18話 スペルカード
矛が必ずしも相手を傷つけるとは限らない
side 霊夢
私の真横を金色の弾幕が掠める。
1つ2つならまだしも、それが数十と絶え間なく。
「――っ!?」
紙一重で飛びながらかわしたけれど、気づくのが一秒でも遅かったら直撃していただろう。その金色の弾幕は追尾効果もあるようで、掠めた弾幕が私を追ってくる。
負けじと私も赤い弾幕を相手――紫苑さんに投げつける。
「おっと……」
私の通常弾幕に追尾性はないので、紫苑さんは最小限の動きで赤い弾幕を回避する。
紫苑さんの能力の1つ……確か『風』の化身だったか? それを上手に操って、私の弾幕をギリギリ避けるのだ。私のように必死に避けているのではなく、なるべく神力を消費しないように。
彼は楽しそうに笑っている。
しかし――彼の目は冷静な猛獣を彷彿させた。理性的に動く獣という感じかしら? 人間の経験に基づいた行動と獣の勘を頼りに戦っている印象だ。
なるほど、これが風見幽香が影響された目か。
「うーん……やっぱり難しいな。弾幕操作は」
え!? これ追尾してるんじゃなくて自分で操作してるの!?
驚きとかいう問題じゃない。
スペルカードならまだしも、ただの弾幕を一つ一つ操る芸当。そんなの幻想卿で出来る者がどれ程存在するか。紫苑さんの弾幕は他の者と違って数が少ないと思っていたが……。
ただの冗談かと一瞬思ったが、よく見ると紫苑さんの両人差し指を音楽の指揮みたいに動かしている。
まず彼の弾幕を処理するために赤い弾幕で相殺させているが、次々と追加するので数が減らない。
これは『自分弱いし』とか言う人間の弾幕というのだから驚きを通り越して呆れてしまう。
――弾幕覚えて2日の動きならなおさらだ。
彼が『弾幕ごっこを教えてほしい』とお願いしてきたのは、紫苑さんの手が完治して数日後の昼頃。最初は弾幕ごっこをしたいのかな?と思ったが、どうやら紫が促したらしい。
後日、紫からを聞いてみたところ、至極簡単なことだった。
『師匠も幻想卿のルールで戦ってもらわないと』
紫の発言は最もなことで、紫苑さんの能力は異常なほど強い。
己の師であっても――いや、師だからこその言葉だろう。
彼が幻想卿の弾幕ごっこルールを守らなければ、幻想卿の秩序が破壊されかねない。そうなれば私が退治する対象になってしまう。私個人としても、数少ない御飯の提供者兼――と、友達を失いたくない。
本人もそのことを紅霧異変以降から気にしていたとか。
そんな経緯もあって、日頃お世話になってる紫苑さんに弾幕を教えて見たのだが、彼について一つ分かったことがある。
彼は天才だ。
私も天才と言われたことが多々あるけれど、紫苑さんはその上をいく。加えて戦闘経験も豊富だ。弾幕のシステムを教えた次の日には撃てるようになって、今は弾幕の操作まで試している。
魔理沙が私を嫉妬する理由が理解できると同時に、これほどの才能がなければ生きていけない紫苑さんの世界に恐怖をおぼえた。彼の友好関係から判断して、恐らく人間が生活出来る環境ではないのだろう。
「――っう!」
弾幕が左腕に被弾してしまった。
けれど紫苑さんは弾幕が当たったことを喜びもせず、厳しい表情で弾幕操作を続ける。隙も何もあったもんじゃない。
私は追い詰められて。
つい。
やっちゃった☆
「霊符『夢想封印』!!」
「ゑ」
ぽかーんとした紫苑さんに弾幕の嵐が襲う。
♦♦♦
side 霊夢
「本当にごめんなさい!」
「あはは……」
墜落した紫苑さんを助け、神社の居間で休む彼に頭を下げる私。
『スペルカードなしの弾幕ごっこ』というルールでやっていたために、明らかに夢想封印は反則だった。
これには紫苑さんも苦笑い。
最終的には自分も油断していたと許してくれたが……本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
そして会話は弾幕操作に移る。
「え、弾幕の操作とかしないの?」
「ほとんどの弾幕は質より量って感じね。というか紫苑さんみたいに自由に操れること自体難しいし」
「そうなのか……いや、弾幕ごっこは『いかに魅せるか』がコンセプトとか紫が言ってたし、質重視で操作するよりも大量にばらまいた方が綺麗ではあるな」
紫苑さんの弾幕は『華やかさ』という点で見れば、いささか欠けているように感じる。
「つい実用性重視で考えちまうな。遊びなのにさ」
「そういう弾幕もあっていいと思うけどね。魔理沙なんて対私用のスペルカードとか作ってるとか言ってたわよ」
「せっかく余裕のある決闘なんだし、どうせなら綺麗に魅せたいじゃん?」
子供っぽく笑う紫苑さんに、不覚も顔が熱くなる。
けど……紫苑さんにとって『弾幕ごっこ』は命を賭けない戦って考えなのね。だから、無邪気に笑えるのかもしれない。
妖怪と人間の力関係の差を埋めるために、私が紫に提案したルールだったけど、こんな風に楽しく笑ってくれるなら考えた私も嬉しい。
