フローレク
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10機のアパッチ・ロングボウが装備するM230E1 30mmチェーンガンが一斉に火を吹く。
魔族たちは両腕を前に構えてシールドを展開、半透明でドーム状の防壁が二匹を守る。 砲弾の雨がシールドの表面にぶち当たり爆発するが、魔族本体にはダメージを与えていない。
こいつらは防御能力が高すぎる。 エレシュキガルより明らかに強い。
醜悪な顔の弟の魔族が、こちらに向かって片手を振り下ろし魔法を投げつける。
前方の空間がゼリー状によどみ、そこにあった一両の10式戦車は無力化され機能を失った。
対抗するようにシルフィードの青い防御シールドが輝きを増し、俺たちの身体を敵の攻撃から守る。
シルフィードに向かって叫ぶ。 「飛んでくれ! 俺たちがいると兵器たちは本気を出せない」
離れていては不利と判断した敵は、俺との闘いを接近戦に持ち込もうとする。 弟の方が砲弾の雨に堪えながら近寄ってきた。
シルフィードは俺の腕を掴み、竜に変身して地上を飛び去る。 よし! 彼女の動きは素早い。
魔族たちから距離を取ることに成功し、上空から敵を見下ろす。
俺に接近しようとする弟を、最大の脅威と判定した9両の10式戦車が攻撃を開始する。
主砲が吠え、ドンッと大きな砲撃音が周囲を揺るがせた。
砲弾は敵のシールドを切り裂き、直撃を受けた弟の身体は一瞬で消滅する。 オーバーキルだ。 9両は多すぎた。 この魔族たちでも10式戦車主砲からの直撃弾には耐えられないようだ。
兄の魔族は弟を見捨てて、高度を急速に上げながら街とは逆方向に逃亡している。
87式自走高射機関砲が正確に目標を追尾し、命中弾を与えるが魔族の強力なシールドがダメージを拒む。
この魔族が展開する魔法の盾は、エレシュキガルのものより強力だ。
発射態勢に入った5機のアパッチがヘルファイア・ミサイルを射出。 魔族はミサイルの接近に気がつくと高機動でこれを回避した。 強力だが追尾能力が限定的な、10発の対戦車ミサイルは目標を見失う。
逃したか。
俺の頭の中に魔族の兄からの声が響く。
『この恨み忘れんぞっ。 ツカサ フユトミ。 弟の仇は必ず取る。 俺の名はカブラカン。 覚えておけっ!』
簡単に弟を見捨てておいて、一人前の口を利く奴だ。
しかし、あいつを始末出来なかったのは失敗だった。
魔族がいなくなり、市門の周辺で様子を伺っていたヘルド兵たちは明らかに動揺している。
アパッチと87式の機関砲で敵兵の群れを蹴散らすが、大部分は街の中に逃げ込んだ。
空中で待機していた青い竜の姿のシルフィードは地上に降り、俺を降ろすと少女の姿に戻る。
「とりあえず終わった?」 彼女は俺に声をかけた。
「もう少しだ」 俺は応えた。 「街の中のヘルド兵を弱らせる」
味方の地上軍が到着する前に、街の中の手強そうな敵を出来るだけ排除しておく必要がある。
俺は待機させていた、ユマとフローレクの乗るハリアー攻撃機を呼び寄せて合流することに決めた。
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二機のハリアー攻撃機はすぐに到着した。 二人がコクピットから降りるのを手伝ってやる。
地上に降りるとユマが待ちかねたように、俺に飛びついてきた。
俺は彼らに状況を説明する。 中級魔族の一匹は始末したが、一匹を逃げしたことも教えた。
そして、これから行う戦闘の目的を告げる。後から来る地上軍の為に、街中の主だった敵勢力の排除を行うのだ。
少人数で街の完全な解放は無理だろう。しかし、虐殺行為は止めさせたい。
「雑魚狩りか」 フローレクは不満そうだ。「今回は付き合ってやるが、不満だ。 もっと格上と戦わせろ」
「あら。 中級魔族相手に戦わされなくてよかったじゃない。 どうせ何も出来ないんだから命は大切にね〜」
シルフィードは薄笑いを浮かべながらフローレクに手をヒラヒラと上下にふる。
「なんだと」 フローレクの顔から表情が無くなる。 マズイ。
「青竜ごときが、よくそんな口を叩けるな」
なんでこいつらは、こんなに仲が悪いんだ。
「戦闘前だぞ。 控えてくれ」と俺。
「皆さん、一緒にヘルド軍を駆逐しましょう。 私も及ばずながら精一杯頑張ります」とユマ。
シルフィードとフローレクは、顔を相手から逸らしそっぽを向く。
やれやれだ。 まあ、お互いに気に入らない相手と言うのは居るもんだがな。
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ユマが絶対魔法防御を唱え、ユリオプスの街の半分を覆う結界を張った。
結界内ではあらゆる魔法が禁止される。
ユマの結界内部では、あらゆる魔法が無力化されるので、シルフィードにとっては却って不便だ。
彼女には、街の反対側に回ってもらってドラゴンの姿に戻り、目立った敵を倒してもらうことにした。
「じゃあ、ひと暴れしてくるね」 とシルフィードは俺に声をかけ、フローレクの方は見ないようにしながらドラゴンに変身し、飛び立って行った。
敵に待ち伏せを食らうのは嫌なので、市門や市壁の周辺で隠れられそうな場所を狙って、アパッチのチェーンガンで砲撃する。
5機の攻撃ヘリからの30mm機関砲弾の連射が、市壁や見張り塔に突き刺さり、着弾した箇所が爆発で破壊されていく。
初めてアパッチの攻撃を見るフローレクが目を見開いた。 「遠方から広範囲を、これだけの威力で攻撃出来るとは凄いものだな。 これがお前の”ヘリコプター”の力なのか。 噂には聞いていたが想像以上だ」
一癖ありそうな男だが喧嘩相手でないならば、人の力はすぐに認めるらしい。 そういう意味では素直なのだろう。
俺の力を褒められてユマが得意そうだ。 女心は良くわからないが、そんなに嬉しいものなのだろうか?
