第一話-物語の始まり-
読み辛くなければいいのですが。
ー不思議な夢を見るー
十五歳になってから今日までの三年間、ずっとだ。
綺麗な女の子が出てきて、その子が、悪い奴らに殺されてしまう夢。
俺は助けようとするのに体が動かない。
降りしきる雨の中で、腕も、足も、声すらも出せずにただ、突っ立っている。
それでも俺はあの子を助けたい。
しかしそれは叶わず、あの子が殺されるのを見て、声にならない叫び声を上げ、その声は自分の中にだけ反響する。
その声で、眼が覚める。
そんな、夢を見る。
「…今日も…何も出来なかった」
目をこすりながら体を起こすと、起床時間に設定していた目覚ましが鳴った。
「あぁ、今日は入学式か」
喧しく騒ぐ目覚ましを止めて、カーテンを開ける。
そして、よく晴れた空を見上げる。
俺の名前はユウ。
俺が住んでいる国の名前は、ゼルコバ。
住んでいる街は、セントラルシティ。
神々の時代より数千年が経った現在。
世界を二分する大国の一つとして栄える、ゼルコバ共和国の首都だ。
俺は十八歳になり、この年からゼルコバ共和国立魔法騎士養成学院、通称アカデミー(もしくは学院)へと通う事になっている。
アカデミーは全寮制だ。
少なくとも一年間は寮で寝起きする事になる。
「暫くはこの家ともお別れか。俺がいない間の事はあいつらに任せてあるけど、本当に大丈夫かな…」
そんな事を言いながら、ゼルコバの中心街へ向かう。
文化、政治、経済、その他諸々、この国の中枢機関が集まった、こちら側の世界の中心都市。
その一角に、俺の今日からの学び舎である、アカデミーがある。
その校門の前に着き、一呼吸置いたところで、バシーンと肩を叩かれた。
「よーっす!ユウ!」
「…なんだ、バナーか」
「なんだとはなんだ!この唯一の親友に向かって!」
「しん、ゆう?なにそれおいしいの?」
「バッカ!めっちゃ美味いっつーの!」
「はいはい、先行くからな」
「ちょっ!?それはなくない!?ユウー?ユウちゃーん?ユウさーん!?」
こいつは幼馴染のバナー・メイヤード。
いつから一緒にいるか分からないくらい、付き合いの長いやつ。
小さい頃、帝国から共和国に移り住んで来た。
その頃からの知り合いだ。
バナーと一緒に校門を抜け、校舎へと向かっていく。
その途中で…
「やめてって言ってるでしょ!」
「ん?」
「何か聞こえたな」
「あぁ」
俺とバナーは同時にその声を聞いた。
一番大きい校舎へと向かう道から少し外れ、生垣やら何やらの向こう側に、小ぢんまりとした道場のような佇まいの建物が見える。
その横側、建物と建物の間にある細い道に、男数人と女一人が話しているのが見える。
「おいおい、そんな口をきいていいと思ってるわけ?僕は帝国の大臣の息子だよ?」
「そんな事知らない!とにかく離して!」
「チッ、本当に生意気な女だな。せっかく僕の妾にでもしてやろうとしたのに」
「死んでもゴメンだわそんなの!」
「あぁ!?」
「うーわー、あーいうのってどこにでもいるんだなー」
バナーが苦笑している。
「そうだな…」
俺はその声を聞きながら、歩みを進めていく。
「その辺にしておいたらどうだ。これだけ嫌がられているんだ。もうお前の取りつく島は無いと思うが?」
「あー?なんだお前?関係無い奴はすっこんでろ!」
「たしかに関係無い。が、このまま見過ごすのも胸糞悪いんだよ」
「お前の胸糞なんて知るか!おいお前ら!こいつを黙らせろ!」
「「おう!」」
下卑た笑いを浮かべながら俺達の方に歩いてくるチンピラBとチンピラC(名前知らない)
とりあえず殴れば黙るだろうとでも思ってるのかもしれない。
「やるのか?ユウ」
「こうなったら仕方ないだろ?」
「そうだな、やるか!」
獰猛な笑顔を見せているバナー。
二対二の殴り合いのケンカにな…るはずだった。
が、やはりチンピラはチンピラでしかないようで、ただの右パンチを左手で払って鳩尾に一発叩き込んだら咳き込んで動かなくなった。
バナーの方も同様。
「なんだ、こんなもんか」
「な、な、何やってる!?さっさと起きろ!!」
「無駄だと思うが。ただ呼吸をするのだけで精一杯なはずだ。あと数分もすれば歩ける様になる。俺らはもう行くから、こいつらの事、助けてやれよ?」
「なん…だと…!?」
「おーい、そっちのキミー!俺らと一緒に行こうぜー?」
バナーが奥にいる女の子に声を掛けるのだが、反応が無い。
こっちを見ながら固まっている、のか?
