4話 人里から見る異変
不老不死と半妖
懐かしいのか切ないのか
side 紫苑
次の日。
俺は藍さんと一緒に人里にやって来た。
紫も一緒に行きたそうにしていたが、どうやら冬眠時期のうで泣く泣く断念したらしい。妖怪の生活サイクルなんて知らないが、大妖怪には普通のことなのだろうか?
それとも結界に関係してるのか?
「それにしても……賑わってるなぁ」
「ですね」
隣で歩く藍さんが同意する。
最初は俺の3歩後ろを歩いていた藍さんであったが、俺の「一昔前の夫婦か」とツッコミを入れたところ、顔を真っ赤にして横を歩き始めた。ちょっと不謹慎すぎたか。
江戸末期から明治初期を彷彿させる町並みは、近所の商店街の賑わいを連想させた。都会ほどではないにせよ、活気に満ち溢れていると言えば分かりやすいかな。
初めて見る物や店に一々視線を走らせる俺に否はないだろう。
「ところで……紫苑殿は人里になんのご用で?」
「んー? 特にこれといって用事はないよ。ただライフラインの確認に来ただけかな」
「ライフライン?」
「生きていくのに必要なことさ。食材買いに行くのに人里知らなかったらまずいだろ」
「なるほど、私は人里には『油揚げ』を買いに来るしか用事がないので……」
ほぅ、藍さんは油揚げが好きなのか。
狐って油揚げ大好きなイメージあるからなー。なんでだろ?
「ふーん……今度、いなり寿司でも作ろうか?」
「誠に御座いますか!?」
「うぉっ!」
俺はいきなり肩をつかんで顔を寄せてきた藍さんに驚く。
つか顔近い近い!
しかも女性特有のいい香りが思春期真っ只中の元・高校生2年の心臓をオーバーヒートさせる。さすが元・玉藻の前。傾国の美女の異名は伊達じゃないな。
「――藍殿、人里の道端で何をやっている?」
おや、今度は藍さんとは違ったタイプの美女がやって来たぞ。
長身の女性は見慣れない俺と藍さんを交互に見て、意味ありげな笑みを浮かべた。
「逢瀬の最中に失礼したかな?」
「そそそそそそそ、そんなことは決して!!」
めっちゃ慌てている藍さん。
俺は誤解を解くために言った。
「すまないけど俺と藍さんはそんな関係じゃない。俺は気にしないけど藍さんに失礼だろ?」
「………」
「はははっ、これはすまない。藍殿が殿方と歩いているというのが珍しくてね」
藍さん、なんで俺を睨んでるん?
「そう言えば自己紹介がまだだったな。私は上白沢慧音、寺子屋で教鞭を握っている」
「教師かぁ。俺の名前は夜刀神紫苑。昨日幻想卿に引っ越してきた外来人だ。今後ともよろしく」
外来人という単語に上白沢さんが反応する。
「外来人……? その割には随分と落ち着いてるな」
「紫と同意の上だし」
「幻想卿の賢者が?」
へー、アイツ幻想卿の賢者とか呼ばれてるんだ。
紫の評価に感心していると、藍さんが口を挟んでくる。
「今は隠しておられるが、紫苑殿は我が主の師であり、幻想卿誕生の立役者でもあります」
「なっ!? それは本当か!?」
「え? あー、間違ってはいないよ。幻想卿誕生には一切手をつけてないけどね」
隠している、というのは俺の神力のことだろう。
昨日は外の世界と同じように神力駄々漏れの状態だったが、幻想卿で人間が神力宿しているのは珍しい事だと理解したので、不馴れではあるが隠すことにした。ましてや、今の俺の神力には微量だが妖力も混じっている。人里で無闇に解放するのもマズイと判断した。
それにしても……上白沢さんの尊敬の眼差しは何なのだろう?
「えーと……上白沢さん、どうしたの?」
「慧音と呼び捨てで構わないよ。いや、賢者殿の昔を知る数少ない人物だ。知りたくもなる」
「あぁ、なるほどね」
「――おーい、慧音ー」
今度は白い髮の少女が歩いてきた。
モンペ……だっけか? とにかくボーイッシュな感じのする女の子だ。口調に関しては慧音もそうだが。
「って、藍と……誰?」
「妹紅、彼は外来人の紫苑君だ。紫苑君、彼女は藤原妹紅、迷いの竹林の案内人だ」
「よろしく、藤原さん」
「妹紅でいいよ。紫苑って呼べばいい?」
別にいいぞー、と軽く言う。
それにしても……
「この絵図は久し振りだなー」
「?」
首をかしげる藍さんに、俺は考えなしに答えた。
「だって、人間と妖怪と半妖と――不老不死が一ヶ所に集まってるんだぜ?」
「「「!?」」」
女性陣が驚愕の表情を見せる。
特に妹紅は『なぜ知っているのか?』と警戒しているようだ。
「……紫苑君、私が半妖だと言ったかな? そして、どうして妹紅が不老不死だと知っている?」
「あー……ごめん、つい外の世界感覚で言っちまった。知ってる理由だっけ? 俺の親友に2人ほど不老不死がいるから、妹紅が不老不死だって感覚で分かったんだよ。半妖についても知り合いがそうだし」
「……!? 不老不死が外の世界にもいるの!?」
「妹紅と同じ原理かは分からないけど、何人かいると思うぜ」
俺の発言に妹紅は少し嬉しそうな顔をする。
もしかして……幻想卿に不老不死の奴ってのは珍しいのだろうか?
