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東方神殺伝~八雲紫の師~  作者: 十六夜やと
5章 神殺の日常~動き出す歯車~
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35話 不死と王

集う者たち

偶然か必然か

side 華仙


今日は珍しく人里を歩いていた。

基本的には妖怪の森を中心とする活動範囲を展開する私にとって、人里を歩くというのは珍しい光景だ。仙人という立場にあるので、修行として妖怪の山に籠りっきりなのは仕方のないことだと私は考える。


というわけで、いつも賑やかな人里を歩いていたわけだが……。


「――ん?」


珍しい人間を見つけた。

いや、人間と言っていいのか?


その人間――男は不思議な格好をしていた。

外の世界の服装に似ているような気もするし……もしかして外来人だろうか。

灰色の長い髪の毛を一つに束ねており、何かに飢えてるような赤い瞳をのぞかせる男だ。一度その外見を見れば当分忘れることが出来ない出で立ち。




しかし――私が注目したのは。




彼の左腕に巻かれた包帯(・・・・・・・・・)だ。




私も事情により右腕に包帯を巻いているが、彼の左腕からもそのような気配を漂わせるものを感じた。それが『彼が人間なのか』と思わせる原因でもある。

気になって私は彼を呼び止めた。


「待ちなさい、そこの男」

「――んァ?」


抜身の刃より鋭い瞳がこちらをとらえる。

少なくとも友好的には思えない。


「貴方は外来人でしょうか?」

「ンだよ。幻想郷では外から来た人間は人里すら歩けねェのか?」


答えるのすら面倒と言いたげに頭を掻く男。


「……貴方――」

「人に質問するンならまず自分が名乗れや。人にいきなり外来人かとか失礼にも程があるだろォ。幻想郷の人間は無礼な奴しかいねェのか」

「……茨華仙と申します」

「あァ、仙人か、道理で普通じゃねェ気配がするわけだ。俺様は名乗らンけどよ」


ククッ、と人を小ばかにする笑いを見せる男に、私は怒りをこらえるのが難しかった。

彼と私は根本的に相容れない存在なのではないか?と、私の直感が告げていた。上手く表すことが出来ないが、行動の一つ一つが相手を挑発するものを含んでいる。幻想郷の住人で例えるなら……四季のフラワーマスター・風見幽香だろうか?


引きつった顔を隠しつつ、私は男に対応する。


「名乗り返すのが礼儀でしょう? 『外来人全員が無礼だ』と、貴方は幻想郷の住人に思わせるのですよ」

「無礼で結構。テメェが勝手に名乗ったンだから、俺様が名乗り返す必要性はないだろ? 俺様の言動程度でここの連中が判断すンなら、所詮はその程度の奴等だ」

「……屁理屈ですね」

「屁理屈も理屈だぜ?」


思わず舌打ちをしてしまうくらいに苛立っている自分。

こういうタイプの人間は何を説教しても反省することはない。自分の確固たる理論(・・・・・・・・・)を持ってるこの男は、私とは相性が最悪といっても過言ではないだろう。


