第十六話-神々の使徒-
「う、おおおおおおおお!!!!!」
右の刀で縦に切り下げ、左の刀で斜めに切り上げる。
その浮力を利用して身体を回転させ、ガラ空きのベルジアントの胴体を両手の刀で横薙ぎにする。
そのまま吹っ飛ぶはずだったベルジアントの身体はユウの魔力によって引っ張られ、生まれた空間を一足飛びで跳躍したユウはその勢いを乗せて二刀を振るう。
上から振り下ろされるユウの二刀が、ベルジアントの胴を左右斜めに交差して斬り下げられた。
ガキィィンという音が洞窟内に響き、次いで、重い身体が地面に倒れ込む音が響く。
「はぁ、はぁ…」
息が切れ、肩で大きく呼吸をするユウ。
仰向けに倒れ伏したベルジアントはまだ動かない。
最後の一撃は、ユウが今まで振るった攻撃の中でも最高の一撃だった。
だが恐ろしい事に、その刃がなぞった部分も、浅く傷が付いただけに過ぎない。
にも関わらずベルジアントが動けずにいるのは、ユウの氷属性の魔力が全身に回り、思うように動かせない状態だからだ。
彼の大槌-ミョルニル-は数メートル先に落ちている。
「なぁおい…」
ユウの息が整いだした頃、不意にベルジアントが話し出した。
「なんだ」
「俺の体は動かせないが、俺はまだ死んでない。この後どうするってんだ?そこのお姫様を抱えて逃げ出すのか?」
「まさか。お前はここに封印する」
「封印、ね…」
「あぁ。お前は、ここに誰が封印されているか知っているか?」
「氷神リサだな。俺はアイツの封印を解くつもりだったが、その前にお前らが来たせいで無駄足になっちまった。で、それがどうした?」
「氷神リサは、マナのパートナーだった。さっき俺を助けてくれたのもリサさんだ。そして、俺もマナもリサさんも、属性は氷。更にこの空間はリサさんから発せられる氷の魔力で満ちている。その魔力と俺達の魔法の技術を使って、封印術式を展開する。お前の時は、ここで止まるんだ」
「…ふーん、そうか。それは、少し困るなぁ」
「困る、か。お前と…お前達と初めて会った時から疑問だったんだ。お前達の目的はなんだ?」
彼らと初めて会った時。
それは数ヶ月前の春の寧日。
ユウも含めて多くの人が、新しい環境への期待と希望と少しの不安を胸に抱いて参列した、入学式のあの日。
輝かしい出発の日となるはずだったあの日は、爆発した車から立ち昇る黒煙と、飛び交う魔法、交差する剣戟、そして飛び散る血飛沫によって赤黒く染め上げられた。
ユウに至ってはマナとの出逢いを経て契約を結び、自らの在り様を変えた。
そしてあの日から今日までで二度、相争う事になっている。
「あの日からずっと考えてた。あの日、あのアカデミーを襲った理由はなんなんだ?」
「アカデミー…? あぁ、あれか、あれはな、ロキを始末する為さ」
「な…に…?」
「違うか。ロキを始末して貰うため、だ。お前、あの場にいたんだろ?あのバカを殺したのもお前だって聞いたぜ?ほーんと、よくやってくれたなぁ」
「アンタ!!アイツは仲間でしょ!?何でそんな言い方出来るの!?」
マナが憤る。
だがベルジアントはニヤニヤ笑いながら話し続ける。
「あいつは仲間だったよ、確かにな。だが、同時に手の付けられないバカでもあった。あの森のあの遺跡は、あいつとあいつの部下達に与えられた活動拠点だった。そこで大人しく命令を待ってれば良かったのによ。森の周りの住民を誘い込んで殺す、なんてタチの悪い遊びにハマりやがった。それでも上手くやりゃ良かったんだが、あのバカどもは雑でいい加減でな!すぐに噂が広まった。あの森は人を拐かす、ってな」
事実、その噂を聞き付けたスカイの父親、ブルースカイ州の州王が、魔法騎士団長のナオに協力を仰いだ事から、あの事件は始まった。
「妖異や怪異の噂話はすぐに市井を駆け回るもんだ。そんな事になったら次の瞬間には魔法騎士どもが確かめに来る。バカどもが捕まるのはいいが、自白なんてされたらたまったもんじゃない。だからそんな事になる前に、華々しく散れる場を用意したってわけさ。お前らのおかげでこっちの手間は遺跡の掃除だけになった。だがなんたる事か、そこでお前らに会っちまったのは、お互いに運が悪かったなぁ」
ノンビリと、世間話でもするように自分達の内情を話すベルジアント。
無論、話していい内容だから話しているのだろう。
では彼が口を止めないその目的は?
