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別れ〜鍛治屋〜



薬屋の婆さんに別れを告げて再び大通りに出てドワーフの爺さんのところに向かう。婆さんのところに行くまでには露店が多かったのだがこの辺りは剣と盾の絵が描かれた看板が掲げられた店が多い。言わなくても分かると思うが武器屋の看板だな。



この世界の識字率というのは低い。貴族などの裕福な家柄だと文字も書けて計算も出来るのだが商人の家系だと計算だけしか出来ない奴も珍しく無い。勉強するよりも仕事を優先されているから仕方ないと言えるのだが。



ファウルのところの奴隷も字が書けずに計算も出来ない奴が多かったが俺の入れ知恵でそれらが出来るようになれば品質が上がるのでは無いかと口にして実行したところ売り上げが上がったとファウルが金を数えながら嬉しそうに言っていたことを覚えている。



そんなこんなで大通りから再び路地裏に入る。婆さんの店は個人で全部やっていたがドワーフの爺さんの店には爺さん以外にも従業員がいる。爺さんが大丈夫でも従業員の方が駄目なことを考えると裏口から入る方が安心なのだ。そうすると警戒されるかもしれないが俺は元々裏口から入っていたので大丈夫だろう。



店の裏口に周り、壁に耳を当てて中の音を聞く。店の中に鍛冶場を備えている武器屋は店の壁に防音性のある素材を使っているので外に音が漏れにくく、外からの音が聞こえにくくなっているのだ。それでも聞くことだけに集中していれば剣を打っているかどうかは分かる。



店の中からは音が聞こえない。つまり今は休憩しているのか、今から打ち始めるところか、どちらにしても作業をしていないのは確かだ。



ドンドンと強めにノックを二度する。そして間を空けて今度は三度。



「ーーーガハハと笑って飯を喰い?」



聞こえてきたのは低い声。これは爺さんが好んでする問答だ。爺さんが俗に言う職人気質で自分が認めるか気に入った者以外との会話を極端に嫌う。それに飛び込みで従業員を通さずに爺さんに剣を打つように頼む奴も居るとかでこれをしないと中に入れてくれないのだ。



「ガハハと笑って酒を飲み」


「ガハハと笑って女を抱いて」


「ガハハと笑って眠りに就く」


「「ーーーこれぞドワーフの生き様よ!!」」



決まり切った問答を言い切るとガチンと鍵を外す音がして扉が開く。中から現れたのは俺の腰程の背丈のヒゲモジャの老人。背丈は低いものの手足は丸太のように太く、ガッシリとした身体はファウルのような脂肪でなくて筋肉だと分かる。



「ガハハ!!ナオキじゃねぇか!!この野郎生きてやがったかこの野郎!!」


「生きてたぞ!!片腕なくなったけどなぁ!!」



豪快に笑ってヒゲモジャで皺だらけの顔を破顔させる爺さんと同じ様にこっちも豪快に笑って息をする様に自虐に走る。レティシアはそれを見て何か言いたげだったが俺がこういう奴だと思い出してか諦めた様に顔を横に振ってた。



「おう、そんなところに立ってねぇで中に入れや!!」


「そうさせてもらうわ。あ、こっちの連れも一緒で良いか?」


「初めまして、レティシアと申します」


「おう?……ふぅん……おい嬢ちゃん!!お前は処女(おとめ)か!?」


「ーーー!?!?」



爺さんから突然聞かれた事にレティシアは唖然としていたが理解したのか一気に顔を赤くさせた。そういえば鍛冶場ってのは女は入れないって聞いたことがある。で、例外的に入れる女は未通の女性……つまり処女だけ。爺さんはそれを気にしているのだろう。



初対面のレティシアに聞くことでは無いが爺さんとしてはこれは譲れない事らしく、レティシアに睨まれても一歩も気後れしていない。それを見てレティシアも諦めたのか、蚊の鳴くような声でそうだと肯定した。



