第二十七話-鉱山都市へ-
結界が破壊された町を出発して二日が経った。
お年寄りや子供も含めた行軍だったが、人間とは違う時間軸を持つエルフ。
彼らは壮健で、勇気を誇り、自分達が生きる為の努力を惜しまなかった。
二百年前から続く悪魔との戦いは、この地に住まうエルフ族の総数を大幅に減らしてしまったが、それでも彼らは座して絶滅を待つような人達ではなかったのだ。
頼りないと思えた子供やお年寄りは、魔物に対しても怯まずに魔法を駆使して戦ってみせた。
そう。
ついつい彼らの事を、侵略されている側の人達、という目線で見てしまう。
だからそこにギャップを感じてしまった。
断じて言うが、彼らは『可哀想な人達』ではない。
その目線を改めない限り、俺は真に彼らを救う事など出来ないだろう。
エルフという種族は、遥か昔に妖精の女王から力を分け与えられた種族だ。
その血に流れる濃い魔力は、空間魔力が枯渇した場所でも魔法の発動を可能とする。
自然な流れでエルフのほぼ全員が魔法を自在に操れる。
普通の魔物を相手にする場合、子供でも危なげなく勝てる。
もしこの地を侵略したのが悪魔でなかったら、とっくに自分達の国を取り戻していたかもしれない。
彼らの強い意志と行動力、尽きぬ体力と精神力によって行軍は実に順調だった。
南の湿地帯から伸びていた川はいつしか枯れ果て、軍港のある東部と同じように荒涼とした大地が広がっている。
歩いている最中、そこかしこに廃墟群があった。
たとえ入口のドアが意味を成さなかったとしても、屋根があるだけで空からの眼を警戒しないで済む。
二日分の野営はそういった場所で行われ、夜間の警備は交代で担当した。
エルフ族が強い種族だと思い知らされたのはそんな時だ。
彼らは泣き言一つ言わない。
小さい子供もだ。
さすがに疲れた様子は見せるが、それはこちらとて同じ。
あの町を出た瞬間から見えていた霊峰。
その山の名はスピラ。
古いエルフ語であり、俺達の言葉に訳すと『希望』という名だ。
王都フロスタルからもその姿を望めたというその山は、遥か昔から信仰や神が居る地として崇められてきた。
そして、この世界で最強の種族が住処にしているのだと、グラディオさんが話してくれた。
「スピラに棲んでいるのは龍だ。世界創生の頃からずっとこの大陸に棲んでいて、大昔にはこの空を自由に飛ぶ姿も目撃されたようだ。霊峰スピラからこの大陸全土を守護していたそうな。
その龍の眷属である龍鱗族も共にあの山にいたのだが、その数はどんどん減り、今は世界にも数人しかいないらしいな。
ヤージュ先生もそうだと聞いていますが、先生の故郷はこちらなんですか?」
「いいえ。僕の故郷は共和国ですよ。僕自身に龍鱗族としての能力が発現したのは成人してからなんです。それまでは普通の人間でしたから。
どうも遠いご先祖様に龍鱗族の人がいるみたいなんですよね。その血が隔世遺伝として僕に現れたようです。あまりしていない話なので、内緒ですよ?」
「そうなんですね。だったらそのご先祖様はスピラにいた方なのかもしれませんね」
「ええ。そう考えると、少し不思議な感情が湧いてきます…」
スピラを見上げるヤージュ先生につられて、俺達もあの山を見つめる。
既に日は暮れ、星空に照らされて宵闇に浮かび上がる黒く大きな影。
途方も無く大きいあの山のどこかに、この世界の最強種の龍が…
翌朝。
鉱山都市であり、かつては黄金都市と謳われたエルドラド。
俺達は無事その街に到着した。
地上部分にかろうじて残る家屋に身を隠す。
フマイン師範、グラディオさん、アヤネさんの三人が地下部分への偵察に行った。
俺達四人と、ヤージュ先生、ランドさん、警備兵の皆さんは引き続き町の人達の護衛だ。
ここまでの途上で悪魔達の襲撃は無く、戦闘をしたのは偶然出くわした魔物のみだった。
師範達が地下に潜ってしばらくして。
それは突然聴こえてきた。
轟音。
そして衝撃。
