40話 繋がり
死を望む者と生を望む者
違える信念は交差する。
side 紫苑
ツルギの幻想郷から帰ってきて3日後に宴会というハードスケジュール。白玉楼で開催されることとなり、俺は幽々ん家の台所を借りて妖夢と料理を作っていた。
桜の下では宴会のセッティングをみんながしているだろう。
妖夢は手際よく料理を横で作っている。
あの歩くブラックホールの幽々の飯を毎日作っている彼女にとって、宴会料理の量は日常茶飯事なんだろうね。どこぞの繁盛している飲食店のシェフが如く動いている。
見習いたいものだ。
それにしても……。
最近思うのだが。
なんか最近みんな冷たくね?
なんというか……腫れ物を扱うような感じで接せられることが多くなったと言うべきか。紫やアホ共は普通なんだけど、例えば横で料理している妖夢とかかな。横目でチラチラ見られながら料理してる俺にとっては、物凄く居心地が悪い。
霊夢の妖怪退治の手伝いも断られるし、料理以外の家事も藍さんが仕事を奪っていくし、アリスや幽々子から体を心配される。極めつけは幽香が戦闘を仕掛けてこない。
うーん……なんという疎外感。
というか、もしかして寿命バレてるんじゃね?
俺の寿命は〔十の化身を操る程度の能力〕の過度な使用の代償として、暗闇から長くてあと5年と言われている。実際にはそれより少ないだろうけど。
まぁ、余生を穏やかに幻想郷で過ごすわけだし、俺は生き急ぎすぎた感はあるから、平和に生きて死ぬのも悪くはないと思っている。別に死にたくはないけど、人間捨ててまで生きようとも思わないからね。
「痛っ」
「ほら、よそ見してるから指切ってるじゃねーか」
チラチラ横目で見ながら包丁使ってたら誰でもそうなる。
妖夢は包丁で指を深く傷つけてしまっていた。
俺は妖夢の傷ついた手を握る。
「し、紫苑さん……?」
「じっとしてろ」
俺は『雄羊』の化身を使用する。この程度の怪我に使うものではないが、衛生上妖夢に料理を任せることが出来ないからして、俺の負担が大きくなるのは面倒。
淡い光が妖夢の手を包もうとした瞬間――
「――っ!?」
妖夢はバッと俺の手から逃れて後ずさった。
彼女の表情は何かに怯えているようで、少女から引かれた俺はちょっとショック。端から見たら俺が犯罪者である。
「あー……いきなり手を触ってごめん」
「い、いえ! こんな傷程度で紫苑さんの能力を使わせるわけには……」
「傷口開いた状態じゃ飯なんて作れないだろ? ここで妖夢がリタイヤしたら俺の負担が増えるし、そもそも切り傷深いんだから放置すると大変になるぜ?」
「で、でも――」
妖夢って妖忌と似て隠し事が苦手だよな。
良くも悪くもまじめな性格って言うかさ。
「――この程度の能力使用で寿命は削れんよ」
「え!? どうし――」
と妖夢が訪ねようとして両手で口を塞ぐ。己の失言に気付いたのだろう。
俺は深海よりも深くため息をついて、再度妖夢の手を握って『雄羊』を使用する。
「どーせ未来が余計なことでも言ったんだろ? 確かに俺の能力は限界超えて使用すると命を削るもんだけど、逆にいえば己の神力の範囲内で使えば命に別状はないんだよ」
「……紫苑さんは、死ぬことが怖くないんですか?」
「怖くないわけがない」
なんで料理中にこんな重い会話してるんだっけ?
そう思ったけど真剣な妖夢の質問に適当に答えるわけにはいかない。
「けど人間はいつか死ぬ。それが60年後だろうが5年後だろうが、俺にはさして違いはないと思うぜ。人それぞれ寿命は違うんだし、俺の場合はたまたま5年しか生きられないってコトだ」
「………」
妖夢は納得していない顔だな。
けど俺の寿命は俺のもの。
本人が納得してるわけだし、それを他人がとやかく言えるもんじゃないと思うけどなぁ。心配してくれているのは分かるんだけどさ。
もしかして未来は全員に話したのだろうか?
