第十二話-プレビニエンス防衛戦-
ゼルコバ共和国の北の国境線が敷かれているテルミナス山脈。
その中腹にあり、強固な岩盤を掘って築かれた妖翔族の国、プレビニエンス。
その国を統治する女王ミサに案内されたミサの家は、ハーピィ達の住居が立ち並ぶ一角にあり、大きさもその他の家と変わらないようだ。
女王だからといって威張り散らして暮らしているわけではないらしい。
そんなミサによって出されたハーブの香りがするお茶を飲みながら、ミサから今回の騒動について話を聞く。
「ナオから聞かされているとは思うけど、私たちは今、巨人族の襲撃を受けています。ここよりずっと東の方に巨人族の集落があって、おそらくこことその集落との間の森に姿を隠しているはず。そして、ナオに援軍をお願いしてから貴方達が来るまでの間に、彼らから要求があったの」
「要求、ですか?一度目の襲撃は数日前ですよね?何故今になって…?」
「正確に言うと三日前よ。三日間何の動きも無かったのも不気味よね。要求を伝えに来た人の話によると、彼らが求めているのは二つ。一つはこれから彼らが通る道筋上にある全てのハーピィの町で無抵抗で食料を提供する事。もう一つは人質として私の身柄を差し出す事」
「なんですって!?」
「マナ、落ち着いて。彼には返答まで二日待つと言われたわ。彼が来たのは昨日の正午だから、期限は明日の正午。昨日の夜、この要求の返答を話し合う為にハーピィの族長達五人を集めて、緊急の部族長会議を開いたの。そこで…」
「話し合う余地なんて無いでしょ!?そんな要求受け入れられる訳ないじゃないのミサ!!」
「…マナは相変わらずね。怒ると冷静になれなくなるところ、全く変わってない。落ち着いてって言ったでしょ?ちゃんと話を聞いて?ね?」
「う〜…分かったわよ…ごめん…」
「ありがと。ま、部族長達の反応も同じ様なものだったんだけどね。断固拒否すべきとの答えで、最初から最後まで変わらなかった。マナ、ドヤ顔しないの。さっきも言ったけど、私の女王という立場は、形式上のものであって、実際にはここは国ではなく、五つの部族の集合体。殆どの決めるべき事柄も部族長会議で決められていて、私の持つ権限なんて無いに等しい。でも、みんながそう言ってくれたのよ」
「当然です。ミサ様は私達を数百年もずっと守ってくださっている。私達にとって何よりも護るべき存在ですから」
ミサを護る為の護衛隊、その隊長が言う。
その目は真剣そのもので、そこに冗談など介在していない事が分かる。
そんな隊長の様子を見て、ミサは微笑みながら答えた。
「アルジェ…うん、ありがと!」
アルジェと呼ばれた隊長は、居住まいを正して護衛隊の職務に戻った。
もう口を挟む気は無いようだ。
「だからね、これからこのプレビニエンス総出で巨人族に対抗します。みんなはそこに加わって欲しいの」
「もちろんよ、ミサ。私達はその為にここに来たんだもの。それで?対抗といっても、その策はあるの?巨人族の連中が、山脈の中腹まで攻めて来るとは思えないわよ?」
「うん。防衛線は下にある町に敷く。最初に襲撃された町をそのまま防衛線に組み替えているわ。壊れた家屋やお店の木材をバリケードに使用して、ささやかな罠なんかも作ってもらってる。巨人族に有効かはわからないけどね」
「あの…」
「ん?なーに、ユウ君?」
「あ、はい、ひとつ気になって。お聞きしたい事があるんですが。よろしいですか?」
「そんなに畏まらなくていいわよ。何でも聞いて?」
「ありがとうございます。その、巨人族の要求を伝えに来た人、というのはどういう人でしたか?」
ユウのその質問に、バナー達三人はハッとしてミサを見る。
「人間に見えたけど、身長は二メートル以上で、燃える様な赤髪、そして大きなハンマーを持っていたそうよ。その人は要求を伝え終わると悠々と元来た道を帰って行ったって。それがどうかしたの?知ってる人?」
「はい。ちょっとした縁があるんです。その人は、帝国軍大佐のベルジアントです。そして謎の組織との繋がりがあり、僕達の敵です」
