺にある岩とか石を思いっ切りぶん投げたかと思えば、地面に手を突っ込んで板みたいに引っぺがしてそのままぶん投げたりする。
悪魔が空中にいるから遠距離攻撃出来る方法を考えてやってるんだと思うけど、こいつのこの小さい体のどこからこんなパワー出てんだよ。
俺は俺で素戔嗚の炎を纏って、空中に浮かぶ悪魔に殴りかかりにいったりしてるんだが、この牛の頭をした悪魔、めっちゃ器用に避けやがる。
しかもこの悪魔の攻撃方法がまたイヤラシイ。
両手の掌から無数の何かを飛ばしてくるんだ。
最初は何かわからなかったけど、素戔嗚で弾いたら分かった。
骨だ。
こいつ自身の骨なのか、今まで殺してきたヤツの骨なのか、そんなのは分かんないけど。
つまり、こっちは二人でもなかなか攻撃が当てられないのに、あっちはこっちに当て放題だし避け放題。
「こんなもん…無理ゲー過ぎて草」
「え?草がどうしたのー?」
「あー、草が生えちゃうよねーっていうね…」
「? そうだね?」
コイツ、アホなんだな。
周り見渡しても草一本生えてねーよ。
つーかそもそもそういう意味じゃねーし。
…あ、ヤベ、イライラしてる。
落ち着け。
落ち着け。
師匠の言葉を思い出せ。
【心に一滴の雫を思い浮かべる。
雫が落ち、波紋が広がる。
その波紋が静まったら、自分の気持ちも鎮まっているだろう。】
ふぅー。
落ち着いてきた。
冷静になって状況を確認してみると、あの悪魔はそれほど強くない。
攻撃の狙いはお粗末だし、簡単に防御出来る。
問題はこっちの攻撃が当てられないって事。
俺はあいつの所まで跳べる。
だったら…
「おーい!」
「なにー?」
「お前の名前は?」
「俺はサザナミだよバナーくん!」
「あ?なんで俺の名前知ってんの?」
「さーてなんででしょー?」
ニヤニヤしながらこっちを見てくるアホ。
ムカつく。
「あとで説明してもらうかんな!!」
「いいよー!こいつを倒してからね!」
「おう!」
サザナミに簡単な事を頼んだ。
それは、今まで通りに岩とか石をぶん投げ続けてもらう事。
悪魔の注意がそっちに逸れている時に…
「俺はこっちだぜ!!!」
『!?』
【素戔嗚-紅蓮の型-牙王堕天】
サザナミが投げた岩の陰に隠れて空中へと跳んだ俺は、ついにこの拳で悪魔をぶん殴る事に成功した。
堕天は振りかぶった腕を相手の頭上から叩きつける技。
空中にいるヤツを地面に叩き落とす事も出来る。
右の拳にしっかりとヤツを殴った感触。
そのまま地面に向かって吹っ飛んでいく。
悪魔が地面に激突した瞬間、その身体がバラバラに砕けた。
俺もサザナミもポカーンとして見つめている。
「やった、のか?」
「わかんない…」
二人で恐る恐る近付いて行くと、バラバラになった骨の中から黒い塊が浮かび上がった。
ドクンドクンと脈動してる。
「これってまさか」
俺がコレの正体に気付いた時、足元に散らばっていた無数の骨がブワッと空中に巻き上がって黒い塊を覆い隠してしまった。
「だぁー!しくった!!」
「なになに!?アレなに!?」
「アレがあいつの核なんだよ!!アレをぶち壊さねぇとアイツは倒せねぇ!!」
そう言い合ってる間にも骨悪魔の骨がどんどんくっついていって、身体が
「なるほど!じゃあぶちこわそう!!」
「もう一回やんぞ!!」
俺とサザナミでもう一度同じ戦法を取ってみるが、さすがに同じ手を二度とは喰らわないようだ。
でも今の俺たちが取れる方法はこれしかない。
当たるまで、何度でも!!
