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第4文 当たって爆ぜてまた当たる

 今回はシリアス回です。前半部分は頭空っぽにして読めない感じになってます。たまにはこんな回もあって良いよね! これまだ4話目だけどね!

「私は、君の事が好きだ」


「…………」


「…………」


 沈黙。あれだけ騒がしかった保健室が、嘘みたいに静かになる。

 告白の後、風波かざなみは口を閉ざし、じっと僕を見つめている。一挙一動を見られている気がして、僕は蛇に睨まれた蛙となっていた。

 何か言わなければならない。彼女は僕の返事を待っている。掛け布団を固く握り締めている両手を見て、焦りが募るのを感じた。

 僕らしくない。辛うじて残った冷静な部分でそう思った。こんなの、軽く流せば良いだけだ。何せ、僕は風波の事が別に好きと言う訳では無い。事実を彼女に突き付ければ良い。それで、この話は終わる。

 何を、躊躇っている?


「……前からって言ってたけどさ。風波は、僕の事を知ってたの? 僕は風波のこと知らないんだけど」


 悩みに悩んで、結局時間稼ぎを選ぶ。こんな事を訊いて、僕は何をしたいんだろう。


「……覚えてないかな? 去年、一度だけ君に助けて貰った事があるんだ」


「去年……?」


 情けない返事を嫌な顔せず聞いてくれた彼女の姿に、更に情けなさを感じながら、僕は去年の事を思い返した。

 去年と言えば、僕が中学三年生だった頃だ。受験勉強に真剣になる事なく、適当に近場で姉貴が通ってない高校を選んだ。それがここ、照丘高等学校だ。

 その思い入れの無い時期に、僕は風波を助けた……?


「……怪我した私を背負って、家まで送って貰ったんだ。……思い出せないかな?」


「……あ」


 頭の中である光景が思い浮かんでくる。五人の不良。所々に傷を負った少女。立派な武家屋敷。


「もしかして、武家屋敷の時の……?」


「そう、それだ! あの時不良共から助けて貰った女だ!」


 僕の言葉に、風波は顔を輝かせて身を乗り出す。彼女の綺麗なポニーテールがふわりと揺れる。


「そう言えば、あの時も髪をポニーテールにしてたな……」


「うむ。自慢の髪だ」


 嬉しそうな顔をしたまま、風波は自分の髪に触れる。その時、記憶の中にある少女と眼の前にいる少女が一致した。

 去年の冬に差し掛かろうとしていた頃だ。特に行く当てもなく適当にぶらついていた時、五人の不良に囲まれた少女を見つけた。それが、風波だ。不良達を追い払った後、足を挫いて歩けない風波を背負い、彼女の家まで送った。それ以来、風波と再会する事は無かった。


「……まさか、その時から……?」


 たった一度助けただけで?


「……こうは知るよしも無いが、あの時、私は本当に嬉しかったんだ。背負われている時、君の背中がとても広く、暖かかった」


 んな大袈裟な。とは言えなかった。大切な宝物を語るような表情を前に、そのような軽口を叩くのは憚られた。


「あれからずっと康を探していたんだ。君は名前を訊いても言わずに行ってしまったし、当時学校が違っていたから、結局、この学校に入学するまで君に逢う事は出来なかった……」


 ぎゅっ、と風波は再び掛け布団を握り締める。段々と声が震えていく。その姿に、僕はただ立ち尽くすのみ。


「……逢いたかった。もう逢えないんじゃないかって思った。いくら外に出て君の姿を探しても見つけられなかったから。教室で君を見つけた時、夢だと思った。最初は遠くで見ているだけでも幸せだったけど、次第に我慢できなくなって、それで……」


 止めどなく溢れていた言葉が急に止まる。何かを堪えるように俯き、また顔を上げる。


「……いきなりこんな事を言われても迷惑なのは重々承知だ。それでも、君の返事を聞かせて貰えないだろうか」


 どんな結果でも受け入れる。風波の顔にそのような決意の表情が表れていた。場違いにも綺麗だと思った。


(……僕は)


