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東方神殺伝~八雲紫の師~  作者: 十六夜やと
1章 紅霧異変~少女の祈りと神殺の約束~
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9話 吸血鬼の言伝

時間をかければいいってもんじゃないさ

大切なことは特に、な

side レミリア


私の〔運命を操る程度の能力〕は自他に適用される。

しかし、目の前にいる男――夜刀神紫苑という人間には一切効果がなかった。


この男は最初からおかしかったのだ。

霊力すら微塵も感じない人間のはずなのに、フランが暴走した時の豹変ぶり、挙句の果てには欠損している部位の異常なまでの回復。幻想卿の賢者の師という肩書を持ち、私を圧倒した博麗の巫女に『絶対勝てない』と言わしめた外来人。


そして私たちに放った言葉――否、宣戦布告。


『――ただ歳重ねてるだけの蚊蜻蛉(・・・)風情が。周り状況すら把握できない愚か共の集まりが。せいぜい無知のまま、孤高気取って悔いを残して死んで逝け』


私はギリッっと柄にもなく歯ぎしりを立てた。


「――言語を介する猿が、よほど死にたいらしいな?」

「えー、その言葉も同じかよ」


目の前の男は殺気をぶつけても動じることはなく、ただただつまらなさそうに欠伸をする。

紅魔館を敵に回すことを『だから何?』と言っているかのように。


私は紅い槍を召喚し、目の前にいる男の首元に突き付けた。


「お、実力行使か? ヴラドのじーさんの時もガチな殺し合いに勃発したし……別に構わんよ」

「片腕がないのに随分と余裕だな。我ら紅魔館を敵に回して――生きて帰れるなと思うなよ?」


美鈴が後ろで拳を構え、パチェが魔法陣を展開し、咲夜は悲しみの表情でナイフを浮かせ、フランは戸惑ったように私と男を交互に見る。


「ふむ。確かにこれほどの実力者相手に無傷で帰れるとは思えないな。最悪死ぬかもしれない」


その言葉に私は不敵な笑みを浮かべ――






「――けどな、俺はタダでは死なんぞ?」






瞬きした次の瞬間には――私の首元に輝く金色の剣が皮一枚で置かれていた。

研ぎ澄ました剣……ではなく、パチェの魔術に近い呪詛で編まれた黄金の剣に、私の頭が熱くなるくらいの警報を告げていた。

この剣はヤバい、と。


「ヴラドのじーさんにも言ったけどさ。能力の関係上俺にとって吸血鬼って敵じゃないんだわ。一時期ヴァンパイアハンターとか呼ばれてたし、対吸血鬼戦において俺は負けたことがないんだよ」

「な……!?」

「ここは幻想卿だしスペルカードで決着つけるのが礼儀だろうが……手だしてきたのはソッチが先だしな。俺たち(・・)を敵に回す奴らは一族郎党動植物に至るまで全て皆殺しだぜ?」


夜刀神は心底楽しそうに嗤った。

その言葉からは――外の世界で男は何人もの()を殺してきたことが伺える。何が普通の人間だ。




「――もうやめてっ、お兄様!」




横から炎の斬撃が飛んできて、夜刀神紫苑は後方にスッテップをして回避する。

放ってきたのは炎の剣を構えたフランだった。

足を震わせながらも、フランは黄金の剣を持つ男に剣を向ける。


「お姉さまは……私が守るわっ!」

「……フラン」


力強い言葉が私の心に刺さる。

さらに後ろに控えていた美鈴・パチェ・咲夜も私を守るように前に出る。


「紫苑さん、お嬢様には指一本ふれさせませんよ?」

「私の知人を傷つけようなら」

「例え紫苑様相手でも容赦しません」

「――ははっ、それが答えかな?」


この人間は強い。ヴァンパイアハンターと称する愚かな人間たちを幾度も八つ裂きにしてきた私だが、それらの人間の力を合わせてもこの男の足元にも及ばないだろう。

夜刀神は黄金の剣を高々と掲げた。

その神秘的かつ神々しき姿に全員が冷や汗をかき――




そして――夜刀神は黄金の剣を地面に放り投げた。

淡い光となって剣は跡形もなく消え、男は大きな欠伸をする。




「「「「「……え?」」」」」

「飽きた。めんどい」


夜刀神紫苑は面倒くさそうに頭を掻きむしり、私とフランを交互に見る。


「同じことばっかで飽きるんだよ、毎度毎度」

「……なんのつもり?」

「お前はさっき『余計なお世話だった』と言ったよな? ならさ――どうしてフランのことを認めようとしない? どうして『あなたが大切だから』という言葉をフランにかけてやらない? どうして周りに助けを求めようとしない?」

「………」

「吸血鬼関連の問題って、いつもいつも『誇り』だの『プライド』だのが原因なんだよな。一瞬でもいいから自分に素直になればいいのにさ、周り巻き込んで結局はしょーもないことで終わる。人間よりも多く歳を重ね、多くの知識を持っているだろう吸血鬼が、どうして簡単なことに気付かないのか今でもわからんわ」