「なら入れや!!そこら辺に腰掛けてろ!!」



知りたい事を聞けて満足したのか爺さんは扉を開けたまま中に戻っていった。爺さんに気に入られなかった場合、例え処女であっても中に入れる事はしない。それを考えると一応気に入られたって事か。



中に入ると煌々と炎が燃えている炉に年季が入っているが丁寧に磨かれている鍛治の道具が壁や床に置かれている。



「な、なぁ……」


「あん?」


「ナ、ナオキはどう思う?この歳で、その……」



レティシアは言切らなかったが言いたいことは理解できた。アースの初出産年齢は10代後半、つまり大体それまでに初体験を済ませている事になる。それに対してレティシアの年齢は確か24歳、世間的に見れば行き遅れも良いところだ。それを彼女は気にしているのだろう。



「別に気にして無いさ。別に処女非処女でギャアギャア言われてもなぁ……それにまだって事は身持ちが硬いって事だろ?誰彼構わずに遊んでいる奴に比べれば好ましいね」


「そ、そうか……」



俺の考えを聞いてレティシアは安心した様に溜息を吐く。なんか、こう……キリッとした女性が稀に見せる緩んでいる瞬間ってどうしてこうも可愛く見えるんだか。



「おら!!ナオキに嬢ちゃん!!駆け付け一杯といこうじゃねぇか!!」



爺さんが持って来たのは年季の入った瓶に木製のコップ。コップを俺とレティシアに渡して瓶の中身を溢れるほどに注いできた。臭いから分かる液体の正体はアルコール。レティシアはどうして良いのか分からないのかこちらをチラチラと見てきたのでコップを口に付けて一気に飲み干してやる。



地球でも少しは酒の味を知っていたが爺さんの持ってくる酒に比べれば水にしか思えない。この酒が強すぎるのだ。レティシアもそれを見て俺の真似をして一気に飲み干したがアルコールの強さからか少し噎せている。



飲み干した俺は爺さんから瓶を受け取り、今度は爺さんのコップに酒を目一杯注いでやる。爺さんは迷わずにそれを飲み干して、瓶をレティシアに渡す。すると俺が言いたい事が分かったのか、レティシアも空になった爺さんのコップに俺と同じ様に目一杯に注いだ。それを爺さんはまた一気に飲み干す。



これはドワーフ式の挨拶みたいなものらしい。主人が来客に酒を注いで来客が飲み干し、反対に来客が酒を注いで主人が飲み干す。爺さんから初めて教えられてやった後に気になって調べたのだがかなり古いものらしく、廃れた文化だとか。この爺さん何歳なんだか。



「くはぁぁぁぁぁ!!美味い!!」


「程々にしとけよ、これから仕事なんだろ?」


「馬鹿野郎!!この程度の量で酔えるかよ!!」


「……量は少ないだろうが酒精がキツイんだが」


「ドワーフと人族を一緒にしないで欲しいわ」



地球で伝わっているファンタシー物の小説に出てくる様にドワーフは酒に恐ろしく強い。10人ドワーフがいたら人族が好んで飲む酒を置いている酒場から酒が無くなると言われている程に。今の酒もドワーフからすればビールみたいな扱いなのだ。どっから見てもウイスキー並みの度数なのだが。



「んでナオキよぉ、お前何やらかしたんだ?新聞読んだがお前らしくもない事ばかり書かれてやがった」


「冤罪、嵌められたって言えば伝わるか?」


「クハッ!!貴族のボンボンか勇者の世間知らずが好き勝手やらかしたのか!?」



察しが良いなぁおい。爺さんから改めて注がれた酒を今度はチビチビ飲んでいく。一気したのは初めの一杯だけだ。



「お陰で左腕無くした上に所持品全部持って行かれちまったよ。まぁ生きているだけ儲けもんだけど」


「ーーーちょっと待て!!所持品全部ってことはまさか……」


「お察しの通り、爺さんの打ってくれた武器も全部取られた」


「マジかよ……」



武器が全部取られた事を伝えると爺さんは肩を落として落ち込んだ。俺が使っていた武器は爺さんが打ってくれた物なのだ。それを取られて悔しいと思うが取り返せるとは思えない。それに俺の為に打ってくれた爺さんの方がショックは大きいだろうし。



