野営
◆
俺、ユマ、そしてアネットの3人は森の中の小道を、近くの街―タレントゥム―に向かって西に進んでいる。
召喚可能な時間が過ぎて相棒は消えてしまった。
まあ、三人一緒に乗れたとしても相当窮屈だが。
取り敢えず、敵の襲撃のあった場所からは離れたかった。
夜間の移動となるがアネットの灯りの魔法のお蔭で問題はない。
ユマのボロボロの上着の着替え用に、持っている服をアネットが出してくれた。感謝だ。
街の門限にはどうせ間に合わないので、しばらく進んだ後に野営出来そうな場所を見つけて食事にする。
俺とユマがさっき食べていた鳥五目飯とカレーは、襲撃された時に仲良くぶち撒けてしまった。
それで、新しい戦闘糧食を取り出して3人分持ってきてある。
そこら辺に抜かりはない。兵士にとって食事の時間は大切なんだ。
アネットは戦闘糧食II型のチキンステーキを気に入ったらしく、使いにくそうなプラスチックのフォークを駆使してかぶりついている。
ユマもハムステーキをつつきながら、少しずつだが食べてくれてるようだ。
俺は少し安心する。
食事の合間に、二人からこの世界の現状について教えてもらう。
「ここではモンスター達と人間とで勢力争いを繰り広げてるの。でも最近は人間側が劣勢かな」
アネットが解説してくれる。
「私達が今いる所は、サラマテル王国。ここは当然ながら人間の国ね。
この王国の西に接しているのがノルトステア帝国、こっちも人間の国。
東にあるのが蛮国ヘルド、これはモンスターの治める国。
住人達は、帝国、王国、ヘルドって略して呼んでるわ」
「今更言うまでもないと思うけど、蛮国ヘルドがサラマテル王国に対して大規模な侵攻を開始しているの。王国は兵力をかき集めて防戦しているけど、戦況は思わしくない」
俺はユマの方に向き尋ねた。
「ユマが行きたいところは帝国だったっか?」
「そう。帝国はディアンの故郷。一緒に行く筈だった。
山の麓にあるロイトフェルが、彼の生まれた街。 商業都市だけど街の中には静かな住宅区もあってそこに……」
彼女の声が小さくなり顔が俯く。恋人との会話でも思い出したのだろう。
取り成すように、アネットが口を挟む。
「帝国は錬金術や工業が盛んな国で、多くの属国を従えているわ。貿易も盛んで豊かな国よ。
軍事大国でもあるし」
「軍事大国の帝国か。 この王国は西に帝国、東にモンスター国家のヘルドに挟まれているんだよな。 王国は、よく独立を保てたもんだ」
「このサラマテル王国はそこそこの武力は持ってて弱くは無いんだけど、隣がモンスターの国のヘルド蛮国だからね。
帝国としては積極的にこの王国を併合したくは無いかな。火種抱えちゃうし」
「……緩衝地帯として利用されている訳か。帝国はモンスターの国と隣接はしたくないと」
「そんなところ。 でも王国がヘルドに占領されると帝国も困るから、何か手は打つかもね。あー食事ごちそうさまでした」
アネットは戦闘糧食を食べ終わって満足そうだ。
「デザートもありそうね。持ってるんでしょ?」
「チョコレートやキャンデー位はサバイバルキットの中に入ってたかも知れないが、よく探さなかった。
食料は、相棒が持ってる。今は呼び出せない」
不満気なアネットを無視して、話題を変える。聞きたかった事だ。
「俺達を襲ったさっきのトカゲ顔の化け物達は、どうしてあそこにいたんだ?」
アネットが、考えながら思うところを述べる。
「普通に考えたら、この王国に侵攻してるヘルドの兵士が、奇怪な空飛ぶ化け物を操るあんたの事を不審に思ってちょっかいをかけた……ってところだけど、おかしいのよね。 最前線からは結構距離あるし」
「と言うことは、あの敵は偵察目的の斥候とか、そんな感じか?」
「うーん。ごめん。私は分からない」アネットは降参する。
ユマの方を見ると、押し黙って下を向いている。不安になったのだろうか。
「取り敢えず、俺達に出来る事は十分注意する事だけだな。そのうち状況が分かるだろう」
俺は続ける。
「今日はもう遅いし、ここで野営だ。俺とアネットで交代で見張ろう。
仮眠を取ってから明日、早朝に街へ出発だ」
ユマは荒事に対しては戦力外だろう。見張りの当番は無しだ。
癒し手の魔法が使えると聞いたが、戦闘的なものでは無いはずだ。
「街に着いたら装備を整えて、帝国に渡る手段を探す。これでいいか?アネット、ユマ?」
二人は頷く。
「じゃあ、俺から見張りに着く。三時間後にアネットを起こすから交代してくれ」
アネットが俺の方を睨む。
「いいけど。 私が寝てる時に変な気を起こさないでよ。 顔がちょっと綺麗だからって女がすぐになびく……なんて思ってたら大間違い。私はそんなにお安くないからね」
顔がちょっと綺麗って、自分からそれを言うか……と思ったが、文脈から考えてそれはおかしい。綺麗って俺の顔がか?
