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英雄を倒してしまった男の話  作者: やまい
偽英雄の誕生
8/25

謁見

 俺たちは少佐の邸宅にもう一泊することになった。狙われると分かった以上、あまり出歩くのは控えた方がいい、という少佐の好意に甘えることにしたのだ。それに、邸宅にはアルブランド家お抱えの警備兵も詰めている。彼らが敷地内の異常を見落とすまいと鋭く目を光らせているお陰で、この邸宅の周りはどこよりも安全だ。

 大尉は、ひたすら暇そうにソファーで寝転がりながらうつらうつらしていたが、俺は見るもの全てが珍しく、本邸の中を案内してもらいながら、少佐が収集した名画や彫刻を眺めるだけでも結構楽しかった。芸術的素養なんてこれっぽっちもなかったが、見たこともないようなものを目にするのは、それだけで好奇心をくすぐられる。

 でも、やっぱりこういうものを愛でるのは、心に余裕のある人がすることじゃないかと思う。生活で手一杯で他のことを考えていられる余裕のない人間には、どれだけ林檎を緻密な筆運びで描こうがただの林檎の絵だし、対象の生き生きとした躍動感やらをどれだけ丁寧に彫り上げたとしてもそれはただの人間の形をした像だ。そんなものを眺めてる暇があるなら、今後の飯のために畑を耕し、作物の手入れをしなければ生活が成り立たない。どっちが悪いとかじゃなくて……生き方が違うんだ。

 改めて少佐のような貴族と、平民の違いみたいなものを思い知った気がした。

 それにしても、貴族というからにはもっと差別的で、平民をよくよく侮蔑しているようなイメージが強かったが、レオナール少佐は平民の俺に対してもとても親切だ。貴族に対するイメージが変わったな。

 大尉にそのまま伝えると、大尉は呆れて鼻を鳴らした。

「そりゃ、レオが変わり者なんだ。でなきゃ俺もつるんでねえ」

「変わり者?」

「普通、貴族が平民と親しくなんかしないだろ。……見えねえだろうが、あいつはあいつで苦労してんだよ」

 大尉はそう言葉を濁した。……あまり、立ち入ったことは聞かない方がいいのかな。

「大抵の貴族はお前の想像まんまだぜ。平民ってだけで人間扱いしねえようなクソばっかりだよ」

「……そんなに酷いんですか?」

「そりゃもうな……お前も前線に立てば分かるぜ。輜重小隊が遅れて馬が腹減らしてるってのに、歩兵の苦戦で縮み上がった大隊長サマは『貴様らもさっさと出撃しろ敵を近付けるな』の一点張りでよ。腹減らしたら馬は走らねえ。軽騎兵ってのはな、機動力が命だぜ?動きが鈍ったらあっという間に壊滅だ。馬は戦闘訓練まで漕ぎ着けるのに時間がかかるし、馬の乗り手だって育てるにも時間が要る。俺んとこは傭兵稼業の頃からの付き合いなんでどいつも馬の扱いにゃ慣れたもんだが、兵力補充されたところで碌に乗れねえ奴を寄越されても邪魔なだけだ。要するに、騎兵はそうそう替えが利かねえのさ。……奴らはそんなの知ったことじゃねえとよ。替わりの平民なんていくらでもいるんだから命惜しむな突撃しろなんて馬鹿な命令しやがる。自分はさっさと退きやがったしな。あんときゃ参ったぜ」

「うわー……そ、そんな命令聞いたんですか?」 

「……聞かないわけにもいかねえんだよ。上の指示に逆らってどうすんだ。個々で判断したら何の為に軍があるんだって話になる。軍令無視は懲罰もんだぞ?ま、流石にヤバい時は現場の判断ってことでちっとばかし誤魔化したこともあるけどな」

 前に平民出の上にこの性格じゃ衝突するだろうな、なんて思っていたが、文句があっても反論すら許されない状態だったのか。

 上からは無理な命令され、それを実行しようとすれば下からは突き上げられ……大尉の立場も苦労が多いんだなあ……

「いくら手柄立てようが平民如き、って立ち位置を変えようとしねえ。同じ中隊長でも貴族は平民の俺を下に見てやがるからこっちの作戦だって碌に聞きやがらねえ。連携なんて取れるはずもねえよ。正直、貴族がこんなもんだって知ってりゃ軍に所属するのも考え直してたわ」