ユウはミサと護衛隊の隊長に向けて、ベルジアントと戦った時の様子を伝えた。
ミサはそこで、自分達が何か大きな謀略に巻き込まれた事を知る。
そして、出発前にユウが懸念していた可能性が実際のものとなり、覚悟を新たにした学生達三人。
バナーが右拳を左掌に打ち付けながら言う。
「よっしゃ!今度こそアイツと戦えるって訳だな!前回はフレデリカさんが戦ってくれたから、俺達は周りの雑魚しか相手に出来なかったもんな!俺はそういうのは忘れないんだ」
「あーら、その雑魚の中の一人に毒ナイフ投げ付けられて五日間も寝込んだのはどこのどなたでしょうかね〜?」
「さぁな!その話は全く覚えてない!!」
「まったく…次はもっと慎重に行動しなさい」
アサギにチクリと釘を刺されつつも、ケロリとしているバナー。
ユウもバナーに色々言おうと口を開くが、バナーは耳を塞いで、アーアー聞こえなーい!とふざけている。
そんな三人をミサが微笑みながら見て、
「いいチームね…」
ポツリと呟いたその言葉を、隣に立つマナが首肯した。
「ま、やんちゃ過ぎて時々手に負えないけどね」
「それすらも愛おしい、でしょ?」
「まぁ…ね」
照れてそっぽを向くマナ。
それを見てミサはニコニコしている。
さて、と前置きをしてミサが話を戻す。
防衛線の構築は今夜も突貫して行われ、明日の朝に完成予定だという。
そしてそのまま、正午にベルジアントがやって来るのに備える。
向こうが出した条件を全て跳ね除けるのだ。
町の様子を見れば、ハーピィ達の返答が自分の意に沿わないものであると予測出来るだろうし、そうなればその場で戦闘になるだろう。
無論、巨人族の全てをそれで打ち倒せる訳ではない。
巨人族に、ハーピィ達を相手にするのはめんどくさい、とでも思わせればいいのだ。
ベルジアントと巨人族がここから西のどこに向かうかは不明だが、このプレビニエンスを迂回するルートを取ってくれればハーピィ達の戦いは終わる。
「ユウ君達には明日の朝、防衛線の地上部隊と合流してもらって、そのまま隊を編成して欲しいの。一応、冒険者の長を務めている人が指揮を執ってくれているけれど、彼は戦いには参加出来ないから。ユウ君と、私の護衛隊の副長に指揮権を与えるから、二人で話し合って決めてね。全責任は私が取ります。思う存分戦って来て!」
「分かりました。ありがとうございます。防衛線も、ハーピィの皆さんも、みんな守ってみせます」
「うん。よろしくね!」
話し合いが終わり、其々に充てがわれた部屋で休息を取った四人。
そして、翌日。
「では、行ってきます!」
ハーピィ達が本陣を構える為に動き回る中、グリフィンに騎乗したユウ達四人と、それを見送るミサ。
「みんな無事で帰って来てね!ご馳走でお祝いしましょ!」
「よっしゃー!!ミサさん!肉もよろしくお願いします!!」
「分かった!美味しいお肉を用意しておくわね!」
バナーの要求にも笑顔で応え、大きく手を振るミサ。
マナはそれに手を振り、ユウ達はペコリと頭を下げる。
そして、手綱を握ってグリフィンを滑走させ、また空へと飛び立った。
〜〜〜プレビニエンスの東数キロ地点の森深く〜〜〜
寝息を立てる数十人の巨人族を、大木の枝の上に立って見下ろす人影。
自らの真紅の髪をガシガシと掻きながら、唸り声をあげている。
「うぅ〜む。こいつら、こんなに素直だったかねぇ…俺がいた頃は偏屈で頑固な集団だったと思うんだが。こいつらも生きる為に必死って事か」
巨人族を見下ろす視線に混じる感情は軽蔑と憎悪。
自らが共に暮らしていた頃を思い出して、その頃に受けた仕打ちをも思い出す。
《彼》はもう、その頃に存在していたベルジアントではないが、記憶は共有されている為に、当時の事を思い出してしまっていた。
彼の両親は人間と巨人。
人里で普通に暮らしていた母は、巨人族の荒くれ者だった父に連れ去られ、ベルジアントを産んですぐ死んだ。
