別れ〜ギルド〜
人々が眠りに就いて夢の中を彷徨っているだろう深夜、俺は闇に隠れるようにしながらギルドに向かっていた。こんな時間にギルドに向かう理由は日が昇っている間だとギルドには人がいるからだ。
ギルド員のサイクルとしては依頼が更新される早朝にギルドに出向いて依頼を受け、夕方には王都に戻るというものだ。これは近場のサイクルで、遠出になるとそれには当てはまらないのだがギルドは国のあちらこちらに点在しているので基本的に遠出は少なくなり近場の依頼が主になってくる。
今回はレティシアにはファウルのところで待っているように指示を出しておいた。ギルドマスターならともかく他のギルド員に見つかると騒動になりかねない。そうなった時には単独の方が逃げやすいからだ。それに俺と連んでいたという理由でレティシアまでお尋ね者にされたら困るしな。
人気の無い場所を通りながら辿り着いたのは剣が交差している看板が掲げられた年季の入った木造建築の建物。ギルド自体は飛び込みの依頼などに備えて基本的に24時間開いているので夜でも人がいる。俺が会おうとしているギルドマスターもそれに漏れずに基本的にはギルドにいる、というよりも住んでいると言った方が正しい。
扉を開けてギルド内に入る。裏手ではギルドが酒場を経営していてそこの喧騒が聞こえてくるがここは静かだった……というよりも人が居ない。いつもなら最低でも誰か一人居るはずのカウンターでさえ人影が見えない。
「1…2……3人か」
一歩踏み出した瞬間に真横からナイフが飛んでくる。しゃがみ込んでそれを回避し、顔面に迫る蹴りを仰け反りバク転をしながら避ける。その時に右手の握力で床を掴んで逆立ちし、腰の捻りだけで蹴りを繰り出す。それは蹴ろうとしていた人物の顎にヒットし、脳を揺らされたそいつは崩れ落ちるように倒れた。
そして腕の力で飛び上がり、投げられたナイフを回避しながら辺りを見渡す。一階の床には倒れているのが一人、吹き抜けで繋がっている二階にナイフを構えているのが一人、そして姿が見えないのが一人。
見えているのを先に片付けると決めて跳躍したまま壁に着地し、足の握力で壁を掴むことで垂直に立っている壁を足場にする。そして走り出して投げられているナイフを避ける。俺が壁を走っていることに動揺しているのか初めに比べると多少雑に投げられるナイフはとても避けやすい。
俺の接近を嫌がったのかナイフ使いは逃げようとするがもう俺の距離だ。逃げるのなら俺が壁を足場にする前に逃げとくんだったな。
壁から離れてにかい着地、俺の方を向きながら離れようとしているナイフ使いに師匠から教えられた歩法ーーー縮地を使って滑り込むように一息で近く。これ程までに早く接近されると思わなかったのかナイフ使いの動きが一瞬だけ硬直するがすぐさまナイフの構えを投擲から変えて握り、踏み込んできた。
これは悪手も悪手だ。ナイフ使いが踏み込んできた右足を左足で全力で踏み抜く。足の裏から伝わってくるのは木造の床が砕けるのと一緒に砕けたナイフ使いの足の感触。それに嫌悪する事なく、踏み込んだ時の勢いを殺さずにそのままナイフ使いの腹を殴る。
「グェエッーーー」
本当なら吹き飛ぶはずのナイフ使いだったが俺が足を踏んでいる為に離れる事ができずに九の字になりながらその場に止まる。そしてがら空きになっている顔を掴んで頭部を壁に叩き付ける。それで気絶したのかナイフ使いは身体を弛緩させて崩れ落ちた。
あと一人と気配を探っていると一階のカウンターから拍手が聞こえてきた。警戒しながら顔をカウンターに向ければそこには青髪の男性がこちらを見ながら拍手をしていた。
「ーーーいやはや、流石ですね。彼らはBランクのギルド員なのですがここまで簡単に無力化してくれるとは……流石は最速でCランクになったギルド期待の新人です」