後でシバき殺すか。
♦♦♦
side 霊夢
『紫苑を……夜刀神紫苑を――ぶっ殺して』
そう九頭竜さんが言った瞬間、幽香の反応は早かった。
傘を一寸たがわず九頭竜さんの心臓へと走らせ、殺そうとした。
しかし――
『おい、切裂き魔。わざわざ勘違いさせるように言うんじゃねェよ』
幽香の傘は九頭竜さんを突き飛ばした灰色の髪の男――獅子王さんの胸部を深々と突き刺したのであった。どくどくと赤い液体を地面にまき散らし、それでも何事もないように笑っている獅子王さんに私たちは大きく目を見開く。
『あ、ちなみに兼定は不老不死だよ』
『テメェここで言うか普通』
幽香が傘を抜くと竹林の案内人とは違う形で、傷が数秒で跡形もなく消えてしまう。
『確かにさっきのは言葉が圧倒的に足りなかったね。ものを一から教えるのは苦手なんだ、昔から。正確には紫苑をぶっ殺せるくらい強くなって紫苑を倒して欲しいんだよ』
『……何が違うのぜ?』
『――話は変わるけどさ、君たちは紫苑の限界突破させる能力が何の代償もなしに使用できるとでも思っているのかい?』
『『『『『!?』』』』』
九頭竜さんは教えてくれた。
紫苑さんの能力は己の限界を越える度に代償を支払わなければならないこと。
その代償が寿命だということ。
紫苑さんは――あと5年も生きられないこと。
『そ、そんな……』
全員は押し黙ってしまった。
アリスなんて絶望した表情で崩れ落ち、藍はそれを支えようとしたが自分も混乱していたのか失敗する。
私は一番ショックを受けているであろう人物――八雲紫に視線を走らせたが、思いのほか平気そうであった。
もしかして……。
『八雲紫は知っておったのじゃろう?』
『……えぇ』
『なぜ黙っていた!?』
紫の胸ぐらを掴んだのは幽香だった。
弟子として知っておかなければならないことを、紫は同期の幽香に黙っていたのだから怒るのも無理はない。この場にいる全員が同じ気持ちなので、止めることはなかった。
殺気を込めて紫を睨んでいた幽香だったが、紫の表情を見た彼女は胸ぐらを掴んでいた手を離す。
紫は――泣いていた。
『だって……だって……寿命なんて私の力ではどうしようもないじゃない! 師匠もみんなに言うなって……そんなの……逆らえるわけ……』
知っていても直、愛する師から口止めされていた紫。
その重圧は私には想像もつかないだろう。
『紫苑は遠からず死ぬ。人間には耐えられるわけがない能力持ってンだし、ンなことは分かりきってたことだ』
『紫苑にぃ……』
『――が、それなら話ァは簡単だ』
獅子王さんの言葉を九頭竜さんが続けた。
『紫苑を人間以外にすればいい』
『……は?』
『だって簡単なことでしょ? 人間には耐えられない能力なら、人間以外……それこそ吸血鬼でも妖怪でも神様でも何でもいい。〔あらゆる障害を打ち破る程度の能力〕の神力消費に耐えられる種族になればいいだけの話さ』
『そんなことできるのかよ!?』
魔理沙の疑問はもっとも。
九頭竜さんは簡単そうに言っているが、改めて考えれば不可能に近いことを述べている。
『できるよ。というか兼定がいい例じゃん』
『俺様も数年前は人間だったからなァ。不老不死にすりゃあ、この問題は一発で解決するぜ』
『問題があるとすれば……紫苑がそれを良しとしないことかな』
九頭竜さんたちの住んでいた街でも試みたらしいが、紫苑さんは人間であることを辞めようとはしなかったらしい。
それを賭けに彼らは何度も殺し合ったそうだが、紫苑さんの限界を越える能力を打ち破ることはできず、いたずらに寿命を減らすだけの結果となってしまった。
『話を最初に戻そう。だから最後の手段。霊っちとみょんには紫苑を倒せるだけの力をつけて、紫苑と賭けをして勝って欲しいのさ。たぶん2対1でも紫苑なら文句は言わないんじゃないかな?』
『けど、九頭竜さんたちが勝てなかったのに、私たちが勝てるわけないじゃない』
『いや、二人のほうが勝算あるよ』
紫苑さんの切り札『戦士』は相手の能力の情報量で神力消費が変わる化身。散々殺しあってきた彼らよりも、殆ど戦っていない私や妖夢のほうが勝算があるんだとか。
しかし、それでも限界突破されたら意味がないのでは?
