表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/47

転移/戦闘

助けを呼ぶ女の叫び声に、再び意識が戻る。

突然、腹のあたりに焼けるような痛みを感じる。目がくらみ、全身から嫌な汗が湧く。


腹を押さえながら、俺はのた打ち回る。息ができない。

手はグシャグシャに潰れている腹部の感触を伝えてくる。


倒れている間にも、女の叫び声が続く。下卑た獣のような男の声も聞こえる。

悠長に構えている時間は無い。


俺は、息も絶え絶えに心の中で神に言う。

「約束が違うぞ。このままでは、助けるどころか俺はもう一度死ぬ。何とかしろ」


突然、俺の周囲が白い光に包まれる。血が止まり、痛みが急に引いていく。

腹がくすぐったい。血みどろのシャツをめくって見ると、気持ちが悪いものが見える。

ぱっくり空いた腹の裂け目が元通りになり始めている。

時間を早送りしたように、周りの肉が急に盛り上がり、裂け目を閉じているのだ。


まあ動ければ文句は無い。


痛みが無くなると、周りの風景が目に入り始める。

小汚い板張りの小さな部屋の中にいる。

家具類は散乱していて略奪にでも会ったのだろうか。


「いや。離れて。いやあ」


女の声が、木製の貧相なドアの向こうから聞こえる。

さっきより女の声が小さくなって、興奮した男の声が聞こえる。人間の声なのか?

くぐもっていて獣のようだ。


やばい。


俺はドアの側に駆け寄ると中の様子を確認する為に聞き耳を立てる。

何も聞こえない。


嫌な予感を感じつつ俺はドアを蹴りこみ、そのまま中へ飛び込む。

見えたのは、3m近い巨漢が女に置いかぶさって押し倒している後姿。

そのまま駆け寄り、男の横腹を思い切り蹴りあげる。

鈍い衝撃を自分の足に感じる。効いてない。

非力過ぎるぞ、俺の今の身体。


もう一度、全身の力を込めて蹴りあげる。

巨漢は流石に動きを止め、面倒臭そうに俺の方を振り返る。


予想はしていたが、男は人間では無い。豚顔の化け物だ。

化け物は身体に敷いていた女から離れ、立ち上がる。


俺は、女の状況を確認する。上着ははだけているが、下半身の着衣に乱れは無い。

最悪の状況は回避出来たようだ。今のところは、だが。


俺はヘリパイロットだが、陸上自衛隊員としての訓練は当然受けている。

特殊作戦群所属の隊員ほどではないにしろ、自衛隊の一員として荒事の対処に自信はある。

人間が相手ならば…だ。


お楽しみを邪魔され、濁った血走った目で俺を憎々しげに睨む、豚顔の化け物相手に通用するのか?


化け物が突然動き、予想を超える俊敏な動きで俺との距離を詰め、丸太の腕のようなパンチを俺の胸に繰り出す。避けるのが間に合わず、俺は両腕でガードする。


ガードごと身体を吹き飛ばされ、俺は部屋の壁に激突する。

衝撃に、治りきっていない身体が悲鳴を上げ、意識を持って行かれそうだ。

痛みに精神を集中し、気を失う事に抵抗する。ここで失神すれば俺も女もお終いだ。

遠くなる意識にすがりつき、必死で考える。


武器だ。武器が要る。


突然、俺の視界に何かが割り込まれて表示される。怪しげな女の神から貰った武器リストの表だ。

表の中の銃器・弾薬セクションのアイテムが拡大表示され、点滅を始める。


――――……――――……――――……――――……――――……――――……

(銃器・弾薬)

H&K USP

デザートイーグル Mark XIX .50AE

89式5.56mm小銃

5.56mm機関銃 MINIMI

個人携帯地対空誘導弾(改)(SAM-2B)

110mm個人携帯対戦車弾

――――……――――……――――……――――……――――……――――……


どれかを選べって事か。


戸惑っている隙をつかれて、化け物の二撃目がもう一度腹を狙って振り下ろされる。

壁添に飛んで、なんとかやり過ごす。


ごちゃごちゃ書いてあるリストなんて一々読む暇なんてあるかっ!

カタカナで書いてあって目立っていた武器の名を叫ぶ。


「デザートイーグル!」


実用性なんて全く無い、と生きていた時は馬鹿にしていた大ぶりの拳銃の名前を叫ぶ。

視界に表示されている“デザートイーグル Mark XIX .50AE”の文字が明るく輝き、他の銃器の文字が消える。

デザートイーグルは、ハワイの射撃場で一回だけ撃った事がある。自衛隊の武器にこんなもんは無い。


右手の手のひらが輝きだし、同時にずっしりと重い金属の塊を手の中に握る。

重さは2キロはあるはずだ。


デザートイーグルは、自動拳銃として最大級の威力を持つ。

俺の呼び出したMark XIXは、50口径のマグナム弾を使い、人間相手だったら完全にオーバーキルな代物だ。


だが、こいつは人間じゃない。

俺は手探りで安全装置を外すと、そのまま両手撃ちで発砲する。


1発目を発射。ダンという乾いた音が響き、大口径のマグナム弾を撃った反動で両手が跳ね上がる。


腹に着弾。命中だ。

化け物は着弾先である自分の腹を見る。何が起こったか分からないようだ。

効かないのか?


