森の魔女と村長の孫
小さい頃からおじいちゃんは言っていました。
森には魔女がいる
と。
でも、おじいちゃんはそれだけを言い続け、魔女がどんな存在なのかは教えてくれませんでした。
だから、大人になったら魔女に会いに行くんだと、子供ながらに強く決意した。
その決意を、おじいちゃんは悪用しました。
家事全般、料理から掃除から、あらゆる事を一切合切教え込まれ、気が付けば自分1人で5人分ぐらいの働きができるようになった頃、村の村長であるおじいちゃんは、言いやがりました。
「ちょっと森に行って、働いてこい」と。
意味がわからなかったがけれど、森に居るという魔女に会いたかったのもあって、二つ返事で森に行くことを承諾した。
すると、森の地図と、作り置きしておいた保存食、着くまで開けるなと言われた中身がわからない小さい荷物、を渡された。
「じいちゃん、俺森になにしに行けばいいの?」
「行けばわかるさ。今のお前なら大丈夫」
「……わかった。ちょっと行って"すぐ帰ってくるね"」
「あぁ、いってらっしゃい」
ろくに説明もないままだったが、村を出る。
後ろ姿が見えなくなった頃、村長は言った
「帰って来れんかもなぁ。まあ、あの出来の良い孫の事だ上手くやるだろう…」
その言葉が、孫に聞こえることは当然無かった。
その頃孫は…
迷子になっていました。
「なんだよ、この地図!なんで森の2分の1をアバウトに括って"この辺"とか、意味わかんねえよ!どこに行けばいいのかすら分からない様な地図を渡すんじゃねえよ!!!」
迷子な上にご立腹でした。
森に入ってからそんなに時間は経っていないにも関わらず、のびのびと成長した草木や、似たような大木があるせいか、入ってきた方向や目的地の方向がわからなくなり、地図で大体の位置を確認しようとした結果が、これである。
事前に確認すればきっと迷子にはなっていなかった。
地図の出来の悪さを知っていれば、迷うことなんかなかった。とか、言いたい放題である。
仕方なく、宛もなく、孫は歩くことにした。
渡された保存食を片手に歩く。自分で作った保存食を片手に歩く。
しばらく歩くと、どこからか焦げ臭いが森を満たすようになった。山火事でも起きているのかと思ったけれど、何となく覚えのある臭いだと気が付く。
黒い煙が立ち込めるようになったその先には、見るに耐えない光景が広がっていた。
「あぁ、また焦がしちゃった~。」
「………」
「あ、そこの君ー、魚の焼き方教えてくれませんかー?」
両面真っ黒焦げの魚をにこやかに箸で掴んで女性は空いた口が塞がらない俺に声をかける。
(この人が魔女だったらどうしよう…)
なんて考えを頭に浮かべながら、女性に近づく。
女性の容姿は真っ黒焦げの魚に負けないくらいの黒く、長い髪を一つにまとめ、これまた黒のワンピースを着た、ちょっとつり目ながらも整った顔立ちをしている。
歳は20代後半ぐらいだろうか……
「あれ、君は村長のお孫さんかな?」
「え?まぁ、近くの村の村長の孫ですが、それが何か?」
「いやぁ、よく似てる!おじいちゃんが若い頃にそっくりだ!!」
「はい?え、なんでじいちゃんの若い頃とか知ってるんですか?」
「君のおじいちゃんが小さい頃からこの森にいるからだよ。
迷子になっていたところを助けたんだ、そうか、こんなに大きな孫がいたのかー」
2度目の空いた口が塞がらない。
加えて目が点になってしまった。
「じゃあ、森の魔女ってあなたですか?」
「魔女とは呼ばれているけど、別に空を飛んだり、魔法が使えるわけでもないよ。ただ長生きしてるだけだよ。何故かは知らないけれど。」
淡々と自分の事を笑顔で説明する魔女。
そうでなければ良いと言う願いはあっさりと崩壊した。
そして、魔女はその笑顔のまま再度魚の焼き方を教えて欲しいと願い出た。
はいはいと、溜息混じりの返事をして火元に近づきながらだだっ広いログハウスに目をやると、窓ガラスから見える部屋の中が黒焦げの魚より悲惨なことになっていた。
「ちょっと!何あの家の中!?掃除してないの?寝るスペースあるの!?何であんなに散らかしたままに出来るの!?」
間伐入れない質問攻めに魔女はおどおどし出す。
「苦手で…」
「魚黒焦げにするのもどうかと思うけど、掃除できないのはもっとやばいでしょ!!!」
「あう………」
「魚は後。掃除させて頂きます。」
「えぇー、お腹空いてるのにー」
「これでも良ければ食べてて下さい。」
差し出したのはさっきの保存食。
すると、目の色を変えて手を伸ばしていたので、そのまま与えることに。
まるで犬のような姿だ。
「おじゃましまーす……」
恐る恐る部屋の中へ入ると、その中は窓から見たよりも酷かった。
脱ぎ散らかした服やら、ゴミやら、どこから持ってきたかわからない置物など、あらゆる物が散乱していた。
孫の目の色は炎を宿したように真っ赤に染まり、凄まじい勢いで辺りを片付けていく。
それはもう、1人で5人分の勢いで。
そして、部屋の中はあっという間に片付き、運び出されたゴミはログハウスの外に山積みになってしまった。
それを見た魔女は口を大きく開け、目をパチパチさせていた。
「すごいね」
「ここまで貯めるのも凄いよ。」
「おじいちゃんは出来のいい孫に育てたねぇ。」
「家事全般でできないことはないくらいいろいろ教えて貰ったからね。これくらいどうってことはない」
「君、名前は?」
「フユトだけど……」
「そうか、ではフユト君、君が私のお世話係なんだね!!」
「はぁ!?」
「実は、ちょっと前におじいさんが来てね、近々世話係を派遣するって言われていたんだよ、まさかお孫さんを使いに出すとは思わなかったけれど、いやあ、驚いた。あははっ」
「あははっじゃない!何それ聞いてない!は、まさか、働いてこいってこの事!?ていうか、目的地がここならあの荷物開けてもいいのか?いやいや、そうじゃなくて…」
孫、混乱。
「あぁ、その荷物はきっと私が頼んだものだね。」
「じゃあ、はい。」
「ありがとッ、中身気になる?」
「なるけど…」
「なら一緒に見ようか。」
ご満悦の魔女が荷物を開ける。
そこにはキレイに小分けされた種が大量に入っていた。
「おお、これが成長すればしばらく生活に困らないな。」
そう笑って、更にご満悦になる。
「さて、ばら撒くか!」
「!?」
「どこにしようかなー?」
「ちょっと待って、畑もないのにどこに蒔く気!?」
「その辺にばら蒔けば勝手に育つでしょう?」
「何考えてんだよ、人より長く生きてんのになんだよそのアバウトな考えは!畑作ってから蒔けよ!」
「ええー、面倒臭ーい」
にやりと笑って種をばら蒔こうとする手を慌てて抑え、そして勢いのあまりこう言った。
「畑作るから置いといて!!!」
家事全般から日常生活に置ける事を教え込まれ、挙句の果てには魔女の世話係……
ちょっと行ってすぐ帰るなんて、出来るはずもなく
ただただ詳しい説明をしないじいちゃんをちょっと恨みながら、村長の孫は人より長生きな魔女と一緒に暮らすのでした。