俺の知ってる不老不死の一人はあの壊神だし……アレと一緒と考えるのは妹紅に失礼だと思う。
「そんなに嬉しいのかねぇ……」
「不老不死仲間がいる……というよりは、不老不死である自分を気味悪がらない紫苑君に嬉しいのだろう。妹紅は不老不死で色々辛い思いをしたらしいからな」
「そっちかー。たかが老わない死なない程度で人を嫌いになるかよ」
「妖怪や人ならざる者とごく普通に接する紫苑君のような人間が珍しいですよ」
そういうものかね……。
俺にとってはそれが普通だったから分からないな。
♦♦♦
side 慧音
「それで妹紅、どうしたんだ?」
私は珍しく機嫌のいい妹紅に、ここに来た理由を聞いた。
不老不死を理解してくれる者は少ないから、外来人の少年――夜刀神紫苑君のことを気にいったのだろう。私としても、妹紅の理解者が増えることは友人として嬉しい。
彼は幻想卿の創造者・八雲紫の師らしい。明らかに紫苑君は十数年そこらしか生きていない人間であるのに、長き時を生きる大妖怪を師事したというのはいささかおかしな話であるが、藍殿が言う限り本当のことだろう。是非とも聞いてみたい。
「なんか人里の外の様子がおかしいの。妖精や妖怪が興奮状態にあるとか」
「珍しいのか?」
「妹紅が気にするほどのことだから本当なのだろう。もしかしたら異変の前触れかもしれない」
「異変……あぁ、幻想卿のちょっとした娯楽みたいなやつか」
紫苑君の発言に私含める3人は唖然とする。
藍殿が裏返った声で諫める。
「し、紫苑殿。さすがに娯楽というのは……」
「紫曰く、幻想卿の異変は人里で死人が起こるようなものじゃないとか聞いたぞ?」
「た、確かに死人が出るほどの異変はそうあるものではありませんが……」
その言葉を聞いた紫苑君は笑った。
いや、正確には『嗤う』とでも言うべきだろうか? 人・妖怪関係なく、背筋が凍るほどの笑みを浮かべる表情をする外来人を見たことがない。妹紅や藍殿も息を飲む。
「なら大丈夫じゃねーか。弾幕ごっこの時も思ったけど、死人が出さえしなければ所詮は遊びの範囲を超えないと俺は思うからな。じゃなきゃ藍さんや紫に刀を渡さないよ。もし本物の殺し合いなら――俺は全身全霊を持って相手するし」
そして次の瞬間には、会ったときと同じような優しい笑みをしていた。
「本当に平和だよね、ここは。俺の住んでたところとは大違いだ」
「そうですか……」
「さーてと、さっさと買い出し終わらせて帰る――ん?」
紫苑君はなにかを感じたかのように突然空を見上げた。
私たちもつられて見上げると……
「な――!?」
空が……赤く染まっていた。
いや、赤い霧に包まれたと言うべきか。
突然の変化に周囲にいた人里の人間たちから悲鳴や怒号の声が上がる。
落ち着いている者といえばここにいる4人だけだろう。
私は妹紅に叫んだ。
「妹紅! 人里に入ってくるかもしれない妖怪に警戒してくれ!」
「わ、分かった!」
妹紅が来た方向に飛んでいく。
「藍さんも妹紅の手伝いにいってくれないか?」
「はい。……紫苑殿は?」
「ちょっくら異変の元凶のところ行ってくる」
「「え?」」
紫苑君は走って去ろうとするが、私が慌てて呼び止める。
「し、紫苑君! 急にどうしたんだ!?」
「別に霧が危険って訳じゃあないんだけどさ……。嫌な予感がする」
「嫌な……予感?」
「こういうときの予感ってうんざりするくらい当たるからなぁ。なんか行かないと後悔する気がするんだわ」
「紫苑殿……お気をつけて」
「藍殿!?」
小さく礼を言った紫苑君。
すると、どこからともなく風が私の肌を撫で、気づいたら紫苑君の姿は跡形もなく消えていた。慌てて周囲を見渡すが、慌てふためく人里の人間しかいない。
「行かせても良かったのか?」
「紫苑殿なら大丈夫でしょう。紫様も『師匠が異変解決に乗り出すのなら、決して邪魔をするな』と命じられておりますゆえ」
つまり、賢者殿は藍殿が紫苑君についていくことは『邪魔になる』と判断したのか。それほどまでに彼は強いのか。
「それに……私は紫様の言葉と、師である紫苑殿を信用してますので」
では失礼します、と頭を下げた藍殿は妹紅とは別方向に飛んでいった。
残された私は誰にも聞こえない大きさで呟く。
「紫苑君……無事に戻ってきてくれ……」