第十三話-蠢動する悪意-
ーーー怒号、衝撃音、土が抉れる音。
ーーー怒号、衝撃音、壁が壊れる音。
ーーー怒号、衝撃音、人が倒れる音。
幾度も繰り返される音、音、音。
倒れた者の身体から滲み出る汗や鮮血が、腐葉土に覆われた肥沃な森を汚していく。
ヒト&ハーピィ連合軍 対 巨人族。
その戦いは激しさを増していった。
ヒトの陣営は、巨人族の巨大な拳をかいくぐり、その身に攻撃を叩き込まねばならず、それに成功しても生半可な腕ではかすり傷程度のダメージしか与えられない。
反対に巨人族の陣営は、小さな傷を厭わずに拳や蹴りを繰り出し、それが当たればほぼ一撃でヒトを沈黙させられる。
百人程いたヒトの冒険者達は、三十人程の巨人族によって徐々にその数を減らされていく。
対して、ヒトから巨人族へのダメージは微々たるもので、もしこの戦いに参加しているのが彼らだけであったらそのまま押し切られてしまっただろう。
ゲイルを長とする冒険者の部隊は、装備も充実していて並大抵の獣や魔物ならものともせずに撃破できる。
だが、巨人族はこれまで数百年の間、殆どが姿を隠して暮らしてきており、その個体がヒトに対して悪さをするのは百年に一度あるかないか。
そしてその様な事が起きた後、巨人族はまた姿を隠す。
繁殖力は低いが、その分長寿で強い。
更には土の精霊との関わりも深く、死した後は土の精となる者もいる程だ。
そんな事情もあり、今回集った百戦錬磨のベテラン達の中にも巨人族と戦った者はいなかった。
自分より大きな魔獣や魔物と戦った事はあれど、精々が二メートルを超える程度。
しかし巨人族は三メートルをゆうに超える体躯を誇り、大きい者は四メートルにも達する。
種族的に二メートルを超える者などほぼいない人間が、効果的な攻撃を繰り出せずに倒されてしまうのは自然の道理だ。
初歩的な物理攻撃は体重が重い者の方が強いのだから。
実戦経験が無くとも、ただ腕を振り下ろし、足を振り上げるだけで脅威になるのだから。
そうして、巨人族の攻撃によって吹き飛ばされた者は数メートル先の地面や壁に激突して動けなくなる。
軽傷の者は脳震盪程度だが、重症の場合は骨折している者もいる。
負傷者はすぐに本陣まで運ばれていく。
幸い、まだ死傷者は出ていない。
だがこのままではそれも時間の問題かと思われた。
「このままでは…」
一人が発したその言葉。
不安や恐怖は人を介して人に伝染していくものだ。
絶望は、立ち向かう勇気を簡単に砕く。
しかし、その悪い空気をぶち壊す強者がヒト側に数名いた。
「ハッ!!」
軽やかなステップで鈍重な攻撃を躱しながら、自らの身の丈より長い槍を自由自在に操って巨人族の足や腕に無数の切り傷を刻んでいくハーピィの女戦士リズ。
ハーピィの戦士達の中で彼女だけが持つ魔長槍 《ヴォルフ》の柄にはプレビニエンス原産の特別な魔法石が埋め込まれており、使用者の魔力をその刃に流し込み、斬れ味を格段に向上させる効果がある。
それにより、岩より硬いと言われる巨人族の皮膚を容易に斬り裂く事が出来るのだ。
一見強過ぎる能力に感じるが、その代償として魔力の消費が激しいのである。
だがリズはその代償を十二分に理解していた。
魔力を通わせるのは、相手に攻撃が当たる直前。
皮膚を裂いて肉に食い込んだ瞬間には魔力を止め、刃を引く時には長槍本来の斬れ味で裂く。
「ぐぁぁ!」
無数に刻まれた痛みに耐え切れず体勢を崩したら最後、リズに槍の石突きで側頭部や首をぶっ叩かれて昏倒させられる。
槍の使い道は刃で斬る為だけではない。
