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東方神殺伝~八雲紫の師~  作者: 十六夜やと
3章 神殺の日常~冬の巻~
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20話 魔術師

知識こそ至高

それをどう使うかは別の話さ

side 紫苑


「こんにちはー」

「あら、来たのね」


読書をしているパチュリーさんに挨拶をする。


紅魔館の図書館にやって来たのは昼過ぎのこと。

読書大好き繋がりで図書館に招待された俺は、家で作ったプリンを持って紅魔館に足を運んだ。相変わらずの赤色に黒いペンキを持ってこなかったことを後悔しつつも、門番の美鈴に通されて、紅魔館内を咲夜に案内されながら図書館に辿り着いたのだ。

スカーレット姉とフランは絶賛睡眠中とか。

そういえば吸血鬼は寝てる時間だったな。


紅魔館の図書館は俺が今まで見て来た図書館の中で一番大きかった。

ざっと見ただけでも外の世界では見たことのないタイトルの本が多いので、忘れ去られた本がココに集まっているのではと錯覚してしまう。あながち間違っていないかもしれない。

子供みたいに未知の空間を見渡していると、図書館の中央に設置されている椅子に腰掛け、俺を微笑ましそうに見つめていたパチュリーさんが笑った。


「どう? 私の図書館を見た感想は」

「どうもこうも……凄いとしか言いようがないな」


上の空でパチェリーさんに答える俺。

外の世界で表すのなら、アイルランド最大の図書館に似ている。生きている間にその図書館に行くことはできなかったが、それ以上の図書館に来れたことに心の底から嬉しく思う。


俺はパチェリーさんの元へ歩く。


「想像以上だよ。ここに来れただけでも感激もんだ。あ、これパチェリーさんに頼まれてた本」

「そう言ってくれると嬉しいわ」


紙袋に入れていた魔導書や魔術研究関連資料の紙束をパチュリーさんに渡す。

パチュリーさんの作業机には大量の本が置いてあったので、それらを少しどかして場所を作り、空いたスペースに魔導書を重ねて置く。

魔術関連資料を一番上に置こうとしたところで、パチェリーさんがそれに手を伸ばす。

それをパラパラとめくった彼女は、視線を資料に向けたまま俺に告げる。


「読みたい本があれば何冊か借りて言っていいわよ。貴方なら魔理沙みたいに半永久的に借りていくような真似はしなさそうだし。――こぁ、紫苑さんを案内してあげて」

「分かりました、パチュリー様」


パチュリーさんの呼びかけに、赤いロングヘアーの悪魔みたいな美少女が現れた。

彼女も吸血鬼の一種なのか? いや、雰囲気的にそんな感じがしない。


「お言葉に甘えて見て回ろうかな。あ、その本とか紙束は俺の持ってる魔術関連の本の一部だから、また来るときに他のも持ってくるよ」

「……えぇ、ありがとう」


もはや本に集中しているのだろう。これ以上邪魔してはいけない。

俺はこぁさんと一緒に図書館を見て回る。


……とは言ったものの、これだけの蔵書を今日だけで見て回るのは不可能だ。

また来てもいいようだし、今回は哲学・宗教学関連の本を中心的に探してみることにした。それだけのジャンルでも一日で確認できるか分からないけど。こぁさんにその旨を伝えると『こちらです』と、俺の探しているジャンルの本棚まで導いてくれる。

本棚から本を抜き取ってパラパラめくったり、興味深げなタイトルを紙にメモしたりしていると、その様子を見ていたこぁさんが話しかけてきた。


「紫苑様は本が好きなのですね。外の世界の方々は皆そうなのですか?」

「様付けなくていいぜ。好きな人もいれば苦手な人もいるけど、俺の周囲にいた奴らは比較的好きな部類だったな。まぁ、何でもかんでもジャンル関係なく読んでいたのは俺だけだったけどさ」

「そうなんですか……。――紫苑様、ここからはキリスト教系の本ですよ」

「そうか――お、こりゃあ、キリスト教の独自解釈をしたやつの原本か。こういうマイナーな本は外で見ることはないから、見られるだけでもいいねぇ」


そんな感じでこぁさんにサポートしてもらいながら本を漁った。

こうやって本を探している時が一番楽しいよね。



   ♦♦♦



side パチュリー


『知識を得ること』は私の生において一番重要なことである。

魔法の森に住む人形遣いや黒白魔法使いも『己の研究』のために知識を欲するし、私はそのために本を読んでいると言っても過言ではない。

魔法の知識のために魔導書だって何冊読んだか覚えていない。


けれど――


「なんなの……これ……」


異変で初めて遭遇し、宴会で軽いやり取りをした外来人の少年・夜刀神紫苑の持って来た資料を読んでいるうちに――彼の異常さ(・・・)に戦慄を覚えた。

確かに彼は魔導書を持ってきたし、この資料も魔法に関係していたのは間違いない。


しかし――


「どうなされました? パチュリー様」

「咲夜……」


紅茶を運んできたメイド長の咲夜が、いつもと違う私の様子に声をかけてきた。


「それは――紫苑様のものでしょうか?」

「……えぇ」

「どのような内容で?」


私は震えた声を絞り出した。



「……人体錬成……邪神召喚……不死の呪い」



どれもこれも禁術(・・)に相当される魔法の実験を記した資料だった。

恐らくは世界中の魔法使い・魔女が畏怖し、または喉から手が出るほど欲する――只人が持っていることがありえないほどの『知識』であった。幻想卿でこの魔法を行使するには媒介となる素材がないため不可能であるとは思うが……。

そう説明するとメイド長も目を見開いた。


「それは……凄いですね」

「凄いって問題じゃないのよ。魔導書からも感じるけど普通の人間(・・・・・)が読んで正気を保てるような本ではないの」

「………」


魔導書とは読んだだけで読者を殺せるようなものもあるし、読者の意識を乗っ取るものもある。私が魔女だからというのも考慮して、ある程度の魔力がある者には影響を受けない魔導書が揃えられてはいるが、それを彼が読んでいることは確かではあるからして……。



どうやって彼はこの本を読んだ――?



