第十九話-二年後-
ナオ先生の部屋で魔法騎士団の研究生に任命されたあの日から、あっという間に二年が経った。
駆け出しでヒヨッコな俺達は、それでも与えられた任務の数々をきちんとこなしていて、魔法騎士団内でも少しずつ評価を獲得している。
多くの任務はその日で終わる近場の任務だが、それでも大小様々だ。
ゼルコバ共和国の首都であるこのセントラルシティの人口は約十万人。
周辺に点在している村落や農場などからの流出入を含めると、更に多くの人がこの街にいる事になる。
そうすると、細かなお使いから大きな事件まで、本当に毎日毎日任務が発生する。
治安維持の為の警備隊も存在するので、小さなものはそちらと協力したりするし、大きなものは騎士団の人員とで対処する。
そして今日は小さな任務の方だ。
「そっち行ったぞユウ!!」
「任せろ!!ぐあっ!!」
「突破された!マナお願い!!」
「オーケーいくわよ!やあっ!!」
「ナイス!観念しなさいこのっ!!」
「やったかアサギ!?」
「…やったぁ!!捕まえたわ!!キャロットちゃん!!」
「ふいー!やっとかよー!!めっちゃ疲れた〜」
クタクタになった四人のうち、バナーが座り込んでしまう。
だけどまだ任務は終わってない。
「バナー立て。報告に行くぞ」
「へーいへい。そのブチャイクなお猫さまを、届けに行きやすかー」
「フギャー!!!」
〜セントラルシティ・高級住宅街アッパータウン〜
「ンまぁー!ありがとうザマス!ウチのキャロットちゃんを捕まえてくださって!しかもこんな精悍でカッコいい紳士がお二人でなんて!」
「二人…?」
「マナ、抑えて抑えて…」
「いやぁー!なかなかおてんばなキャロットちゃんですね!今度は逃げ出さないようにしっかりと見ていてください!それでは失礼しまっっす!!」
「報酬の件は正規の手続きに則ってお願い致します。それでは、失礼致します」
「あらそうザマスか?せっかくお茶のご用意もしてありましたザマスのに…。」
「申し訳ありません。次の任務が入っておりますので、すぐに戻らなければならないのです。どうかご理解ください」
「分かったザマス。じゃあお二人がもし近くに来る事があったら寄ってくださいザマスね!美味しいお菓子も用意して待っているザマス!」
ザーマス伯爵夫人の邸宅を出てしばらく歩いて、ひと気があまり無い高級住宅街を抜け、ワイワイガヤガヤとした主街区に入る。
そこで、ずっと黙って歩き続けていたマナが爆発した。
「なぁーにがザマスよ!!四人でやったんだっつーの!!ユウとバナーしか眼中に無かったのが見え見え過ぎて怖かったわ!!わたし達もいるんザマスけどぉー!?」
「分かった!分かったからマナ!!魔力を漏れ出させるのはやめてくれ!!一気に気温下がるからやめてくださいマジで!!!」
「まっっっったくもう!!!今度の冬はあの家にだけ雪を積もらせてやるわよ!?」
「いや、そうなったら使用人に雪かきやらせて、本人はあのブサ猫と一緒に室内から眺めてるんじゃないのか?」
「もおおおおおおおおおお!!!!」
まだプリプリと怒り続けているマナに、フラッとどこかに行っていたアサギが、何かを持った右手を差し出した。
それは、こんがりと焼き色が入った肉が串に刺さったものだ。
ほくほくの芋と交互に刺さっているので、食感の違いや風味の違いなどを同時に味わえる。
名前はセントラル焼き。
名前も安易でどこにでもあるような料理だが、このセントラルシティ発祥という事もあり、露店は数多い。
セントラル焼き発祥の店の人気が高まり、才覚のあったその店の店長は、ただのレストランから外食事業を多数展開する一大カンパニーを作り上げた。
そのカンパニーの社長は男性なのだが、最近じゃ良からぬ噂も聞くが、それはまだ調査中。
…ついでに言うと、俺は彼が苦手だ。