巨人族の仲間を殴り飛ばす程の膂力を誇った父は、度々人間の街を襲撃し、略奪を繰り返す、どうしようもなく巨人族過ぎる巨人族だった。
父はベルジアントにも酷い暴力を振るい、一族の皆も助けてくれる事は無く、ベルジアントは幼いながらも父を呪う程、暗くて辛い幼少期を過ごした。
そんな父の死は完全に自業自得だったと言える。
いつものようにフラッと街を襲撃しに出掛けたベルジアントの父は、人間達で組織された討伐隊に追い詰められて帰って来た。
巨人族達の元に戻れば、この程度の人間など簡単に捻り潰す事が出来る。
そんな目論見があったのだろう。
しかし、それが叶う事は無かった。
集落のリーダーを勝手に気取っていたベルジアントの父は、ボロボロの自分を見つめる仲間達の目に、強い軽蔑の色が宿っているのを感じ取る。
そう、ベルジアントの父が危機的状況に陥った時、助けに入ろうする者は皆無だったのだ。
巨人族達は永きに渡る迫害により、誰かと争う事をひどく嫌うようになっていた。
いつも厄介ごとを引き起こす存在として忌避されていたのである。
そうして、ベルジアントが八歳の頃、彼の父は人間達のみならず、巨人族からも害悪だと断じられ、巨人族の目の前で討伐された。
父は自分がして来た事の報いを受けて死んだのだ。
父が死に、巨人族と共に暮らす意味が無くなったベルジアントは、九歳になった時に集落を出る。
各地を旅し、たまたま帝国に居着いて軍籍を得て、瞬く間に昇進を重ねていった。
九歳までの暗い記憶はすっかり影を失い、自分を慕う部下や、同じ志を持つ軍の連中に囲まれていく。
人間同士の戦場に出れば常勝無敗。
周辺諸国に戦争を仕掛け続けて更に領土を拡大しようとする当時の帝国軍部とも肌が合い、約百年もの間、幾多の戦場を経験しながら帝国軍の最前線を支え続けた。
そしてその武は世界でもトップクラスと言われるようになり、彼に挑む者は居なくなっていく。
だがそんな彼も、体の内側からの攻撃には勝てなかったのだ。
彼は病気であっさりと命を落とした。
彼の経歴と功績を思えば、帝国を挙げての盛大な葬儀、つまり国葬が執り行われるはずだった。
だが、そんな記録はない。
国葬の記録ではなく、葬儀自体が執り行われていないのだ。
そして、帝国内部でも一部のごく限られた人数しか知らないはずの彼の死を、何処からか現れた銀仮面卿が利用した。
そうして《彼》が生まれた。
彼を生み出した科学者や技術者は、彼の完成後数日で全員が不慮の事故で亡くなり、彼の製作時の事を知る者は居なくなった。
ただ一人、銀仮面卿を除いて。
それ以降は帝国軍大佐という役職を辞し、銀仮面卿の指示に従っている。
「はぁ…とっととこの仕事を終わらせて、酒でも飲みてえぜ…」
大木の枝に座り込み、暇つぶしに愛用の獲物であるミョルニルを弄ぶ。
そんな彼に話し掛ける者がいた。
「ベルジアント…」
「んあ?よぉ、グロック。起きてたのか。なんか用か?」
応えながら大木から飛び降りるベルジアント。
グロックと呼ばれた巨人族の青年。
身長は三メートル程で、巨人族の中では平均的な体格をしている。
「あぁ、アンタにちゃんと聞いておきたくてな。アンタの陣営に加われば、俺達巨人族の居場所を用意してくれるって本当なのか?」
「またそれかよ。ちゃんと話しただろ?それに居場所を用意するんじゃない、何処にでも住んでくれて構わんって事だ。もうあんな暗くてジメジメして狭い洞窟に住むのは嫌だろ?メシもちゃんと食えずに、同胞が死んで行くのを見るのは嫌だろ?」
「それは嫌だ…だが、その為に他の種族を襲うのは気が引けるんだ…」
「何を甘っちょろい事言ってんだお前は。散々迫害されてきたのは巨人族の方だろうが!今こそ、その仕返しをしてやるんだよ!」
「だけど…」
「…いいか?お前達巨人族には地神ゲノモスの加護がある。今こそ、その加護を使って一族を苦しめる奴らと戦う時なんだよ。分かるか?」
「でも、ゲノモスの加護は護る為のものだ…他人を傷付ける為じゃない…」