「お前ら!!こんな事してタダで済むと思ってるのか!?」
「うーわ、またベタ中のベタなセリフを…お前みたいなキャラ、この先二度と出てこないぞー?」
「くっ…どこまでも僕を馬鹿にしやがって…こうなったら仕方ない…後悔したって許さん!!強化外装!!」
そう叫ぶなり、チンピラAの身体全体を光が包み始める。
魔法の基礎中の基礎である、身体強化の魔法だ。
この世界の人間が一番最初に覚える魔法であり、かつ一番シンプル。
反応速度上昇、基礎体力上昇、筋力上昇など、様々な効果を自らの身体に付与し、その身体を武器にも鎧にもする事が可能な原初の魔法。
愚直に鍛え続ければ、一人で一軍に匹敵する程の強靭な肉体を手に入れる事が出来る。
「あーらら、ただのケンカに身体強化魔法使っちゃいますー?」
「はっ!謝ったって遅い!!小さい頃から我が家付きの家庭教師の元で鍛えた俺の魔法の前にひれ伏すがいい!」
「だってさ、ユウ?」
「くだらん。お前が挑発し過ぎたせいだぞ」
「んなこと言ってもさー、ここまでのバカだとは思わないじゃん、初対面なんだし」
「ごちゃごちゃうるさい!!今すぐグチャグチャにしてやる!!」
来るか、と二人が身構えた瞬間。
スパァーーーン!!
と、小気味良い音が響いた。
同時に白目を剥いて倒れるチンピラA。
その向こうに、光に包まれた竹刀を持った女の子が見える。
「おいマジか。武装創造した竹刀で無防備な後頭部をぶっ叩いたってか!」
「あんた達がチンタラやってるからよ。あのままでも私一人でやれたのに」
バナーが目を見開いている。
女の子は、魔力で作り出した竹刀を消しながら歩いて来る。
「ふむ、たしかにそれくらいの力量はありそうだ。だが、あんな大声を出したんだ。それに気付いて近づいて来た俺たちに非は無いと思うが?」
「そうね、本気で嫌だったからつい、大声を出しちゃった。それで来てくれたっていうなら、お礼を言うわ。ありがとう。でもチンタラしてたのは本当でしょ?教室の集合時間まであと15分しかないわよ」
「おーっと!?ヤバイじゃん!早く行こうぜ!しかしチンピラA、帝国の人間だって言ってたけど、何でこんなとこにいるんだろうな?」
「さぁ?どうでもいいわよそんなこと」
「だな。さっさと行こう!」
バナーが時間を確認し、三人で走り出す。
結局、教室に着いたのは集合時間の三分前になってしまい、既に席に着いていたクラスメイトにも、準備をしていた先生にも注目され、お前ら派手な登場だな、なんて言われてしまった。
初対面での緊張感はあったものの、その一言でなんとなくみんなが笑っていたから良しとしよう。
さて、ユウ達が今日から通うこの学院について説明しよう。
この学院に担任制度は無い。
全ての人間に生まれつき備わっている魔力には属性があり、その属性によって得手不得手が決まる。
なので、学院に在籍するものは自分の意思で、どの様な授業を受けるか決める。
学院への入学が決まった時点で、最初の3ヶ月間で受ける授業を選択する事になっており、入学式が終われば、早速だが初日の授業が始まる。
学院指定の制服やローブ、靴なども支給されており、ほぼ毎日その制服を着て過ごす事になる。
自分の荷物は、前日の決められた時間までに自分で寮に届ける事になっており、その際に部屋の近い何人かと顔を合わせた。
その顔を合わせた何人かも教室内にいることから、寮の部屋は同じクラスの生徒である程度まとめられているらしい。
このクラスにはバナーと、さっきの女子も一緒だった。
「あ、お前」
「なに?ていうか、お前って呼ばないで」
「あぁ、失礼。名前は?」
「アサギ。改めて、さっきはどうもありがとう。貴方の名前は?」
「名前は、ユウ。別にいいよ。何もしてないようなものだし」