「………」

「確かじーさんは『フランが自分の能力を制御して、いつか外に自ら出てもらいたい』って理由で地下室に隠してたって話だったはずだが……違うか?」

「……そうよ」

「俺から言わせてもらえば時間かければいいってもんじゃねーぞ? ご丁寧にじーさんの救いの手も拒んで喧嘩別れしやがって。〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕って危ないけどさ、人と接しなければ制御のしようのない能力だろ」


それぞれ武器を構えているはずの私たちを気にすることもなく近づき、炎の剣を構えていたフランの頭を優しくなでた。フランは驚きながらも、夜刀神にされるがままになっている。


「こんな俺ですらフランの狂気を完全じゃないけど取り除けたんだぞ。姉であるお前ならもっと簡単にやれたはずなのにな」

「………」


私は人間の言葉に反論することが出来なかった。

結局はこの男の言うように……簡単なことだったのだ。数百年前におじいさまの手助けを得られれば、もっと早くフランは狂気から解放されたはずなのに。スカーレット一族としてのプライドが、それを邪魔した。

今のフランの姿を見て思う。






――私はなんて愚かだったのだろうか。






男はフランに笑いかけると、私たちに背を向けた。


「俺はそろそろ家に帰りますか。で? そちらの方々は俺と殺りあうか?」

「……いえ、紫苑様がお嬢様を傷つけようとしないならば」

「そっか。それじゃあ、もう紅魔館に来ることは二度とないけど、達者で暮らせよー」

「え!? どうして!?」


フランは目頭に涙を浮かべる。


「どうしてって……そこの紅魔館の主に喧嘩売ったからね。――あ、伝言言い忘れてた」


一番大切なことじゃねーかよ、と夜刀神は振り向いた。


「一字一句口頭で伝えるから、よーく聞いとけよスカーレット姉」

「え? ちょ、いきな――」


私の静止もむなしく、おじいさまの知人は語り始めた。










『久しぶりじゃな、レミリアよ。この伝言が伝わっているということは、神殺がおぬしらに会えたことなのじゃろうよ。そして――儂はもうこの世には居らぬじゃろうな』










「……え?」




『驚くのも無理はないじゃろうが、ちぃとばかし伝言を頼んでいるこの人間と無謀なことをしての、寿命の大半を持っていかれたのじゃ。かかかっ、やはり冥府神を相手には儂ほどの吸血鬼でも荷が重すぎたわい。楽しかったがの』




『本来ならば直接言うのが正しいじゃろうが、もはや叶わぬことじゃろう。じゃから、儂の障害の宿敵であり――人生最高の友に言伝を頼んだ』




『レミリア――すまなかった』




『後悔先に立たず、とは正にこのことじゃな。儂は自身のプライドゆえ、お主に謝ることすらできんかった。フランドールのことも救うことが出来んかった』




『儂は〔ありとあらゆるものを破壊する程度の能力〕がどのような能力など知らんかった。すべては無知ゆえ、儂はフランドールや主の苦しみを理解してやれんかった。主にだけ、苦しみを背負わせてしまった』




『今さら許してくれとは言わぬ。ただ――謝罪の言葉を伝えたかったのじゃ。例え言伝だったとしても』




『こやつは他者から侮られやすいような言動をするゆえ、恐らく主も奴を邪険に扱うじゃろうよ。かつての儂と同じようにな。これは想像じゃが……もう神殺と衝突した後かもしれぬな。どうじゃ? 儂の宿敵は強かろう?』




『敵に回すとどうしようもなく厄介な人間じゃが――味方であれば頼もしい男じゃ。だから神殺にお主のことを任せようと思った。いらぬ気づかいかもしれんが、主の大きな器で死にゆく儂の最後のお節介を受け入れてはくれぬだろうか?』




『最後の儂の言葉じゃ』




『レミリア・スカーレット。フランドール・スカーレット』




『お主らは――血がつながらなくとも儂の愛しき孫じゃ』




『ありがとう――そして――さらばじゃ』




頬に熱いものが流れた。

それは止めどなく流れ、私の視界を大きくゆがませていく。

他の皆は声をかけてこない。


「全く……最後の最後まで迷惑かけるじーさんだったよ。悪い気はしなかったけどな。不思議と」


夜刀神の顔は見えないが、余裕そうな・楽しそうな声でしかしゃべる印象のない私にとっては、ひどく優しげで悲しい声だった。

気のせいかもしれないが、私にはそう聞こえた。


「……夜刀神紫苑」

「フルネームで呼ぶの面倒じゃない?」

「……貴方にとって、ヴラド公はどんな存在だった?」


少しの沈黙の後、目の前の男は語った。


「さっき俺が言ったことを憶えてるか? 俺は対吸血鬼戦で負けたことがないって。あれ嘘。大嘘」

「………」

「ヴラドのじーさんと何度も遊んだ(ころしあった)けど、良くて辛勝、悪くて敗北の繰り返しだったな。さすが最高の吸血鬼だって身を持って教えられたよ」

「……さすが、おじいさまね」

「だろ? ……いや、んなの当然か。なんたって――」


次に紡いだ、消え入りそうな言葉。

小さくとも聞こえた言葉。


その言葉を残して――夜刀神は紅魔館を去った。













――俺の宿敵にして、俺の友。嫉妬したくなるほど格好良い吸血鬼だぜ?











次でこの章最後です。

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