 この時やっと気づいた。今まで告白の返事を出来るだけ先送りにしようとしていた理由。彼女の表情を見て、一つの感情が僕の中でもたげる。

 風波を出来る限り傷つけずに、この話を穏便に済ませたい。


(馬鹿か……僕は)


 傷つけたくない? お前が傷つきたくないだけだろう、荒木あらき康。眼の前の選択から逃げて楽になりたいだけだろうが。甘い言葉で優しさを気取ってんじゃねえよ。


(僕は風波が好きでは無い)


 だが、風波は僕の事を本気を好きになり、断られるのを覚悟で真っ正面からぶつかって来た。なら、僕も正直にぶつけるのが筋ってもんだろ。

 甘い嘘で通そうとする。これこそ、風波を何よりも侮辱している。


「風波、僕は」


 胸が苦しくなる。恋心からでは無い。これから見てしまう風波の表情を予想してだ。

 固唾を呑んで風波が僕の言葉を聴く。その姿に後押しされるように、僕は後の言葉を紡いだ。


「お前の気持ちを受け取れない」


 その時、僕はどんな表情をしていただろう。辛い結末を聞かせて顔を歪ませたか。己の丈を風波に伝えた達成感に満ちたか。それとも、特に何も変化は無いか。はっきりと分かるのは、風波が悲痛を隠し、弱々しくも笑みを浮かべた事だけだ。


「……誰か好きな人がいるのか?」


「いや、いない。そもそも、風波の気持ちを断った理由は特に無いよ」


 自分を納得させる為か、それとも、今だけは静寂を嫌ったのか、そう訊いてきた風波に、僕は淀みなく答えた。予想だにしない返事だったのか、風波は暫し呆然とした表情をしていた。


「――なら、何故!?」


「付き合う理由が無いからだ。僕は風波の事が好きって訳じゃない。そんな事で風波と付き合っても、お互いに楽しくないし、風波を悲しませるだけだ」


「…………」


 風波は口を開く。が、そこから何か言葉が出る事はなく、彼女はゆっくりと視線を手元に移した。


「…………」


 どのぐらいこの思い沈黙が続いただろう。実際にはそんなに流れてはいないだろうが。


「……そうか」


 不意に風波が短く呟く。顔を上げた時には、項垂れていた彼女は見事に隠されていた。


「それなら、仕方ないな。ありがとう。君の気持ちが聞けただけでも、私は満足だ」


「……そっか」


 僕は特に何か面白い事を言う訳でも無く、ただつまらない返事をこぼした。風波に気づかれないように、両手を握りしめる。そうしなければ、また彼女に失礼な事をするかもしれなかったから。


「……そろそろ僕は行くよ。鼻、大事にしろよ」


 もう僕に出来る事は何一つ無い。むしろ、早く風波の前から消えた方が良い。そう自分に言い聞かせて、僕はこの場から逃げるように出入口へと歩き出した。一歩一歩がまるで沼の中を歩いているかのように重い。保健室から廊下に出れば抜け出せるだろうか。そう思いながらドアの引手に指をかける。