「…ふーん?」
「ん?」
「なんでもなーい」
「なんなんだ?」
先程の女子、アサギは、興味津々って表情をしたと思ったら、踵を返して行ってしまった。
「っおーい!何を話してくれちゃってたわけー?ユウちゃーん?」
「気色悪い声を出すな。それから、特に中身のある会話はしていない。自己紹介をしたくらいだ」
「ほほう?俺より先に女の子と仲良くなるなんてな〜」
「だから、ただの自己紹介だっての」
なおも絡んでくるバナーをユウがあしらっていると、教室のドアが、ガラッと突然に開いた。
他のクラスの男の子、ではなく、先程教室にいた先生だ。
「よーしお前ら〜、これから講堂に移動して、入学式の開始だぞ〜」
「先生、その洞爺湖って書いてある木刀ってどこで買えるんですか?」
「これは俺の魂で〜す。売り物じゃありませ〜ん」
死んだ魚のような目をした天パの教師が、生徒達に教室の外に並ぶように言う。
(ってか、洞爺湖ってどこだよ?)(さぁ?)
などと囁き声が聞こえるが、先生は気にしていないようだ。
特に整列をさせられた訳ではない為、顔見知り同士で固まって並んでいる。
歩いている最中も、仲を深めようという話し声が止まない。
先生(ギンという名前だそうだ)も特に注意はしない。
入学式はつつがなく始まった。
学院長は欠席だそうで、代わりに主任教授の人が話している。
「なぁ、あの人竜翼人らしいぜ」
「へぇ、世界に数人しかいない、あの…」
「らしい。世界で十指に入る強者だそうだ」
「ふーん…」
バナーが小声でユウに話し掛けている。
バナーはこういう事情に明るいようだ。
世界最強は誰か?とか、子供の頃から何度も話してきたのだ。
竜鱗人のヤージュ先生の話は面白く、自身の経験を元にこの学院でどの様に過ごすべきかを無知な学生達に諭してくれている。
ヤージュ先生の話が終わり、次の人を紹介する運びとなる。
その途端に入ってくる大勢の男達。
元首守護隊という共通の腕章を付けている。
「おい、あれって…」
「まさか、これから来る人って…」
『静粛に!これよりゼルコバ共和国元首、ジャヤ・スイガーノ様よりの御言葉である!!』
拡声器を通して張り上げられて耳を劈くように大きくなったヤージュ先生の声よりも、その語られた内容に集まった全生徒が動揺している。
それもそのはず、いつもは魔水晶宮殿から出て来ない、この国のトップが登場するのだ。
この物々しい警備にも納得がいく。
そして壇上に現れた、共和国元首。
堂々とした態度と、細身ながら精悍な顔付き。
ゆったりとした歩調で中央に進んでいく。
元首となる前は共和国軍総司令官を務めていたバリバリの武闘派で、三十年以上前の帝国との小競り合いが続く時代には数々の戦場で武勲を挙げていたらしい。
そんな彼が壇上中央にあったマイクを持って、おもむろに話し始めた。
「皆さんこんにちは、そしてはじめまして。今ご紹介にあった、ゼルコバ共和国元首のジャヤです。私が今の元首という地位にあるのは、自分がこの国を変えたいとか、動かしたいとか、そういった理由ではありません。ただがむしゃらにその時の自分で出来る事をやり切ってきただけ。それによって、自分の出来る事がどんどん拡がっていって、それを成すに足る地位へと進んでいっただけ。時には苦しくて辞めたいと思った時もありました。それでも、自分を支えてくれる人や、自分が支えたいと思う人の力になりたいと、その想いは自分の中に確かな火を灯し続けてくれました。皆さんは、支えてくれる人、支えたいと思う人はいますか?いる人はその想いをずっと持ち続けてください。いない人は是非見つけてください。それが貴方の力になるから。誰かを想う気持ちはどんな剣や魔法よりも強い。それを貴方達の持ち得る力で、守り通してください。そうしていれば、貴方達はどんな夢でも実現出来るはずです。まずは自分の為に、そして次は、自分が大切に想う人達の為に、その力を行使してください。それが、この国の未来を守りたいと思い、そして貴方達に守って欲しいという、私の願いです。ありがとうございました」