2発目を発射。同じく腹を狙う。

化け物の血が溢れ出し、身体の外側に多量に流れ出す。

ようやく痛みを感じ始めたらしく、俺のことを憎しみを込めた濁った目で睨み、こちらへ進もうとする。


3発目発射。

腹に再度の着弾。俺は拳銃の射撃がそれほど上手くない。大きな部分しか狙えない。

ようやく化け物は床に崩れ落ちる。

腹から湧き出てきた血液が床を伝わって、血溜りを造る。

驚いた事に、まだぜいぜいと喉を鳴らして何か喋ろうとする。


知ったことか。


俺は4発目を頭に打ち込みトドメを刺す。

生臭い血の濃厚な匂いが辺りに漂う。


俺は、女の側に寄る。


上半身だけ起き上がり、腰から下を床にぺたっと着けて座り呆然としている。

俺と化け物の戦闘を見ていたようだ。

茶色で中程の長さの髪が、抵抗の後なのかボサボサだ。

泣きはらしたのか目が腫れて痛々しい。


女の上着が、化け物に切り裂かれ乱れている。

俺は自分の上着を脱ぎ、女にかけてやる。俺の上着も血でドロドロだがどうしようもない。


安心させようと顔を近づけ声をかけようとすると、いきなり抱きつかれる。

そうだった。俺の身体は彼女の恋人の姿なのだ。


「ディアン。ディアン」


恋人の名前を呼び続け、震えている。


いや。俺はあんたの恋人じゃあない、と言いかけて。

あんたの恋人は死んだって、今告げるのか?


女の名前を呼んで安心させたいが、彼女の名前を知らない。


「家族は?」と問うと、彼女は激しく顔を横に振る。俺の胸に顔をうずめながら。

死んだのか。

そういえば、ここに来る時に機械の神が、彼女以外は全員死んだと言ってた事を思い出す。


落ち着くまで待ってやりたいが、ここを出るのが先だ。


射撃音を不審に思ったのだろう、俺が入ったドアの対面にあるドアが開き、仲間の豚顔が覗きこむ。


ドア越しにデザートイーグルのマグナム弾を叩き込む。弾丸の残りは2発の筈だ。

俺は女を無理やり立たせると、入ってきたドアの方向に連れて行こうと試みる。

女は従おうとするが、うまく歩けない。襲われたショックから立ち直っていない。


歩かせるのは諦めて、残りの2発の弾丸をドア越しに全弾叩き込む。銃は捨てる。

捨てた途端、デザートイーグルは光の粒子に分解し消え去った。

女の全身を両腕に抱え、もう一方のドアに向かう。


重い。


女は小柄の方だから、責任は俺の身体の体力の無さにある。

ディアン何某なにがしよ。女を救いたいなら、もう少し身体を鍛えておけ。

心の中で悪態あくたいをつくと、抱えながら最初に居た部屋に戻り、外につながるドアへ急ぐ。


ドアを開けて、女を抱えながら半身を外に出す、と化け物達が3匹、反対側のドアから部屋になだれ込む。


さっきから、武器のリストは視界に表示されない。一度デザートイーグルを召喚してるので、ある程度時間を空けないといけないのだろう。銃器は間に合わない。


俺は思い切って外に踊り出る。女を抱えながら全力で逃げる。

10メートル程離れただろうか、いきなり足が絡まり前のめりに転倒する。


慌てて後を見ると、5匹位に化け物の数が増えている。

ローブらしきものを着た小さめの二匹が杖を振りかざして、何か唱えている。


あいつらが何かしたんだ。

立ち上がろうとするが足が痺れて言うことを聞かない。


敵との距離は10mを切っている。


選択肢は他に無い。

俺は女の肉壁になる為に覆いかぶさりながら叫ぶ。


「15番機。頼む!」


俺の生前の愛機AH-64D(アパッチ・ロングボウ)戦闘ヘリコプター15番機は、召喚可能な他の兵器類と異なり、自分の好きに出現するようだ。

俺のことが心配なのかしばらく前から待機していた。


相棒の近接用兵器であるM230E1 30mmチェーンガンが咆哮ほうこうする。


毎分625発の連射速度で、M789多目的榴弾(HEDP)が、音速の2倍以上の速度で化け物達に叩き込まれる。

その威力は装甲車両の25mmの防御鋼板を貫通し炸裂する。

着弾位置を中心にして被害を与える危害半径は4m。


俺は女に、飛び散る破片が当たらないよう盾になる。


射撃は2秒程続く。

相棒は上手く射撃してくれたようだ。俺達への被害は無い。


敵の方を見て戦果を確認する。化け物の姿形は残っていない。

元々、装甲車両の破壊用武器だ。

M230チェーンガンから見れば、あの化け物達など臓物を入れたビニール袋のようなものなのだ。

ビニール袋ははじけて、中身を撒き散らしている。原形はとどめていない。


長居は無用だ。ここから離れよう。


化け物達は軽装だが防具らしきものを身につけていたし、剣のようなものも転がっている。

軍隊の一員の可能性が高い。近辺に布陣してる筈だ。

女の家は、進軍中の化け物達の軍隊から物資の略奪を受けたのだろう。


戦場のど真ん中で、女連れでうろうろするのは愚かだ。早く安全地帯まで行かなければ。


俺は15番機にそばに降りてくるよう告げた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