崩れかけた家屋から瓦礫やそのカケラが降ってきた。
これは間違いなくーーー
「戦闘だな」
「あぁ。ヤージュ先生、俺達で確認してきてもいいですか?」
「ええ、そうですね。住民の方々は僕とランドさんで守ります。もし手強い相手だったら無理をしないように」
「はい!」
外に出た俺たちは辺りを見回す。
すると。。。
「あっちと、こっちと、そっちか」
「三方向か… 仕方ない、三手に別れるぞ」
「おう!」
「ええ、分かった」
「バナーはあっち、アサギはそっち、俺とマナでこっち、だ」
「お前な、俺の思わず出ちまったアホみたいな言い方をそのまま使うなよ」
「…フッ」
「上等だゴラァ!!!」
「バカバナー!!今はそんな事してる場合じゃないでしょ!! ユウも分かってて煽らない!!」
「すまないアサギ。可笑しくてつい、な」
「ちょっとアンタたち!早くしなさいよ!!誰かが襲われてるなら早く助けなきゃ!!」
「マナの言う通りだぞバナー!」
「そうよバカバナー!」
「俺のせいじゃねーだろっっっ!!!!」
「よし行くか!各自、敵を倒したらここに戻ってみんなを守れ!」
「了解!!」
「わぁーったよ!!」
俺達は三手に別れて走り出した。
俺とマナが向かったこっち。
何故こっちに二人で行く事にしたのかというと、三方向で唯一、空中に敵の姿があったからだ。
遠距離攻撃出来る二人で行くのが適当だ。
決して当てずっぽうではないぞ?
そして行く先を見てみると、一人で空を飛ぶ敵と戦っている人の姿が見えた。
前方に敵を集め、腕から魔法攻撃らしきものを投射して、空中にいる無数の悪魔の一角を消し飛ばした。
どうやら、さっきの轟音と衝撃はこの人の技の余波だったらしい。
そして気付いた。
この人は恐ろしく強い。
ひょっとして俺達の手助けなんていらないのではないかと思う程に。
半ば呆けながら走り続ける俺達。
そしてあと少しという所で気配を察した。
向かう先の空間が揺らいで…
薄いベールをめくる様に、その揺らぎが広がっていき、そして向こう側が見えた。
赤黒く染まった空間に、無数の何かが蠢いている。
その中から伸びて来た腕が。
禍々しい曲刀を握った腕が、その次元の揺らぎから出て来て、一人で戦っているあの人の背後を狙っている。
だけど、俺達二人にとっては障害物にすらならない。
「邪魔だ!」
「邪魔よ!」
二人一緒に叫びながら、ゆらゆらと揺れるそれを粉砕した。
ついでにマナが揺らぎの奥にいる奴らに向かって氷の華を送った。
その華は爆発的にその氷の種子を撒き散らして周囲を氷漬けにする。
揺らぎは閉じたからこちらに影響は無い。
全く労せずして向こう側の戦力を削れたはずだ。
揺らぎを破壊した俺達は、勢いそのままにあの人の元に着いた。
が、あの人は今度は空中に浮かんで縦横無尽に魔法攻撃を繰り出している。
それに触れた悪魔は余さず塵芥へと変わっていく。
「ええ…あの人強過ぎでしょ…」
はは。
マナが言うんだから相当だな。
しかしあの人、どこかで見た事ある気が…
ズドドドドという爆撃音が終わり、空中にいた敵が爆炎に包まれた。
そしてその人は煙に包まれながら降りて来て、煙を纏いながらこう言った。
「よう、久しぶりだなクソガキ」
目を細め、口の端をニヤリと歪めながら。
「ク、クロウさん!?」
「マナも変わりないようで。まったく、やっと会えたぜ」
「ええ、クロウもね。それにしても、やっと会えたってどういう事?」
「あぁ、それについてはウチのバカ二人が揃ってからにしよう。あの山の街に向かってたんだよな?俺はそこに向かうから、あいつは任せたぞ」
「あいつ?」
その言葉を不審に思いながら空を見上げると…
クロウさんの爆撃魔法を喰らって消し炭になったはずの敵が、そのバラバラになった大量の肉片が、寄り集まって一つの塊になろうとしていた。
「全世界から元気を集める必要は無さそうだが、まぁまぁ強いぞ。考えて戦えよ、ユウ」