「……そんな状態で勝てるんですか?」

「なんとか凌がにゃ死ぬだろ。こっちも生き残るのに必死だ。勝つしかねえよ。大体な、階級なんてものがあるのも貴族と平民の意識の差を埋める為に国が取り入れたんだぞ? ……けどな、所詮は机上の空論だったってわけだ。実際、意識の差なんて埋まらねえ。いくら階級が高かろうが、やつらは平民なんて所詮平民、としてしか扱えねえのさ」

 ああ……確かに、そんな状態じゃ大尉が貴族嫌いになるのも仕方ないよな……

「……徴兵令が発布されたのもな、俺は奴らが『使い減らした』からってのも原因の一つだと思ってる」

「そんな……前線がそんな状態だってこと、国は知ってるんですか?」

「前線の戦況やらはレオに伝えてる。レオの口から、中将にも届いてるかもな。……けど、そんな一朝一夕で変わるようなもんじゃねえんだよ、貴族の意識なんてな」

 俺……本当に除隊を選んでいいんだろうか。一人だけ抜け駆けして、普通の生活に戻って、それでいいんだろうか。みんな、それぞれ大変だっていうのに。

 もう怖い目に合うのはまっぴらだし、それに輜重兵の俺が戦場に行っても何の役にも立たないけど。

「除隊……考え直そうかな。なんか、俺だけ逃げるみたいで。あ、そりゃ俺なんかいたところで、何も変わらないのは分かってますけど、でも」

「分かってんじゃねえか。お前がいたところで何にも変わらねえよ。……だったら、戦場に出て死なせるよか故郷で天寿を全うしてほしいと思うもんだろ、部下にはな」

「大尉……」

 大尉は、いい人だ。口は悪いけど優しいし、俺の知らないことを色々知ってて本当に頼もしく思う。でも、だからこそ余計に自分だけ逃げるような真似をするのが申し訳ない気持ちになる。自分じゃ分かってないんだろうなあ……



 明くる日、城からの迎えの馬車が邸宅の前に止まった。駐屯地から乗って来た幌馬車とは違い、四人掛けの箱型の車体が二頭の白馬に取り付けられている。天蓋付きの車体には、磨き抜かれた波形の真鍮の細工を施した飾りが陽光を受けて光っていた。

 俺としては、幌馬車の方がまだましだ。こんな豪奢な馬車なんかに乗ったら、着く前に緊張で朝食を戻してしまいそうだ。

 俺も大尉も少佐も黒の軍服を着ているが、少佐はその上にアルブランド家の紋章が染め抜かれたショートマントを付け、片側に流している。

 大尉は馬車を一瞥して貴族趣味ぃ、と口を歪めた。

「はは、そういうなよ、アル。乗り心地は保証する」

 内装も充分凝っていた。高級そうなベルベットの座席はつやつやと輝き、座るとふんわり尻を押し返す。どうにも落ち着かない。

「顔が青いよ、トーマス君」

 少佐が首を傾げてこっちを見ている。多分俺は売られていく子牛のように悲惨な顔をしているんだろう。

「う、……はい……大丈夫、です」

「どうしたんだい、彼は」

 不思議そうな少佐の問いかけに、大尉は肩を竦めた。

「緊張してんだろ。そんな心配すんなって。王様だって生きた人間だ。俺らとどこも変わらねえよ」

「……ううん、僕としては……それには賛同しかねるなあ」

 レオ少佐は何ともいえない顔で首を振っている。

 同じ人間かぁ……確かに、そうだろうな。王様って言ったって、一人の人間には違いない。そこまで怖がる必要はないんだろうけど。やっぱり、この国で一番偉い人なんだし、緊張はするよな……

 かつかつと蹄の音を立てて、箱馬車は俺たちを王城へと運んでいく。確かにおんぼろの幌馬車に比べて、車体の構造から違うのか乗り心地は段違いだ。そんなもん、慰めにもなにもならなかったけど。

