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帝国

シルフィードにエスコートされながら帝国との国境上空に近づく。

ヘリの持つロングボウ・レーダーに反応がある。

この反応は竜だろう。シルフィードとは別の竜が帝国側から飛んでくる。


「シルフィード。 新手の竜が接近してくるようだが?」と心の中で問いかける。

『大丈夫。 警戒態勢中の身内だから』シルフィードが答えた。


超高速で接近してくる竜。

燃えるような炎の色だ。


『姉さん。困るよ。国籍不明のワイバーン…かな?を連れてきて。

事前に申請しておいてもらわないと』


新たに出現した竜は、警戒任務中の僕が怒られるんだから、とシルフィードに文句を言っている。


シルフィードは抗議を無視して、見知らぬ竜を俺に紹介する。

『この子はイフリート。私の弟なの』


『イフリート。この使い魔に乗っているのは召喚士のツカサ』

そしていたずらっぽく付け加える。

『私を負かした初めての人間』


『嘘だろ。姉さん。

姉さんが人間なんかに負けるわけない。だまされないからね』

雲行きが怪しい。


しかし黙っているのも失礼に思えたので、俺は自己紹介した。

『こちらの女性はユマ・イベール。俺は護衛の冬富ふゆとみつかさだ。この機体は相棒のアパッチ・ロングボウ戦闘ヘリと言う。

俺達は皇帝陛下にお願いがあって王国から飛んで来た』


俺の言葉が終わると、シルフィードが弟に頼む。

『イフリート。陛下とこの人達の面会の時、一緒に出て』


『戦略級ドラゴンの立会は一人で十分な筈だけど。姉さん出るんでしょ?』


『この人に騒ぎを起こす気なんて毛頭無いのは保証するけど、

規則だから、イフリートあなたも一緒に来て。

陛下に最強の盾を提供するのは我らドラゴン族の義務でしょ』


『私の物理無効(アンチ・マテリアル)フィールドは、この人につらぬかれた。

純粋な物理攻撃だったけど私には防げなかった』

シルフィードは少し寂しげに言う。

『私一人ではこの人の攻撃を防げない』


『姉さん…』そして、イフリートは黙り込む。


そして決心したように、弟の竜は俺の方を見てこう言った。

『僕はノルトステア帝国、第二飛行隊所属の戦略級ドラゴン“イフリート”。

覚えておいて、フユトミ ツカサ。

僕はいつか必ず、あなたを負かす。姉さんの汚名は僕が晴らす』


帝国の領空に入り、さらに400km位飛んだ。

帝国軍の飛行場に着陸する。

シルフィードの説明によると、ここから魔術的なゲートで帝国の首都、“プロキオン”に転移出来るそうだ。


指示に従ってアパッチを着陸させて迎えを待つ。


人間形態に変身したシルフィードと一緒に若い男がやって来る。

彼女と同じく10代の後半だろうか。少なくとも外見はそう見える。

気の強そうな美少年だ。シルフィードにどこか似ている。


「僕はさっきのドラゴン、イフリートだ」若い男は改めて自己紹介した。


ここを使用している戦略級ドラゴンは、シルフィードとイフリートを含む計三人だそうだ。他に多数のワイバーン達が所属している。

そう言えば、多数のワイバーン達が離着陸している。

彼等の主な任務は、帝国本土防衛だ。


上空には薄青い光が層を成している。なんらかの結界で防御しているのか。

地上には数キロ四方に渡って魔法陣らしき魔術的な模様が規則的に並べられている。

飛行場を取り囲んで、やや離れた場所に多数の本部や宿舎らしき建物が見える。

ここは大規模な飛行場だ。やはり帝国は軍事大国なのを肌で実感する。


シルフィードが先に立ち俺達を先導した。

しばらく歩くと建物が集まっているエリアに出る。


エリアの中心に公園のような広場があり、その中に白い球状の光を大理石製の壁で取り囲んだ施設に出る。


「これはゲートよ。帝国首都のプロキオンに通じてるわ」

俺達はゲートを使ってプロキオンに転移した。


帝国の首都は、皇帝の居城や元老院げんろういんの議会がある行政区、大聖堂がある教会区、商業地区、それに市民達が住む住宅区に分かれているそうだ。

どう控えめに見ても数十万人以上の人口を持つ大都市だ。


俺達は行政区にあるゲートの1つから実体化した。


またもや、シルフィードに先導されて周囲でもひときわ重厚で巨大な建物に案内される。

警護の兵士達がものものしい。皇帝の居城だ。

華美な感じではなく、威厳のある造りではあるが同時に実用性も兼ね備えているように見える。


シルフィードやイフリート達のお蔭で、兵士達に止められることも無く建物の中に入る。

待合室のようなところで待たされ、竜達は別室に消えた。

もう夜もかなり更けている。大丈夫なのだろうか?