「…はぁ、クロウさんは無茶振りが好き過ぎます」
「フッ。それが俺だ。相変わらず察しがよくて助かるぜ。それに俺は、あんなヤツは無茶の範囲に入らないと思っているからな。じゃあなー」
ヒラヒラと手を振ってフワッと飛んで行ってしまった。
ヤージュ先生がいるから大丈夫だと思うけど、先生もびっくりしそうだな。
「ユウ!」
マナの声に我に帰ると、空中でバラバラだったヤツが集束して一体の悪魔を形取った。
小柄だ。
人間の子供くらいの体躯。
翼は小さく、成体の悪魔の特徴である漆黒の身体もまだ持ち合わせていない。
だが、その顔の中心にある一ツ目は真っ黒に染まっている。
ギョロギョロと周囲を見渡していたその目が俺達を捉えたその瞬間、閉じられていた大きな口の端が、ニィィィっと吊り上がった。
「ケヒヒヒヒヒヒ!! あの愚かな人間は逃げたか! ボクの再生力は悪魔軍随一! 攻撃力は凄かったけど、自分じゃ倒せないと分かったんだな!? お前らはアイツより弱そうだ! あの鉱山都市のエルフのゴミともども、ボクたちが殲滅してやるのさ!」
「待て、あの街にはまだエルフの人達がいるのか?」
「んん?そうだよ? ボクたちがあの街から逃げられないようにしてるのさ!でももうそれも飽きたから全員殺してやろうと思ってたところなのさ!そしたらお前らクソガキに会ったってワケなのさ。だからまとめて殺してやるよ!!」
「ユウ…」
「ん?」
「こいつはわたしにやらせて」
「は?」
「い い わ ね ?」
「あ、はい」
こんなキレてるマナ、初めて見た。
自分が守って来た人達をゴミ扱いされたからか。
「なんだぁ?お前一人でボクの相手をするっての? あんまりナメてもらっちゃ困るなぁ〜。面倒だから二人いっぺんに」
「ごちゃごちゃうるさいわね。負けた時の言い訳にしたいの? わたし一人で充分だって言ってんのよ。とっととかかってきなさい、クソガキ」
「っこの!!クソガキって言う方がクソガキなんだからな!!」
「じゃあやっぱりアンタがクソガキってことじゃないのクソガキ」
「〜〜〜〜〜!!!!! ボクの名前はルドー!偉大なる七代悪魔の一柱であるマモン様の部下!もうお前は死ね!!」
頭に血を昇らせ、その勢いで攻撃を繰り出す悪魔のルドー。
ルドーの掌から無数の黒いトゲがマナに向かって飛んだ。
マナは氷の盾でそれを弾く。
が、弾かれて地面に落ちるかと思われたそのトゲは、そのままルドーの身体まで飛んでいき、その身体に吸収されて消える。
「なるほどね」
「フフン!気付いたようだね!このトゲはボクの身体から無限に作れるんだ!どれだけ防いでもムダなんだよ!! 」
叫びながら更に攻撃を繰り出す。
マナはさっきと同じように防ぐが、やはり弾かれたトゲはルドーの身体に戻っていく。
自分の身体を切り取って攻撃方法にしたり、分身体を作り出したり出来るんだな。
しかし無限に生成が可能?
何かカラクリがありそうなものだが。
「ほらほらどうしたの〜〜?? 全く反撃出来てないじゃ〜ん! このままじゃどうにもならないんじゃなーい? そこで立ってる君も手伝ってあげたらどう? お仲間さんが死んじゃうよぉ〜〜??」
ニヤニヤとした笑いを抑えきれないルドーが俺に向かって話しかけてくる。
「ふむ。 マナ!手伝いは?」
「いらない!」
「だそうだ」
肩をすくめてルドーに返事。
その余裕があるやり取りが気に食わなかったのか、何事かを喚きながら攻撃の激しさを増すルドー。
アイツは気付いてないのだろうか。
マナは確かに防御を固めているが、それで手一杯な訳ではない。
視線は常にルドーの動向を把握しているし、攻撃してきたトゲがヤツの身体に戻っていく様子もつぶさに観察している。
そして、そのトゲによる攻撃では、マナの氷の盾は少しも削れていないのである。
それなのに攻撃をやめないルドー。
ホントに気付いてないのか?
マナの魔力がどんどん研ぎ澄まされているのにも?