遠心力を働かせて振り下ろせば、それ即ち鉄の棒なのである。
おそろしくしなやかで強靭な鉄の棒。
加えて、ハーピィには翼がある。
羽ばたきながら身体を捻り、頭上から振り下ろすのだ。
もしその攻撃をヒトや動物などに見舞ったら、当たった瞬間に頭蓋骨が砕けるだろう。
それを手加減しながらやってのけるリズは、恐ろしい程の強者であった。
その手に握る【ヴォルフ】の名は《刈り取る者》を意味するのだそうだ。
今回は命ではなく、意識だけを刈り取る様にしていた。
それは、なるべく双方に犠牲者を出したくないというゲイルの考えに賛同したからだ。
そうして、身体は大きくとも戦いに不慣れな巨人族は、対峙して数分でリズに倒されていく。
ミサ・ウィステリア親衛隊副長であるリズに負けじと、プレビニエンス本来の攻撃部隊が少数精鋭で空から舞い降りる。
各々が槍を装備しており、鬱蒼と生い茂る針葉樹林の枝葉の隙間からヒット&アウェイを繰り返す。
その練度は非常に高く、一人目が付けた浅い切り傷を、二人目、そして三人目が深く深く抉っていく。
それに対抗して上空にばかり気を取られてしまうと、真下からリズが攻撃してくるのである。
息の合った連携攻撃を見せ、瞬く間に一人、また一人と敵を無力化していく。
意識を失って倒れた後は、冒険者達の持つ縄で拘束し、大木に縛り付けたり、離れた場所まで引きずっていった。
そしてリズから少し離れた場所にはマナがいる。
マナは魔法で作り出した氷の盾を用いて巨人族の拳を受け止め、その魔力で拳から瞬時に凍らせてしまう。
最初にマナに襲いかかった二人があっという間に氷の彫刻とされた後、巨人族は近場のバリケードの木材や倒木などを使って直接マナに触れない様にして戦っていたのだが、それすらもマナの前では無意味だ。
振り下ろされる大木を横に飛んで躱した、次の瞬間にはその大木の上に降り立っている。
それに気付いた時には既に大木を持つ腕が凍り付いていて、それを知覚した瞬間には頭の先まで氷漬けにされている。
「はい、次」
無表情に次々と巨人族を凍らせていくマナ。
直接攻撃ではダメだと悟った巨人族の数名は、手近にあった大小様々な岩を投げ付ける手を取った。
「あーあー、そういうことしちゃう?こっちはか弱い女の子だってのに…!」
一斉に投げ付けられる岩を、氷の盾や壁で防いだり、左右に避けたりしていたが、気付くとバリケードの壁に背中が付いてしまっている。
追い詰められた、と思った時には既に一際大きな岩がマナに迫っていた。
「マナさん!!」
叫ぶリズ。
だがその槍が届く範囲ではない。
このままではマナが潰されてしまう!と、見ていた誰もが思った時、それは起きた。
マナに当たるまで数メートルというところで、マナに迫っていた大岩が粉々に斬り刻まれた。
頭上を覆う大木の枝から飛び降り、軽やかに着地しながらそれをやってのけた者。
その者とは。
「ふぅ。遅くなってすまない。ケガはないかマナ?」
「無いわ。ありがとうユウ。それにしてもタイミング良すぎよ。上で計ってたんじゃないでしょうね?」
「そんな暇無かったよ!急いで戻って来たのにその言い草はヒドイぞ!?」
「冗談よ。あっちから戻って来てるのは分かってたし、避けるのも疲れたから待ってたの。向こうは終わったの?」
「あぁ。グロックさんに精神系の呪いを掛けていた術者は倒した。拘束してハーピィの人達に引き渡したよ。そろそろグロックの精神錯乱も解除されると思うんだけど…相手してるのはバナーか…やり過ぎなきゃいいけど…」
「えぇ、本当にね…」