落ち着きのあるバリトンボイスで語られる、とても国のトップとは思えないような簡潔なスピーチ。
だが、その言葉には確かな重みがあり、これを聞いた者にしか受け取れないような熱が込められていた。
講堂全体から自然と湧き上がる拍手。
それに静かに手を挙げて応えつつ、元首は壇上を後にした。
入学式はその後も続いたが、あとは各専門の先生方の紹介と、朝と夕方に集まる為の教室の割り振りが発表されたくらいで終わった。
講堂から順番に規制退場したユウ達は、朝集まった教室に向かう。
その途中の渡り廊下で、その下を学院の入り口に向けてゆっくりと走る車列を見つけたユウとバナー、そしてアサギは、窓からその様子を見ていた。
真ん中を走る車に共和国旗がはためいている事から、あれには元首が乗っているのだろう。
そう結論付け、目線を前に向けようとした瞬間、その車列の先頭から爆炎が上がった。
閃光、爆音、震える窓ガラス…
数十メートル先の光景をここにいる者全てが理解出来ていない。
三十年前に帝国と停戦協定が結ばれて以来、どういった勢力とも戦闘行為など起きていないはず。
それだけ平和な治世が続いていたのだ。
元首の乗った車を取り囲む者達の姿が見える。
守護隊も応戦しているが、不意をつかれた事と相手の多勢により防戦一方のようだ。
学院の先生達もこの事態に気付き、ヤージュ先生も含め応戦に向かった。
緊急事態につき、生徒はもう一度講堂に集まるように告げられ、またぞろぞろと歩き出す。
ユウは歩きながら窓から情勢を見ていたが、車列の後方にいた車からフラフラと出て来た1人の少女の姿を見て足を止める。
間近で行われる魔法戦の余波を受け、少女が乗っていた車は前面がひしゃげている。
その衝撃をモロに受けてしまったのかもしれない。
少女はそのまま倒れ込んでしまった。
「おっと、どうしたんだよユウ?急に立ち止まって。…ユウ?」
「あれは…!」
「えっどれ?あっ!おいユウ!!」
「ちょっと何なのよ!?」
「俺が知るか!!とにかく追うぞ!!」
急に走り出したユウの後ろをバナーとアサギが追う。
先程とは違って整列しながら歩いていた生徒達の横をすり抜けながら進む三人は、中庭から校門へと続く道に出て、その戦場を間近に見た。
むせ返る程の血の匂い、爆発した車から立ち昇る黒煙、魔法による効果で変形した地形…
初めて目にした本当の戦場に戸惑っているバナーとアサギ。
だがそれに構わずに、先程見た少女の元へ駆け寄るユウ。
「おい!大丈夫か!?」
「ユウ、知ってる子なのか?」
「ああ、この子は、俺の夢に…」
「は?夢?それってどういう」
バナーがユウの言葉の意味を問おうとした瞬間、少女が乗っていた車が爆発し、その爆風が四人を襲う。
それぞれがお互いをかばい合い、大きなダメージは受けなかったものの、その衝撃は凄まじいものだった。
そして、舞い上がった粉塵が収まった後に姿を現した男を見て、意識のある三人は驚愕する。
「ハーッハッハッハ!!!また会ったなお前ら!!!今度こそグチャグチャにしてやるよ!!!!」
「あいつは…チンピラA…」
「僕の名前はロキだ!!誉れ高き不協和音の一員のロキ!!お前らはグチャグチャにしてバラバラにして道端に捨ててやるよ!!」
再び不快な下卑た笑いを浮かべながら迫り来るチンピラA改め、ロキ。
今朝の小競り合いの時と同じく、その身を強化外装の光が包んでいる。