藍の鋭い指摘に、九頭竜さんは苦笑する。
『だから霊っちとみょん以外も呼んだ。紫苑のことを異性として愛していそうな面々にね』
『な――!?』
赤面する妖夢以外。
こう真正面から言われると困る。
ヴラドさんは笑いながら宣う。
『紫苑が人間に固執してる理由は分からん。其ならば、あのアホが生きたいと思う理由を作ればよい。神殺の限界突破は勝ちたいって想いの強さによって変わるチート能力』
『人として死にたいって思わせる以上に、紫苑が生きたいと心を揺さぶれば……勝機はあるんじゃないかな』
『でもそれは』
『ぶっちゃけ卑怯だよね』
清々しいほどに卑怯で――最悪な作戦。
『確かに最悪な作戦じゃのう。儂自身が忌避したかった計画』
『俺様たちは正義の味方でもねェし、あの街では卑怯汚いは敗者の戯言。アイツも全力でぶつかって負けたンなら本望だろうよ』
『それ以外に方法がないっていうか、あれに勝つ方法なんてほかに思いつかないんだよね』
彼等も不本意なのは表情を見ればわかる。
私達の純粋な『愛情』を利用して、紫苑さんを倒そうとする行為は誉められることじゃない。
『殺す殺す言ってっけど、紫苑に寿命如きで死んで欲しくねェ。もっと紫苑と馬鹿やりながら幻想郷をエンジョイしてェし、アイツの生への執着のなさには納得がいかねェ。不老不死が言うのもなンだが』
『じゃから――頼む、協力してくれ』
ヴラドさんは頭を下げた。
責めることはできなかった。
私たちも――心の中では紫苑さんに死んで欲しくない。
そんな想いを九頭竜さんが代弁した。
『紫苑は自分の命は自分のものだからって受け入れてるんだけど、僕に言わせてみればアホらしいね。人と繋がってる時点で、その人の人生はその人のものだけじゃない。だから――やってみようじゃないか。紫苑の想いと僕達の想い。どちらが強いのか』
私は紫苑さんと妖夢が料理をする姿を見ていた。
「霊夢……」
「紫、準備は終わったの?」
「えぇ」
元気のない紫が私に声をかけてきた。
このような幻想郷の賢者を見るのは初めてだ。
「そんな辛そうな顔は止めなさい。もう覚悟は決めたんだし、紫苑さんにバレちゃうでしょ」
「……そうね。私たちは覚悟を決めた」
九頭竜未来、獅子王兼定は言った。
紫苑を堕とし、紫苑を倒す。
そして紫苑を人間以外の種族にする。
本人の意思を完全に無視した下劣で最悪な策を成すために、暗闇に託されて幻想郷に来たと。
「私は――紫苑さんを倒す」
やれるかどうかは分からないけど、私は『打倒・憧れの人』を目指すのであった。
未来「というわけで、この物語に置けるラスボスさん一言どうぞ」
紫苑「マジかよ」
未来「だから主人公『は』成長しないのさ。したら困る」
紫苑「確かにラスボス成長したら困るわ。変化はありそうだけど」
未来「あ、そういえば前回コラボした撃っち先生のキャラ、本編でも時々出るよ」
兼定「了承得たのかァ?」
未来「うん。あっちでも僕たちが時々出るって」