ユウとマナが見つめる視線の先、その二人がいた。
「シッ!!」
短い呼吸で放たれた右ストレートは、最短距離を通ってグロックの脇腹に突き刺さった。
最初に見せた素戔嗚の装備は解き、魔力による身体強化のみで戦っている。
グロックが繰り出す技術無き力押しの攻撃は、バナーは防御するつもりも無いらしい。
スルリと避けてカウンターを打ち込む。
その度にグロックの巨体は揺れ、少なくないダメージが蓄積されていく。
そして何度目かのカウンターがグロックの胴体を捉え、彼は遂に膝をついた。
「ふぅ…なぁ、もうやめとけよ。お前は俺には勝てない。それくらい分かってんだろ?」
「あぁ…それくらい…分かって…いる…」
息絶え絶えに返答するグロック。
「だったら…」
「だが…!俺は負ける訳にはいかないんだ…!俺が率いなければいけない…一族の連中を…理想郷に送り届けねばならない…」
「理想郷?そんな場所があるのか?」
「あぁ…このハーピィの町を抜けたら海だ…そこには、ベルジアントが用意してくれた船が待っている。それに全員で乗り込んで、ベルジアントの国に連れて行って貰うんだ。そこには、草花が咲き誇り、誰もが自由に住む事が出来る土地が広がっている」
怪訝そうな表情を浮かべ、後ろを振り向くバナー。
近付いて来ていた数人の敵を無力化し、近くまで来ていたユウとマナもまた、同じ様な表情だ。
グロックは膝をつき、地面を見つめている為にそれに気付かない。
そのままグロックは言葉を続ける。
「俺達は、ハーピィの人達に危害を加える気なんて無かった。俺がお願いしたかったのは、食糧に関しての事だけだったし、最初にこの町を襲ったアイツらだって…」
「ちょっと待ちなさい!!危害を加えるつもりは無かったですって!?ハーピィ達の女王、ミサを人質にと要求したくせによく言うわよ!!」
「なんだ、それは…?そんな事、俺は知らない!」
「知らないって…!!アンタがあのベルジアントに二つの条件を授けて送り出したんじゃないの!?」
「二つ?二つだって!?俺は一つしか伝えてない!!この町をはじめとしてハーピィ達の町の近くを通るから、その際に食糧を調達させてくれ、という事だけだ!邪魔さえしないでくれれば森の獣を狩るし、少しなら金もある!こんな戦いを挑む気なんて無かったんだ!!」
「それってつまり…」
混乱しかけながらユウを見やるマナ。
その意図を汲んだユウがその後の言葉を継いだ。
「つまり、ベルジアントが全てを仕組んだって事…」
ゆっくりと顔を上げるグロック。
その顔には悔しさが滲んでいる。
彼自身も少しずつ理解していたのだろう。
「話を整理しよう。あいつはあなた達巨人族に接触して、理想郷の話を聞かせた。俺についてくれば自由に住む場所を与えよう、なんて言って。そして、ハーピィの町が見えて来たあたりで、その場所で数日待つ様に指示をした。そして数人を連れて行ったんだ。そこであの呪術師が出て来て、その人達を操って町を襲わせた。人間達に挑発されてカッとなったとでも言い訳したんじゃないですか?」
「その通りだ…」
「あいつの狙いは何か聞いてますか?」
「分からない…ただ、この場所で戦う事に意味があるってさっき言ってたな…」
「この場所で…戦う?」
「あぁ。俺達には土の精霊神ゲノモスが付いているから大丈夫だと。仲間が危機に陥ったら司祭であるお前が助けるんだって…」
「あなた達はゲノモス神の眷属なのですか?」
「それは違う。巨人族の祖は土神ゲノモス様の眷属だったが、長い年月を経たせいでその資格は失われた。俺の役目である司祭とは、年に一度の儀式の進行役でしかない。今の巨人族は、滅びを待つだけの種族なのさ…」