しかし今朝よりその輝きが増しており、そして赤く濁っていた。
「今朝はこの襲撃計画の前だったから殺すのはよそうと思っていたが、もうこうなっては関係無い。この場にノコノコと出てきちまったお前らの運の悪さを呪うんだな!!ヒーハハハハハハハ!!!」
狂ったように笑い続けるロキ。
その姿は禍々しい程の魔力を放っており、一般人では到底太刀打ち出来ない程の魔力圧を有していた。
だが、そんな事は関係ないとばかりに立ち上がるユウ。
「…どうでもいいが、お前は語彙も貧弱なんだな。グチャグチャとかノコノコとか、小さい子供の様だ。その性格も含めて、な。この襲撃がどの様な理由での事なのかは知らないし、知りたくもない。俺は、ただ目の前の敵をぶっ潰す。それだけだ」
≪武装創造≫
ユウは静かに自分専用の武装魔法を詠唱する。
青いオーラに包まれる全身。
その左手に現れたのは青空のような色をした弓。
そして右手には氷で出来た矢が。
矢をつがえ、ロキへと向けるユウ。
「フハハハハ!この時代に弓矢とはな!!笑わせてくれるじゃないか!!」
「おい」
「あ?」
「笑いたいなら今のうちに笑っておけ。すぐに笑えなくなる」
「なに…?」
矢を放つ。
気付いた時にはもう、ロキの右腕を掠めていった後だ。
うっすらと血が流れ出した己の腕を見て呆然としているロキ。
「ほらな?」
ユウのその一言にバッと顔を向けるが、その顔には既に笑顔は無く、代わりに先程まで以上の怒りが沸々と湧いてきているようだ。
「殺す!!」
「弱く見えるからあんまり強い言葉を使うなって、昔の偉い人が言ってたぞ?」
「コロス!!弓矢なんてな、当たらなければどうという事は無いんだよ!!」
そう叫び、一気に距離を詰めるロキ。
接近戦に持ち込むつもりだ。
だが、ロキとユウの間に躍り込む人影が一人。
「そうはさせない為に俺がいるんだよなあ!!」
「クソ雑魚があ!!すぐに捻り潰してやる!!」
身体強化魔法を使って身体能力の底上げをしているロキと真正面から組み合い、力比べを繰り広げるバナー。
その身体は金色のオーラに包まれている。
「そうか、お前もか!!」
「ああそうだ!身体強化魔法を使えるのがお前だけなわけねーだろ!!」
互いの渾身の力で相手を潰そうとするバナーとロキ。
だが怒りに思考が支配されているロキは既に忘れていたのだ。
この場には自分の敵が二人いるという事を。
目の前のバナーの事しか見ていないロキの左腕に氷の矢が突き刺さる。
「ぐあっ!?」
「まさかとは思うが俺の事を忘れてないだろうな?」
「ゴミがあ!!!」
「ほらほら、また意識を逸らす。だから、こうなる」
「がはっ!!」
ユウの方に意識を向けた瞬間にバナーが素早く足払いをかけ、体制を崩したところに渾身の蹴りを入れた。
たまらず吹っ飛ばされ、校舎の壁に激突するロキ。
ユウが武装創造で生み出した弓矢で遠距離から多数の殲滅。
バナーが強化外装で身体強化をし、ユウに近付く者の足止めと排除。
出会った頃すぐに意気投合して、それ以来、思春期特有の不良者たちにふっかけられる数々のケンカの場をくぐり抜けてきた二人だ。
お互いがお互いの弱点を補い合い、その戦力はもはや、ただの学生のそれでは無かったのだ。
長年お互いを相棒として恃み、その連携練度に自信を持っているユウとバナー。
だが、そんな二人の連携攻撃を受けたにも関わらず、更にドス黒く赤いオーラを噴出させながら起き上がるロキ。
握りしめる両拳には炎のようなものが揺らめいている。
「まさかただの学生がここまでやるとはね…。驚いたよ。もう油断はしない。ここからは、本気で相手してやる」
吹っ飛ばされて頭が冷えたのか、先程までの迂闊な様子はもう見られない。
