ユリオプスの領主
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敵から開放したエフェソスの街を、領主であるアルタイル・ド・イール侯に引き渡す。
疲弊した街の回復、市民たちの保護で、彼は忙しくなるはずだ。
ヘルドから賠償金を取りたて金を領主に回してやりたいところだが、その前にヘルドを降伏させる必要がある。
俺たちは本部のあるコリントスの街に一旦戻った。
気になるのは、”エレシュキガル”と名乗っていた新たなる敵の出現だ。
奴は魔族で、どうやら俺にご執心らしい。
ヘルド国と魔族の関係について、俺はよく知らない。詳しそうなアネットの意見を聞いてみる。
魔術師である彼女は何か知っているだろう。
「ヘルドの王は異界から来た魔族だって噂は昔からあったわ。まさかとは思ってたんだけど、どうやら本当だったみたいね」
「魔族である王が、オークやらリザードやら、オーガやら集めて統治しているわけか」
「ついでに下位の魔族も集めて従わせてるんでしょうね。今回出てきた”エレシュキガル”もその一人。でも魔族って、与えられた命令よりも自分の欲望を優先する奴多いから、それをまとめて国家として成立させているヘルド王はそれなりに優秀なんだと思うわ」
「強いのか? 魔族と言う奴は」
「ドラゴンと同等か、もしかしたらそれ以上かな」 アネットはシルフィードが側にいないのを確認すると言った。
「竜族と魔族って、根本的に仲が悪いのよ。魔族って性格がカオスだし自分の欲望満たすの最優先でしょ?ドラゴンはそういうのが気に食わないみたい。能力的にもライバル関係にあるし」
戦術的に何か考える必要があるかもしれない。
そう言えば、シルフィードの機嫌が最近悪い。あの敵、”エレシュキガル”のせいだろうか?
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俺は街の防衛を強化する為に、帝国の皇帝に書簡を送る。 2万ほどの兵を帝国から出兵しエフェソスに駐留させる依頼だ。
エフェソスの街の戦力を増強し拠点にする。そして王国の中央部からヘルド軍を駆逐するつもりだ。
街をヘルドから開放したという、目立った戦果をあげたことで、諸侯たちに動きがあった。
エフェソスと同じ王国の中央部にあるテルト、ユリオプスの街の領主たちから同盟の申し出があったのだ。
協力してヘルドを討つのは構わないのだが、その後に俺の支配下に入ってもらう条件をつける。
俺が王国を統一するつもりだからだ。
彼らの街は、エフェソスの街と違ってヘルドに占領されていない。
この2つの街はお互いに同盟を結び、戦況は不利ながらもよく戦っている。
だから協力はするものの俺の支配下に入れ、というこちらの条件を丸飲みするのは抵抗があるだろう。
提示した条件に対する返事がなかなか来ない。まあ、領主たちにとっては悩みどころだろう。
俺は放って置く事にした。
こちらの提示する条件に従わないということは、彼等は俺と戦う可能性を考慮しなければならなくなる。
こちらが攻め込むかも知れないからだ。
勿論、俺としては無駄な死人は出したくないので、攻め入るなんてしたくない。可能な限り避けたい。
だが、そんなこちらの方針をわざわざ教えてやる義理は無い。
怖がってもらう方が有り難い。
ヘルドとの戦いで疲れている、ふたつの街にとって本当は選択の余地なぞ無いのだ。
俺に従うしかない。
考えることに疲れ、少し休憩をする。
この前の戦いで森から連れてきたリナとヨトがお茶を淹れてくれる。
俺達の身の回りの世話を希望しているリナと、剣士希望のヨトと話をしながら、彼女たちの今後の身の振り方を相談していると、ユマが部屋に入ってきた。
「ツカサ。 ユリオプスの街からの使者が来ました。 なるだけ早く領主がツカサとお話がしたいって」
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二日後、ユリオプスの領主が本部にやってきた。