ベルジアントとの会話から意識を逸らして、ユウがそう考えた時だった。
ふと見上げた宙空に、銀色の仮面が浮かんでいた。
「お、迎えが来たな。お前ら、付き合ってもらっちまって悪いなぁ」
その銀仮面に気付いたベルジアントはまたニヤニヤとユウ達に語りかける。
「やはり時間稼ぎか…!」
気付くのが遅過ぎた、とユウは封印術式を展開し始める。
銀仮面が喋り出す。
【喋りすぎだよ、ベルジアント】
「悪い悪い。だが言っちゃならん事は何も言ってないぜ?」
【そのようだね。だけど、今回の命令無視と独断専行に対する罰は受けてもらうよ】
「へーいへい。煮るなり焼くなり好きにしろって。じゃあな、坊主。お互い、また会う事がない事を祈ろうぜ」
「逃がすと思ってるのか!」
かつてロキに撃ち込んだ ものと同じ封印術式を纏わせた氷弓を構え、ユウは言い募る。
その弓の弦は限界まで引き絞られ、飛翔した。
しかし、ベルジアントも銀仮面も焦る様子は無い。
そもそも、銀仮面はどこから現れたのか。
その疑問は次の一瞬で解決される。
ユウが放った封印の為の矢は、ベルジアントへと真っ直ぐに向かった。
だがベルジアントに当たる事はなく、彼が横たわっていた場所に突き立つ。
ユウ達は見た。
弓矢が当たる寸前、ベルジアントの身体を黒いモヤが包み込むのを。
【惜しかったね。理由を質すなんてせずに、即座に封印してしまえばよかったのさ。格上相手に余裕を見せられるのは、勝利が決定した時だけだ】
「…覚えておくよ」
【ふふ、いい子だ。さて、聞くのだ、光の大魔法使いナオ・ジークムント・アリステスの加護厚き者よ。かの者に伝えよ。我ら神々の使徒の雌伏の時は終わった、とな。いつか相見えた時が、かの者、かの者に与する愚か者共の最期の時になるだろう。そしてその時はゆっくりと確実に近付いている。心せよ…】
「じゃあな、楽しかったぜユウ。次は本気の本気で殺り合おう」
【あぁそれから、ひとつ置き土産を残しておく。君達が伝言役を果たせるかどうかは、ここを無事に脱出出来るかどうかにかかっている。精々頑張りたまえ】
ユウの魔力による拘束を解いて、ヒラヒラと手を振るベルジアント。
そして銀仮面が発する黒いモヤに飲み込まれ、消えた。
その直後、この氷のドーム内の空気がビリビリと震えだす。
次いで、リサから溢れ出た膨大な魔力が凝縮する気配。
「クソっ!!置き土産ってそういう事か!! マナ来いっ!!」
「えっ!?きゃあっ!!」
そばに立っていたマナと、気絶して倒れていたミサを抱き抱え、ユウは出口へと走る。
ユウの肩越しに後ろを見たマナは、自分達が立っていた場所に轟音と共に巨大な氷柱が湧き立つのを見た。
それは空間を埋め尽くす勢いで湧出し続けている。
地上へと向かう通路を駆け抜ける間にも、ユウ達の後ろの空間が氷に閉ざされていく。
「待って、ダメ、リサが…リサが!!!」
「今は無理だマナ!!俺達はまだ死ねない!!必ず戻って来るからその時まで待つんだ!!」
「うぅ…!」
喉の奥から吐き出された悔しさの滲む声もまた、氷の破砕音にかき消されてしまう。
下る時は優美に見えた氷の洞窟が、今は二人を死へと誘っている。
魔法で限界まで身体強化をして、全力疾走をし続けてしばらく。
やっと出口が見えてきた。
だが氷柱の湧出はユウのすぐ背後に迫っている。
このままでは、あと一歩の所で三人とも氷柱に潰されてしまう。
それを察したユウは間違った覚悟を決める。
三人ともよりは、まだ、一人だけの方が。
その覚悟を実践しようと、つまりマナとミサを逃がす為の犠牲になろうとした時だった。
光差す出口から聞き覚えのある声が聞こえた。
「せぇーのっ!!」
次いで、ユウ達の横を通過する青い炎。
その炎はユウ達を貫かんと湧き出た氷柱の先端部を溶かして湧出を押し留める。
それはほんの一瞬だったが、ユウ達が脱出するには十分なものだった。
二人を抱えたユウが出口から飛び出す。
一瞬遅れて氷の槍がその背中を掠めた。
リサの魔力が無い為か、それより先には出て来ないようだ。
飛び出した勢いそのままで地面をゴロゴロと転がる。
それが止まり、二人を抱きしめていた手をほどく。
仰向けに大の字になったユウは肩で息をしていて、余裕なんて一欠片も残っていない。
「間一髪だったな!俺様に感謝するがいい!」
「ハァ…ハァ…ありがとう…バナー…」
なんとかユウが絞り出した言葉に、ニカッと笑うバナーは、片手を差し出してユウを起こす。
「おう!!無事で良かったな。ベルジアントは?」
「待ってバナー。ユウは少し休ませてあげて。わたしが説明するから」
「っと、悪い…あー、それならみんなで一緒に聞くか。ミサさんの様子も診てもらわないといけないし、プレビニエンスに戻ろうぜ。にしてもあの氷、俺の炎ならなんとか出来るんだな…」
ユウの息が整うのを待ち、グリフォンでプレビニエンスへと帰還した四人。
幸いにもミサの怪我は軽く、簡単な手当てが終わった頃には意識を取り戻し、皆の無事を喜んでいた。