「まずいぞユウ。あいつ、やっぱり強い。俺は結構強めにぶち込んだのにピンピンしてやがる」
「ああ、あいつはただのケンカじゃなく、人を殺す事を繰り返して来たのかもしれない」
「まさか。そんな事このご時世でバレない訳が無いだろ」
「いや、さっきあいつが口走った組織名が気になる。不協和音…その名をした古代からの秘密結社が存在すると聞いたことがある。あくまでも伝説の類として、だったが。実在していたようだな」
「マジか。じゃあ二人掛かりでも厳しそう、かな?」
「そうかもな。だが、倒そうとしないでいい。形勢はこちら側に有利となりつつある」
そう、ユウの言う通り、この襲撃事件の現場全体を通して見れば、元々精鋭のみで構成されている元首守護隊と、学院側の人間が加勢したのも合わせて、ディソナンティア側はかなりの人数が倒されていた。手が空いた味方がこちらに加勢してくるのも時間の問題なのである。
「ククク…他の連中が助けに来るまで時間稼ぎをするつもりか?そういう考えが甘いっていうんだよ。僕が君達を殺すのに時間がかかるとでも?」
「あいつ、雰囲気が変わったな」
「ああ。死ぬなよバナー」
「お前もな」
覚悟を決めて立ち向かおうとした二人なのだが、そこに涼やかな声が掛けられる。
「ちょっと、私の事をいつまで忘れているつもりなの?」
「アサギ…」
「まったく、またチンタラやってるわね。しょうがないから私も加勢してあげる。三人なら勝率も上がるでしょ?」
「素直じゃないな、お前は」
「うるさいわね。それから、お前、はやめて」
「すまん。慣れると自然と言ってしまうんだ、許せ。さっきの女の子は?」
「あの子が乗ってた車の陰に。目立った外傷は無いから、そのうち眼が覚めるわよ」
「そうか、ありがとう」
「おいおい、お二人さん余裕だな?俺様は冷や汗の勢いが止まらんぜ!?」
実際には三人とも余裕など無いのだが、それを認めてしまうと足が震え出しそうだった為に、あえて軽い空気を演出していた。
だがその空気もロキの一言で終わりを告げる。
「友人とのお別れの挨拶はもういいかな?」
「ああ、待ってくれた事に対しては礼を言おう。だが、俺達は誰も、死ぬ覚悟なんてしていない」
「…ほう?」
「この三人ならお前に勝てなくても負けはしない」
「ふん…ならば試してみるがいい!!」
地面を蹴り、さながら砲弾のように飛び出すロキ。
それを迎え撃つのはバナー。
だが、戦闘当初よりも魔力が込められたロキの強化外装はバナーの徒手空拳を軽く防御してみせる。
その逆に、ロキの拳は的確にバナーの防御の隙を突き、確実なダメージを与えていく。
「オラァ!!」
「ぐあっ!」
遂に防御を破られて吹っ飛ばされるバナー。
黒焦げになった車の車体に激突し、その激痛で動けなくなってしまった。
「バナー!!」
「他人の心配をしている場合かお前は!!」
「くっ!!」
一気にユウへの距離を詰めるロキ。
だがそこへアサギが割って入る。
「私の事を忘れるなって言ったわよね!」
「邪魔だ女ぁ!!」
巧みな竹刀捌きでロキの攻撃をいなし続けるアサギ。
ユウは隙を見て何度も氷の矢を放っているのだが、ロキから立ち昇る赤いオーラによって蒸発してしまっている。
どうやら炎のような属性を持っているらしい。
その為、アサギが割って入った時からユウ自身の奥の手のために、魔方陣へ魔力を注ぎ込んでいた。
最初こそ攻撃と防御を織り交ぜて善戦していたアサギも、段々と追い詰められていく。
「くっ!!」
アサギの善戦も虚しく、武器である竹刀を吹き飛ばされガラ空きとなった身体を、ロキが横薙ぎにした拳で吹き飛ばした。
「キャアッ!!」
悲鳴を上げつつ壁に激突したアサギも、その衝撃で動けなくなった。
その瞬間!
