魔族リッパー
「よしっ、忘れ物は無いな!?あったとしても取りに戻ってこれないからな!!あれが無いこれが無いと言われてもどうしようも無いからな!!」
「昨日の内に確認して起きてからも確認した。そちらはどうなんだ?」
「こっちは大丈夫。確認したし、そもそも師匠に連れ去られた時なんて基本裸一貫だから現地調達だったし」
「待て、毎度言われる度に思うんだがお前の師匠はどこかおかしい」
「5㎝くらいの尖った石があれば解体できる様になった!!」
「喜んで良いことじゃないだろ……!!」
純粋に俺のことを心配してくれているレティシアに笑って返しながらまだ朝日が昇り始めたばかりの早朝に目の前に立っている城壁を見上げる。
魔物の侵入を防ぐ為に築かれた城壁は高さ20m、厚さ20mとかなり大きな物になっている。出入りが出来るのは東西南北にある城門だけ、その城門が開かれるのはもうしばらく経ってからの上に兵士が犯罪者の侵入と逃走を防ぐ為に見張っているので使えない。
なので、俺たちがする事は至極簡単な事だ。
「ふぅ……行くぞ」
「あぁ」
短く息を吐き出して弛緩し、壁目掛けて走り出す。加減無しの全力疾走。ぶつかる間際になっても減速するどころか更に加速し、壁に足をかけて足の握力で壁を掴みそのまま駆ける。
勢いを殺す事なく足を前に出して壁を掴み、地面と変わらぬ様に城壁を登る。頂点にまで到達すると周囲に見張りの兵士が居ないことを居ないことを確認。居なかったので爺さんから新しく用意してもらったククリ刀を城壁の下で待っているレティシアに向かって投げた。
普通なら何をしているんだと思われる行動だがこのククリ刀の柄にはワイヤーが付いている。俺の戦い方を見た爺さんが使えるかもしれないとワイヤーを取り付けてくれたのだ。
最大50mまで伸びるワイヤーは問題無くレティシアの所まで辿り着き、レティシアが掴んだことを確認して引き上げる。
片手で成人女性を引き上げるのは本当なら困難なのだろうが今まで鍛えていた+異世界のステータスによる補正を受けているのとワイヤーを巻き取る装置が付けられていたこともあって然程苦労はしなかった。わざわざ爺さんが知人のカラクリ(地球で言う所の機械)に興味がある人に頼んで作ってもらったらしい。
本当なら戦闘で使うことを期待していたんだろうけど……初めて使ったのが壁登りでゴメンね!!あと巻き取り装置付けてくれてありがとう!!
「ふぅ、あのドワーフの御仁は変わった発想をするのだな」
「そのお陰で楽出来ることを忘れちゃいけない。あとレティシアならロッククライミングみたいに登れると思ったんだが」
「ふむ……素手でこのくらいなら出来なくも無いが壁に穴を開けることになるな」
「つまり壁に指を差して登ると……常識は一体どこへ消えたのか……」
「壁を足の握力で掴んで走る奴がそれを言うか」
「誰にだって出来るって!!ウチの師匠は足の握力があれば誰でも出来るって言ってたんだし!!まぁ俺以外地球で出来るの師匠しか知らないけど!!」
「ほら、誰にでも出来るわけないじゃないか」
「……確かに!!おのれ、クソ師匠!!」
と、クソ師匠に対するヘイトを稼いだ所で今度は城壁の反対側に向かう。
そこに広がるのは手の入れられていない自然。草原が、森が、山が、湖が、人の手で管理されておらずにそのままの姿で朝日を浴びていた。
地球でこんなありのままの自然を見たのは富士の樹海とかアマゾンの奥地とかエベレストの頂上付近としかないので軽く感動物である。ちなみに今挙げたのは全てクソ師匠に修行と称して拉致された場所だ……思い出して余計にクソ師匠へのヘイトが稼がれる。
そして俺たちはそのまま城壁から飛び降りた。20mからの高さからの落下なんて普通なら自殺だろうが俺もレティシアもそれを回避する方法を知っている。