…………………時は戻り、現在。
「ってわけだ」
「ワケダ!」
「それでいつの間にかこんな所まで移動してきてたって事なのね…本当あんたってバカよね」
「うっせーなー。お前こそあの牛頭を倒せてねぇじゃねーか」
「アイツの攻撃が重くて防げないのよ。速いから近付けないし。近距離パワータイプだけど近付ければなんとなるはず…」
「近付ければ、ね…」
私とバナーが視線を交わす。
じっと数秒見つめ合って、頷く。
それだけでお互いに伝わった。
なんか悔しいけど、この二年間は無駄じゃなかったって事ね。
「サザナミ!俺らはあっちの牛を相手にすんぞ」
「わかった!」
「ヨシキリくん、私たちはあっちの空中のを」
「分かりました。策があるんですね?」
「まぁ、ね。その為に、悪いんだけどちょっとだけ時間を稼いで欲しい。お願い出来る?」
「任せてください。実は僕、こういう事も出来るんですよ」
フワッ…とヨシキリくんが浮いた。
「ええ!?」
「力場の操作を精密に行えば出来る事なんです。ただ、パワーの消費量が多いので短時間だけですけど」
「分かった!すぐ終わらせるから!」
宙に浮かんだヨシキリくんが、凄い勢いで骨悪魔の元へ向かう。
悪魔は骨を飛ばして応戦しているけど、腕に作った力場でそれらを弾くヨシキリくんがそのまま接近戦に持ち込んだ。
すごい、これならいける。
私は私に出来る事を。
集中し、魔力を練り上げる。
「風よ 風よ 我が声を聞け 世界を巡りし空の息吹 我が意思に応えよ」
この世界に満ちる空気の中に潜む風の精霊。
彼らに語り掛ける。
この国は悪魔の侵略を受けて、地の精霊も水の精霊もかなり数を減らされてしまったけど、ここはあの霊峰スピラの麓。
山から吹き降りる空気は冷たさを纏いこの荒野を吹き抜ける。
つまりここには風がある。
その中には必ず精霊がいる。
全身の神経を研ぎ澄ませ、精霊たちに語り掛ける。
「…来た」
私の周りに風が集まる。
その中に確かに存在する風々流転のお調子者たち。
彼らは自分の楽しい事を常に考えている。
だから風属性の魔法には小規模なものが多い。
例えばこんなやつ。
「逆巻け風よ!かの者の浮遊意思を絡め取れ!! 」
【風の牢獄!!】
風の精霊はイジワル。
自分たちの他に空を飛ぶ者にイタズラする事もしばしばある。
彼らは対象の周りに強烈な下降気流を発生させて、地に堕とす。
そして暫くの間、空に浮くための力を作用出来なくしてしまう。
つまりもうこの骨悪魔は地面に囚われてしまった。
あとは…
「バナー!!」
「アサギ!!」
ここで俺たちが入れ替わる。
アサギたちが骨悪魔と戦ってた間、俺たちだってサボってたわけじゃねーからな?
俺とサザナミは牛悪魔を抑え込む為に動いてた。
確かに早くて重いけど、俺の素戔嗚なら防御出来る。
フマイン師匠の斬撃にも耐えられるようになってるんだ。
こんなザコの、しかも刃毀れしまくってる包丁なんざ弾けるに決まってる。
俺が包丁を弾き、そして生まれた隙にサザナミが飛び込む。
地面を引っぺがしてたパワーをそのままフルパワーで牛悪魔の身体の中心にぶち込んだ。
牛悪魔の腹が消し飛び、膝を折ってくず折れる。
そのタイミングで振り返る。
そして、アサギの声がして、俺の声が響く。
タイミングぴったりだ。
俺の目の前には地面に貼り付けにされた骨悪魔がいて、アサギの目の前にはデケェ身長が台無しになった牛悪魔がいる。
「「おおおおおおおお!!!!」」
俺は骨悪魔の核をぶっ壊して、アサギは牛悪魔の首を刎ねた。
それぞれの身体が灰になっていく二体の悪魔。
「はぁ、やっと終わった」
「なんだ?これしきで疲れたのか?」
「あの悪魔、合計で五回も倒したのよ。最初の一回はヨシキリくんがやってくれてたんだけどね」
疲れたは疲れたけどそれ以上に厄介だった、とアサギがため息混じりに言う。
「まぁ、そうな。こっちも厄介な相手だったわ。そろそろ俺らも遠距離攻撃の手段を考えねーと、かな」
「そうね。単独での任務も増えてきてるし。いつでもユウやマナが一緒にいるわけじゃないもの。攻撃手段の幅を広げるっていう意味でも、それは急務かもしれない」
「キュームってなに?」
「「うわっ!」」
「こらサザナミ!邪魔しちゃダメだろ!」
「えー?ねえヨシキリ、キュームってなに?」
「急務っていうのは…」
少し離れたところでヨシキリくんがサザナミくんに急務の意味を教えている。