「街に入るぞ」 俺はMINIMI機関銃を召喚し、銃を抱えながら市門に向かって歩き出す。
アパッチ5機を上空からの航空支援に回し、俺、フローレク、ユマで街の入り口へ進んだ。
砲撃で破壊された市門を抜け、街に入る。 門前の広場の奥の方から魔術師らしき人影が30人ほど、集団で出現する。 その前には魔術師の護衛の為だろう、歩兵が剣を抜き100人程度集まってきた。
魔術師たちは一斉に俺たちを攻撃しようとした……が、慌てている。
魔法が発動しないのだ。先制攻撃をするつもりだったのだろうが。
残念だったな。 ここは絶対魔法防御の結界内だ。 お前ら程度には破れない。
5機のアパッチのチェーンガンが唸り、兵士達の身体は粉みじんとなる。
…俺を呼ぶ声がする。 見ると広場に続く小道を駆けてくる女と数名の護衛。
「ツカサ殿。 来ていただけましたか。 良かった。 ツカサ殿、こちらです 私です!」
ユリオプス領主マイヤ・ド・ハマン侯爵だ。
ヘルド軍に一帯を制圧され、隠れていたのだろう。 疲労のせいで美人の顔が台無しだ。
必死に走ってくる侯爵のそばの物陰で何かが動いた。
俺はMINIMI機関銃を腰だめにすると、連射する。
隠れていたヘルド兵数名が領主を人質に取ろうとしたのか、ハマン侯に襲いかかったのだ。
機関銃の連射を受け、オーク兵達は息絶えた。
呆然とするハマン侯に駆け寄り、肩に手をかけ安心させる。
震えながら抱きついてくるハマン侯を腕に抱えると、俺は文句を言うのを諦めた。
助けが要るならもっと早く決断して要請しろ、と言ってやるつもりだったのだ。
だが疲れ果てて俺に抱きすがる領主を見ると、何も言えなくなってしまった。
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ハマン侯を抱きかかえながら、彼女の落ち着くのを待つが敵は待ってくれない。
魔族らしい姿の個体が3匹ほど現れた。 どうやら下級クラスの魔族はまだ残っているらしい。
ハマン侯から腕を離し、攻撃態勢を取ろうとするとフローレクが俺を止める。
「フユトミ。 全部、いいところを持っていくつもりか。 あんたの強さは分かったが、俺だって捨てたもんじゃないんだぜ?」
剣を抜刀すると正眼に構える。
「まあ見ててくれ。 オーガ相手よりはマシだろう?」
ダンッと地面を蹴ると一気に間合いを詰め、一匹の魔族に斬撃を放つ。
魔族は文字通り縦に真っ二つになった。 奴の魔剣の名はクラウ・ソラス。
物では無く空間それ自体を切断する。
残りの二匹が魔法で攻撃するつもりなのか、何事か呪文を叫び腕を突き出す。 が何も発動しない。
あたりまえだ。 ここはユマの結界内だ。
下級の魔族にユマの結界は破れない。
フローレクは二匹の魔族との間合いを詰めると、剣を横殴りにふり払う。 敵の身体が、腹から上下に真っ二つに分かれた。
「そう言えば、魔法禁止の結界内だったか。 相手が魔法を使わないと歯ごたえがない」 フローレクはがっかりしたように呟いた。




