第二十六話-敗残者たち-
「不死者…? バカな。そんなものは存在しない」
「んん?【悪魔】なんていう超常的存在であるキミが何を言うんだい」
「私達悪魔はこことは違う次元にちゃんと存在している。その在り方は君達人間と変わらない。生もあるし死もある。この世界で死んでも向こうで生まれ変わるが。つまり私達ですら超えられない死という壁を、何故ただの人間風情が超越している?」
「あのね、その理由をキミに話す気なんて無いよ。それに時間稼ぎも無駄だ。後ろにいる僕の愛弟子がキミの仲間を根こそぎ灰にしてきた」
「なんだと?」
「その通りよ。あなたの仲間はもういない。観念しなさい!」
「うわぁ、アサギお前、ベタなセリフだなぁそれ」
「ベタ?なにが?」
「こういう風に追い詰められたヤツにそういうセリフを言うとだな、追い詰められた側はいきなり超絶パワーアップを…」
「クックックッ…観念しろだと…? 所詮あいつらは駒に過ぎない。 本来なら私一人で十分なところを、どうしてもと言うから連れてきてやったのだ。それがどうだ、そこのヒヨッコに負けるなど思ってもみなかった。やはり私の力を見せつけるしかないようだな!!」
ヤツが語尾を強めに言った直後、黒いオーラがヤツを包む。
そして、ヤツから感じるプレッシャーがどんどん強くなっていく。
「ホラァ…」
「ええ〜… 絶対に私のせいじゃないって…」
「二人とも、下がってなさい。ここは僕の出番だからね」
今のセリフ、俺たちを気遣ってのものじゃないってのはすぐに分かった。
師匠は本気で、戦闘をしたいんだ。
その頃、ヤツも変化が終わったみたいだ。
黒いオーラが消え、長い手足と鉤爪で縦長だった姿が、こじんまりとしたものに変わってる。
「今まで私と敵対した者の中で、この姿を見て今も生きている者はいない。この世界とのお別れは済みましたか?」
「いやそういうのいいから。そのセリフ三下感凄いよー? ほら、さっさとかかって来なさい」
「…」
ゆらり、とヤツの姿が消えた。
師匠は左手を腰の刀の鍔に置いた。
鯉口を切り、いつでも抜ける状態にしてある。
ふと、空間が揺らぐ。
そこからギラリとした光を纏った何かが、師匠の首筋に迫った。
ギィン!!という音を響かせつつ、師匠は刀でそれを受け止める。
その何かの正体は、長い刀身の首をもたげた真っ黒い鎌だった。
黒いモヤからその鎌の刀身だけが飛び出している。
「ほう、よく受け止めましたね。大口を叩くだけあるという事ですか」
「大口かどうか、ちゃんと確かめなさい。キミの身を以ってね」
「それもまた大口でないことを祈りますよ。精々防いでみせなさい!!」
そこからの攻防は目まぐるしかった。
間断無く繰り出される鎌の攻撃を、師匠は防御に徹して防いでいた。
師匠の周囲にだけ、鎌による攻撃が嵐を作っている。
触れるもの全てを切り裂くような嵐を。
だけど、その中にいる師匠には傷一つ付いていない。
「ほらほらどうしました!? 防げとは言えど、反撃せねば私には勝てませんよ!?」
「…」
「先ほどの大口はどこに行ったのです!?やはりあなたも口だけの存在だったのですか!」
「…」
「弟子の前でいい格好を見せたかったのでしょうが、相手が私ではどうしようもなかったですね!」
「くっ!!師範!!」
防戦一方の師匠の姿を見て、アサギが飛び出そうとする。
俺は慌てて捕まえて叫んだ。
「待て待て!!何するつもりだお前!!」
「だって師匠が!!」
「バカ!俺達はただ師匠を信じてればいいんだよ!ちゃんと見てみろ。師匠が焦ってるように見えるか?」
「…見えない」
「だろ?だったら俺達は…待ってればいい」
「分かった…ごめん」
「ん」
「おやぁ?弟子の一人が何かしようとしてましたが、私の攻撃に身を晒すことは諦めたようですねぇ?あなたも可哀想な人だ。愛弟子に見捨てられるなんて!!アーハッハッハッ!!」
「嗚呼…五月蝿いなぁ…」
「ハ…?」
それまで全ての攻撃を防御するだけだった師匠が、初めて鎌を刀で袈裟斬りに弾いた。
