第二十一話-花都-
ーーー遥けき時の彼方にて
ーーー時を止めたる都あり
ーーー世界に馳せしその名前
ーーー花咲き誇る花都
ーーー悪魔来たりて花は散り
ーーー土に染み込む赤き血は
ーーー遥けき時の此方にて
ーーー天に昇りて雨とならん
【近代史篇・凋落せし花都 より抜粋】
☆★☆
「私たちエルフの国の名は、風流るる国。その中心だった都の名は花都。
彼の地は実に六百年もの間、栄華を誇り、繁栄を極めた国でした。
しかし今から約二百年前、悪しき者が都の中枢に入り込み、王に神降ろしの儀の方法を伝えたのです。その者曰く、神が都を護る限りこの国の繁栄はこの先幾千年も続くだろう。
その言葉を信じた王は、国に仕える魔法使いをありったけ集めてその儀式を実行しました。
しかし、それは善なる神を降ろすものなどではなく、悪しき者共が崇める悪魔達の、王の中の王をこの世界に顕現させる為のものでした。
そして、二十万人が暮らしていた花の都は一夜にして、悪魔の王が創り出した次元の門から溢れ出す悪魔達に蹂躙され、草木も枯れ落ちる廃都と化しました。
燃え落ちる都から逃げ延びた者は三百人程。
その中には王家の一族の者が数名いて、私の祖父もおりました。
王と、三人いた王子のうち二人は、自分達の行いの罪を償う為にとエルフ軍と共に城に残り、討ち死にしました。
祖父は三王子の最期の一人です。
勇猛果敢だった長兄と次兄とは違い、末弟の祖父は武術より文術に長けており、戦う事はかなわなかったのです。
その祖父は半年程前に私の前で、目に涙を浮かべながら亡くなりました。
最期の最期まで、父王や兄達と共に戦えなかった事を悔やみながら。
かつての王族は今や私一人だけ。
祖父の死を機に、私は同胞達と何日も協議を重ね、このゼルコバ共和国を目的地にしたのです」
長い語りを終え、一息つくグラディオさん。
少し空いたその間で、ヤージュ先生は質問をする。
「エルフは長命な種族。時間を掛ければ再起は可能なのでは?」
「エルフは、命の源として魔力を必要とするのです。それも、空気中にあるものではなく、大樹ユグドラシルから生まれる濃密な魔力が。
それが無ければ普通の人間となんら変わらない存在となります。
しかし大樹ユグドラシルが根ざすのは、廃都フロスタル…
彼の地は悪魔達によって今も占領され、悪魔の王はその地で無限に悪魔達を呼び出し続けています。
逃げ延びた三百人は寿命や病で半分程まで数を減らし、滅びの時を待つのみ…
私は、その運命を変えたいのです。
ですが私たちの中にまともに戦える者は殆どいません。だから私は、国外へと力を求めて来たのです。
全軍を貸してくれとは言いません。
せめて、悪魔達を抑える事が出来るだけの戦力を、お貸しいただけませんでしょうか」
グラディオさんはこれまでの経緯と、ここに来た理由、そして目的を話した。
だが、まだ話していない部分がある。
俺はそれに気づいてしまった。
「グラディオさん」
「ユウ殿…何か?」
「悪魔達を抑えられる軍勢を、悪魔達と戦わせても、悪魔は無限に呼び出されてしまうのでしょう?それなら、その戦いの理由は?悪魔の王を倒す方法はあるのですか?」
「…………悪魔の王を倒す方法は、無い」
「え…」
余りにも、な事実にアサギが声を漏らす。
「では、どうすると言うのです…?」
「現状では、悪魔の王を倒す方法は無い…が、次元の門を閉じればあるいは…
その唯一の手段として、アヤネがいる。
彼女はオルナーテ建国の時より、国を見守り続けてくれていた女神。
そして彼女はこの世界で唯一、大樹ユグドラシルの魔力を自在に操る事が出来る存在。
ユグドラシルの魔力を用いて次元の門を破壊、もしくは閉じる事が出来れば、悪魔の力の源を断てる。
さすれば悪魔の王も弱体化し、我らの剣が届き得るはずだ。
完全に滅する事は無理かもしれないが、撃退する事が出来れば、あの国を取り戻す為の大きな一歩となるだろう。
頼む。我々にはこの方法しか無いのだ…」
沈黙が降りる。
状況は余りにも絶望的だ。
果たして、共和国から軍勢を投入したところで、戦いになるのだろうか。
一夜にして約二十万人を殺戮した悪魔達と、まともに戦える軍勢などこの世界に存在するのだろうか。
グラディオさんとアヤネさんは諦めてはいない。
だけど、溢れる希望を持っているという訳でもない。
ただ、この方法しかない事を理解して、その上で自分達に出来る事を必死に考え、考え抜いた上で、今ここにいる。
それならば…
『それならば、私たちがお助けしましょう』
「えっ?」
あれ?俺、今口に出してた…?