「だーかーらー、これから進む道のりを邪魔してくる奴らから一族のみんなを護る為に使うんだろうが。しっかりしろよグロック。加護があるのは巨人族全員だが、それを引き出して自分のものに出来るのは、司祭であるお前だけだ。お前は最前線に立ってみんなを率いて戦わなければならん。分かったな?」
「あぁ、分かった。どうしようもないんだよな?」
「そうだ、どうしようもない。奴らが、俺の出したたったひとつの要求さえ飲んでくれれば、邪魔はされずに済むが、な」
「それも俺が確認すればいいんだな?」
「あぁ、俺は後ろから見ててやる。お前がちゃんと一族を率いる事が出来ると証明してみせろ。そうしたら俺達の組織、不協和音はお前達の後ろ盾となってやる」
「そうなれば、俺達は…自由…」
「そうだ。お前達の手で自由を掴み取るんだ。お前達巨人族の先祖達の悲願をお前が果たせ。それが出来るだけの力が、お前にはある。安心しろって、ヤバくなったら俺が助けてやるからよ」
「ああ、頼りにしてる。じゃあ、また後で」
「おう、出発まであと数時間あるから、もう少し寝とけよ〜」
グロックの肩を笑顔で叩き、強い言葉を頭に刷り込んだベルジアント。
人の好い笑顔でグロックの背中を見送り、巨人族達に背を向ける。
その表情には一瞬前まで浮かんでいた暖かさなどまるで無い、酷薄で冷徹な表情が貼り付いていた。
〜〜〜プレビニエンス管理下の町・ディフィデリア〜〜〜
ハーピィの戦士達と協力して防衛陣地の準備を進めているユウ達。
この町を拠点に活動している歴戦の冒険者達も、その力を惜しまずに協力してくれている。
陣頭指揮を執っているのは、この町の冒険者達の長、ゲイル。
長年にわたり世界各地を旅し、数々の功績を挙げてきた彼を尊敬する冒険者は多く、ケガによって戦えなくなり一戦を退いた今でも、その冒険譚や経験談を聞こうという者がひっきりなしに訪れるという。
ミサに言われた通り、ユウ達は彼と、ミサ護衛隊の副長のリズと共に話し合いながら防衛の為の作戦と隊の編成を決めた。
正面を受け持つ主力部隊にはユウとバナーとリズ。
肉弾戦に長けたユウ、バナーと、ハーピィが好んで使う長槍で身長差を埋められるリズが先頭に立って冒険者達を率いて本陣への壁になる。
本陣は主力部隊の背後に構え、全体の指示は引き続きゲイルが行う。
戦闘が始まってから側面から攻撃を仕掛ける遊撃部隊をアサギとマナが率いる。
機動力に優れた冒険者を選抜し、一方からアサギ達、もう一方からプレビニエンスから来るハーピィの飛翔長槍部隊、この二隊にて挟撃する。
今現在の戦力を鑑みて、これが単純かつ効果的な作戦であった。
作戦を全員に知らせ、正午まであと少しという時間に、ゲイルがみんなを集めた。
「みんな、これはいい作戦だと思う。効果的な用兵術でもあるだろう。だが巨人族は頑強で剣や弓矢の効果は薄く、そしてその拳は容易く岩を砕く。踏み潰されたりなどしたら、そのままお陀仏だろう」
ユウ達はその言葉に怪訝な表情を浮かべる。
戦う前に恐怖心を煽ってどうするつもりなのか。
しかし、その心配は杞憂に終わる。
「だが、それがどうした!! 我らは冒険者だ! これまでも何度となく、一息で命を刈り取る様なバケモノと戦い、そして生き残って来た!! そんな生き方しか出来ない我らを暖かく迎え入れてくれたこの町に、ついに恩を返す時が来たのだ!! そんな温情を示してくれたミサ様やハーピィの方々、そしてこの地に眠る氷神リサ様に恥じぬ戦いを繰り広げ、華々しく散った暁には戦神トールの元に迎え入れられようではないか!!」
うおおおおおおおお!!!と鬨の声を上げる冒険者達。
だがユウ達は直前の言葉を聞いて固まっている。
「…今の、聞いたか…?」
「…聞いた…氷神…?」
「…聞いちゃったね…」
おそるおそるマナの表情を伺うと、驚愕の表情で固まっている。
やはり知らなかったようだ。
氷神リサ、がその人なのかどうかはまだ分からないが、マナからかつての仲間達についての話は聞いている。