「パチュリーさーん。本選んだよー」


その後も資料を読んでは見たが、途中で本を5冊ほど抱えた紫苑さんが戻って来る。

私は紫苑さんの様子を違う角度から(・・・・・・)観察してみるけれど、どこか精神に異常をきたしているようには見えなかった。異変後にレミィに放っていた殺気も魔導書に影響されていた、というわけではなかったから……少なくとも彼は正常である。

だから、正直に聞いてみることにした


「ねぇ、紫苑さん」

「どうした?」

「この魔導書や資料、明らかに常人が読んで正気を保てるものじゃないわよね?」

「うん。魔力ある奴しか読めないよ」


あっさり紫苑さんは肯定した。

拍子抜けしてしまうほど。


「貴方はどうして読めるの?」


私の質問に紫苑さんは目を丸くした後、彼はしまったと顔を歪める。

彼の琴線に触れてしまったのでは?と私は身構えるが、彼は苦笑いを浮かべて謝った。


「そこを突かれるとは予想外だったな……ごめん、先に言ってなかったから変に勘ぐっただろ?」

「……どういうこと?」


彼は本を紙袋に入れながら――サラッと秘密を暴露する。




「俺、魔術師だったんだよ」

「え?」




魔術師、とは魔女や魔法使いと同じようなもの……だったはず。

私は目を丸くした。隣にいる咲夜とこぁも驚いている様子。

だとしたら腑に落ちない問題が新たに浮き上がってくる。


「けど貴方、魔力が」

「だから過去形なんだろ? 俺には魔力はないし、ある特定の条件下ではないと魔術行使が出来ないから、今はその本を読むことはできないし魔術を使うこともできない」

「そうだったの……」

「アホ共に対抗するための魔術だし、幻想卿で使えなくても別にいいかなーって。まぁ、そこまで万能なことはでいないし、魔術師を名乗っていいのか分からないけどさ」


つまり彼は元・魔術師だったということか。


「紫苑様はヴァンパイアハンターと呼ばれていたのですよね?」

「え? あぁ、まぁ、そうだね」

「それも魔術師であったことと関係が?」


咲夜の指摘はもっとも。

吸血鬼に効果のある魔法はいくらか存在するので、それの究極形態を紫苑さんが知っていたからこそ『ヴァンパイアハンター』と呼ばれていたのではないか? 資料を見る限り、彼がそのような魔法を知っていてもおかしいことではない。

しかし、彼は首を横に振った。


「いや、吸血鬼対策の魔術は知ってるけど、そこまで強力なものじゃない。俺の〔十の化身を操る程度の能力〕が吸血鬼と相性が良いだけ」

「そう……」

「俺の能力が拝火教の勝利神が元ネタだってことは話したかな?」

「いいえ」


私と咲夜が首を振る。

……ん? 拝火教の勝利神? 加えて十の化身を操る神?


「まさか――太陽神?」

「お、パチュリーさんは知ってたか。そう、俺の能力の元ネタの神様は、勝利神でもあり太陽神の懐刀でもあった。だから俺の化身の中にも太陽に関係する化身があるんだよ」


ようやく合点がいった。

まさかあの神(・・・)の能力なんて……。あの幻想卿の賢者が〔あらゆる障害を打ち破る程度の能力〕と言った理由が理解できた。確かに、あの軍神の名前は『障害を打ち破る者』という意味でもあったはず。

紫苑さんは紙袋から本を一冊取り出す。


「だからこうやって拝火教の本を読んで勉強を――」


なるほど、自分の能力を理解するために読むのか。

外の世界で忘れ去られてしまった本なら、もっと勝利神の伝承などが得られると考えたのだろう。

こういう知識を率先して得ようとする姿には好感が持てる。


「………」

「紫苑さん?」


本をめくっていた彼は黙って本を私に差し出した。

そして私にウィンクをしながら口に指をあてるジェスチャーを見せてくる。

なんだろうと思って本をめくって――


「――っっっ!!!!!!!????????」

「パチュリー様?」

「な、何でもないわ!」


机の引き出しに乱暴にしまった。

耳まで顔が赤くなっているだろうと自分でもわかってしまう。



――それは私の書いたポエム集だった。



恐らく紫苑さんは『黙っておくよ』という意味だったのだろう。

ありがたいと思うと同時に、見知らぬ赤の他人に読まれてしまったことが死ぬほど恥ずかしい。


「むきゅう……」


私は机に突っ伏したのだった。




パチェ「ところで貴方の魔術発動条件って何なの?」

紫苑「ヒント・紫」

パチェ「??」

紫苑「そのうち分かるさ」

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