支払うべき対価
◆
「ツカサ。 ツカサ。 どうしたの? しっかりして!」 ユマが俺の肩を揺すっている。
自分の考えに集中しすぎたようだ。 顔色が悪い人間がじっと考え込んでいたら心配にもなるだろう。
MOABの件は帰りに確かめよう。 今気にしてもしょうがない。
「腹が減ってないか?」 俺は体調のせいか大して食欲を感じないが、ユマは空腹のはずだ。 昨日から二人共ロクに食べていない。
「腹に何かいれよう。 付き合わないか?」 俺はアパッチのサバイバルキットを漁って戦闘糧食を取り出す。
湖風を避け、無人の艦内に入った。
俺は陸上自衛隊の出身だ。 イージス艦の艦内構造など詳しくはない。 こんごうに通路を教えてもらいながら食堂まで歩く。
戦闘艦内部の殺風景な景色でも、ユマには珍しいのかいろいろ質問してくる。
食堂に到着すると俺は持ってきた戦闘糧食を暖めた。
ユマは戦闘糧食ii型の中で一番好きなチキントマト煮を、俺は豚しょうが焼きを食べる。
どうせなら豪華客船を召喚してユマに自慢してみたかった。 今まで彼女には苦労だけしかさせていない。 何か喜ばせてやりたい。
窓も無く、機能優先で飾り気のない護衛艦内部で、二人だけの食事。 それでも、ユマは楽しそうだった。
◆
食事が終わると俺はこんごうを呼び出し、報告を受ける。
イージス弾道ミサイル防衛システムは、正常に動いている。 これ以上、ここに留まって様子を見る必要は無いだろう。
王国に戻って次の策を練らなければいけない。 防御を更に固めるか、攻撃に打って出るか?
それを決めるためには、俺の切り札となりそうなMOABについて調べる必要がある。
通常兵器の中で最大の威力を持つ、この爆弾を召喚する為には何が必要なのか。 召喚リストの◆マークは何を意味するのか?
実際に召喚してみれば分かるだろう。 単純な話だ。
俺はユマを護衛艦に残し、一人でアパッチに乗り込み空に舞い上がった。 輸送機を召喚する為には空に上る必要がある。
暫く飛行し、護衛艦こんごうから十分に距離をとる。 高度も4,000m近くまで上昇した。 ここは海のど真ん中だ。 周囲360度、水平線しか見えない。
俺は、C-130 ハーキュリーズ輸送機を呼び出した。 カーゴベイにMOABを積んでいる。
召喚と同時に、視界内に例の警告画面が現れる。 今回はどぎつい赤色の文字で表示されている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
**警告**警告**
下記ユニークアイテムを召喚中
アイテム名称:◆MOAB (譲渡不可、継承不可)
アイテム所有者:冬富 司
最大同時召喚数:5個
当アイテムは、召喚後6時間以内に使用すること
6時間後にアイテム所有者(冬富 司)は当世界より消去される
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
…やはり、そうか。
俺専用のユニークアイテム"MOAB"を召喚するには、命を差し出す必要があるらしい。
この世界から消去されるということは、つまりはそういうことだ。
俺はとりあえず召喚をキャンセルした。 もう必要な情報は入手した。 今はまだ死ねない。
MOABを実際に召喚してから6時間後に、俺はこの世界からいなくなる。
消滅する前に王宮を爆撃し、ヘルド王を始末する。 そして全て終わらせる。
この作戦は実行可能だ。 ヘルド王宮を攻撃して王を抹殺する攻撃作戦は成立する。
爆弾を召喚してから6時間も猶予時間があるのなら、十分作戦は実行可能だ。
俺もエストラと同じく死んで英雄になるらしい。 どう考えても英雄ってガラじゃないが。
◆
俺は護衛艦こんごうに戻った。 ユマをヘリに乗せて街に戻らなくていけない。
ヘリコプター甲板に着艦すると、彼女はすぐにアパッチの元に来た。
「ユマ。 ユリオプスの街に戻るぞ。 やりたい事が出来た」
「うん」
彼女は後席のコクピットに収まると、ヘルメットを被り俺との機内通話を準備した。
もう慣れたものだ。 時間があったら彼女にも操縦を教えられたかもしれない。
「ツカサ。 身体の具合は大丈夫?」
「もう元通りだ。 完全だよ。 心配かけてすまない」
「良かった!」
ユマはほっとしたように微笑んだ。
「ツカサにお願いがあるの」 俺は後席を振り返ってユマの顔を見る。
「また海に連れて来て。 平和になったらまたツカサと一緒に海に来たい。 今日はツカサと一緒に時間が過ごせて良かった!」
「ああ。 海はいいな。 俺も大好きだ。 全てを済ましたらまた来よう」