俺は足から着地し、そのままでいるのでは無く前に転がる事で落下の衝撃を分散させる。レティシアも同じ様にして衝撃を分散させている。魔法を使えばもう少し楽だったのだが使う事で兵士に察知される事を避けたかったのでしょうがなかったと割り切ろう。
「んじゃ、予定通りにあそこの森まで」
「了解した」
そして俺たちは城壁の上から見えていた森に向かって駆け出した。
そして30分程走って森の中部辺りまで辿り着いて休みを取る事にする。森に辿り着いて王都を確認したが異常は見られなかったので気付かれていないはずだ。
「まさか奴隷になってから犯罪者の真似事をするとはな……人生とは分からないものだな」
「経験出来て良かったじゃないか。何事も経験するのが大事だってクソジジイが言ってたぞ……だからと言って野生の熊と戦わせようとするんじゃねぇよ……こっちとら10歳の餓鬼だぞ……!!」
「もう師匠とすら呼ばなくなったか」
10歳の時にクソジジイが思い付きで俺と熊を戦わせようとした事を思い出しながら【アイテムボックス】の中に入れておいたサンドイッチを食べる。
新戸部の奴が異世界はメシマズだとか言っていたがこの世界の料理が不味いという事は無かった。化学調味料こそ無かったがケチャップやマヨネーズもあったし、王都には出回っていないが醤油や味噌もあるとの話だった。こうして食べているサンドイッチも不味くは無く、それどころか美味い部類に入る。
「これからの予定だが、村で補給をしながら迷宮都市に向かうつもりだな?」
「そうそう、非常食とかも用意しているけど出来るだけ取っておきたいし」
一応計算して二人で迷宮都市に真っ直ぐ向かってま多少は余る様に持って来ているがそれでも不測の事態があるかもしれないので消費は最低限に抑えたい。幸いに金ならアレンから渡されたのがあるので困らない。
そう考えながらサンドイッチを口に咥えた瞬間ーーー上から、何かが落ちてきた。
砕け散る石塊、巻き上がる砂埃、だけどそれらは絶妙に俺たちには届かなかったのでさして慌てる事も無く俺は腰に下げていた直刀に手をかけ、レティシアは背中に下げていた大剣に手をかけて警戒を引き上げる。
そうして砂埃の中から現れたのはーーー腰に剣を下げて黒髪をポニーテールで纏めた女性だった。キリッと吊り上がった目つきの彼女はレティシアに負けず劣らず美しい。だが額から生える角と、両目の目元から頬まで走る黒い線が彼女が何であるのかを知らしめていた。
「魔族ーーー」
魔族、俺たちがこの世界に召喚される原因となった魔王の僕とされている種族。数こそ少ないがその強さは格別だと教えられている。そんな存在が俺たちの目の前に現れた。
「ーーーお前……そちらの男の方だ。お前が召喚された今代の勇者の一人で間違い無いな?」
魔族の女性が俺の方を指差してそう問いかける。
「残念、召喚されたのはあってるけど勇者じゃないよ。だって勇者の称号持ってないし」
「だが召喚されたのには間違い無いわけだ。我が名はリッパー、今代の勇者を見に来たのだがお前に興味を惹かれたのでな。斬らせてもらう」
「文の前後が合ってないんだけどそれは……まぁ良いか、殺ろう」
鞘に納められたまま剣の柄を握り構えるリッパーの言葉と殺気を受け止めながら立ち上がって咥えていたサンドイッチを口に詰め込む。
「レティシア」
「あぁ、だが苦戦する様なら手を出すぞ」
「分かってるって」
名前を呼んだだけで理解してくれたのかレティシアは大剣から手を離し、俺とリッパーから離れた場所にあった木に背中を預けた。
リッパーは不思議そうにこっちを見ているが魔族と一対一で戦える機会なんてそうそうない。旅を始めて直ぐにこんな幸運が訪れたのだ、二対一で戦うだなんて勿体無い事出来るかよ。
立ち上がって靴を脱ぎ、裸足になる。それだけで俺の準備は完了する。リッパーは鞘に剣を納めたまま、地球の剣術の居合いの形でそれを見ていた。
そしてーーー爆ぜる様な音と共に剣が抜き放たれた。