取り分け、相性が良くていつもコンビで行動していた『リサ』という人がいた事も。
そしてかなり昔に再会を誓い合って別れてから、まだ一度も会えていないという事も。
鬨の声に沸き立つ冒険者達を掻き分け、ゲイルの元へ進んだユウ達は、そのままの勢いで質問をする。
「氷神リサ様がどこにおられるかって?プレビニエンスから西に少し行った所だよ。テルミナス山脈の根元に潜っていく形で洞窟があって、その最深部に祀られているそうだ。その昔、テルミナス山脈の北より押し寄せる悪の軍勢を食い止める為に、その身を犠牲にしてテルミナス山脈を打ち立てたんだと。これは神話みたいなものだから本当かどうかは分からんが。ミサ様によってその洞窟が封じられているから、実際に見た人はいないらしい」
尚も質問をしようとするマナを遮るように、正午を知らせる時計の鐘、続いて重い地響きが耳に届く。
「ちっ…どうやら来たようだな。時間ピッタリだ。荒くれ者の巨人族にも、律儀な奴がいるらしい」
苦笑しながら、本陣から真正面を見やるゲイル。
その視線を追うようにして、そこにいる全員がその姿を見た。
一族の者達を後ろに待たせ、先頭を一人で歩いて来る巨人族の青年。
身長は三メートル程か。
巨人族の中では普通程度のサイズだが、人間からしてみたら十分大きい。
腕も足も筋骨隆々としており、でこぴんだけで頭が消し飛びそうだ。
手加減されたとしても罰ゲームにはしたくない。
「妙だな。この前来た赤髪の奴がまた来ると思ってたんだが」
そう言いながら、青年の方へ歩いて行くゲイル。
提示された交渉条件の結果を伝えなければならない。
ゲイルの言う通り今のところ、見える範囲にベルジアントの姿は無いようだ。
ユウも不審に思い、周囲を見回せるように近くに立つ大木に登っていく。
その間にゲイルは青年の近くまで進んだようで、二人で話を始めていた。
まず口を開いたのは巨人族の青年だった。
「こんにちは。俺の名前はグロック。一族を代表してこの話し合いに参加させてもらう。まずは、先日のこちら側からの不用意な攻撃をお詫びしたい。あれは一族の跳ねっ返りが起こした不始末だった。すまなかった」
歴戦の冒険者であるゲイルですら、驚きを隠せずにいる。
それも仕方ない事だろう。
巨人族とは、粗野で粗暴で知性の無い乱暴者の蛮族として、広く世界に認識されている。
だがそれが間違いであった事を、それがこの世界の決め付けであった事を、この場にいる全員が知った。
「これはこれは、ご丁寧にありがとう。俺の名前はゲイルだ。一応、この辺の町にいる冒険者達の長を務めている。早速だが交渉条件についての答えを聞かせようと思うが、いいかな?」
驚きはしたものの、動揺はしていないゲイル。
毅然とした態度でグロックと向かい合っている。
グロックは黙ったまま、コクリと頷いた。
「よかろう。先日そちらから出された条件だが、こちらとしては一切を飲む訳にはいかない。近くの道を進むのは結構だが、我々の生活の邪魔はしないで頂こう」
「な…何で…たったひとつのことじゃないか!食料をちょっと分けて貰えれば、それでいいだけなのに!!」
「なに…?」
「どうして俺達を巨人族というだけで拒絶する!!俺達はもう誰にも迷惑かけてないだろ!!!」
「おい落ちつ…ぐあっ!?」
どんどん興奮していくグロックに声を掛けるゲイルだったが、その声が届く前に突如として吹き飛ばされてしまう。
後ろに控えていた冒険者達の元まで吹き飛ばされたゲイルは、右腕を抑えて痛がっている。
何が起こったか分からない冒険者達は、ゲイルが立っていた場所に赤髪の大男が立っているのを見る。
「グロック…だから言ったろ?人間どもは巨人族の事をナメてる。自分達の下の存在だと思ってやがるのさ。そんな奴らの事なんてどうでもいいじゃねーか!お前らが本気を出せば木の葉のように吹き飛ばせるんだぜ!?世界をお前達のものに出来るんだ!!」
「セかいヲ…オレたちの…モノに…」
段々と目の中の光が薄らいでいくグロック。