誰も傷つかない解決手段が弾幕ごっこなのだから――
「そういえば、霊夢の放ったスペルカードあるだろ?」
「えぇ」
「どうやって作るんだ?」
私は紫苑さんの質問に少し考える。
まだ弾幕を教えて間もない彼に、スペルカードを作らせてもいいのだろうか? というか、私が彼に教えられることなんてスペルカードの作り方ぐらいしか残ってない。
紫が促してきたから、紫苑さんには早いかもしれないけどスペルカードを作らせるべきか。
「……霊夢?」
「――あ、え、えぇ、そうね」
結局、私は紫苑さんに白色のカードを5枚渡した。
表も裏も何もかかれていない不思議な素材のカードだ。
それを紫苑さんは首を傾げながら受け取った。
「なにこれ?」
「スペルカードの大元よ。スペルカードは本人のイメージに左右されるから、自分の思い描いたものを具現化してくれるカードね。妖力とか霊力の範囲内だけど」
「へぇ……本人の力量に比例したものを作れるのか」
紫が作った(正確には持ってきた)もので、イメージを込めるとカードそのものが本人に合ったスペルカードに変化する。
私で例えるならお札型のスペルカードになるわね。外見が破れやすい紙に見えるが、どのスペルカードもちょっとの衝撃で壊れるほど脆くはない。
そう説明すると、紫苑さんは関心したように白色のカードを裏返したりして観察する。
「これにイメージ込めればスペルカードがお手軽に生産できるってワケかー。便利だな」
「ちょっと作るのに時間かかるかもしれないけど、自分の思いが込められた大切なカードになるから――」
「よし、3枚できた」
「はやっ!?」
あっさり真っ白のスペルカード3枚を自分色に染める紫苑さん。
誕生したスペルカードはそれぞれ黒の縁を基調とした、幻想卿では見ない不思議なデザインだった。昔、魔理沙が香霖堂から貰ってきた『タロットカード』というものに似ている気がする。
3枚にそれぞれ、たくさんの金色の剣・太陽が背景にある白馬・後光を放つ少年の絵が描かれていた。
「もうイメージは固まっていたから、簡単にできたな」
「そうだったんだ」
「ベースは『白馬』『少年』『戦士』の化身だから、そこまで時間がかからなかったんだろ。スペルカードに殺傷能力はないんだったら存分に化身を使えると思ってさ」
紫苑さんからまた聞いたことのない化身が出てきた。
『風』以外もそうなのだが、紫苑さんの化身はどのような効果があるのかが見てみないと判断できない。『少年』なんてどのような能力があるのか……?
「うーん……試し打ちしてみたいけど」
「別にいいわよ? 練習くらい付き合ってあげるわ」
「いや、そろそろ晩飯の支度をしないと」
「あ……」
霊夢も食いに来るしな、と苦笑いを浮かべながら帰る準備をする紫苑さん。
紫苑さんの腕が治ってから食事をふるまってもらって以来、夕食は毎日彼の家で頂いてる気がする。そのくらい彼の作るご飯は絶品で、妖怪退治も紫苑さんの食事が食えることを考えられるからこそ毎回頑張っているくらいだ。料亭でも紫苑さんレベルの食事を味わうことは難しい。
さすがに迷惑かなとは思ってはいるが、紫苑さんは毎日来ても嫌な顔一つせずご飯を出してくれる。
最近は、妖怪退治で人里から報酬で時々貰える野菜や魚を紫苑さんに渡していた。
「今日は何を作るの?」
「どうしよっかな。カレーでも作る?」
「カレー!?」
その中でも私はカレーが大好物。
初めは茶色の液体に顔を引きつらせたけれど、あの辛いけど香辛料の効いた美味な料理は素晴らしいと常々思う。しかも時間が経つごとに美味しくなっていくから驚きだ。
私は目を輝かせていたのだろう。紫苑さんは縁側に置いていた靴を履く。
「あ、そういえば魔理沙とアリスも食いに来るからな」
「あの二人も?」
「この前の稲荷寿司が大好評でね。また食いに来るとか言ってたけど今日だったはず」
まぁ、あの稲荷寿司は美味しかった。
藍が半分以上を食べてしまったけど。
「霊夢は境内の掃除をしてから来るんだったよな」
「えぇ」
「んじゃあ、また後で。遅くなる前に来てくれよ」
紫苑さんは『風』の化身で飛び去った。
「~♪」
私は鼻歌を歌いながら神社の外に出て箒で掃く。
なんか紫苑さんが来てから私は変わったと思う。ちょっと前までは魔理沙やアリス、紫しか神社に来なかったのに、外来人一人で生活まで変化した。
どういい現わせばいいのかな? 毎日が楽しくなった、というのが正解かもしれない。
彼には感謝してもし足りないわね。
少なくとも賽銭箱を毎回見ながらため息をつく習慣がなくなった。ここ最近、賽銭箱の中身すら見ていない。魔理沙から病気でもあるのかと心配されたが気にするものか。
私も――紫苑さんの力になれるよう頑張らなければっ。
あ、あと紫苑さんの家に夕食を食べにくるメンバーが増えた。
魔理沙「ちょ、何コレ!? 美味すぎるぜ!」
アリス「お、美味しい……!」
霊夢「おかわり食べていい!?」
紫苑「まだまだあるから自由にどうぞ」