「ならば何故司祭の力を話したんでしょう?」
「分からない。俺達巨人族は先天的に魔力が扱えないものがほとんどだ。俺の一族では、数世代ぶりに使える者が生まれた。それが俺だ。だから司祭に任命された。ただそれだけのことなんだ。戦う為の力なんて持ってない」
自分達のリーダーであるグロックが膝をつき、ユウ達と話をしている。
それを見た他の巨人族達は、徐々に戦いをやめていく。
一人、また一人とグロックの側まで来て、気付けば残った全員がそうしていた。
「…この場所であなた達が戦っている間、ベルジアントはどこに行ったのです?こちら側のゲイルさんを突き飛ばして、開戦のきっかけを作った後は姿を消しましたよね。どこか行き先に心当たりは?」
「行き先は分からない。ただ、我々の目的の為に必要な事をしに行くと、我々ではない誰かと話していたのを聞いた」
「その誰かとは、濃紺のローブを着た小柄な人間ではありませんでしたか?」
「そう、そうだ。そいつが誰か分かるのか?」
「ええ。あなたに精神錯乱の術をかけ、あなたのみならず周りにいる方達までも戦いに巻き込んだ呪術師です。先程、捕らえてハーピィ軍に引き渡しました。恐らくあの人はベルジアントの部下です。つまり、彼は最初からあなた達を囮にする為にここまで誘導した」
ユウが発した囮という言葉を聞いて、悔しさが滲み出る巨人族達。
戦いの音が止み、本来の静けさを取り戻しつつあるテルミナスの森。
既に戦いが始まって一時間程が経過している。
ベルジアントが姿を消してからも一時間。
ベルジアントなら巨人族を囮にし、自身が自由な間に何をするのか。
その場にいる者がその考えを巡らせたその時、少し離れた場所から答えが示された。
突如テルミナス山脈の中腹、つまりプレビニエンスの門があるあたりから激しい光と共に雷鳴が鳴り響いたのだ。
それと同時に山肌が崩落する音。
そして、ハーピィの部隊の一部が持つ緊急を報せる角笛が吹き鳴らされる。
「まさか…!」
「行くぞ!!」
事態を察したユウ達は、巨人族の人達をゲイル達に任せてグリフォンを呼んだ。
針葉樹林が密集する木立を抜け、森の上空からプレビニエンス方面を見やる。
ミサが指揮を取るハーピィ軍の本陣から黒煙が上がっている。
速度を上げて門前広場に着いたユウ達が見たのは、雷撃で吹き飛ばされたハーピィ達の姿だった。
雷によって体が麻痺してしまった者もいて、まともに動ける者は少ない。
アサギが重症の者から順に治癒魔法を掛けていく。
ユウやバナーは動ける者に肩を貸し、手近な場所で安静にさせる。
しかしどこを探してもミサの姿が無い。
ベルジアントの姿も。
懸念が当たってしまった予感がしつつも、目の前の助けるべき人達に手を貸し続けている。
そんな中、ミサの護衛隊長アルジェが意識を取り戻した。
そして、決して軽くはない怪我をしているにも関わらず、ユウに向かって叫ぶ。
「ユウ様…!!ミサ様が!!ミサ様が連れ去られました!!!」
「やはり…!どこに行ったかの検討は付きますか!?」
「氷神リサ様の洞窟です…!!」
「アイツは、ミサさんの力で封印を解くつもりなんですね?」
「その通りです…!!ミサ様は、あの男に敵わない我らの命を脅迫材料にされ、仕方なく…」
「分かりました。俺達で助けに行きます!詳しい場所を教えてください!」
ベルジアントの狙いは何なのか。
突き止め、阻止する。
そう誓い、彼らはまた空へと上がった。