「待って!!」


 ピタッと力を入れようとした腕が止まった。引手に指をかけたまま後ろを振り向くと、風波が泣きそうな顔で僕を見ていた。


「あ……」


 僕が振り返ると、風波はさっきの勢いが嘘のように縮こまる。今日初めて彼女の迷いを見た気がする。僕は何度も迷ったのに。


「……良いよ。いくらでも待つ。だから、言いたい事を言ってくれ」


  引手から指を離し、僕はゆっくりと風波へと歩み寄る。さっきよりも足取りが軽くなっている気がした。

 風波と話していた位置に立つ。風波の口が開く。


「……我儘だと思う。君は呆れるかもしれない。それでも……私は……諦めきれない! だから!」


 俯いていた顔を勢い良く上げた彼女に、迷いはなかった。


「私と友達になってくれ!!」


「……友達に……?」


 正直、予想外だった。また付き合ってくれと頼むものだと思っていた。風波の意図が分からず疑問符を浮かばせている僕に構わず、彼女は言葉を続ける。


「私の事が好きでは無いから断るのであれば、私を好きにさせる。友達として君と接して、いつか、君を振り向かせてみせる」


「……ああ、なるほど……」


 ようやく風波の言いたい事が分かった。ようは、理由が無いなら作れば良いって事か。


「……虫が良すぎるかな。自分の期待通りにならなかったからって、こんな未練がましい事を言って」


「良いんじゃねーの。友達になろうぜ」


 不安顔になる風波に、軽い口調で承諾する。少しぽかんとした顔をしていた。


「……良いのか?」


「友達になるのを拒む奴はそうそういないだろ。嫌じゃない限りはさ」


「不快じゃないのか?」


「何が? さっきの未練がましいとか、そういうのか?」


 コクコクと風波が頷く。その仕草に思わず笑みがこぼれた。


「別に良いだろ、足掻いても。諦めるよかはるかにマシだ。僕としては、そっちの方が好感持てるぜ」


「好感……」


 ぽつりと風波が一言呟く。その顔に笑顔が多少戻っていた。


「……本当に良いんだな? 私は遠慮しないぞ? 君を振り向かせる為なら、しつこいぐらいに康に付きまとうぞ?」


「おう、やってみろよ。自慢じゃないが、僕は今まで好きな子が出来た試しが無い。落とせるもんなら落としてみなよ」


 出来る限り獰猛に笑ってみせる。僕の表情につられたのか、風波も挑戦的に笑った。


「じゃあ、今度こそ僕は帰るよ。またな」


「ああ、また明日」


 さっきとは違った結末を迎えて、僕は保健室のドアへ向かう。羽のように軽い足取りを感じながら、ドアの引手に指をかける。


「康!」


「ん?」


 再び呼び止められて、振り返る。こちらの心が晴れやかになるくらい、風波は笑っていた。


「ありがとう」


「どーいたしまして」


 廊下に出て昇降口へ向かう。外から聞こえる溌剌とした声を聞こえる廊下を、僕はゆっくりと歩いた。

 良い天気だ。明日もきっと晴れるだろう。






「……ん?」


 頬に違和感を感じて眼を開ける。いつの間にか風波がいた。

 僕の頬をぷにぷにしながら。


「……何してるん?」


「康の頬をつんつんしてる」


 そりゃ現在進行形で感じてますがな。


「何で?」


「康、君はぷちぷちを潰すのに理由がいるのか?」


「儚い空気を潰してはいかんぞ」


 やるけどね、僕も。


「ええい、止めんか。ここから先は有料コースだ」


「言い値で買おう!」


 売ったらマジで買いそうなので止めとくか。

 欠伸を一つして、教室の様子を見る。僕と陽一よういちの努力の甲斐があり、教室はほぼ元通りとなっていた。各地で盗難騒ぎ(全員男)が起きたけど、何の事やら。


「しかし、高良たからもそうだか、何故朝からそんなに疲れているのだ? 部活をやっている訳では無いだろう」


「朝からラジオ体操してたんだよ」


 僕の代わりに陽一が答える。

 と言うか。


「いたのか陽一」


「お前これ二話の続きだからな? 一話挟んでっけど、あれからそんなに経ってねえからな?」


 ここの住人はメタい発言する奴多いなぁ。


「なーんで制服でラジオ体操してんのよアンタら」


 と、陽一の後ろからいきなり金髪のサイドテールをした新キャラが。えーっと。


「どちらのクラスメイト様で?」


「こちらのクラスメイト様よ。てか、授業で皆、自己紹介したでしょうが」


「そん時は今のタマチャンみたいに寝てた」


 しかし、ピクリとも動かんなぁタマ公……死んでんじゃねえのあれ。


「そー言えば、アンタ蘇生起立からの名前オンリーですぐ脱落に繋げやがってたな……」


「睡魔には勝てんのよ」


 起きたら頭がチョークでデコレーションされててビビったけどね。お爺ちゃんか僕は。


「絢音よ。黒澤絢音くろさわあやね。サッキー共々今後ともヨロ」


「……風波さん?」


 いきなりどーいう事ですかこれは?


