人質
◆
昼飯を食べ、次の来客を待つ。
食事は、森で出会ったリナが用意してくれた。
“料理”と呼べるものを造れるのは俺とユマしかいなかったので大助かりだ。
今度の客はエフェソスの街の領主で、アルタイル・ド・イールという貴族だ。
俺とユマだけで会うつもりだ。
シルフィードが居ると客を怖がらせてしまう事に、今更ながら気がついたからだ。
男が俺達のいる建物に入ってくる。
ユマが出迎えた。
「ツカサ フユトミはここに居るのか?」
偉そうな物言いの男だ。俺は少しムッとする。
黒いマントを羽織り、仕立ての良い銀色の模様が入った黒の上下の服。
端正な顔だが、どこか酷薄そうな表情を持つ男だ。
貴族なら従者を連れて来るのが普通だろうに、一人だ。
「俺が、冬富 司だが」
「お前がそうか。 大したことは無い男だな。拍子抜けだ」
男は蔑むようにこちらを眺める。
そして「俺が分からないのか?」と聞く。
突然、後のドアが開きシルフィードとアネットが部屋に踊り込んできた。
「ツカサ、ユマ。そいつから離れて。 敵よ。その男!」アネットは雷撃を男に向かって放つ。
魔法の雷は、男の身体に何事も無く吸い込まれる。
シルフィードは防御シールドを展開。
俺たちと男の間に、青い光の壁が生み出される。
「私に雷撃とはふざけてるのかね? 雷属性なんだが。」男はアネットの雷撃があたった服の部分を軽く払った。
「私は、ヘルドの戦略級ドラゴン、黒竜“エルス”だ」
◆
シルフィードは右の手の平を男に向けたまま、魔法のシールドを維持しつつ言う。
「ここまで押しかけて何のつもり? しつこい男は嫌いなんですけど」
「シルフィード、可愛いシルフィードよ。
なぜ、我が強制の魔法に抵抗した。私のものになっていれば苦しまずに済んだものを。
なぜ、我を拒む?
なぜ、我を愛さない?
お前は我に抱かれるべき女だ」
「あんたの女になる位なら死んだほうがマシだわ。
強制の魔法なんか私に効かない。
無理やり私の心に愛情を植え付け、自分のものにしようとしたって無駄よ。
ギアスに抵抗して死にそうだった私を、ツカサが助けてくれたわ」
何の話だ。
前の戦いで、シルフィードが黒竜に噛み付かれた事を言っているのか?
シルフィードは“呪い”と言っていたが、“強制の魔法” だったという事なのか?
「ツカサ フユトミ。お前がシルフィードを汚したのか?
シルフィードの身体は、さぞ良かっただろうな?」
黒竜“エルス”と名乗った男は、シルフィードの方を見ると言った。
「汚れたな、シルフィード。人間の男を愛するなど竜の誇りを忘れたか」
「ば、ば、馬鹿な事言わないでよ。汚れたとかそういうのじゃないし」
き、キスしただけよ、と真っ赤になるシルフィード。
黒竜は面白く無さそうにシルフィードを見てから、俺に向き直る。
「ツカサ フユトミ。 今日はお前に会いに来た。 前の戦いでは借りが出来たからな」
俺は笑ってやった。
「そうだな。俺達にボコられて死にそうだったからな。
しっぽはもう大丈夫か?千切れてないか?」
「利いたふうな口をきけるのは、今のうちだけだ」
シルフィードが俺の方を見る。
「ツカサ。殺るわよ。2対1なら楽勝」
黒竜は大げさに両手を上げ降参のポーズをとる。
「そうだな。ここで戦えば私は負けるかもしれない。しかし、そうなれば死ぬのは私だけではないぞ」
上げた両手をシルフィードに向け振りおろす。
黒竜の振り下ろした手から漆黒の闇が生まれ俺達に覆いかぶさる。
シルフィードは闇を弾こうと魔法のシールドを強化した。青い光がいっそう輝きだす。
しかし長くは保たなかった。
青い光が砕け散る。
黒竜は崩壊したシールドを通りぬけ、ユマを強引に引き寄せた。
「あっ」ユマが喘いだ。
しまった。油断した。
「フユトミ。 お前は私のシルフィードを奪ったのだから、代わりにこの女をもらう。
