急襲
◆
アネットも流石に昨夜は元気がなく、俺とユマとで慰めているうちに夜が更けた。口下手な俺が役に立ったかは疑問だが。
ユマの協力もあって、なんとか最後には笑顔も出るようになった。
次の朝、俺は起きると一階に下りた。宿屋の主人に、おはようと声をかける。
「旦那さん。食事かい?」
主人は挨拶を返す代わりに問いかけてくる。
俺の事を旦那と呼ぶとは、どっちの女の旦那に見えてるんだろうか?
「ああ。女達の分も頼む。チーズとパンが欲しい」
ところで、と宿の主人は声を潜めて言う。
「噂を聞いたかい?
ヘルド軍が西方へ向かって侵攻を開始したって話だ。街の雰囲気も昨日あたりから、かなり悪くなっている」
ヘルド軍は俺たちが通ってきた森―ブルーシュの森と言うらしい―の東の端に到達したらしいと主人は続ける。
王国の軍と、この街の自治軍の合同軍が迎撃に向かったそうだ。
まだ80キロ程度は離れているか。
敵はどれ位の規模なんだろう。
「詳しい情報を貰えるところはないだろうか?」
「酒場やら食堂で気のいい連中に聞いてみたらどうだ?
デマの類も混ざっているとは思うが。ただ、今の時間だとなあ。
そういえば、あんたの連れは魔術師なんだろ?
この街には魔術師同士のギルドがあるよ。彼ら魔術師は貴族出身者も多いから情報を持っているかも知れんな」
俺は出されてきたチーズとパンを受け取り、女達に持ち帰る分を取り分けると水と一緒に食べる。
そして、まだ少し早いが部屋に戻る。
部屋に戻ると、女達の朝の身支度は終わったようだ。
俺は持ってきた食事を渡し、宿屋の主人から貰った情報を伝える。
「ヘルド軍が東からこの街へ向かって侵攻開始したって?
侵攻速度が速すぎない?
兵站を整えながらもう少しゆっくり来ると思ってたんだけど」
アネットがチーズを食べながら感想を述べる。
「街に攻め込むつもりでしょうか?」
ユマが不安そうに俺を見る。
「西から帝国へ逃げるにしろ、可能な限り周辺の情報を集めておきたい。
魔術師のギルドと言うところが情報収集に良い、と宿の主人から聞いた。
アネットやユマが入れるところなのか?」
ユマは首を振る。
「私はギルドには入ってないわ」
アネットは頷く。
「私はそう。ギルド員だから。じゃあ午前中この街の魔術師ギルドに行って見る」
「頼む。状況が芳しくなければ、午後にはさっさとこの街を出よう」
「この街の人達は大丈夫でしょうか?」ユマが尋ねる。
俺はその話を続けるつもりは無かった。
「俺はアネットをギルドまで送ってから、少し街をうろついてみる。
ユマは宿に居てくれ。今の街の治安で女連れは、最小限にしたい」
彼女は不服そうだったが、頷いた。
◆
「送ってもらわなくても私は大丈夫よ。昨日は酔っ払ってたから不意を突かれただけ」
「俺の気分の問題だ。気にしないでくれ」
アネットをギルドに送り届けると、昼前に迎えに来ると伝え、俺は独りで街の広場に向かってみる。
屋台の数はいっそう減り、王国の兵隊らしき数も減っている。兵達は迎撃に向かったのだろう。
旅人達の数も減っているようだ。
少数ながら通りすぎる街の住人の表情も心配げで暗い。
思ったより状況は切迫しているのかも知れない。
街をぶらついた後、若干予定より早くアネットを迎えにギルドの建物に向かった。
ギルドの会員でなくても、入り口で中の人間に声くらいかけられるだろう。
建物の中に入ると、少し広まった待合室のようなところでアネットが他の魔術師達と話している。
俺が彼女に声をかけると、急いでこちらに来る。
「ツカサ。 まずいわ。ヘルド軍は東からだけじゃなくて西からも来る。
街の西側をヘルド軍に塞がれた」
彼女が慌てながら説明するには、西口の門から20キロ程先にヘルド軍が8,000人規模で展開を始めたらしい。
不確定だけど、と断って彼女は話を続ける。
「ヘルド本国が王国攻略の為にドラゴンの使用を決定したっていう噂があるの」
「ちょっと待ってくれ。 状況が良く分からない。
戦線は少なくとも東に80キロ以上先の筈だ。なんで東側が突破もされていないのに西から突然、攻められるんだ」
ユマ達とは東からこの街に逃げてきた。そして帝国のある西側に行くつもりだった。
アネットの言ってることが正しくて西にもヘルド軍がいるなら、どちらの方向にも逃げられない事になる。
この街の北と南は深い森と山だ。通り抜けるのは困難だ。
「多分、ポータルの魔術を使ったんだわ。
ポータルは距離制限はあるものの、人や物を瞬時に運べる魔術的な門の事よ。
ポータルを西方の何処かに開いたって考えるのが妥当だと思う」
でも、と彼女は話を続ける。
「大規模なポータルを開くには、高い能力の術者を沢山揃える必要があるし、普通なら対抗魔法で開門を防いでいる筈なんだけど」
アネットは唇を噛む。
「対抗術式も組めないほど王国が疲弊して来ている、という事ね。