 景色をのんびりと眺めるゆとりなんてなかった。王城が近付くにつれて、心臓がどっくんどっくんと変な音を立てる。

「ほら、正門だ」

 レオナール少佐の言葉に、俺はのろのろと顔を上げた。ああ、もう着くのか。

 跳ね橋が下り、ごつごつと頑丈そうな門の内へ、馬車が吸い込まれる。

 街路樹が並んだ長く伸びた道の先に、白い城壁のアグネア王宮が聳え立っていた。

 王宮の前で馬車を降りた。大尉は相変わらずまったく緊張感なく、大きな伸びをしている。

 俺はといえば、緊張も忘れてぽかんと王宮を仰ぎ見ていた。こんな大きな建造物を見たことは、生まれて初めてだった。この、圧倒されるような巨大な王宮を造り上げたのが人間だなんて、信じられない。巨人の手を借りて造ったのだと言われても、俺は素直に信じただろう。

 遠目に見ると華美に見えた王宮は、近くで眺めると結構無骨な造りをしているのが分かった。

 考えてみれば初代アグネア国王は武力でアグネアを統一した人だ。城もむしろ戦闘に向いた造りであってもおかしくはない。ただ、補修されたと思わしき箇所は大尉の言う貴族趣味、を意識した造りになっている気がする。なるほど、無骨一辺倒だった城は、長い歳月で少しずつ造りかえられていったのだろう。

 見上げると大きく張り出したバルコニーが目に付いた。なるほど、ここで演説したりするんだな。

 門の前には甲冑姿の宮廷警護兵がポールアクスを持ち仁王立ちしている。

 少佐が軽く手を上げて会釈すると、宮廷警護兵はガシャ、と金属音を立ててほとんど同時に扉を開いた。

 ……俺は再び胃がキュンと縮まるのを感じた。

 恐ろしく規模の大きな大広間には真っ赤な絨毯が敷かれている。上から釣り下がっているのは、巨大なシャンデリアだ。両壁には銀の燭台が等間隔に置かれており、目が潰れるほどキラキラと光る装飾品が並べられていた。天井画に描かれているのは、アグネア国教であるハイマンズ教の主神、豊穣の女神エルネーだろう。神話にある、片手に金の麦を持ち種を蒔いている姿を描いている。アグネア王家の紋章は、このエルネーの持つ金の麦をモチーフにしているのだ。

 大広間の先には馬蹄型の階段があり、踊り場の両側からぐるりと伸びている。

「さ、こっちだ」

 少佐が先頭に立ち、その後に大尉、そしてよろよろしている俺が続いた。

 すれ違うのは、煌びやかな装いの貴族たちだ。少佐に気付くと、親しげに挨拶を交わしたり、礼を尽くしたりしている。少佐は礼を失さない程度にあしらっているが、そのあしらい方も堂に入っているように見えた。

「……すごいですね、少佐」

 垣間見えた、若き俊英の貴公子そのものの姿に俺が感嘆の溜息を漏らすと、少佐は困ったように眉を寄せて苦笑した。

「いいや。すごいのは僕ではなく、祖父だ。彼らは皆、僕の後ろのアルブランド卿におもねっているのさ」

「俺はお前の爺さんじゃねえよ」

 少佐の比喩をつかまえて、実際に少佐の後ろを歩く大尉が茶化す。それに笑っていると、がちがちの緊張も少しだけ解れた。……解れても、どうせ長くは続かないんだろうけどな。

 これでもかとばかりにきらきらしく飾り立てられた廊下を歩き、謁見の間を目指す。外観はまだ無骨さを残していたが、内装は完全に今の貴族趣味に造り変えられているようだ。そりゃ、百五十年以上昔の趣味なんて古臭くて残すようなもんじゃないんだろう。

 それにしても、結構歩いたはずなんだが、まだ着かないのだろうか。

 そう遠慮がちに訊ねると、少佐はくすくすと笑った。

「散々歩かせてすまないな。王は城の最上階におわすのだ。なに、心配しなくてももうすぐ着くよ」

「ナントカと煙は高いところが好きって言うだろ?」

「……アル、君は何てことを言うんだ。不敬罪でしょっぴくぞ」

 不敬罪……ううっ、何か失礼をしでかして不敬罪で死刑、なんて言われたらどうしよう。

 こういう不安と緊張に苛まれている時は、それがどんな荒唐無稽な考えであろうが、もしかしたらそうなるんじゃないか、なんて思い込んでしまうものだ。

 最早キリキリと痛くなり始めた胃を擦った。本当に小心者だよ、俺ってやつは。

「しっかし、謁見の間とやらがこんなに遠いと、王様に会うのも一苦労だろ。報告やらなにやら、いっぱいあるもんじゃねえの? もっと入り口から近いところに作ればいいのにな」