その勢いを殺しきれずに動きが鈍る悪魔の鎌。
そして次の瞬間、室内にもかかわらず一陣の光が射した。
師匠が居合い斬りを放ったからだと分かったのは、数瞬してからだ。
その光は正確に鎌を捉えていた。
結果、悪魔の持つ漆黒の鎌はその刃の付け根から両断。
師匠は大きく一歩を踏み出していて、その右手には愛刀がしっかりと握られている。
そしてその体勢は、居合い斬りを放った後の右手が上に上がったものではなく、地面に着くスレスレの所まで下げられている。
つまり、切り下げた後の姿勢だ。
悪魔の鎌は地面に落ち、悪魔を包んでいた黒いモヤは霧散し、その中から縦一直線に両断された悪魔が地面に倒れ伏した。
「バカ…な…。あの中はこことは違う、私だけの次元なのに何故…」
「そんなもの関係ない。それごと斬ればいいだけなんだから」
「フハハ… あなたは最早人間ではない。そんな事が出来る者は… 」
「ああ、分かってるよ。でも人間であるかどうかは、己の心次第。僕は人間を超越した身体を持っているけど、人間を辞めたつもりはない。今までも、これからもね」
「ククク… イイですね、貴方に決めました。 いずれ訪れるその時に、また会いましょう」
口の端が裂けそうなほどにニヤリと笑った悪魔がその顔のまま消滅した。
頭から縦に斬られて、よくあんなに喋れたな。
悪魔だから?
「あー、ちょっとだけ面倒になったかもしれない…」
師匠が苦虫を噛み潰したような表情でこっちを見てる。
俺にはその理由が分からない。
「え?何がっすか?」
「あの悪魔、師匠を主人として認めたのよ。今すぐではないでしょうけど、近いうちに復活して、師匠のところに来るわよ。そして、契約を迫ってくる」
「契約って、下僕になるためのとかか?まさかそんなわけ… え…?」
「そのまさかなんだ… 悪魔はそういうモノでね。大方、リドニスに従っていれば自分も悦楽を得られると思っていたんだろうが、今のこの大陸に人は少ない。ここに居続けるより僕に付いていった方がいいと思ったんだろう」
「でも、悪魔は海を越えられないんじゃ…」
「それもね、契約を結んだ相手が十分な魔力を与えれば、行けなくもないらしい。君たちがセントラルで会った悪魔たちは人間の身体を乗っ取り、その魔力を自らの身体の保持に使用して海を越えた。つまり、自分の身体と精神に掛けられた海を越えられない呪いを、他人の魔力で包み込んで隠す。イメージとしてはそういう事らしい」
「へぇぇ… あ、じゃあリドニスみたいな強いヤツが海を越えられないのは、アイツを包む為の魔力が足りないから?」
「そういう事だろうね。強力過ぎる個体ほど、顕現した土地を離れられない。その代わり、その土地の支配はより強力になる。厄介な特性だよホント」
うんざりした表情でオーバーに両手を広げてそんなことを言うもんだから、俺とアサギは揃って吹き出してしまう。
いつも物静かな人だけど、たまに出るこういったユーモアが好きなんだ。
ひとしきり笑った後は、町を周る。
残敵はいないか、逃げ遅れた人はいないか。
燃え広がりつつあった火の手は、エルフの警備兵と、いつの間にか戻って来ていたグラディオさん達が消火にあたっていた。
それからしばらくして。
全ての火が消えて、犠牲になった人達を弔う準備をしていた頃、ユウ達が戻って来た。
☆★☆
外に出ていた俺達と、その中から先に戻ったグラディオさん達、そして町に残っていたフマイン師匠とバナーとアサギ。
結果的に三つの組に分かれていた俺達全員が合流して、損害確認と何があったかの確認を簡潔に行った。
町の人達は、襲撃前の半分程にまで数を減らしてしまっている。
数百年前から細々と暮らしていた彼らには、今度こそ自分達の命運を断つ痛恨の一撃のように思えているはずだ。
そして、差し迫った状況が悲しみに暮れる事を許してくれない。
町を隠していた結界が壊れたのだ。
つまりこの町は今、悪魔達にも丸見えになっていて、町を覆っていた美しい木々は立ち枯れ、あちこちから煙が上がっている。
これでは自由に襲撃してくださいと言っているようなものだ。