そうだ、俺は思い出す。この身体は借り物なのだった。
ユマの方をあらためて見る。この美人に釣り合う恋人だったんだよな。
そりゃ美男子なんだろう。俺の心情としては、美男子は男の敵……なんだが。
「アネット、大丈夫だ。襲うなんてとんでもない。全くその気は無い。誓う」
「そう何度も強調して断言されると、複雑な気分になるんですけど」
アネットは不満そうに答え、寝る場所を探しに行った。じゃあ、どう言えば良かったんだ。
ユマから声を掛けられる。 振り返ると、いきなり抱きつかれる。
「フユトミ、 今日は、どうもありがとう」
ええと、これはお休み前のハグという奴だな。うん、そうだ。そうに違いない。
「ユマ、アネット お休み」俺は声を掛けるとユマから離れ、89式小銃を肩に担ぐ。
そして、月明かりで少しでも周囲が見えそうな場所に移動した。最初の見張りの番だ。
◆
ユマに起こされ目が覚める。
3時間ほどの仮眠だが、随分すっきりした。
隣を見ると、アネットが寝ている。
いや、あんたは寝てちゃ駄目だろう。
見張りどうしたんだ、とは思ったが、度胸があるなと少し関心する。
「ユマ。具合はどうだ? 良く寝れたか?」
「うん。 私は大丈夫」
儚げに笑う。無理をしているのが分かり俺はなんとも言えない気持ちになる。
まだ爆睡中のアネットを起こす。
「朝だ。出発するぞ」
アネットは目を覚まして俺の顔を見、ハッと驚いて飛び起きると、胸をガードするようにし腕を組み、こう言ってくれる。
「私は、そ、そういう女じゃないから」
俺はいったいどう思われてるんだ。自分の立ち位置にちょっと不安になる。
◆
3時間程歩くと森が開け、数百メートル先に街を覆っている市壁が見え始める。
石組みの白っぽい壁だ。
「着いたわ。あそこがタレントゥムの街」
市壁の一部が門になっていて、剣と鎧で武装した警備の人間が周辺に沢山見える。20人以上か。ヘルドのモンスター軍を警戒してるのだろう。
最前線までは、まだかなりの距離はあるはずなのだが。
アネットが言う。
「ここの人口は1、000人位かしら。この辺りにある街としては大きな方よ。
市門を通って中に入る時に税金取られるから準備して」
金か。
昨日寝る前に大きめの金貨が5枚、服に縫い付けられているのを発見していた。
服に縫い付けられていた、とユマに金貨を渡す。
「あなたが管理して」
ユマが受け取りを拒み、金貨を握った俺の手を包み込む。
しばし悩むが結局、受け取る。
「金貨1枚で、私達平民1人なら1月は暮らせるくらいの額よ」
ユマが教えてくれる。
当面は困らないが贅沢は出来ない感じだな。
俺は心の中で、本来の持ち主のディアンに感謝し有り難く使わせてもらうことにする。
「えーと、金貨なんて門番に見せるんじゃないわよ。
そんな大金見せたら賄賂とってくれって、鴨がネギ背負って頼んでるようなもんだから。
私が出しておく」
旅慣れたアネットのお蔭で、俺達は特に問題もなく街の中に入れた。