第一話 project《AH-00》
「やっとか…」
目の前のそれの完成に歓喜し、握っていたハンダごてが手から滑り落ちた。
まだ電源が入っていたため、下にあった発泡スチロールが煙を出して溶け、先ほどまで確かにこの手の中にあったそれが沈んでゆく。
頭ではわかっているものの、行動に起こせない。
それほどこの基盤作りは俺、イレインの体力を削っていた。
重い身体を起こし、ハンダごてのスイッチを切る。
机を見る前に鉄のカタマリが目に入った。
___すぐこの世に生誕できるぞ…
俺は繰り返し繰り返しその言葉を口にした。
後はプログラムが入っているメモリを組み込んで魔法をかけるだけだ。
そうすれば目の前の鉄のカタマリはアンドロイドになる。
いや、それを凌駕するやもしれない。
行動の一つ一つを丁寧に。
身体を組み立てていくごとにそれに命が吹き込まれる。
目を閉じた彼女が完成した時、俺は彼女に手をかざした。
俺の手の先から、波紋のように魔法が広がった。
「魂の精よ、彼女に命を与え給え」
詠唱が終わると、彼女の身体はピクリと動いた。
長い睫毛を揺らしながら、淡いグリーンの目をこちらに向ける。
一通り周りを見渡したら、組み込まれた記憶と、現在状況を照らし合わせ、
全ての状況を把握したのち、小さい口から言葉を紡ぎ出した。
「オハヨウゴザイマス。イレイン。」
それが彼女、AH-00〈アルファ・ハンズ〉の第一声となった。
***
「イレファン・ヴェルフェリー…?」
「ハイ。上ノ部屋ニコンナ物ガ。」
アルファが差し出してきたのは、とても古そうな風化した魔道書。
何処から引っ張り出してきたのだろうか。表紙は掠れて読めないのに、
裏にだけはしっかりと"イレファン・ヴェルフェリー"と記されている。
手に取ると腐臭がした。気持ち悪い。俺は手に取ったそれを床に置いた。
背筋を元に戻すと椅子の背もたれがぎしりと鳴った。
「ヴェルフェリーは俺のファミリーネームだ。聞いたことのない名、さしづめ先祖の物だろう。」
「先祖…?ソウイエバ、コノ家デイレイン以外ノ人ヲ見カケマセン。
イレインの家族は何処にいるんですか?」
その言葉を聞いたと同時に蘇る。過去の記憶。鮮血を浴びた自分。
人生最初の人殺し。
頭がずきりと痛んで、脈に合わせてずきずきと痛みは増してくる。
「殺したよ」
「…ミンナ?」
アルファの反応が遅れた。目に怯えが見えた。
こんな時なのに、よく出来ているななんて思ってしまう。
「みーんなみんな、殺したさ」
「…ソウデスカ」
家族の写真は、一枚もない。
アルファが急に、眉をぴくりと引きつらせて、何か考え込んだ。
実はアルファは、俺の先祖のアンドロイドをリメイクしたものだ。
昔の記憶がごっちゃになっているのだろうか。
"イレファン"という単語に反応したような、そんな気がしてならない。
先ほどから挙動不審でなにかきょろきょろしている。
新しい環境に馴染めていないだけなのだろうか。
俺はアルファを完全に把握できていない。俺の把握していない事を、こいつは知っている。
ただの先祖に作られた埃まみれのアンドロイド。
地下の書斎の本の間にまるで隠すように埋もれていた。
「…ん〜」
どうも理解できず、俺の喉が唸る。
ぴんと張った耳がぴくりと動いて、椅子の背もたれからはみ出た尾がしなった。
「何カ思イ出シマシタカ?」
思い出す事などなにも無い。
しっかりと網膜に焼きついて、今のこの瞬間も目を閉じればまたあの日の光景が蘇る。
一見、気を使ったようなその台詞は所詮用意された文から選ばれたものの一個だ。
「思い出せない、何も。」
口をそう動かしたことに、お前は気づけたのだろうか。
こちらに背を向け扉を開ける姿を見て、そんなことは無いのだろうと確信する。
急に疲れが襲ってきて、大口を開けて思い切り伸びをする。
また、椅子の背もたれがぎしりと鳴った。