第二十四話-蝕む声-
ランドさんとグラディオさんが町の中へ入っていく。
俺達もその後に続いて入ると、不思議な事に気付いた。
真上は生い茂る木々に覆われているのに、陽の光がある。
その光はこの町の白亜の壁に反射して、幻想的な雰囲気を醸し出している。
上を見上げてキョロキョロしていた俺に気付いたランドさんが、その理由を話してくれた。
「この森は、この大陸の開闢以来ずっとエルフの王家が管理してきた森なのです。この町が出来たのは数千年前とも言われ、今では失われた古代魔句がこの町全体を包んでいます。グラディオ様のお祖父様であられるオラトリオ伯がこの町に結界を張ってくださったお陰で、この二百年間は悪魔どもに見つからずに済んでおりましたが…」
そう、その先は知っている。
オラトリオ伯は半年前に亡くなった。
結界はその殆どが半永久的に機能し続けるとても高度な魔法技術だが、知識としては広く世界に知れ渡っている。
だが、町を一つ隠し続けるものなんて聞いたことがない。
扉一つを封印するのとはわけが違う。
オラトリオ伯がずっと魔力を注いでいたから、二百年間もの長きにわたり無事だったのだろう。
だがその魔力はもう供給されず、代わりを果たせる者は存在しない。
供給された魔力が尽きたら、この町は瞬く間に悪魔に滅ぼされてしまうだろう。
そしてそうなる前に決着をつける為、グラディオさんは共和国まで来た。
敬愛する人を亡くしてもなお、一族復興に望みを。
俺達はそのまま、ランドさんに案内された町の中心部にある大きい館で体を休める事にした。
ここはかつて王族が別荘としていた館なのだそうだ。
「ちゃんとしたご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。私はトゥラム家近衛隊隊長のランド・マクスウェル。四百年ほど前からトゥラム家に仕えさせていただいております。此度の皆様のご助力、本当にありがとうございます」
「ランドは祖父が生まれた頃から近衛隊の隊長を務めてくれている。二百年前の大侵攻の時も、戦えない人達をフロスタルからこの町まで護り通してくれた」
「あの時はそれしか出来ませんでした。城の中から悪魔が湧き出し、王と二人の王子の安否を確かめるすべはなかった。
私が守護役を仰せつかっていたオラトリオ様と王家の方達、そして都から抜け出す際に見かけた人達を手当たり次第に連れ、この町を目指しました。
不幸中の幸いだったのは、近衛隊の宿舎への侵攻がまだだった事です。王達についていた近衛兵以外は、その殆どが同道出来たのですから。今もなお残る兵力は彼らだけです」
「この町以外に、大侵攻を逃れた人達がいそうな町は無いんですか?」
「おそらくはそうでしょうね…
我々もこの二百年、この町がある南部に点在する町を主に調べていましたが、何しろ兵力が少ないのでそのような機会も思うように作れず…
西部には元から町は無く、北部に行くにはそれこそこの町を捨てるくらいの覚悟が必要でした。東部には軍事拠点が置かれておりましたが、いくつかあるそこが、あの大侵攻からの年月を耐え抜いているとは考えられなかった。
なので結局、この町の近くにある町からしらみつぶしに探索していくしかなかった。
そして、その成果は今まで何も得られず、ただ同胞の亡骸を持ち帰り、埋葬するくらいしかできませんでした」
次々と語られる悲惨な現状。
俺達が通って来た東部にはたしかに、焼け焦げた何かの残骸が転がっているだけだった。
集落跡地はあったが、ヒトが住んでいる場所はひとつも無かったし、俺達以外の者は見かける事すら出来なかった。
本当に俺達は、この悲しみに満ちた大陸を救えるのか…?