慌てて王国から飛んできたが、いきなりこんな大国の皇帝にあわせろって無理すぎたか。改めて現実を見せつけられる。

仮に会わせてもらえたにしても、何日も待たされてもおかしくない。


ユマも不安気だ。こんな異国の大都市にいきなり連れて来られたんだから当然だ。

間もなく竜達は、俺達のいる待合室に戻ってきた。


「皇帝の時間を10分もらったわ。非公式会見だけど良いよね?」

シルフィードが言った。


「今からいくわよ。さあ早く」


他の部屋と比べて豪華な内装の部屋に通される。

皇帝の個人的な客を迎える部屋なのだろう。


シルフィードとイフリートが部屋の入り口に立ち皇帝の到着を待った。


「待たせたな。元老院げんろういんうるさくてな。今までつかまっていた」

戦略級兵器である二人の竜達は、男の両脇に立つ。


「俺がベテルギウス3世マイデルス・フロイントだ」

この男がノルトステア帝国の皇帝か。


彫りが深く精悍せいかんな顔立ちは、皇帝と言うより歴戦の戦士の顔だ。

ユマが皇帝に向かって深々と礼をする。

俺はあわててユマの真似をした。


ユマが話を始める。

「私は、サラマテル王国の王位第一継承者のユマ・イベールと申します。

こちらは、私の恋人のツカサ・フユトミです」


恋人じゃないだろ! と言いたかったが取り敢えずこの場は黙っている事にした。


「話は聞いている。この男がフヨトミか。ヘルドのドラゴンを落としたそうじゃないか」

皇帝は言う。俺の悪名は皇帝まで知っているらしい。

誇っていいのだろうか?


「シルフィードにも気に入られたようだな。まあ、ドラゴンの女より強い男ってのは中々いないからな」

ニヤッと笑う。


皇帝は話を続けた。

「来た理由は検討がつく。

ヘルドの王国への侵攻に対して、帝国は軍事介入して欲しい。違うか?」


ユマはうなずく。

おっしゃるとおりです。お恥ずかしい話ですが王国は分裂状態にあります。一部の勢力がヘルドのモンスターと共闘して王国の支配に乗り出しております。

このままでは、王国がヘルドに飲み込まれるのは時間の問題」


「私にお力をお貸しいただけないでしょうか? ヘルドを退しりぞけることは帝国の国益にも一致する筈」


「駄目だな。帝国は協力出来ない」

皇帝は簡潔に答えた。


「王国には既に見切りをつけている。悪いが王国の為政者いせいしゃ達は当てに出来ない。

王国は、現在の国境を絶対防衛ラインとして設定した。

モンスター達はそこから一歩も入れん。我らにはその実力もある」


皇帝は最後通牒さいごつうちょうのように言った。

「王国がヘルドと結託しようが、滅びようが、我らには関係の無いこと」


「何故?何故ですか? 王国の民が大勢モンスター達に殺され蹂躙じゅうりんされます。

なんで関係無いなどと言えるのですか?」

ユマは皇帝の身体に触れ頼み込もうとする。


シルフィードとイフリートが皇帝の前に出る。

俺は興奮したユマを慌てて止めた。


皇帝は、やれやれと言うように説明を加える。

「我らが何もしなかった、と思われるのは心外だ。

多くの軍事援助を王国には行った。資金もな。新しい軍事技術や魔術も供与した」


「しかしお前の国の為政者達は、我らの援助を私腹を肥やす為にしか使わなかった。

必要な軍備も整えず、挙句あげくの果てには国富を取り合っての内部分裂だ。

俺から言わせれば、今の状況を招いたのはそちらの自業自得じごうじとくだ。

我が帝国を非難するとは見当違いもはなはだしい」


ユマは打ちのめされたようにシュンとなる。

王国の為政者達のひどさを、ユマは良く知っている。


俺は分け入った。

「皇帝。

帝国が王国を助けてくれるのなら、俺は帝国の為に一生働く。

俺は戦略級ドラゴンの一人分、いや二人分働いてみせる。

それを対価に王国を助けてくれないか?」


帝国には戦略級ドラゴンが5人いると聞く。

そのクラスの兵器が増強出来るのは悪い話では無いはずだ。

俺が売れるのはいずれにしろ武力しかない。


皇帝は笑みを浮かべて俺を見る。

「それは魅力的な提案だ。帝国の為に働いてくれるのならお前の言い値でやとうぞ」


しかし、と皇帝は続けた。

「帝国は介入出来ない。そういう問題では無いのだ」

「フユトミ、お前なら分かるだろう。

現在の状況で兵士を投入すれば多くの死傷者が出る。

フユトミの力は俺も欲しいが、損害に釣り合わないし元老院げんろういんも許さないだろう」


俺は考えた。

皇帝の話を聞いて気づいたことがある。


「皇帝。では俺に提案がある。聞いてくれないか」


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