敵ながら哀れみが湧いてきた時だった。
バツン、という耳をつんざくほど大きな音が響き渡る。
続いて、ケヒヒという嘲笑を続けていたルドーが、その声を悲鳴に変えた。
「キヤアアアアアア!!!!!」
「うるっさい!!」
金属板を爪で引っ掻いたような悲鳴をあげる口。
その口をマナが氷で塞ぐ。
ただ口に詰め物をしたわけではない。
口を含む、顔面の下半分が氷で覆われたのだ。
口を開けようとすると、びったりと張り付いた氷が周辺の組織まで引っ張ってしまい、動かせない。
そして何故、ルドーが悲鳴を上げたのか。
あのバツンという音。
あれはマナが召喚した氷が、ルドーの放つトゲと、それを指示する両腕、その全てを氷の中に閉じ込め、消し去った音。
想像しやすい言葉に変えよう。
薄く大きく、重力でたわむことも無く、何をしても壊れない銀色の金属板を想像して欲しい。
それが二枚一組で、空中にあった全てのトゲと、ルドーの腕の一本ずつを、上と下からサンドイッチにした。
その結果として、ルドーの両腕と身体の一部として帰ってくるはずだったモノが複数組出現した氷の板に擦り潰され、この世界から完全に消滅した。
両肩の先から血を噴き出させ、口にも氷のフタをされ、膝をついて真っ黒な涙を流すルドー。
残念ながら、そこに少しの哀れみも湧かない。
「どう? これが痛みよ。悪魔は他者の痛みを知りなさい!!」
氷のような瞳でルドーを見下ろしていたマナは、あの一瞬以降には悲鳴を上げさせずトドメを刺す。
キラキラとルドーの周りを舞う氷の粒。
その粒が急速に形を成し、ルドーを囲う四角い箱になった。
【氷華の終焉!!】
マナが開いていた右手を閉じると、あのバツンという音と共にルドーの姿は完全に消えた。
後に残されたのは、荒野に咲く一輪の氷華。
「えげつないな、あの技」
「再生力がどーのこーの言ってたでしょ。だからチリひとつ残さずに消してやったわ!! あいつ、ホントに許せない。今を必死に生きてる人達の事をゴミだなんて」
「それだけが怒ってる理由か?」
「どういう意味?」
「いや?前にも、任務で敵対した人物にガキ扱いされて、密かに捕らえるっていう任務を台無しにした事あったよなーって思い出してさ」
「うっ…」
「お前な」
「だってあいつもこいつも絶対にわたしより歳下じゃない!」
「そういう問題じゃない! ヒトは自分の優位性を確立させる為、まず見た目をあげつらうんだよ!」
「えー?なにそれ?なんで?」
「なんでも!人間ってのはそういう愚かな種族なのさ。まぁ、こいつは悪魔だったけど」
「へえ… なんか可哀想…」
「もちろん、人間の全部がそうというわけじゃない。短絡的で狭量な思考を持っていて相手を傷付けることしか自分が優位だと思えない可哀想な人間もいるって事だ」
「悪魔はみんなそんなヤツのイメージだわ」
「そうだな、悪魔だからな。 中には変わり者の悪魔もいるかもしれないが」
「人間に友好的な悪魔が? そんなのいたら学院食堂のスペシャルセット、おごってあげるわよ」
「はは。マダラジ大将が『あるよ』って言っちゃったスペシャルメニューを全部つっこんだあの超メガ盛りセットか。あれひとつで十人分くらいの量があるからな。そうなったらちょっとしたパーティーだ」
「ふふん。それもいいわね。もしそんな悪魔がいたら、パーティー開いてあげるわよ」
「分かった、楽しみにしていよう。 とりあえず俺達は戻ろう。 バナーとアサギは大丈夫かな」
「あの二人なら大丈夫でしょ。それに、クロウがいるって事は…」
「あぁ、あの二人も来てるはずだ」
頷き合い、一先ず俺達はエルドラドに戻る事にした。
______
ユウとマナが去った後、氷の華の傍らの土がモゾモゾと動き出す。
それはあの黒いトゲ。
空中へと飛び出し、ブルブル震えたかと思えば、ルドーがその身体を蘇らせていた。
「クソ!あのクソガキ!!絶対に殺してやる! 力を取り戻したら確実にボクの手で殺してやる!!」
憤怒の形相に顔を歪めたルドーは、彼方に見える王城へと向かった。
かつてはエルフの王が治め、現在では悪魔の王が治める、その城へ。