「……あぁ、そういう事ね」
予想はしていたのだがこの襲撃は仕組まれていた事らしい。大方俺が鈍っていないのかどうかを気にしていたのだろう。そう考えるとさっきの攻撃に殺意があれどどこか必死さが感じられなかった事に説明がつく。
二階の手すりを飛び越えて一階に着地し、青髪の男性に近づく。青髪の男性もカウンターから離れて俺に近づきーーー手が届く範囲まで近づくと互いに手を差し出して握手をする。
「元気そうで何よりですよ、ナオキ君」
「お久しぶり、ギルドマスター」
そう、襲撃をかましてくれた彼こそがこのギルドのマスターであるローラン・アーカイブスであるのだ。
「ーーーそういえば死なないようにとは言ってもそこそこに良いの決めたけどあの二人は大丈夫なの?」
「怪我をする事も前提であの二人を雇ったので問題無いですよ。それに彼らは治療室に向かわせてあります。朝にはこれまでと同じ様に動ける様になりますよ」
ローランに案内されたのはローランの執務室。ファウルのところと同じ様に質素でありながら質の良い品で纏められた部屋のソファーに俺とローランは向かい合っている。
俺は元々敵意など持っておらず、ローランも俺に敵意を持っている素振りを見せていないので特に警戒する事なく自然体でいた。
「ここに来たという事はこの街を出る前の挨拶ですか?」
「何も話してないのにいきなり目的に気づきやがったよ……そうだ、お世話になったから挨拶にと思って来たんだ」
「そうですか、それは良かった。ちょうどこちらも貴方に用がありましてね……こちらです」
そう言ってローランがテーブルの上に置いたのはのは小さめの袋。その袋の形とテーブルの上に置いた時の音から何となく中身を察したが一応の確認で口を開くとそこには予想通りに金貨が詰まっていた。
「これは?」
「アレン宰相からです。それと謝罪の言葉が……『馬鹿どもの暴走を止められなくて済まなかった。これで許されるとは思っていない、どうか私の事を許さないで欲しい』と」
ふむ……アレンはどうやら俺がここに来ると予想していてローランに言伝と金貨を任せたらしいな。流石は一国の宰相、この位の予想は簡単にしてくれるらしい。まぁ貴族と勇者組の暴走は予想出来なかったみたいだがな。
「ならアレンに伝えてくれるか?俺はお前を恨んでいない、恨んでいるのは馬鹿をやらかしてくれた馬鹿どもだけだ。ってな」
俺はアレンを恨んでいない。それは本心からそう思っている。もしも欠片でもアレンが関与しているのなら許す事は出来ないがわざわざローランに頼んでまで謝罪してくる様な奴が絡んでいるとは考えられない。
まぁ、それでも絡んでいたと言われたら素直に感心して、それから恨むけど。復讐も考えるけど。
「ふふ……分かりました、責任を持って伝えさせてもらいます。そういえばナオキ君は断罪劇のその後を知っていますか?」
「あー……俺が知っているのは大衆向けの事だけだな。あの後どうなったかなんてわからない」
「あの後、独断で君の事を断罪した勇者たちは他の勇者たちから責められた様です。アレン宰相も勇者たちから話を聞いたのですがどうやら彼らは貴族の誰かに焚き付けられたみたいですね。『犯罪を犯していると聞いたから手を貸した』と、彼らのリーダーは言っている様ですよ」
「つまり、物事の真偽も判断せずに鵜呑みにした結果があの茶番だと?」
「らしいです。そしてその焚き付けた貴族ですが……どうやらどこかに雲隠れしたらしく見つかっていません。王国の暗部や騎士団に魔法師団が探しているに手かがりすら見つかっていないのが現状です」
それは妙な話だ。暗部が裏から、騎士団と魔法師団が表から探しているのなら犯人の手かがりや、国内にいるかどうかぐらいはすぐに分かるはずだ。それなのに見つからないと……なんか思いの外キナ臭くなってきたな。