領主は女性だった。
「初めてお目にかかる。 私はマイヤ・ド・ハマン侯爵と言う」
ハマン侯は、引き締まった身体を持ち、端正な顔つきの女剣士と言った感じだ。
綺麗な長髪が印象的だ。切れ長の目で俺をじっと見つめる。
領主よりも、騎士やった方が似合うんじゃないだろうか。
初対面の挨拶が済むと、彼女はさっそく用件を切り出した。
「フユトミ殿が、我が方を支援する際の条件は拝見した。
我らがヘルドとの戦いで貴殿の助けが必要なのは事実。しかし、助けてやるから支配下に入れというのは、受け入れがたい」
…言いたいことをそのまま言うタイプの人らしい。
フェミニストの俺にとって、この相手は強敵のようだ。
もっとも、俺のことをフェミニストだなんて周りの女たちは思っていないようだが。
「貴殿が強大な戦力を保持していることは承知している。 見たこともない怪物を召喚して使役するフユトミ殿の能力も知っている。 帝国の竜もあなたの側にいる。 ヘルドに大打撃を与え、その結果コリントスもエフェソスの街もあなたが支配している」
「我らの戦力は脆弱。ヘルドとの戦いで助けがいるのは明白。しかし、私には領地の民に対する責任がある。あなたが支配者として我が民にふさわしいのか、私にはわからぬ」
俺は提示している条件を繰り返した。
「俺の支配下に入ると言っても領主としての地位は保証している。 そのまま領地を治めていてくれていい」
こういうタイプの相手は苦手だ。
「そういう事ではないのだ。 あなたは王国全体の支配を目指していると聞いた。貴殿は王国をどうしたいのだ? 私はそれが伺いたい」
俺のしたい事はユマの願いを叶え、王国の住人たちがヘルドの恐怖に怯えること無く、平和に暮らせるようにすること。
手段は問わない。
俺は苦笑いをした。いかにも嘘くさく聞こえそうだ。
「王国の住人が平和に暮らす為に、俺が支配すると言ったら信じるか?」
「私は真面目に言っているのに、そんな絵空事を…」
ユマが何かを言おうとして前に出る、が俺は彼女を止めた。
「事実を言ったまでだ。 後は好きなように調べて決めてくれ。 だがヘルドには負けるなよ。 後が面倒だ」
俺は最後に言った。
「ヘルドは待ってくれない。 判断が遅れれば、あんたを頼っている街の住人が大勢死ぬぞ」
◆
ユマと一緒に領主を送り帰す。
俺は休憩で一段落している皆と合流して、一息つくことにした。
「ツカサ、お疲れ様でした」ユマが労ってくれる。
「ツカサも最近大変よね。主に女性関係的に。敵とか領主とか?」
アネットが突っかかって来るが、別に敵も領主も女なのは俺のせいじゃないだろう。
「あの魔族の女の事なんか持ち出さないでよ。思い出したくもない。ムカつく」
シルフィードが文句を言う。そして長椅子でくつろいでいる俺の横に、ピッタリと密着して座ってきた。
…いや、席、他に空いてるからな?
『嫌がってないクセに。光栄に思いなさいよね。いっそのこと抱いてみる?』
シルフィードは俺の考えの表層を読み、皆に聞こえないよう脳内に囁く。 やり難い。
この前の敵、エレシュキガルに言われたことが、よっぽど悔しかったようだ。
リンダが浮かない顔で部屋に入ってくる。
「ツカサ。ヘイム男爵の事について情報が入ったわ」
奴はデステール公爵の元でユマ暗殺を図った張本人だ。
俺が公爵を締めあげた後、報復を恐れ逃亡していた。
「奴の居場所が分かったのか?」
「このコリントスの街に向かう街道で発見されたわ。惨殺されて。顔だけは原形を留めていたので身元が分かったみたい」
いずれにしろ、始末するつもりだったから手間が省けたのか?
いや、おかしい。なんで俺から逃げているのに、この本部のそばで発見されるんだ?
「ツカサに会いに来たんではないでしょうか? 謝りに」ユマが言う。
謝りに、というところは間違っていると思うが、会いに来たという指摘は正しい気がする。
「追加の情報を探っておいてくれ。何か裏が有る」
「了解したわ。ギルドのツテを辿って、もう少し調べてみる」リンダは言った。