つまり俺達は急いで身を隠す場所を確保しなければならない。
「と言っても、そんな土地はあるのですか?目に見える町は破壊の限りを尽くされ、かろうじてこの町が残っていたと伺いましたが」
「ヤージュさんの言う通りです。機能している町はこの町が最後だったでしょう。ですが、滅ぼされた町の廃墟を利用する事は出来るかもしれません」
「ふむ。ランド、心当たりがあるのか?」
「ここから北西に二日ほど行った場所にある町、エルドラドならもしくは…」
「いや、しかしあの町は!」
「分かっていますグラディオ様。ですが、利用出来るはずです」
ランドさんが話す街、エルドラド。
その町はこの大陸西部の山岳地帯への玄関口で、その山々から採れる鉱石で栄えた街だった。
中でも最も輝かしい実績は、黄金の鉱脈の発見である。
かつてこの国から輸出され、この国が最盛期を迎える事が出来た最大の理由。
エルドラドはその実績から黄金都市と呼ばれるようになり、ゴールドラッシュがこの国の未来を明るく照らしていた。
そして銀や銅、鉄といった鉱石は、この国の発展を大いに助け、国力を一気に増強させたのだ。
だがその栄光も遥か昔。
悪魔達に蹂躙され、そこで採れるものは全てリドニスの支配下。
採掘される資源は悪魔達の武器や、配下の兵の武具防具に使用されていた。
だが人間とは違い、悪魔や死霊兵には際限ない体力がある。
そして鉱脈が枯渇しても困らない。
その結果としてエルドラドの鉱脈は掘り尽くされ、今は悪魔すら近寄らないゴーストタウンと化しているらしい。
ランドさんが利用出来ると言ったのはその事だ。
悪魔に利用価値が無いと判断され放棄されたかつての黄金都市。
そこを次の隠れ蓑にするという事。
ランドさんが説明を続ける。
「あの街はとても大きい。地上部分の街は侵略によりボロボロですが、鉱脈の拡がりによって徐々に出来ていった地下の街はまだ使える所があるはずです。問題は…」
「盗掘対策の罠と、この数百年放置されたせいで生まれているかもしれない魔物たち、か…」
あとを引き取ったグラディオさんの言葉に頷くランドさん。
魔物は闇から生まれる。
これはこの世界の常識だ。
だから大小様々な町街や村落は、どれだけお金が掛かろうとも夜間の灯りを絶やさないようにしている。
闇を住処とする魔物は灯りには近づかない。
だがこれは正確ではない。
魔物は闇を住処とするけれど、闇から生まれるわけではない。
この場合の【闇】とは、空気が淀み、灯りが入らず、濁った魔力が吹き溜まった場所の事を指す。
人の手が入らず昼間でも暗い森や、誰も住んでいない大きな廃屋などなど。
そして言わずもがな、地下のダンジョン。
そうした所には必ず魔物がいる。
そして、闇から生まれる魔物は生物の死を糧とする。
だから生きている者は襲われるし、その命を奪った魔物は力を増す。
闇が深くて誰も近寄らない場所ならそこまで強力な魔物は育たない。
が、かつて栄華を誇った黄金都市なら話は別だ。
「それに、あの街を襲い、管理していた悪魔達。その全員があの街から居なくなったとは考えにくい。労せずに自分の城を得られる訳ですからね。リドニスから離反した者、もしくはリドニスの部下の者がまだあそこにいてもおかしくない。激戦になるかもしれません」
ランドさんの言葉に、沈黙が降りる。
「…ですが、この町の人々を連れてフロスタルに行く訳にもいきません。
それに、我々が押さえている東の軍港までは馬で三日。お年寄りやお子さんも混じっての徒歩ならその三倍はかかります。
その間、空から丸見えな我々の事を悪魔達が放っておくはずがない。
エルドラドは歩いて二日。ゆっくりと進んでも三日。
危険度で考えたら、どちらを取るかは火を見るより明らかでしょう」
「ヤージュ先生…」
「行きましょう!空からの敵は我々が対処します」
ヤージュ先生の言葉によって、方針は固まった。
あの悪魔の名前、ザフリーとかにして53万っていうワードを喋らせようかと思いましたけど、ギリギリで思い留まりました。




