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支払うべき対価

「ツカサ。 ツカサ。 どうしたの? しっかりして!」 ユマが俺の肩をすっている。

自分の考えに集中しすぎたようだ。 顔色が悪い人間がじっと考え込んでいたら心配にもなるだろう。

MOAB(モアブ)の件は帰りに確かめよう。 今気にしてもしょうがない。


「腹が減ってないか?」 俺は体調のせいか大して食欲を感じないが、ユマは空腹のはずだ。 昨日から二人共ロクに食べていない。


「腹に何かいれよう。 付き合わないか?」 俺はアパッチのサバイバルキットを漁って戦闘糧食せんとうりょうしょくを取り出す。


湖風しおかぜを避け、無人の艦内に入った。

俺は陸上自衛隊の出身だ。 イージス艦の艦内構造など詳しくはない。 こんごうに通路を教えてもらいながら食堂まで歩く。


戦闘艦せんとうかん内部の殺風景さっぷうけいな景色でも、ユマには珍しいのかいろいろ質問してくる。


食堂に到着すると俺は持ってきた戦闘糧食を暖めた。

ユマは戦闘糧食ii型の中で一番好きなチキントマト煮を、俺は豚しょうが焼きを食べる。


どうせなら豪華ごうか客船を召喚してユマに自慢してみたかった。 今まで彼女には苦労だけしかさせていない。 何か喜ばせてやりたい。


窓も無く、機能優先で飾り気のない護衛艦内部で、二人だけの食事。 それでも、ユマは楽しそうだった。


食事が終わると俺はこんごうを呼び出し、報告を受ける。

イージス弾道ミサイル防衛システムは、正常に動いている。 これ以上、ここにとどまって様子を見る必要は無いだろう。

王国に戻って次の策を練らなければいけない。 防御をさらに固めるか、攻撃に打って出るか?


それを決めるためには、俺の切り札となりそうなMOAB(モアブ)について調べる必要がある。

通常兵器の中で最大の威力を持つ、この爆弾を召喚する為には何が必要なのか。 召喚リストの◆マークは何を意味するのか?


実際に召喚してみれば分かるだろう。 単純な話だ。

俺はユマを護衛艦に残し、一人でアパッチに乗り込み空に舞い上がった。 輸送機を召喚する為には空に上る必要がある。 


しばらく飛行し、護衛艦こんごうから十分に距離をとる。 高度も4,000m近くまで上昇した。 ここは海のど真ん中だ。 周囲360度、水平線しか見えない。


俺は、C-130 ハーキュリーズ輸送機を呼び出した。 カーゴベイにMOAB(モアブを積んでいる。

召喚と同時に、視界内に例の警告画面が現れる。 今回はどぎつい赤色の文字で表示されている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

**警告**警告**


下記ユニークアイテムを召喚中


アイテム名称:◆MOAB (譲渡じょうと不可、継承けいしょう不可)