「氷矢驟雨!!」
ユウの叫び声が響き、最大限に魔力を込めた魔法が発動した。
「無駄だ!!煉獄の業火!!」
ロキから常に放出されていたドス黒いオーラが、赤々と燃え盛る炎のような色に変わりつつ膨れ上がった。
そして、ユウの持てる最大の技として放たれた無数の氷の矢は、ロキの身体の数メートル手前で蒸発してしまったのだ。
「そんな…」
「ハハハハハハ!!だから言っただろう!!僕とお前達ではレベルが違うんだよ!!」
魔力も尽き果て、力なく膝をつくユウ。
それを見て、トドメを刺す為に近付いて行くロキ。
その手には武装創造で生み出した血の色をした三叉槍。
「おいユウ!!なに諦めてんだ!!逃げろ!!」
バナーが叫ぶ。
アサギもその事態に気付き、助けようと体を起こそうとするが、それは叶わない。
当事者であるユウも、魔力の枯渇によって全身を虚脱感が襲っており、動く事が出来ない。
そして。
「終わりだ。よくここまで戦ったよ。じゃあな。血霞みの三叉槍!!」
勢いを付けて突き出される槍が真っ直ぐにユウの心臓を貫いた…
はずだった。
ガキィィィィンンン!!!
ユウの断末魔が響き渡るはずだったその空間に代わりに響いたのは、硬いもの同士がぶつかり合う音だった。
「あぁ?」
「なん、だ…?これ…」
怪訝な顔をしているロキ。
その反対側で固まっているユウ。
両者の間には、大きな氷の壁が立ちはだかっていた。
ロキの生み出した槍の切っ先はその氷壁に突き刺さり、中程で止まっている。
「やっと、逢えた…」
「え?」
涼やかな声が聞こえ、ユウがそちらを振り向くと。
この戦闘が始まる前に助けたあの少女が立ち上がり、こちらを見ていた。
その全身は青白く光り輝き、魔法の行使中であるようだ。
という事は、目の前の頑強な氷壁は彼女が生み出しているという事になる。
「キミ、は…?」
「わたしは、マナ。夢で何度もあなたに会っている。あなたはわたしの力を使う事が許された唯一の人間。これから先の運命を共に乗り越えていく存在」
「え、え?何を言ってるか分からないんだが…」
「説明は後。まずは目の前の敵をぶっ潰す。それだけ、なんでしょう?さぁ、わたしの力を使って」
そう言いながら、ユウの手を取るマナ。
マナの青白いオーラがユウの中に流れ込んでいく。
「魔力が…回復した…」
「今のあなたならわたしの力を引き出して、あいつのオーラにも負けない氷の矢を作り出せるはずよ」
立ち上がったユウの全身からオーラが立ち昇る。
それは今までのどの瞬間よりも蒼く輝き、その両手から生み出された弓矢は美しいフォルムと透き通る氷の力を持っている。
「クソがぁ!!」
ガシャァァァン!!と、ロキが氷壁を破壊してユウ達に迫る。
それを見ながら矢を番えるユウ。
「勝てんぜ、お前は」
【絶対的終焉】
マナの魔力を借り受けて生み出された一矢は、誰の目にも追えない速度でもってロキの胸の中心に突き刺さった。
ロキの全身が、矢の刺さった場所から急速に凍り付いていく。
「ぐああぁぁぁおおおあああああ!!!」
断末魔を上げるロキだったが、その声もやがて途絶えた。
「…勝った、のか?」
「そのようね…」
「ああ、俺達の勝ちだ」
「よっしゃああああ!!!」
動けないにも関わらず、勝利の雄叫びを上げるバナー。
対照的に微笑を浮かべてながらユウを見やるアサギ。
ユウはその二人に応えながらも、全身の脱力感からか、地面に座り込んでしまった。
マナはその隣に佇んでいる。
その後ユウ達は、敵を潰走させたヤージュ先生達に保護され、救護室で一夜を明かす事になった。
なにはともあれ、ユウ達の運命が加速する一日は、こうして幕を閉じたのである。
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