第二十八話-頭脳派-
ユウとマナとクロウが、悪魔の一人であるルドーと戦っている最中、別の場所でも戦闘が行われていた。
アサギの相手は牛の頭を持った悪魔。
アサギの倍程の身長を持ち、頭には四本のツノが雄々しく生え誇り、二足歩行をし、全身の筋肉はムッキムキに盛り上がり、そして二本の腕にはアサギの身長程もある無骨な包丁が握られている。
☆★☆★☆
『いいか小娘ぇ!!筋肉とはそれ即ちパワーであるぅぅ!!』
ガラガラな声でそう叫ぶ牛悪魔。
聴こえづらいその声と、突如発せられたその言葉の意味を理解するのに時間がかかり、私はこう返事した。
「…は?」
我ながら実に間抜けな返答。
情けない…
バナーがいなくて良かった…
『すっとぼけた顔をするでない!!小娘にもあったであろう!?純然たるパワーを欲した時が!!!』
敵は私が自分だけで落胆していてもお構い無しに話し続ける。
「………無いけど」
『なぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃ!?』
「うるさっ」
『もう良い!!貴様とはやはり分かり合えぬようだ!!!このパゥワァーにて沈むがいい!!』
「パゥワァーってなに」
『ヌゥゥゥゥン!!ビィィィフチョップゥゥゥゥゥゥ!!』
左右の包丁を上から振り下ろす単純な攻撃。
だけどそんなに単純じゃないみたい。
パワーがどうのって言うだけあって速い。
繰り返し振り下ろされる包丁は地面を穿ち、砂埃を巻き上げる。
当たってたら細切れになってたかも。
まぁ、私には当たらないけど。
『ヌガァァァ!!!何故避けられる!?!?ならばこれでどうだ!? ポォォォォクスライスッッッッ!!!』
今度は横に交差した腕をそのまま横に振り抜いてきた。
二つの刃が向き合って交差する様は、さながらハサミのよう。
連続で当たったら本当に薄切りされちゃう。
当たらないけど。
『モォォォォォォォ!?!?!?何故避けられるゥゥゥ!!!チキンレッグッ』
!?
突然の脚技。
ビックリして反応が遅れちゃったから、つい斬っちゃった。
ヒュンヒュンヒュンヒュンボトッ。
ちょっと遠くに落ちた牛悪魔の足。
吹き出す血はちゃんと避けた。
服が汚れたら困るから。
『モォォォォォォォ!?!? 』
「意外と細くて綺麗な足してるのね?とても切りやすかったわ。短い間でごめんなんだけど、私も早く戻らなきゃいけないから、もう終わらせるわね」
私が手に持つものは、この国に来る船の中でヤージュ先生から渡された魔法の武器。
鞘はあるけど刃はなく柄だけのそれは、持つ者が魔力を込めると刃を形成する魔法剣だった。
刃の維持には魔力を維持し続ける集中力が必要だけど、渡されてからずっとそれを訓練し続けてきたおかげで、今なら無意識でも三日以上の維持が可能。
使いたい時に刃を形成し、それ以外の時は鞘に納めて魔力の消耗を無くす。
使い方は難しいけど、使い熟せるならばとても便利な代物。
それを、魔法が付与された武器という。
『終わらせるだとぉぉぉぉぉ!?足の一本や二本や三本どうということはないのだぁぁぁぁ!!!シィィィィィプゥゥゥゥゥゥ!!!』
「あのね…」
振り下ろしてきた包丁をすり抜けるように跳躍して躱し、空中ですれ違いざまに首を刎ねる。
真っ黒い血を吹き出しながら倒れる巨体を見やりながら呟く。
「何肉なのか、ハッキリさせときなさいよね」
魔力を止めると刃が消え、刀身に付いていた血がそのまま地面に落ちる。
「本当に便利だわこれ。さて、戻らなきゃ」
そうしてふと牛悪魔を見ると、体が起き上がってこちらを向いていた。
…あれ?
倒された悪魔って、灰になって消えるんじゃなかったっけ?