「アヤは私の親友なんだ」


「小学からの付き合いぞ」


「あーなるへそ」


 肩組み合って仲睦まじい様子が微笑ましい。


「しかし、コイツがねぇ……」


「……何じゃい。人の顔をじろじろ見おってからに」


 眼からはかいこうせん出すよ?


「面白いツラしてんなーって」


「お前さんも中々のもんだ」


「おーう?」


 黒澤が僕の髪をわしゃわしゃする。今日は一段と身体を弄ばれる日だ。


「話を戻すが、何故ラジオ体操を?」


 風波が黒澤の方に加わりながら陽一に訊く。お前も髪わしゃするんかい。


「裁判やってたら逆転して囚人になった後、矯正監とラジオ体操した」


「ちょっと何言ってるか分かんない」


「タマチャンと一緒」


「それ以上は聞かない事にするわ」


 流石タマチャン。名前が出ただけで来る者を弾くとは、生徒から全幅の信頼を得てるな。


 キーンコーンカーンコーン。


「……とうとうチャイムが鳴りやがった……。席につけ、お前ら」


 ちゃんと息をしていたタマチャンが、恨めしそうにスピーカーを見上げる。チャイムに文句言ってどうすんだよ。

 陽一と黒澤が席に戻る。風波も席に戻るが、奇遇にも、彼女の席は僕の隣だった。


「あー、明日からゴールデンウィークが始まるが、教師陣が前祝いとして飲み会を開いてグロッキー状態となっている。本日の授業は期待するな」


 ふざけんな。僕ら何しにここに来てると思ってるんだ。


「不満顔だな荒木。お前は寝る為に来てるから、問題ないだろう」


「仰る通りで」


「オイ康!?」


 クラスの皆が僕に非難の眼を向ける。僕は知らん顔して窓の外を見た。絶好の昼寝日和だ。


「という訳で、本日は全て自習だ。頑張ってくれ。以上」


 投げやりに終わらせてタマチャンが教室を出た。あの人含め、ここの教師陣は何しに学校に来てんだろう。

 さて、取り合えず寝ようかな。


「康」


「うん?」


 寝ようとした僕に風波が話しかける。心なしか顔が紅いように見えた。


「明日空いているか?」


「まぁ、何もないけど」


 しいて言うなら昼寝の予定はあるけど。

 そう考えていたら、風波がいきなり僕の耳元に口を寄せる。何事っすか。


「なら、明日二人で遊びに行かないか?」


「……何ですと?」


 軽く眠気が吹っ飛んだ。驚きに固まっていると、耳元から風波が離れる。ハッキリと分かるくらい紅くなっていた。


「駄目か?」


「いや、別に良いけど……」


「本当か! ちゃんと来るだろうな!?」


「行く行く。寝坊しなきゃ」


「…………」


 胡散臭い眼で見られた。悲しいよ僕は。自業自得だけどね。


「しょうがない。ほれ」


 やれやれと言った態度をしながら、僕は自分のスマホを風波に見せる。


「……む?」


「番号とメアド。これなら、もし僕が寝過ごしても風波から連絡が出来るだろ?」


「あ……そうだな!」


 風波もスマホを取り出し、番号とメアドを交換する。これで、僕の数少ないアドレス帳に一つ追加された。


「よし、これで康が寝過ごしたら、君の家に突撃するからな?」


「それだと交換した意味無くね?」


 僕が寝坊しなきゃ良い話なんだけどね。

 僕の疑問をよそに、風波はスマホを両手に抱いて顔をほころばせていた。あらまぁ嬉しそうにしちゃって。

 こっちが恥ずかしくなっちゃうじゃないか。

 やーっとスタートしたって感じですね……。

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