ひとしきり説明されてもサザナミくんの表情にはハテナマークが張り付いたままで、ヨシキリくんはそれを見てため息をついた。
なんか、その二人の様子を見ていたら、私とバナーは可笑しくなってしまう。
顔を見合わせ、二人で声を上げて笑い合う。
なになにどしたのー?って言いながらサザナミくんが寄ってきて、ヨシキリくんは苦笑している。
なんとなく片手を上げて、四人でハイタッチした。
私たちの笑い声と共に、乾いた空にその音が響いた。
☆★☆★☆
この国のかつての名は風流るる国。
その中心に位置する王都・花都。
かつてエルフが繁栄を謳歌していた時代に完成した絢爛豪華な栄えある都。
しかし現在では、家々は焼き払われて骨組みの木々が残るのみ。
更に畑は枯れ果て、井戸は泥に埋まり、花々や木々は全て立ち枯れた、灰の都と化している。
その都の頂にある、華美なる王城。
そこに住まう悪魔の王は今、王の間にて玉座に座り、跪く悪魔を前に退屈な表情を隠そうともしていなかった。
『それで? ルドー。 お前はその子供二人に負け、おめおめと帰ってきたわけか?』
「も、申し訳ございません。ですがあの二人の子供はやけに強く、今まで戦ってきたエルフ族の者達とは全く違う魔法を…」
『もうよい』
右手をルドーに向け、横に動かす。
「ん…!?んー!!」
それだけでルドーの唇は上下が張り付き、それ以上の言葉を発せなくなってしまう。
『我はキサマのようなグズを目の前にしても、怒りなど湧かぬ。何故だか分かるか?』
問いかけられるが、答えることが出来ないルドー。
玉座に座る者は、その返答を待っていたわけではないようで、すぐに言葉を続ける。
『キサマらに何ら期待などしていないからだ。この国に無数に存在する砂の一粒程にもな。この国は我が調伏せし国。そのおこぼれに預かろうと次元門をくぐってやってきた有象無象のクズども。それがキサマらだ。我の手駒以外の駒は要らぬのだよ。分かるか?』
徹頭徹尾、冷淡な声色が変わらない。
ルドーは既に呻くことすらやめ、自分がどういう末路を辿るのかを想像して、ガタガタと震えている。
『ふむ。我が怖いかね?悪魔とは、恐怖を撒き散らす存在だ。その恐怖をもって死を拡散する。太古の呪いにより我でさえ海を越えられぬが、この世界の大陸ひとつを悪魔が奪った。この二百年間でいくつもの国が取り戻そうとやってきたが、退屈凌ぎにもならなかった。何故だか分かるか?』
最早ルドーの反応は全く見ていない。
おもむろに立ち上がったその者は、玉座の階を降りてゆっくりとルドーに近づいていく。
『それはな、我々が強過ぎるからだ。この世界で最も魔法に長けた種族といわれたエルフ族ですら、我の軍勢の前には木っ端も同然だった。のう、賢王カインよ』
ルドーの目の前まで来た悪魔王は、柱の影に立つ者に語り掛ける。
「……」
『フ… 沈黙も答えである。聞くところによると、我が国に侵入した虫を引き入れたのは、かつてのエルフ王族の末裔だそうな。そして忌々しいあの女、アヤネも共にいるという。抵抗するのは構わんが、我の不興を買うつもりなら容赦無く叩き潰すが、よいな?』
「………」
『…フン、つまらん。もうよい下がれ』
その言葉で柱の影から気配が消える。
『さて、ルドーよ』
唐突に声を掛けられ、ビクリと肩を震わせたルドー。
『キサマは勝手に先走り、そして負け、おめおめと帰って来た。それに関してはもうよい。ただな、キサマが連れて行った二人は消滅の憂き目に遭っている。ならばキサマも…その存在が消滅するくらいまで虫を追い掛けてみよ』
言葉の意味を図りかねたルドーは一瞬だけ反応が遅れた。
その瞬間、首筋に悪魔王の指が突き立つ。
「ッ…!!」
『キサマには我の魔力を分け与えよう。さすれば我の眷属となりて絶大なる力を手に入れられる』
そう言いながら指を引き抜き、玉座へと座る。
そして先程したように右手をルドーに向け、横に動かす。
その途端、ルドーの絶叫が響き渡った。
耳をつんざくその声を、まるで優美な音楽であるかのように聞きながら独白する。
『もっとも、力を得ても意思を保てるかどうかは分からんがな。ククククク…』
「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」
世界から色が無くなったかのように、影だけが寄り添う王城。
そこにはルドーの声だけが谺する。