 大尉が頭の後ろで手を組みながら暢気な感想を溢すと、レオナール少佐はいつもの芝居がかった仕草で、いかにも嘆かわしそうにこめかみに触れた。

「王にそう簡単に会えるものか。様々な報告は大臣が受け取り、よく吟味して王に渡すのが通例だしね。君の言う通り、すぐに会えるような場所で何人もの拝謁者に会えば、それだけ暗殺の危険も増すだろうに。……だから、君たちの拝謁がどれだけ未曾有の出来事か、考えてみたまえという話だよ。まったく」

 うぐ……そんなに煽らないで欲しいよ……もう俺の胃も限界なんだから。

 やがて、甲冑姿の近衛兵が両脇を守る立派な扉の前で、レオナール少佐が立ち止まった。

「……ここが謁見の間だ。いいかい、くれぐれも……くれぐれも失礼のないようにね」

 くれぐれも、というところを力いっぱい強調しながらレオナール少佐が釘を刺す。

「……失礼のねえようにしろってよ、トーマス」

「僕は君に言ってるんだよ、アル」

 二人のやり取りに、俺は顔を引き攣らせてはは、と笑った。駄目だ、表情筋が全く仕事してくれない。

 キィ、と扉が軋みながら開いた。同時に俺の喉がぎょくん、と妙な音を立てて唾を飲み込む。

 まず、教会にあるような大きなステンドグラスが目に入った。透過光によって浮かび上がるように輝くモザイクが豊穣の女神エルネーを形作っている。息を飲むような美しさだ。

 丸い部屋を囲む、エルネーを中心として並ぶいくつものステンドグラスは、それぞれにエルネーの眷属の神々が描かれている。どれも神話の一シーンを題材にしているようだ。

 玉座のまわりの大理石の床は階段状になっていて、俺たちのいる位置より五段ほど高い。それには下々とは決して同じ場所に並び立たないという、王たる者の傲慢なまでの矜持を感じさせた。

 両側にはずらりと目庇を下ろした甲冑の近衛兵がポールアクスを立てて並んでいる。

 それと、王の傍に侍る黒々とした立派な口髭を生やした武人らしい貴族と、白髪とたっぷりした白い髭の温厚そうな……でも、とても老人に見えない頑健そうな体躯の貴族。二人からは、一見しただけで位が高そうだってことが分かるくらいに堂々とした威圧感を覚える。しかし、この黒々した口髭の武人はどこかで見たような気がする。俺の貴族の知り合いなんてレオ少佐くらいだし、気のせいだとは思うけど……

 それと……その前でひょこひょこ妙な動きをしているのは……何だろう、アレ。猫の耳のような飾りがついたフードを被り、体にぴったりした派手な赤い衣装を身に付けている。

「おお! なんと高貴なお顔立ち!」

 俺と目が合うやいなや、その妙な人物はスズメのように跳ねながらこちらに近付いて来た。吐息のかかるくらいに顔を近付ける。……うわっ、変な格好だけど滅茶苦茶綺麗な顔立ちだ。睫毛は瞬きする度に風が起きるほど長い。肌は雪のように白く、唇は花を咥えたように赤かった。整いすぎて、まるで人形みたいに見える。ものすごい小柄で声も甲高く、男なのか女なのか分からない。

「凡庸な目、特徴のない鼻! あってもなくても気付かぬ口! どこを取っても高貴そのもの!」

 全然褒めてないじゃないかそれ! なんなんだよこいつは!

 そいつは踊るようにくるくる回ると、今度は大尉の周りを飛び跳ねた。

「おお、こちらの黒い毛並みの猛獣! さぞや名のある貴族が飼っていらっしゃるに違いなし! だがなんたること! 飼い主には悪いが哀れにも死神に取り憑かれている! うひゃあ、怖ぁい!」

 ……なんだそりゃ。死神?