「やっぱりセントラルのセントラル焼きが一番美味しいわね〜」
モグモグしているマナはすっかり機嫌も直り、ニコニコで頬張っている。
「はい、ユウとバナーの分」
「お、ありがとう。腹減ってたのかあいつ…」
「まだお昼ご飯食べてないもの。二時間も歩き回った挙句の捕り物だったし、仕方ないんじゃない?」
「そうだな。確かに疲れた。報告に行ったらメシにしようか」
「さんせーい。俺も腹減っちゃったよ。こんなん一本じゃ足りねー」
「分かったって。じゃあさっさと報告に行くぞ」
〜ゼルコバ魔法騎士団・セントラルシティ本部〜
現在の俺達はこの本部で任務を受け、実行している。
建物の中は魔法で拡張されており、外観からは想像もつかない程の広さを有している。
望むならこの本部内に自分達専用の部屋も用意でき、任務と任務の間や、手続きが必要な場合などはその部屋で待機する事も出来る。
「ほい、完了報告書を受理しました、っと。キャロットちゃん捕獲任務ご苦労さん。これで何度目だか忘れたな、この依頼。しかもあれただの猫じゃねーし」
「そうなんですか?」
「あぁ。この前キャロットちゃんよりデカいカラスを、右手の一振りでバラバラにしてボリボリ食ってたぞ。イビルキャットかなんかの幼獣なんじゃないか?」
「そ、そんなもん街中で放し飼いしてちゃダメでしょ…」
「その通りなんだけどね、バナー君。あの伯爵家は色んなトコにコネを持ってるから、あれこれやって申請を通したんだろうな」
既に顔馴染みとなって受付の男性職員が話してくれる。
それを聞いていたマナが突然、口を挟んできた。
「ほほう?」
「え?マナ…?笑顔がめっちゃ怖いんですけど…?」
「いつか必ずあの伯爵家の後ろ暗い所を暴いて、その罪を白日の下に晒してやるわ、と固い決意をしたのであった」
「誰が読むんですかその物語は」
「わたし」
「自作自演も甚だしいね」
「お黙るザマス!」
「あの口調気に入っちゃってんじゃん」
「報告終わった?早くお昼にするザマス!」
「分かった。その口調をやめたら行こう」
「早よ行こ」
「オーケー。行こう」
受付の方に別れを告げ、騎士団本部を後にする俺達。
どこか手頃なレストランはないかと歩き出した、その時だった。
【離したまえ!!】
「ん?」
少し離れた路地から聞こえてきた怒声。
暗がりへと続くその道の先は、明るい表通りからは窺い知れない。
「なーんか、デジャヴったんですけどぉー」
ジトーっとした目でアサギの事を見つめるバナー。
そういえば、アサギと初めて会った時もこんな感じだったな。
「う、うるさい。トラブルは騎士団員として見過ごせないわ。行くわよ!」
「はいよー」
アサギも当時の事を思い出したのか、少し頬を染めながら路地へと入っていく。
「えー?ご飯はー?」
「ま、すぐ終わるだろ」
ブーブー言いながらもしっかりついて来てくれるマナ。
アサギを追っていったバナーを更に追う形で、俺達二人も続く。
暗く湿っぽい路地を抜け、建物と建物の隙間に偶然出来たのであろう、四角い広場へと出る。
「気を付けろユウ!!」
その広場に出た瞬間、バナーから飛んで来た鋭い声。
俺達が入って来た所の正反対の場所に、長身の男性と小柄な女性が壁に追い詰められているのが見える。
その二人と、俺達四人の中間地点に、そいつらはいた。
体格は普通の人間くらいだろうか。
引き締まった肉体を持ち、爪が異様に長い。
そして額から禍々しく伸びたツノ。
その身体には衣服を纏っておらず、代わりに赤い紋様が身体中を覆っている。
極め付けに、背中から生えた一対の翼。
鳥類が持つ様な羽毛の生えたふっくらしたものではなく、蝙蝠が持つ様な黒くて薄く鋭い翼。
正体不明の男女二人が対峙している者たち。
その姿は、間違いなく悪魔のそれだった。