言葉が止まり、空気が沈みかけたその時。
生まれかけた静寂を壊す音が近付いてきた。
どいてくれ!という怒鳴り声と、複数人が廊下を走る足音。
「何事だ?」
「見てまいります」
ランドさんが近くにいた兵士に声を掛ける。
その兵士が部屋を出ようとドアに手を掛けた瞬間、そのドアが逆側から勢いよく開いた。
「隊長っ!!生存者が!生存者が見つかりました!!」
ランドさんが駆け寄る。
座っていた椅子は音を立てて倒れた。
「よくやった!その者はここに着いたのか!?」
「いえ、現在我々の隊は悪魔どもに襲われ、戦闘中です!敵の数が多く、至急援軍を要請する為に戻ってきました!」
「よし、案内してくれ!」
「ランド、私も行くぞ」
「なりませんと言いたいところですが、今は時間が無く、戦力が欲しい。お願いします」
「俺達も行きます!!」
「しかし…!」
「大丈夫だランド。ユウ君達は頼もしい戦力だし、都から離れた場所にいるはぐれ者なんかに遅れは取らないよ」
「…そういう事であれば、よろしくお願いします!」
「はい!役に立つって事を証明してみせますよ」
そう言いながら、俺達は笑う。
過度な自信を持っているわけではない。
だけど、悪魔にビビってここで待つなんて選択肢は有り得ない。
馬を走らせ、町を出る。
ここから西に少し行ったところで悪魔達に襲われたそうだ。
生存者を発見した部隊は偵察の為の部隊で、隠密行動の為に馬を連れていなかった。
知らせに戻った人は一番足が速かった為、戦列を離れる事が出来たのだという。
その人は体力を使い果たし、町に残った。
部隊の元へ向かっているのは、俺、マナ、ヤージュ先生、ランドさん、グラディオさん、アヤネさん。
フマイン師範は、少し思う所があると言って、バナーとアサギを捕まえて一緒に町に残った。
あの兵士さんからは、ざっくりと西に少し行ったところとしか聞いていなかったが、数分走った所で場所がハッキリした。
空に浮かぶ数体の悪魔が地上に向かって魔法を放っていたのだ。
地上にいる羽根のない個体と合わせて二十体程の悪魔がエルフの部隊を取り囲み、いたぶるかの様に攻撃を加えていた。
「ユウ君、マナ様」
ヤージュ先生が声をかけてきた。
それだけで意図を理解した俺達は、疾る馬上からそれぞれ、弓と氷柱を準備した。
「いつでもどうぞ?」
「じゃあ…いきますっ!!」
俺達が腕を動かし、それに続く風を切る音、そして悪魔の断末魔がふたつ。
続けざまに攻撃を放つが、他の悪魔達には避けられてしまった。
それからそいつらは、何故か部隊から距離を取った。
その隙にランドさんとグラディオさんが隊員に駆け寄る。
「大丈夫か!?」
「ウウ…タイチョウ…」
「喋るな!あとは任せて休め」
「タイ…チョウ…」
虚ろな目で、ランドさんと噛み合わない会話。
他の数名も同様で、タイチョウ、タイチョウ、と同じ言葉を繰り返し呟いている…
この異様な光景に息を飲んだ俺とマナは、それ以上動けずにいた。
しかし妙だ。
悪魔達は距離を取り、こちらを眺めるだけ。
さっきまで派手な攻撃をしていたのに。
そのおかげで居場所が分かったわけだけど。
いや…
…あれが目的を持った行動なのだとしたら?
…その目的が、俺達をここに誘導する為なのだとしたら?
ランドさんやグラディオさんは同胞に駆け寄ろうとするだろう。
…それが分かっていて、では何故、今は遠巻きにこちらを見ているだけで攻撃をしてこない?
警戒をしながら疑念の目を向けた俺は、悪魔の中の一体が何かの術を詠唱しているのに気が付いた。
そして俺達がいる空間に魔力が集まる気配。
まさか…
そう思った瞬間、動き出していた。
ヤージュ先生とマナも気付き、同じように動く。
アヤネさんはグラディオさんとランドさんを隊員達から引き剥がし、庇うように前に出た。
俺はさらにその前に出て、魔力のシールドを張った。
そして、閃光、衝撃。
そこから先は記憶が曖昧になっている。
衝撃で吹き飛ばされ、一瞬の気絶の後に眼が覚めると、助けに来たはずの隊員達の姿は一人として無かった。
彼らがいた場所には飛び散った肉片と血、そして焼け焦げた地面が人数分。
「ゲホッゲホッ…」
「グラディオ!ランド!大丈夫!?」
少し離れた所ではアヤネさんが二人を介抱している。
俺を含めた四人はかすり傷程度。
マナとヤージュ先生は、と周りを見回そうとした瞬間だった。
「いつまで寝てんのよユウ!!!」
マナの怒鳴り声がすぐ近くで聞こえ、俺の目の前では悪魔の鋭く長い爪が、マナの氷刃に止められていた。
マナが腕を返してその爪を弾く。
「さっさと起きて!!早くこいつら片付けるわよ!!」
頷き、立ち上がる。
幸いにしてどこも痛くない。
即席で張ったマジックシールドで大半を防げたようだ。
グラディオさん達も無事なようで、ゆっくりと身体を起こしている。
三人とも、すぐに戦いに加わるだろう。
マナはさっきの長爪の悪魔と戦っている。
ヤージュ先生は翼を持つ奴ら数体を同時に相手取り、空中戦を繰り広げている。
そして俺は、あの時魔法を詠唱していたヤツを探した。
あいつがこの中で一番地位が高いはず。
悪魔の中にも、人間の軍のように階級がある。
その中であいつはおそらく指揮官と呼ばれるクラス。
自我が確立されていて、自分より下級の悪魔に命令する事が出来るモノ。
あいつが、今回の事を仕組んだ。
俺は戦いながらも目を凝らして探し続けた。
そして、いた。
戦列から離れ、次の魔法を詠唱している。
頭は山羊、細身で背が小さい。
元から魔法を使うヤツなのか。
俺は相手にしていた剣を持つ悪魔の腕を下から斬り飛ばし、そのまま袈裟斬りにした。
倒れながら灰になっていく様子を見届ける事もせずに、のんびりと詠唱しているあいつの側面から迫っていく。
あいつも俺に気付いたようだ。
何かを喚きながら、他の悪魔達に腕を振っている。
救援でも呼んだのだろうか。
だが、もう遅い!