「あァ?」

 大尉が不機嫌そうな声を上げると、レオナール少佐が小さく笑って囁いた。

「宮廷道化師だ。怒らないでやってくれ。おどけるのが仕事なのさ」

 その宮廷道化師とやらは、大仰な仕草で片足を引き、膝を曲げたお辞儀をしながら異国の猛獣から助けてくれてありがとう色男!と叫んだ。

「道化師はこういう愚かな振る舞いをすることを、国王陛下に認められているんだよ」

 これも貴族趣味なのか?変なの……

 白い髭の貴族が見かねたようにこれ、と窘める。

「道化よ、下がりおれ」

「老いぼれ貴族、髭は長いが気は短い」

 道化師はわざとらしく頬をぷっと膨らませ、たんたんと軽い足取りで踊りながら出て行った。

 何だったんだ、一体。いや……まあ緊張は少しほぐれたけど、どっと疲れたな……

「前へ」

 傍らに控えている、恐らくは大臣が厳かに告げた。

 その声を合図に、中央で王を隠すように立ち塞がる儀仗兵が、すっと左右に分かれて道を開ける。

 その先にいるはずの、玉座に座る人間の姿は、とても直視出来なかった。

 中ほどまで進み、レオナール少佐は優雅に片膝を立てて額突いた。大尉も同じように片膝を立てて跪き、魂を抜かれたようになっていた俺も慌ててそれに倣った。

「ユテニア伯、ジェラルド・ロイフ・アルブランドの子。天馬近衛騎士隊副長、レオナール・ロイフ・アルブランド少佐。及び、アグネア軍第三師団第三連隊第二大隊第五中隊隊長、アルベルト・クローデル大尉。アグネア軍第三師団第三連隊第二大隊第五中隊輜重小隊員、トーマス・ベイス。謹厳にして勇壮限りなく、世に類なき清明なる政にて因循の魔を吹き払う我が真なる主、アグネア国王陛下に拝謁賜ります」

 ……早口言葉かなにか?

 レオナール少佐は淀みなくすらすらと言葉を発している。よく噛まずに言えるものだ。それにしてもその……ナントカナントカの王、みたいな枕詞は、毎回付けるものなのかな。作法だかどうだか知らないけど、そんなしち面倒臭い文句を付ける意味はあるんだろうか。……いや、こういうものなんだろうなあ。きっと、いちいちもったいぶって仰々しく物事を進めるのが、恭しいってことなんだろう。

「……顔を上げよ」

 威厳に満ちた声だった。要望を聞いてもらおう、みたいなお願いとは全く別の、そうしなきゃならない、という気持ちを自発的に引き起こさせるような……命令だ。

 俺は恐る恐る顔を上げた。

 ……意外に若い。

 王様と言えば、白髪に白髯……ってのは童話や物語で見るような王様の姿だけど、そういうのを想像してしまう。しかし、この王様は黄金の川が流れるようにまっすぐな長い金髪を結わずに垂らしていた。……その目は、厳しい光を湛えた金色だ。まるで黄金の獅子を思わせる。

 ……そうだった。アグネアの前の王様は病死してるんだよな。それで、後を継いだのが当時二十一歳の王子様だったんだ。ええっと、それが十二年前だから……いち、に……今、三十三歳。そりゃあ、若いはずだ。

 アグネア国王は光沢のある真っ白なローブを身に纏い、細かな刺繍の入った金の帯を巻き付けている。羽織っているのは上質の白貂の毛皮で縁取りされた真紅のマントだ。握りこぶしほどの大きな宝玉の付いた王笏を持ち、床に突き立てている。大げさに飾り立てられていない分、かえって国王本人の高貴さとも言うべきものを助長しているようだ。当然、身に付けているものは全て最高級品なのだろうが。


「――余がアグネア第十三代国王、エルンスト・ハイン・アグネアである」

補足として少し。

作中では言語、動物や果物、野菜等に現代の用語を使用していますが、実際はそれに似たような別のものでありまして、この世界独特の言葉や形状であるとお考えいただければ幸いです。没入感が得られないというご指摘があるかもしれませんが、そこに説明を費やすとただでさえ冗長な文が更に長くなるので、平にご勘弁下さい。

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