この男をどうしようか迷っていると、なにやら外野が騒がしい。


少し離れたところで人だかりができていた。

加えて大きめの妖力の気配を察知し、男を放置してその人が集まる方向へと走っていく。

そこには――


「か、華仙殿」

「慧音さん!?」


妖怪に捕まっている上白沢慧音の姿があった。

彼女は本来半妖なので、そこら辺の妖怪に捕まるなんてことはないはずなのだが、今の彼女からは妖力を感じない。

人里に侵入している妖怪は10ほど。


「す、すまない……妹紅は永遠亭に出向いていて、私の妖怪としての部分が消える時間帯を狙われた……!」

「くっ……」


つまり人里を襲っている妖怪には知性があるということか。

慧音を拘束している妖怪は大妖怪一歩手前の強者。恐らくこの妖怪が妹紅が不在で慧音が人間である時期を狙ったのだろう。


「グハハハ! こんな上玉がぁ手に入るなんてなぁ!」


不愉快なダミ声を発する妖怪。


「私のことはいい! 早く妹紅に知らせてくれ!」

「いえ、この程度なら私がっ」

「おい、そこの桃色の仙人! そこを動いたら――この女がどうなるかぁ分かってるよなぁ?」


その妖怪は手触のようなもので慧音を拘束し、警告と共に慧音に絡み付いている手触で強く絞める。慧音の苦しそうな声が響き、私を含めたそこにいる人々が悔しがる。


やろうと思えば目の前にいる妖怪なんて簡単に退治できる。

けれど、下手に動けば慧音の命が危うい。

何もできないやるせなさに左の拳をきつく握りしめた。


その時。




「へェ、おもしれェことになってンじゃんか」




あの男が人混みの中から顔を出した。

この状況を把握してないという足取りで、私のところに近づいてきた。


「貴方はこの状況を理解しなさい!」

「行きなりお説教か? あの妖怪が来たのくらい見なくても」


男が妖怪の方を見て――固まった。

正確には妖怪に捕まっている慧音を見て、だが。


「………」

「どうしたガキ。この俺の恐ろしさに声も」

「……綺麗だ」

「「「「「……は?」」」」」


男以外の全員が疑問の声を口にする中、男は慧音から視線を離さずに頭を抱えた。


「やべェ、やべェよ。超好みなンですけど。うわっ、超会話してェ。女なんて全員クソみたいな生き物だと思ってたけどよォ……あァ、幻想郷最高だぜ!」

「な、何を言ってるんですか!? それより早く彼女を妖怪から助けないと――」


そう口にした瞬間――私の横で変なことをブツブツ呟いていた男が消えて、視線を前に移すと男が大妖怪の顔面を右手で掴んでいた。男と妖怪の身長差は大きく、男は飛ぶような形で妖怪の顔を握りしめる。

彼の表情は見えないけれど、慧音を捕まえている妖怪が震えながら男を見ている限り、あまり想像もしたくない顔をしているのだろう。




「――そこのねーちゃん離せ、クソ妖怪」




それが大妖怪一歩手前まで登り詰めた妖怪の聞いた最後の言葉だった。男が掴んでいた妖怪の顔がミシミシと鳴り、内側から爆発したかのように四散して絶命した。巨体が慧音を押し潰すような形で倒れそうになったが、男が慧音を素早く救出したので事なきを得る。


ちなみに慧音は男に抱き抱えられた状態――いわゆる『お姫様抱っこ』と言われる形で救出されたので、彼女は頬を赤く染めていた。


「え、えっと……」

「ねーちゃん、名前は?」

「か、上白沢慧音だ」

「慧音さん、か。ちょっとそこら辺の茶屋で話でもしねぇか? 俺様が代金全部持つからよぅ」

「あ、あぁ――って、今はそれどころじゃない! 他にも妖怪が人里に入り込んでいるから、それの対処を」

「つまり人里に入り込んでる妖怪を皆殺し(・・・)にすりゃいいんだな? この俺様に任せろ!」


慧音を丁重に下ろした男は、リーダー格であった大妖怪に群がっている妖怪に嗤いを向ける。

あの大妖怪が放った畏れなど小さなものと思わせるくらい、万人に恐怖を抱かせる笑顔。口が裂けているかのように歪めて、獲物を見つけた獰猛な野獣の如く静かに歩く。





「テメェらに恨みはねェが――皆殺しだ」





……そこからは、もはや殺戮であった。

男が殴れば妖怪の身体が吹き飛び、男が蹴れば半身が消し飛ぶ。妖怪の臓物が舞い、男の狂った嗤いがこだまする。野次馬が恐怖のあまり逃げた後も、男の殺戮は続く。小さな妖怪の体を引きちぎり、中級の妖怪の頭を抉り出す。