「ってことは今ナオキは武器が無いのか……良し、新しく俺が打ってやるよ」


「マジ?良いの?」


「おう!!ナオキには助けられた恩もあるしダチ公が困ってんだ!!ここで動かねぇと男が廃るってもんよ!!」



爺さんが言う助けたというのは、俺がギルドの依頼で王都の外を出歩いていた時に腰を押さえて唸っている爺さんを担いでここまで連れて帰った事を言っている。なんでも材料が足らなくなったので自分で採りに行ったら腰をグギリとやらかしたそうな。



その時のお礼として前に使っていた武器を作って貰ったのだが爺さんとしてはまだ返し足りなく、それとは別に俺が困っているから助けたいらしい。その好意を無下にしたく無いし、そもそも断れる程に余裕があるわけじゃ無いので素直に受け取ることにした。



「んじゃよろしく頼むわ」


「おうよ!!前と同じで良いのか?確か……直刀4本と短槍が4本、ククリ刀が3本だったか?」


「多いな!?」


「一人で戦うとなるとそれくらい使うんだよな……武器の種類はそれで良いけど片手だから本数を減らしてくれ。直刀2本、短槍2本、ククリ刀は3本。それとレティシアの武器も頼みたいけど……」


「嬢ちゃんか……戦闘経験は?あぁ、訓練だとかじゃなくて実戦でだぞ」


「ある、奴隷になる前は軍人だったからな。その頃は大剣を使ってた」


「大剣……だったら良いのがあるぞ」



そう言って爺さんは立ち上がり、隣にあった武器の保管庫から目測で1.5m程の布に包まれた剣を持ってきた。



布を剥がして現れたのは真紅の刀身の大剣。武器に疎い俺でもその大剣が業物である事が分かる程の一品だった。



「俺が昔打った剣だ。何を素材にしたかは忘れちまったがどういうわけだか『魔剣』化しちまっててな、俺の目に叶う奴が居なかったから保管庫に放置してたんだが……どうだ?」



RPGで聞く呪われたという意味の魔剣とは違い、アースでの魔剣というのは魔力を宿した剣の事を言う。本当なら魔法陣を刻む事で魔剣化させるのだがどうやらこの剣は完成した時から、そうするつもりは無かったのに魔剣化していたらしい。



爺さんから大剣を渡されたレティシアは柄を両手で握り、一振り二振りと感覚を確かめ、満足気に頷いた。



「……良い剣ですね。私が軍人だった時に使っていた物と大きさは変わらないのに重たいと感じない。これが軽いという訳じゃなくてバランスが取れるからそう感じるのですか」


「クハッ!!やっぱり俺の目に狂いは無かったな!!壊れるまで使ってやってくれよ!!所詮武器ってやつは道具だ!!道具は壊れて使い物にならなくなるまで使うのが良いからな!!」



これには思わず爺さんも笑っている。大剣ってのは普通の剣と比べて重量があるから振り回されるのだがレティシア自分の力で振るっていた。振り回されるのではなく振るう事ができる人に渡せて爺さんは嬉しいのだろう。



「でだ、ナオキの武器だがちょいと時間を貰うぞ!!少し試してみたい事があるからな!!」


「人の武器で実験するなよぉ!!でも許すけどね!!」


「そうだな……3日だ!!3日後の朝までに仕上げておくから楽しみにしてな!!」



そう言って楽しそうに材料を集めだした爺さんを見て邪魔するのは悪いと思い、一声かけてから俺たちは爺さんの鍛冶場を後にした。




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