すまないユマ。 俺は多分約束を守れない。
◆
アパッチを飛ばしユリオプスの街に戻る。
俺の命令を受け、エフェソスの街に駐留していた帝国軍と自衛軍から来た合計 約7,000人が、既にユリオプスの街に到着し、ヘルド軍の残存兵と戦っている。
目論見どおり、戦いは味方の優勢だ。
俺は、ユリオプスでの戦いを統括している帝国師団長のカイ・クレーマン、それにシルフィード、魔剣使いのフローレクを集めて話を始めた。
「核攻撃に対する防御システムを設置してきた。 完全ではないが、かなりの確率で防衛可能だ」
俺はイージス弾道ミサイル防衛システムについて説明する。
師団長のクレーマンが言う。
「フユトミさん。 私は完全に理解出来ていないかも知れないが、その"しすてむ"は、ヘルド王が召喚する”滅びの矢”つまり”かくみさいる”を、別の魔法の矢で撃ち落とすという理解でいいのでしょうか?」
「ああ、その理解でいいと思う」
俺は、皆の顔を見回した。
「だが防御だけでは戦いに勝てない。 核攻撃を何度も受ければいつかは失敗して、こちらは滅ぶ。 攻撃が必要だ。 ヘルド王宮を攻める」
帝国師団長のクレーマンが反対した。
「そうしたいのは山々です。 しかし王宮の防御は極めて強固です。 高位の魔術が重ねがけされて建物を守っています。 前回の攻撃の時は、あなたの強力な兵器でさえ十分な効果は無かった。 いくらフユトミ殿でも無茶だ」
彼は一度言葉を切り、俺の方を改めて見た。
「そして帝国の兵を派遣して攻めるには、王宮のある首都タリスは遠すぎます。 私は反対です」
「こちらには切り札がある。 これを使えば王宮の防御は全て吹き飛ばす自信はある。 しかし念には念を入れたい。 フローレクとシルフィードに手伝って貰いたい。 ヘルド国は王を失い、混乱するだろう。 その隙にクレーマンは地上軍を指揮してヘルド軍を叩いてくれ。 上手くいけば、敵は戦争継続の意思を失なう。 王を失って崩壊する可能性もあるだろう 」
MOABはもちろん大きな破壊力を持つが、同時に心理兵器でもある。
巨大な爆発の威力を目の当たりにすると、敵は戦闘継続の意欲を失う。
俺はMOABについて皆に説明した。
俺の来た世界での最大級の破壊兵器であることを。
「あなたが、その兵器を使えるなら、試しに私たちにその威力を見せていただけないでしょうか? 実際に帝国の軍人や元老院の人間に見せれば、彼らにもヘルド国の壊滅が夢物語では無いことが分かるでしょう。 そうすれば帝国の全ての軍事力を使ってヘルド国を攻められます」
「残念ながら、MOABを使えるのは一度きりだ」
「そうですか。 残念です。 ならば私が動かせるのは、現在王国に駐留している帝国兵だけです」
クレーマンが残念そうに呟く。
「それで構わない。 現存戦力だけで作戦の実行は可能だ。 シルフィード、フローレク、俺と一緒に来てくれないか。 ヘルド王を始末する」
「面白そうだな。 了解だ」とフローレク。
「もちろん、私は構わないけど。 でも、あんた何か何か変よ。 私に何か隠してない?」
シルフィードは相手の表層の思考や感情を読む。 認めたく無いが俺はこの世界にまだ未練があるらしい。
修業が足りないのか、覚悟が足りないのか、動揺している心を読まれたようだ。
「俺にだって人に知られたくない考えくらいあるさ。 まあ特に魅力的な女性の前とかな」
「魅力的? こいつがか? お前、疲れてるだろ? 休んだほうがいいぞ」 フローレクが呆れて言う。
「ようやく私の魅力が分かったの? と言いたいところだけど、お世辞が上手くなったわね。 まあ、私が魅力的ってのは真実だけど」 彼女は照れくさそうにしていたが、話題を変えた。
「ユマは連れて行かないの? 王宮を攻略するなら絶対魔法防御は役に立つと思うけど」
「ヘルド王には通用しないだろう。 いいんだ」
「そう」
シルフィードはまだ俺のことを心配そうに見つめたが、何とかその場は切り抜けた。
皆と別れた後、師団長のカイ・クレーマンだけを再度呼び出してMOABの召喚後、俺は6時間で消滅することを知らせる。
クレーマンは驚き止めようとしたが、作戦の指揮権は俺にある。
そして彼に、帝国皇帝宛に書いた、仲間が安全に生活できるよう保護を依頼する手紙を手渡した。 皇帝は俺の頼みを聞いてくれる筈だ。
その後、横になり、しばしの眠りにつこうと努力する。
攻撃作戦の決行は、今日の未明だ。 少しでも身体を休めておかなくては。
…どうにか寝入った俺は、残念ながらすぐに叩き起こされた。 護衛艦こんごうから緊急の連絡だ。