慈悲など存在しなかった。

皆平等に――悲惨な死を遂げる。



その悲惨な姿に私と慧音は戦慄した。



全てを殺し尽くした男は、妖怪の死骸の中央に立ちながらこちらを向く。



「けっ、手応えのねェ相手だったぜ」

「君は……何者なんだ?」



慧音の問いに、男は嗤いながら答える。



「慧音さんの質問なら、答えねェわけにはいかねェ」



妖怪の血に汚れた顔を歪める男。







「俺様の名前は獅子王兼定(ししおうかねさだ)。壊神って呼んでもいいぜ?」







   ♦♦♦



side 妖夢


「――ふぅ、このくらいでいいでしょう」


修練を終えた私は楼観剣を収刀した。

いつも繰返しする日課であるが……最近はそれだけじゃ足りないことを痛感する。いや、異変のあのときに嫌と言うほど自分の実力(・・・・・)に気づかされた。



九頭竜未来さん。



私を完膚なきまでに敗北させた猛者。



「やはり……あれをするしかないのでしょうか?」


彼の剣には私にはないものが備わっている。それを知ることができれば――私は強くなることができるはずだ。


「……夕食の支度をしなければ」


普通の家庭ならば夕食の支度をするには早い時間帯だが、白玉楼の主の胃袋は無尽蔵なので、この時間帯に作らないと幽々子様が飢え死にしてしまう。

最近は幽々子様の義兄たる紫苑さんのおかげで、幽々子様が食量制限を始めたらしいが……。


私は西行妖の前を通過しようとする。

妖力は未来さんが吸収し、満開に咲き誇る桜。


いつもなら桜の美しさを堪能しながら横切るのだが――今日はいつもとは違った。


桜の下に――長身の青年がいた。

その青年は私に気づいたのか、振り向いてくる。


蒼く美しい髪に琥珀の瞳。

存在そのものが威圧の塊というか……圧倒的なカリスマを醸し出す雰囲気に足が震えた。そこに在る(・・)だけで他者を平伏させる、穏やかなようで厳しい眼差し。

例えるなら――『戦士』の状態の紫苑様のような。




「まさか死して尚、このような美しい桜が見れるとはな。死後の世界も、存外悪くないではないか」

「……!?」




――そう、彼は死者。

いや、死しているにも関わらず、確固たる意思をもって顕現している様子は、幽々子様――幽霊とも言うべきか。

男はカツカツと靴をならして私に近づいてくる。


「あの街で桜を見たのはいつ以来か? ……うむ、あの痛快な親友(とも)たちと見たのが最後じゃな」


かなり饒舌な幽霊(ひと)のようだ。

しかし――私は声を出すことができない。

青年は私の目の前に立ち、顔を覗き込んできた。


「その二振りの刀から推測する限り、どうやら貴様は剣士のようだな。些か実践経験がないとも思われるが。あの剣に関しては儂以上の腕前である切裂き魔(・・・・)であれば、貴様をひとかどの剣士に育てられるのではないか?」

「――っ!? 未来さんをご存知で!?」


ようやく声を出すことができた私は、カリスマの塊である蒼い髪の青年に訊ねた。

その言葉に反応した幽霊は目を丸くし、笑う。




「……かかかかっっっ!!! 切裂き魔を知っておるのか! 痛快痛快! 愉快愉快! ならば神殺も壊神も居るのだろう!? まったく、死してもあやつらは儂を楽しませるか!?」




青年は笑った。

子供のように琥珀の瞳を輝かせて。

その神々しい姿に、無意識に腰を下ろしてしまう私。


「貴方は……誰なんですか……?」


彼の笑いを中断させるのは忍びなかったが、それでも気になって私は青年の名前を問う。

青年は笑ったまま私を見下ろし――高らかに名乗る。






「儂の名を忌み嫌い、畏れるがいい! 儂の名は――ヴラド・ツェペシュ。史上最高たらしめる吸血鬼の王! 帝王の異名を冠する妖怪の頂点なり!」






紫苑「とうとう来ちまったかー」

未来「そんな予感はしてたけどさ」

兼定「慧音さんマジ神」

ヴラド「儂の出番少なっ」

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