ここの兵達はほとんど東に出払っていて、あまり残っていない。
この街は負けるかもしれない」
アネットは不安げだ。
「ツカサ、本当どうしよう」
俺は思った。
敵は街の物資・資産の略奪を速やかに行いたいか、もしくは無傷で奴隷の確保あたりを目論んでいると言うところか。
占領されたらヘルドのモンスター達が、ユマやアネットのような若い女達に対して良い待遇を与えるとは思えなかった。
「アネット、俺がヘリ―相棒―を呼べるのは知ってる筈だ。
二人を逃がすだけならなんとでもなる。少し狭い思いをさせるけどな」
彼女の顔が明るくなる。
「どうもありがとう。感謝するわ」
「宿に戻ってユマと合流しよう」俺は言った。
◆
急ぎ宿に戻り部屋へ駆け上る。
ユマは心細げに窓から外の風景を眺めていた。
「ヘルド軍が西からも来る。
街から逃げるぞ。すぐに準備してくれ」
きょとんとする彼女に、あらましを焦りながら説明する。
「……そういう訳だ。時間が無い。急いでくれ」
彼女は心配そうに言う。
「ツカサ。街の人はどうなるの?」
言うまでもない。勝てば良し。負ければ殺されるか。奴隷だ。
しかし。
「ここで逃げる事が君たちにとって最も安全だ。今なら俺は確実に君たちを助けられる。俺の能力は万能じゃない。大軍相手に事を構えて必ず勝てる訳じゃあない。負けて脱出のチャンスをふいにした時に、君たち若くて綺麗な女達がどんな目に会うのか俺に説明させたいのか?」
ユマは顔を上げると俺の目を真っ直ぐに見て、言う。
「ツカサ。街の人達を助けて。
あなたなら出来るわ。
私は見たわ。この世界に在らざる圧倒的な力を持つあなたを。
ツカサの力を皆の為に使ってあげて。お願い」
ユマは少し躊躇してから話を続ける。
「ツカサ。あなたがこの世界に来た時の条件は知っている。でも多分、私を救うことだけが、あなたがこの世界に呼ばれた理由じゃ無い」
「しかし、君のディアンの望みは…」
「ディアンが、私だけ逃げろなんて言う訳ない」
俺は改めて考える。
俺は元軍人だ。 民間人を見殺す事には抵抗があった。
だが無理に知らない振りをし、見ないようにしていた。
ユマとアネットを救って、街の人間も救う。両立は本当に不可能か?
俺は自分の能力を改めて吟味する。
視界に召喚可能な兵器類のリストが出現する。
相棒のAH-64Dアパッチ・ロングボウ戦闘ヘリに加えて、他に装甲車両の中から1台、銃器・弾薬から一丁を呼び出すこと。
それが俺の能力だ。
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
[召喚可能兵器類]
(航空機)
戦闘ヘリコプター(アパッチ・ロングボウ) AH-64D
(装甲車両)
軽装甲機動車
89式装甲戦闘車
機動戦闘車
10式戦車
87式自走高射機関砲
多連装ロケットシステム 自走発射機M270 MLRS
(銃器・弾薬)
H&K USP
デザートイーグル Mark XIX .50AE
89式5.56mm小銃
5.56mm機関銃 MINIMI
個人携帯地対空誘導弾(改)(SAM-2B)
110mm個人携帯対戦車弾
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
敵は8,000人規模の歩兵、それと、もしかしたら一匹の空飛ぶドラゴン。
俺はリストを見直し決心した。動くなら早く動いた方がいい。
「分かった。ユマ。一回だけ街の防衛を試してみる。
ダメだったら俺は逃げ帰ってここに戻り、3人だけでヘリで逃げる。これでいいか」
戻るためには死なないことだ。俺は自分に言い聞かせる。勝てればもっといい。
英雄じゃないんだ。出来る事をやるだけだ。
アネットが抗議する。
「ドラゴンが来るのよ。ドラゴンを倒せるのはドラゴンだけ。
流石にあんたでも、人間には無理だって!
もしかしたら、帝国がドラゴンを派遣してくれるかも知れないの。
ね? 待とう? 多分上手くいくよ」
俺はアネットに問う。
「その帝国のドラゴンは間に合うのか?」
彼女は、下を向く。
可能性は極めて低いのだろう。でなければ、さっきギルドで喋っていた時に伝えていた筈だ。
「まあ、やってみるさ。 大丈夫だ。意地でも君達だけは助ける」
ユマが泣きながら言う。
「本当に無理言ってごめんなさい」
そして、俺に抱きつきながら言う。
「ツカサ、あなたに神の祝福を」
俺をここに転移した、眼鏡でミニスカートの女神の事を思い出す。
あの神様の祝福は、あんまりご利益は無さそうだ。
「じゃあ、二人ともここで待っていてくれ。動かないでくれ。約束だ。
ただし夜までに戻らなかったら、すまないがなんとか独力で逃げてくれ」
…夜までに戻れなかったら、その時は俺は死んでいるだろう。
宿を出ると、西の門を目指して急いだ。
仕事は早めに済ます主義だ。