「気をつけて!そいつはまだ死んでない!!」
突然のその声に驚いて周囲を確認しなかったら危なかった。
さっき斬り飛ばした足が矢のように飛んで来ていた。
「キャア!?」
思わず悲鳴を上げながらそれを避け、足が飛んで行った方を見ると、合計三つに分かれていたはずの牛悪魔の体が綺麗に元どおりになっていくところだった。
「えぇ…? なにあれキモチワルイ…」
「念の為に戻って来て良かった。あいつはさっき僕が倒したんですけど、なんか引っかかって…ってあれ?」
「あれ? あなた、ヨシキリくん?」
「はい! お久しぶりですアサギさん!」
「うわぁー!久しぶり!二年前振りだよね!大きくなっ…た…?」
「えっと…残念ながら素体があるアンドロイドなので体格は変化しません」
「あれ、ごめんね!」
慌てて謝ったけど、微妙な空気が漂っている。
「いえいえ、お気になさらず!それよりあいつを倒す方法を探しましょう!」
「そうね!ちなみにヨシキリくんはさっきどういう倒し方を?」
ヨシキリくんも私も話題を変えて話し続けた。
少し早口だったのは言うまでもない。
「首を捻じ切りました」
「あ、ああ…」
そうだ、この子は念動力の使い手だった。
身体の至る所から力場を発生させて、それを攻防含め色々な事に用いるってクロウ先生から聴いたっけ。
あれ?ヨシキリくんがいるって事はクロウ先生もいる…?
「アサギさん!!」
今は不要な部分にまで及びそうになった思考を、ヨシキリくんの叫び声が引き止めてくれた。
反射的に動いた私の体は、牛悪魔の包丁を綺麗に躱す。
「あっぶなー」
『ブモオオオオオオ!!』
「あれ?あの悪魔… アサギさん、さっきアサギさんが戦っていた時、ツノは何本ありましたか?」
「え?っと…四本。左右に二本ずつだったはず。ってあれ?三本になってる?」
「はい。ちなみに僕が戦った時は五本ありました」
「って事は…」
「ええ、あのツノがあいつの生命力の源でしょう。もしくは、命の数か」
「残機ってヤツね」
私が思わず言ってしまった言葉に怪訝そうな顔をするヨシキリくん。
「あ、なんでもない。忘れて」
笑いながら誤魔化したけど、この子アンドロイドだから忘れるとか無いんじゃ…
『キサマらぁぁぁぁぁ!!!一度ならず二度までもこのオレ様を殺すとはぁぁぁぁ!?その筋肉ぅぅ、侮れんんんん!!」
「敗因が筋肉だと思ってる時点で次の負けも確定事項ですね」
「たしかに」
『…ふむ、それもそうだな』
「え?」
突然聴こえてきた理性的な声。
さっきまでの粗野なガラガラ声は綺麗さっぱり聴こえない。
牛悪魔が動いた。
大きな包丁が私に向かってくる。
さっきより速さが増してる。
マズイ、これ、避けきれな…
ドンっという衝撃。
それから地面に叩きつけられる。
ゴロゴロと転がり、自分の身に何が起きたかを強制的に理解した。
ヨシキリくんに吹き飛ばされた。
私が避けきれないと悟られて。
慌てて態勢を立て直して前を見る。
ヨシキリくんがその力を使って牛悪魔の包丁を止めている。
でも今にも押し切られそう。
あと少し待ってて。
次は私が助けるから。
両足に力を込め、私は飛んだ。
ヤージュ先生から頂いたマジックアイテムは剣だけではない。
私は風属性魔法と相性が良くて、その特性を活かす為のアイテムをあと二つ、使う事を許されている。
その一つがこの靴。
彷徨する者と呼ばれるこの靴は、エルフが魔力をその身に宿す魔獣の皮を鞣して作ったブーツで、強度は申し分無し。
そして使用者が魔力を込めると宙を舞う事が可能になる。
込めた魔力量によりその時間は変化し、より多く魔力を注ぎ込むと宙に浮き続ける事が出来るようになる。
その力を借りて、私は地面を蹴った。