ヤージュ先生は最初の相手を一掃したし、グラディオさん達三人とマナもそれぞれ悪魔を相手取っており、こちらを見ている悪魔はいない。
自分に援軍は来ないと分かり、慌てふためきながらこちらに向かって魔法による火球を飛ばしてくるが、狙いも雑で避けなくても当たらないというお粗末さ。
すぐに相手の懐に飛び込んで、焦りで伸びきった両腕を二刀で斬り捨てた。
「ギャアアアアアアア!!!オレの腕があああアアアアア!!」
叫びながら地面に倒れた悪魔の首に右の刀を当て、左はすぐに攻撃出来るように後ろに振りかぶったまま、俺は山羊頭に問う。
「お前は何故ここに俺達を呼び寄せた!!答えろ!!」
「…」
「そうか、口を閉ざすか。素直に教えておけばよかったのにな…」
左腕を振る。
山羊頭の耳が飛んだ。
再び悪魔から上がる絶叫。
《コロセ…》
正直言って不快でしかない。
《コロセ…》
うるさいな…
自分でも不思議だ。
コイツが相手ならどれだけ酷い事でも出来る気がしてくる。
《ころせ…》
さっきからなんだ。
誰かが耳元で囁いている。
「マルファス様だ!!マルファス様がここでお前たちを足止めしろって!!」
「マルファス。そいつは今どこにいる?」
「エルフの隠れ里に入ったはずだ… 本当だウソじゃない!!」
「ウソじゃないんだな?それが本当かどうか、お前が弄んだ人たちと同じ痛みを与えながら確かめてみよう…」
「ヒッ…」
変だな?
悪魔のくせに震えてる。
エルフの人達を散々苦しめてきた存在なのに。
《ころせ!》
俺はまた腕を振るって、こいつが苦しむように攻撃を加える…
《殺せ!!!》
はずだった。
結果として、俺の刀は氷の盾に阻まれて悪魔に届かなかったんだ。
「マナ…?」
「そこまでよ、ユウ。それ以上そちら側に行ってはいけない」
「何を言っている?俺はこいつに償いを…」
「それを決めるのはあなたじゃないわ。そして、他の誰も決められるものでもない」
「決められないのなら…俺が決める。こいつは、悪魔は悪だろ?エルフの隊員達を殺して、魔力を込めた爆弾に変えてたじゃないか!!だから俺が…」
乾いた音が鳴り響いた。
遅れて、左の頬が痛む。
前に視線を戻すと、涙目になったマナと目があった。
「ダメよ、ユウ…あなたは正統な戦士。断罪者じゃない。戦う相手がいくら憎くても、その命を粗雑に扱って、無碍に壊していいわけじゃないわ。わたしにはあなたの悲しみの心が伝わってくる。怒りも、憎しみも…
でも、その感情に身を任せてはダメ。それは必ずあなた自身をも壊してしまう。わたしはあなたのパートナーとして、あなたを悪魔にする訳にはいかない。
お願い、ユウ。戻って来て…」
途中から俺は、マナに抱きしめられていた。
優しく、諭すように、俺に言葉を贈ってくれている。
冷え切っていた心に、凍り付いていた頭に、血が巡る。
マナの腕や、華奢な体から流れ込んでくる暖かさ。
あの声はもう、聞こえない。