と、思ったが違った。
次の瞬間、ヤージュ先生の部屋の窓が外から開かれた。
「話は全部聞かせてもらったよ!グラディオさんとアヤネさん!私が、必ずあなた達に助力すると約束しましょう!」
「ナオ先生…どこから現れてんですか…」
「いやなに、ちょっとこの辺を散歩してたら話が聞こえてね」
「散歩って、ここ十一階ですけど…」
「細かい事は気にしなーい☆」
「あの、あなたは…?」
「私の名前はナオ。ナオ・ジークムント・アリステス。この国の軍にあたる魔法騎士団の団長を務めています。あなたが会いたがっていた軍事を司る者です」
「!? それでは、先程助力を約束すると言っていたのは…!」
「ええ。この国の力を貸して差し上げましょう。ただし、その為には条件があります」
「分かっております。もとよりタダで、とは思っておりません。何なりと」
「この国の軍を貸すのは一度だけ。悪魔達を抑える、その為だけにお貸しします。
それ以外には派兵は難しい。長期戦となれば人間側の不利ですから。
なので、我が軍が悪魔達の目を引き付けている間に、あなた達には悪魔が使う次元門を閉じていただく。
表からは我が軍がぶつかり、中からあなた達が奇襲を仕掛ければ、悪魔の軍勢は混乱するでしょう。
それに正面から軍を展開させれば、好戦的な悪魔は戦場へと出て行き、王の側には護衛のための悪魔数体が残るのみ。
正面から無数の悪魔達を打ち破り、更に城の門を破って城内で戦い続け、その末に王のもとに辿り着いて、ようやく当初の目的である王を相手にするよりは、遥かにマシだと思います。
いかがかな?」
「確かに、その方が王のもとに辿り着ける可能性は高い…でしょうね」
「お分かり頂けて光栄です。ヤージュ先生、軍の準備は私がやります。あなたは彼らと共に先行してオルナーテへと戻り、フロスタルへの侵入の手筈を整えてください」
「はっ。承りました」
「ユウ君達、グラディオさんとアヤネさんの案内をしてくれてありがとう。あとはこちらで全部やるから、大丈夫だよ」
「待ってください」
「…ん?」
「俺達もグラディオさん達と一緒に行かせてください」
「…言うと思った。大掛かりな任務には立候補をしていい事になっているね。だからと言ってコレは、騎士団研究生の君達に任せられる案件ではない。それは分かっているだろう?」
「ですが…!」
「この話はここでお終い!私は学院長として、君達がこの任務に着く事を許可しない。理解しなさい」
「…はい」
「よし。理解が出来たのなら、これから私達はこの後の段取りを話し合います。部屋に戻りなさい」
俺達には従うしか術はない。
黙って部屋を出て、ドアを閉めかけたその時。
「では明日の朝八時に、この街の港から船であなた達を乗せてオルナーテへと出発させます。今夜から物資の搬入を開始し、明日の朝六時には完了するでしょう。その間の二時間は操船に必要な人間が出入りを繰り返すので、誰が入り込んでも分からなくなってしまうでしょうから、あなた達お二人はヤージュ先生と共に、七時半頃に港に到着してください。よろしいですね?」
「はい。分かりました」
俺は静かにその場を後にした。
「…ナオ先生、よろしいのですか?ユウ君、聞いてましたよ?」
「あれー?ホントですかぁー?気付きませんでしたねー」
「まったく、お人が悪い…」
「まぁまぁ。向かう場所が死地だと分かっているのに志願した子達です。思えば、彼らはそうやって強くなってきました。まるでどこかの星の戦闘民族みたいですね☆」
「言ってる意味は分かりませんが、確かにそうかもしれませんね。彼らはこれからも強くなる」
「ええ。あ、そうだグラディオさん、先程の話の補足をさせてください」
「補足、ですか?」
「はい。おそらく、フロスタルに居座る悪魔の王、その名はリドニス。
ヤツが悪魔の王たる所以は、無尽蔵な魔力量にある。
ヤツは他者から魔力を奪い取る事が出来る。
悪魔がこの世界で、受肉しないままその身体を保持する為には膨大な魔力が必要。
おそらくリドニスは受肉させられない手下どもの為に無限に魔力を生み出す大樹ユグドラシルの魔力を使用している。
つまり、ヤツに勝つ為にはユグドラシルの魔力の使用権限をアヤネさんが完全に掌握しなければならないでしょう。
確認ですが、大樹ユグドラシルは玉座の間にあるんですか?」
「ええ。そう聞いています。神降ろしの儀式自体も、玉座の間を改修した急拵えの祭壇でおこなったのだと、祖父は話しておりました」
「ふむ。ならばリドニスもその場にいるでしょうね。
奴の護衛を倒し、奴の注意を引き付け、ユグドラシルから魔力を引き出す余裕を無くさなければならない。
その為には、彼ら四人の連携は心強い味方になるでしょう。
あとは、ヤージュ先生と、フマインという先生も同行させましょう。
グラディオさんには、他に戦力はいらっしゃいますか?」
「はい。当時の王家から仕えてくれている騎士が数名います。逆に言えば、彼らくらいしか戦力はおりません…」
「ふむ。ならば城内の案内はお任せ出来そうですね」
「ええ。それは大丈夫でしょう」
………
……
…