重力から解き放たれた私は、そのまま牛悪魔の真上で反転し、手に持つ剣に魔力を込める。その質量に引かれて急速で落下する私の剣は、そのまま牛悪魔の頭に突き立った。
『ガッ…!!』
苦悶の声を吐き出してくず折れる悪魔。
私は剣を引き抜き、ヨシキリくんと共に二手に分かれて離れた。
悪魔の傷が修復されていく。
両手をついて起き上がる悪魔のツノが、また減っていた。
「あと二本…」
『ふむ。その様子だと気付いているな?そして気付いているか?俺はあと二段階の変身を残している』
「変身ですか。確かにあなたの魔力は僕が最初に戦った時より増大していますが、死なないとパワーアップ出来ないって…効率が悪すぎません?」
「それな!」
「え?」
「なんでもない」
『いやいや、貴様らがそれほどの強者という事よ。オレはあの方の実験で作られた産物でしかない。少なくともこの二百年の間でオレが死んだのはこれで二度目。ましてや続け様に殺されるのは初めてだ。感謝する。強者と出会える幸せというものもあるのだなぁ』
悪魔らしくニヤリと笑う。
悪魔にとってもこの全てが荒廃し停滞した土地での二百年は、退屈なものなんだろうか。
それから、気になる事を言ってた。
「あなたは、実験で作り出されたの?あなたのような悪魔が他にもいるの?」
『ふむ。強者への礼としてその質問にだけ答えよう。答えは二つとも、そうだ。オレはあの方の手遊びで産まれた。そしてあの方の手遊びは今も止まっておらぬ。だからオレと同じ様な悪魔は他にもいる。そしてその手遊びは、より強固な個体を創り出す結果に繋がり、今あのお方の護衛をしている者の強さは、オレの存在など嵐の大海に浮かぶ小舟の様なものだ』
うんうん、と頷きながら話す牛悪魔。
本当にこいつ、中身が変わったかのような変化を…
つまりこいつは。
「命の残数が減るに従い完成形に近付いていく悪魔」
『その通り。さて、オレの完成まであとひとつ。オレを…殺してみろ!!!』
そこからの攻防は凄まじかった。
魔力の扱い方が熟練され、更に体術や武器の扱いまで洗練された巨大な牛悪魔。
ヨシキリくんの念動力では抑える事が出来ず、かといって私が斬り込んでもそのパワーのせいで近付く事が出来ない。
このままじゃマズイ…
あーもう、こういう敵はあのバカの方が上手く戦えるのに!!!
と、私が焦りつつ仲間の一人の事を思い出した時、そいつが上から降って来た。
そのバカは吹き飛ばされたかのような体勢から、空中でクルクルと回って、ドスンと豪快に着地を決めた。
牛悪魔の頭に。
その衝撃によって首が変な方向に折れ曲り、牛悪魔はなんとも形容しがたい声を漏らしながら絶命した。
「ええ…?」
ヨシキリくんも呆然としている。
それはそうだ。
私も何が起きたか分からない。
そしてその当人はというと。
「だああああクッソ!!!チョコマカ動きやがって!!!もう一発ぶん殴らせろ!!!!」
もう一度、今度は地面に着地を決め、空に浮かぶ何かに向けて叫んでいる。
「ダメだってバナーくん!あいつは核を正確に打ち抜かないと!!」
もの凄い勢いで走って来てバナーの横に並んだ少年、彼はたしかサザナミくん。
「サザナミ?」
「ん?あれ?ヨシキリにアサギさん!!なんでこんなところに!?」
「いやそれはこっちのセリフだよ。なんでサザナミがバナーさんと一緒にここまで来てるの?」
「お?キミも俺の事知ってんの?やべっ!!避けろ!!」
全員が回避行動に移ると、それまで立っていた所に手のひらサイズの何かが複数突き立った。
あれは…骨?
「あのヤローは自分の骨を飛ばしてくる遠距離タイプなんだよ!!俺らとは相性悪い!!」
「ちょっとバナー!簡単に説明して!」
☆★☆★☆
話は、バナーが悪魔と接敵した地点まで巻き戻る。