アイテム所有者:冬富ふゆとみ つかさ 

最大同時召喚数:5個


当アイテムは、召喚後6時間以内に使用すること

6時間後にアイテム所有者(冬富 司)は当世界より消去される

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


…やはり、そうか。

俺専用のユニークアイテム"MOAB(モアブ"を召喚するには、命を差し出す必要があるらしい。

この世界から消去されるということは、つまりはそういうことだ。


俺はとりあえず召喚をキャンセルした。 もう必要な情報は入手した。 今はまだ死ねない。


MOAB(モアブを実際に召喚してから6時間後に、俺はこの世界からいなくなる。

消滅する前に王宮おうきゅう爆撃ばくげきし、ヘルド王を始末する。 そして全て終わらせる。


この作戦は実行可能だ。 ヘルド王宮を攻撃して王を抹殺まっさつする攻撃作戦は成立する。

爆弾を召喚してから6時間も猶予時間があるのなら、十分じゅうぶん作戦は実行可能だ。

俺もエストラと同じく死んで英雄になるらしい。 どう考えても英雄ってガラじゃないが。


俺は護衛艦こんごうに戻った。 ユマをヘリに乗せて街に戻らなくていけない。

ヘリコプター甲板に着艦すると、彼女はすぐにアパッチの元に来た。


「ユマ。 ユリオプスの街に戻るぞ。 やりたい事が出来た」


「うん」


彼女は後席のコクピットに収まると、ヘルメットをかぶり俺との機内通話を準備した。

もう慣れたものだ。 時間があったら彼女にも操縦を教えられたかもしれない。


「ツカサ。 身体の具合は大丈夫?」


「もう元通りだ。 完全だよ。 心配かけてすまない」


「良かった!」


ユマはほっとしたように微笑ほほえんだ。


「ツカサにお願いがあるの」 俺は後席を振り返ってユマの顔を見る。


「また海に連れて来て。 平和になったらまたツカサと一緒に海に来たい。 今日はツカサと一緒に時間が過ごせて良かった!」


「ああ。 海はいいな。 俺も大好きだ。 全てを済ましたらまた来よう」


すまないユマ。 俺は多分約束を守れない。


アパッチを飛ばしユリオプスの街に戻る。

俺の命令を受け、エフェソスの街に駐留していた帝国軍と自衛軍から来た合計 約7,000人が、既にユリオプスの街に到着し、ヘルド軍の残存兵と戦っている。

目論見もくろみどおり、戦いは味方の優勢だ。


俺は、ユリオプスでの戦いを統括とうかつしている帝国師団長のカイ・クレーマン、それにシルフィード、魔剣使いのフローレクを集めて話を始めた。


「核攻撃に対する防御システムを設置してきた。 完全ではないが、かなりの確率で防衛可能だ」


俺はイージス弾道ミサイル防衛システムについて説明する。


師団長のクレーマンが言う。

「フユトミさん。 私は完全に理解出来ていないかも知れないが、その"しすてむ"は、ヘルド王が召喚する”ほろびの矢”つまり”かくみさいる”を、別の魔法の矢で撃ち落とすという理解でいいのでしょうか?」


「ああ、その理解でいいと思う」


俺は、皆の顔を見回した。


「だが防御だけでは戦いに勝てない。 核攻撃を何度も受ければいつかは失敗して、こちらは滅ぶ。 攻撃が必要だ。 ヘルド王宮おうきゅうを攻める」


帝国師団長のクレーマンが反対した。


「そうしたいのは山々です。 しかし王宮の防御は極めて強固です。 高位の魔術が重ねがけされて建物を守っています。 前回の攻撃の時は、あなたの強力な兵器でさえ十分な効果は無かった。 いくらフユトミ殿でも無茶むちゃだ」


彼は一度言葉を切り、俺の方を改めて見た。


「そして帝国の兵を派遣して攻めるには、王宮のある首都タリスは遠すぎます。 私は反対です」


「こちらには切り札がある。 これを使えば王宮の防御は全て吹き飛ばす自信はある。 しかし念には念を入れたい。 フローレクとシルフィードに手伝って貰いたい。 ヘルド国は王を失い、混乱するだろう。 そのすきにクレーマンは地上軍を指揮してヘルド軍をたたいてくれ。 上手くいけば、敵は戦争継続の意思を失なう。 王を失って崩壊する可能性もあるだろう 」


MOABモアブはもちろん大きな破壊力を持つが、同時に心理兵器でもある。

巨大な爆発の威力を目の当たりにすると、敵は戦闘継続の意欲を失う。


俺はMOABモアブについて皆に説明した。

俺の来た世界での最大級の破壊兵器であることを。


「あなたが、その兵器を使えるなら、試しに私たちにその威力を見せていただけないでしょうか? 実際に帝国の軍人や元老院げんろういんの人間に見せれば、彼らにもヘルド国の壊滅かいめつが夢物語では無いことが分かるでしょう。  そうすれば帝国の全ての軍事力を使ってヘルド国を攻められます」


「残念ながら、MOABモアブを使えるのは一度きりだ」


「そうですか。 残念です。 ならば私が動かせるのは、現在王国に駐留している帝国兵だけです」

クレーマンが残念そうにつぶやく。


「それで構わない。 現存戦力だけで作戦の実行は可能だ。 シルフィード、フローレク、俺と一緒に来てくれないか。 ヘルド王を始末する」


「面白そうだな。 了解だ」とフローレク。


「もちろん、私は構わないけど。 でも、あんた何か何か変よ。 私に何か隠してない?」

シルフィードは相手の表層ひょうそうの思考や感情を読む。 認めたく無いが俺はこの世界にまだ未練みれんがあるらしい。

修業しゅぎょうが足りないのか、覚悟が足りないのか、動揺どうようしている心を読まれたようだ。


「俺にだって人に知られたくない考えくらいあるさ。 まあ特に魅力的な女性の前とかな」


「魅力的? こいつがか? お前、疲れてるだろ? 休んだほうがいいぞ」 フローレクがあきれて言う。


「ようやく私の魅力が分かったの? と言いたいところだけど、お世辞が上手うまくなったわね。 まあ、私が魅力的ってのは真実だけど」 彼女は照れくさそうにしていたが、話題を変えた。


「ユマは連れて行かないの? 王宮を攻略するなら絶対魔法防御アンチ・マジック・シェルは役に立つと思うけど」


「ヘルド王には通用しないだろう。 いいんだ」


「そう」

シルフィードはまだ俺のことを心配そうに見つめたが、何とかその場は切り抜けた。


皆と別れた後、師団長のカイ・クレーマンだけを再度呼び出してMOABモアブの召喚後、俺は6時間で消滅することを知らせる。

クレーマンは驚き止めようとしたが、作戦の指揮権しきけんは俺にある。


そして彼に、帝国皇帝ていこくこうていあてに書いた、仲間が安全に生活できるよう保護を依頼する手紙を手渡した。 皇帝は俺の頼みを聞いてくれるはずだ。


その後、横になり、しばしの眠りにつこうと努力する。

攻撃作戦の決行は、今日の未明だ。 少しでも身体を休めておかなくては。


…どうにか寝入った俺は、残念ながらすぐに叩き起こされた。 護衛艦こんごうから緊急の連絡だ。

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