だけど、そうだとしても、俺が思うことは変わり無い。俺の恨みの矛先は勇者組の馬鹿どもと煽ってくれた貴族に向いている。機会があれば復讐したいと考える程に。そこに多少キナ臭いとかいう余分な物が加わった程度の事でしか無い。
「どうやら考えは変わっていないみたいですね?」
「どうしてそう思う?」
「そんな邪悪な笑みを見せられたら誰だってそう思いますよ」
「失礼な、こんな好青年の笑顔のどこが邪悪だって言うんだ」
「邪悪ですね」
「解せぬ」
ローランに笑顔で断言されてしまった……くそっ、どうして俺が笑うと邪悪とか言われるんだよ。地球にいた頃も良く笑っていると邪神スマイルとか言われてたし。
「そういえば、ここを出てからどうするつもりですか?」
「世界を見て回るつもり。正確な目的地は決めてないけど」
「……なら、迷宮都市に向かってみてはどうですか?」
「迷宮都市っていったら……三国の国境線上にある?」
迷宮都市と言われて思い付くのは三国の国境線上にあるニーベルング迷宮を中心として建てられた都市。三国の国境に現れた為にどの国も非干渉地帯としてほとんど独立している場所だと聞く。
「えぇ、そこならナオキ君の目的の役に立つと思います。それに、迷宮は若者の憧れの一つですからね」
「それには同意、超同意する。ダンジョンと聞いて心踊らない男は玉無しだ」
言い切ってからガッシリとローランと握手を交わす。ローランは俺が強くなりたいと思っている事を知っているのでギルドの依頼でも討伐系統を優先して回してきたりしてくれている。
取り敢えずこれからの方針は決まったな。迷宮都市に向かってそこで実戦経験を積む。王都周りでも魔物を狩っていたが種類が決まり切っているのでほとんど同じ相手しか戦っていない。だがダンジョンなら強さこそ似たり寄ったりだが多種多様な魔物が出ると聞いている。
「んじゃ、誰か来る前にお邪魔させてもらう事にするわ」
「出発は?今すぐにというわけでは無いのでしょう」
「武器が仕上がるのが3日後らしいから4日後の早朝の予定」
「そうですか……ではナオキ君、御武運を。変な所でのたれ死なないでここまで君の噂話を聞かせてくださいね」
「ハハハッ、期待してくれよ」
ローランの言葉に笑いながらそう返して俺はギルドを後にした。
「ーーーさて、話は聞いていましたね?ユーリ」
「う、ん……」
ナオキが去った後、ローランがそう言うと誰もいなかったはずの部屋の隅から三角帽子と身体をスッポリと覆い隠す黒いローブを着て地球で伝わっている魔女の様な格好をした青髪の女性が現れた。彼女はユーリ・アーカイブス。ローランの娘であり、王国魔法師団長のレイン・アーカイブスの孫娘に当たる女性だった。
彼女は過去に依頼を達成して帰る途中で魔物に襲われていたところをナオキに助けてもらったことがある。それ以来ナオキとコンビを組んで依頼をこなしていたのだ。ユーリもナオキが断罪されたと聞いて彼がこんな事をするはずが無いとナオキの無実を信じていた一人である。
「彼がここを立つのは4日後の早朝です。ついて行くも良し、行かないのも良し。どうするかは貴女が決めてください」
「……」
ローランの言葉に沈黙したままユーリは部屋から出て行った。
「……やれやれ、親として喜んで良いのか悪いのか……複雑ですね」
ユーリがナオキに向けている感情の正体をローランは気付いていた。人見知りな娘がそんな感情を
抱くことができた事に喜んで良いのか、悲しめば良いのか分からずに複雑な心境だった。
「お父さんも僕の時はこんな感じだったんですかね……今度飲みに誘いますか」
魔法師団で働いているレインも同じ事を考えたのかと思い、今度時間でも作って一緒に飲みに行こうと苦笑しながらローランは決めた。