その様子の変化に気付いた者は少なかったが、確かに気付いた者達がいる。
ユウはいち早く気付き、巨人族達に気付かれないよう、頭上高く生える大木の枝を伝っていった。
「アサギ、気を付けて。妙な気配がする。多分精神系の魔法使いが潜んでるはずよ」
「どうやらそのようね…彼の変化はベルジアントが話す度に起こっているようにも見えるし」
「ま、そっちの方はユウがなんとかすんだろ。俺達は作戦通りに行くぞ。アサギは上に合図を頼む」
「分かった。みんな、気を付けてね」
「アサギもね」
各々の動きを確認したところで、雄叫びをあげながらグロックが突っ込んでくる。
そして後ろにいた巨人族の戦士達も、グロックに続けと、その暴威を振るうべく走り出した。
「始まっちゃったか…」
「真っ直ぐ行ってぶっとばす。右ストレートでぶっとばす…」
「なんか怖い事言ってるバナーは無視しときましょ」
「そうね。じゃあ合図してくる!」
周囲を警戒しながら、一人で抜け出していったアサギ。
迫り来るグロックが、最前のバリケードを吹き飛ばそうとした瞬間、バナーがそのバリケードを飛び越え、グロックを殴り飛ばした。
「よっしゃあ!!!」
冒険者達からどよめきが起こる。
巨人族の皮膚は硬く、その巨体による体重差で、殴り飛ばせる者など普通はいないのである。
だがその雄姿に勇気付けられた者も多く、段々と士気が上がっていく。
「オラァどうしたどうした!!かかって来いや巨人族どもぉ!!」
「まーた悪役みたいなセリフ履いてる…」
「バナー君は面白い子ですね」
ため息をつきながら、マナもまた最前線に立つ。
その隣にはニコニコしながら槍を構える副長のリズが。
殴り飛ばされたグロックはすぐに起き上がり、今の痛みなど無かったかのように突っ込んでくる。
その目にはバナーしか映っていない。
走った勢いのまま右拳をバナーに向かって振り下ろすグロック。
その大きな拳を、両腕をクロスさせて受け止めたバナー。
大きい衝撃により、バナーを中心に地面にヒビ割れが生じたほどだ。
バナーが何もせずそのまま腕でガードをしたなら、その腕は再起不能になっていただろう。
そう、何もしていなければ。
「あっぶねぇ〜。あと少し遅れてたらアウトだったなこりゃ」
平然と喋り出すバナー。
その腕は紅く燃える炎のオーラに包まれ、そしてバナーの腕よりも一回り太い腕が現出している。
それに気付いたグロックは数歩分後ずさった。
「【素戔嗚】-紅蓮の型-」
以前、森の中の遺跡で見せたものと同じ技だが、あの時より炎の密度が高くなっている。
そして、あの時は腕が現出したと同時にその炎は消えてしまったが、今回は腕を包むように燃え盛っている。
自分の右拳を見つめるグロック。
生半可な火では火傷など負うはずのない岩のような皮膚が、少し焦げて変色している。
「どうした?腕が太いのはお前の専売特許じゃねぇんだぜ?熱かったか?その熱はお前の骨まで焼き焦がせるからな。覚悟しろよ?」
「グルァァァァァ!!!」
錯乱して獣じみた声を上げるグロックとバナーの一騎打ちが始まった。
周囲では既に、冒険者達と巨人族の戦闘が始まっている。
副長リズは本陣を守る様に部隊を展開させており、マナもまた、ユウの抜けた穴を埋める為に前線で戦い続けている。
広範囲に氷の壁を作り出し、最前線を抜け出さないように進める範囲をコントロールしているようだ。
自分に迫り来る者に対しては、足を凍らせたり、大木に磔にしたりして対処している。
リズもまた、長槍を上手く使って巨人族の巨体を翻弄している。
ユウはまだ森の中に入ったまま戻って来ない。
別働隊はアサギに任せる形で本陣を出発しており、機を見て側面から攻撃を仕掛けるはずだ。
そして、上空ではハーピィの飛翔長槍部隊が今まさに降下を開始しようとしていた。
開始数分で激戦の様相を見せるテルミナス山脈での防衛戦。
辺境の地で起こったこの小さな攻防戦が、後の災厄の前哨戦である事を知る者は、まだ少ない。