人間にしては中々いい身体をしている。楽しめそうだ」
黒竜はユマを乱暴に抱き寄せる。激しく抵抗するユマ。
「そんなに恥ずかしいか? 人目のないところへ行きたいか?」
黒竜は窓に近づこうとする。飛び去る気か。
「15番機! 来い」俺はアパッチ攻撃ヘリを召喚した。
窓の外からヘリの爆音が聞こえ始める。
「“攻撃すれば死ぬのは私だけではない”と言った筈だ」
黒竜は抱き寄せたユマの首筋を絞めるように片手をかけ、こちらに見せる。
「フユトミ。 俺は寛大だ。チャンスをやる。
女を取り戻したいのならエフェソスの街に来い。
シルフィード、お前もだ。歓迎の準備をしておく」
黒竜はニヤリと笑いながら言う。
「来なければ女は好きにさせてもらうぞ。感想ぐらいは教えてやる」
ユマを軽々と抱えると、外に歩み去ろうとする。
「ツカサ!」
「ユマ。待っていろ。すぐに助けてやる」
「別れの挨拶は済んだか? 取り戻したいのなら早く来ることだ。
まあ、お前が来るまで俺は待てないかもしれないぞ。
例え人間でも、美しい女は好物だ。いろんな意味でな」
黒竜は人間の姿を止め、ドラゴンの姿に変わると空へと舞い上がった。
◆
本来来るはずの客であった、エフェソスの街の領主がやって来た。
ユマの事で頭が一杯だった俺は、直ぐにでもエフェソスの街に行って彼女を取り戻したかった。
しかし、ユマが囚われている街の情報は事前に必要だ。
領主の話すところによると、エフェソスの街はつい数日前にヘルド軍に占領されたそうだ。
「我が自衛軍はテルトの街まで撤退し反攻の機会を伺っておる。
しかしヘルド軍は強力だ。
フユトミ殿の噂を聞いて、恥ずかしながら助けて頂けないかと考えた次第」
「貴殿はヘルド軍相手に大きな戦果をあげ、帝国とも同盟を結び、皇帝とも懇意にしていると聞く。
街を取り戻すのを手伝っていただけないか? 成功すれば報酬は如何ほどでも払う」
俺は言うべきことを簡潔に伝えた。
「報酬はいらない。兵を貸してもらえるか?
そうすれば街を取り戻してやる。
その後は俺の支配下に入れ。俺は王国を統一するつもりだ」
領主は驚くが、今は領地を失った身だ。
街を取り戻し領主としての身分を保証する事を条件に、俺の提案を受け入れる。
領主の私兵である自衛軍の数は3,000程。
エフェソスの街を占領するヘルド軍は、反乱者たちを合わせて10,000程度らしい。
私兵に加え、帝国の兵たちを投入すればエフェソスの街自体の奪回は比較的容易だろう。
しかし、帝国の兵を動かす時間は無い。
ユマをすぐにでも救いに行かなければならない。
ユマを取り戻すのに使える兵力は、領主の私兵3,000だけだと言うことだ。
◆
直ぐにでも出兵したい気持ちを抑え、仲間たちと作戦を練る。
シルフィードの意見は、黒竜と同じ竜族の考えとして貴重だった。
「黒竜はいやらしい奴だけど、ツカサと納得がいく勝負をしたいと思っているわ。
そして自分の汚名を注ぎたい。
だからしばらくは、ユマの命は奪わないと思う」
シルフィードは溜息をついて付け加えた。
「竜族は戦いが好きで、自分の能力に誇りを持っているわ。
戦うことが快楽であり生きがいなの。
私を見てればわかるでしょ? あいつの同類と思われるのはシャクだけど」
でも、とリンダが割り込む。
「ツカサ。今回の相手、黒竜だけとは思えない。
あなた達の世界の兵器である“へりこぷたー”を召喚したのって、黒竜じゃないでしょ?
裏で誰かと協力している」
「そうだな。俺はヘイム男爵だと思うんだが。何か盗賊ギルドで情報をつかめたか?」
「ごめん。まだ何も」リンダが言う。
ユマ暗殺の一味であるヘイム男爵が絡んでいるとすれば、彼女の危険度は上がる。
奴がユマを恨んでいる可能性は高い。
俺は作戦を決め、ヘルドの支配するエフェソスの街に乗り込む覚悟を決めた。




