シルフィード
◆
襲撃を終えた俺達は、ヘリで森の待ち合わせ場所に戻った。アネット、リンダと合流する。
彼女らは心配していたようだ。
ユマ殺害の企てや俺達への報復は阻止したと思うと伝え、城での概略を教える。
アネットが溜息をつく。
「随分派手にやったわね」
リンダは残念そうに言った。
「やっぱり、私も着いて行きたかった。見ものだったのに」
俺達がやった事は、デステール公の共犯であるベルテート公にも確実に伝わるだろう。
権力者達は損得に敏感だ。
容易に殺せると思ってユマの殺害を図っていた訳だが、報復で自分達も殺される可能性が無視できない以上、戦略を変えるだろう。
直接的な行動は控え、交渉で解決しようとする筈だ。
油断は禁物だが。
気になるのは彼らの下で、ユマ殺害の実質的な計画を取り仕切っていたヘイム男爵だ。
召喚妨害の能力を持つ気味悪い犬の化け物を、俺に差し向けて来た手腕は侮りがたい。
デステール公爵には男爵を俺のところに寄越すよう脅かしておいたが、一筋縄ではいくまい。
「街に戻ってみるか。兵士や官憲は動かないと思う」
俺の報復が怖くて、兵士達は動かせまい。
「賛成!」
流石にもう森の中は飽きた。
特にアネットは襲撃を受けてからずっと森の中だからな。
周囲の様子を伺いながらエフェソスの街に戻る。
宿で襲撃を受けた俺達だが、顔を知っている人間はもう残っていない筈だ。
知っている人間は大部分がもう死んでいる。
案の定、咎められることはなく、門番に税を払い再度街に入る事ができた。
長居はしないほうがいいだろうけどな。
「とりあえず食事にしないか。屋台で飯にしよう」
俺は調理の状況が見れる屋台で食事をする事にした。
毒を入れられる事を心配し、見えない所で調理される建物内の食堂は避けたのだ。
警戒のし過ぎだろう、とは思いながら。
街の門前の広場には屋台がいくつか並んでいる。
果物や干し肉、チーズ、黒っぽいパンなど冷たい料理しか選べないが、スープは温かいものが出されていた。
屋台の周辺に置かれた硬い椅子に座りながら、皆で遅い昼食をとっていると、広場で騒ぎがある。
「ツカサ フユトミ殿。フユトミ殿はいらっしゃらないか?」
男が大声を張り上げながら、俺を探しながら歩いている。
街中を俺の名前を呼びながら探しまわっていたようだ。
俺は緊張した。官憲か?もうデステール公が報復の為に動いたのか?
男は俺を見るとハッとして、懐から紙らしきもの出し俺の顔と見比べている。
席から立ち上がる。リンダも立ち上がり前に出ようとする。
俺はH&K USP拳銃を取り出し、右手に掴む。
男は武器を携帯していないし魔術師にも見えない。
こちらに向かってくる。
俺は言った。「誰だ?そこで止まるんだ」
男は素直に歩みを止めると尋ねた。
「ツカサ フユトミ殿ですね? 私はセヨーム6世・ド・デステール公爵より送られた伝令です。公よりの書簡をお渡ししたく」
リンダが伝令から書簡を受け取りユマに手渡す。
俺は頷いてユマに内容を確認してもらった。
「……ヘイム男爵が逃亡しました。私達との話し合いを終えてから、公爵は直ぐに男爵を拘束しようとしたそうです」
あのキザ男の美形め。逃亡したか。
俺は館に呼びつけられた時の、奴の鼻持ちならない態度を思い出す。
公爵には、男爵を後で呼び出すと言っておいた。
従わなければ公爵に責任を取らせるとも言った。
それで公爵は俺との面倒を避ける為に、奴を拘束しようとした訳だ。
つまり味方から見捨てられ、俺に売られた訳か。
ユマは書簡を読み続け、残りの部分を教えてくれる。
「後の部分は長いのですが、要は男爵を逃したことに対する謝罪の文です。
公爵側に責任は無いと何度も繰り返されています」
そして、ユマはあっと声を上げる。
「遺憾の意を込めてこれを送ると書いてあります。
為替の証書が入っています。ノルトステア帝国発行の金貨で1,000枚分です」
俺に難癖をつけられて、また城でも壊されるとかなわんと思ったんだろう。
「凄い大金ね!」アネットが息を飲む。
俺は伝令の男に確かに書簡は受け取ったと告げ、去らせた。
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ヘイム男爵を逃したのは痛かった。
実のところ、奴に関しては始末するつもりだった。
脅威は早めに排除する必要があったのだ。
しかし公爵への襲撃を優先したせいで、時間を与えてしまい逃げるかもしれないと予測はしていた。
男爵のヘマを期待していたのだが。
このまま消えてくれるなら有りがたいが、俺には敵が増えている。
またどこかの他の敵と協力して俺を討ちに来る予感がする。
デステール公から貰った金に関しては、使わせてもらう事にした。
気分的には叩き返したいのは山々だが、女達を守るためにも金は必要だ。
リンダ経由で盗賊ギルドに、ユマ殺害の首謀者に関する情報を取ってもらったが彼等は優秀だった。しかし、ギルドを使うには金がかかる。
今回はリンダを通して只でやってもらったわけだが、いつまでも無料と言う訳にはいかない。リンダの顔も潰す。
恐らく女達の護衛を補完するのにも使えるだろう。
半分の金を盗賊ギルド用として確保して置くことにする。
残りの金は予備費だが、女達も多少の贅沢は出来るだろう。
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当面の危機はとりあえず去った筈だ。
あらためて街に宿をとり、仲間たちにもほっとした雰囲気が漂っている。
「ツカサ。たまには二人で外に出かけない。街を出た先に綺麗な場所があるらしいの。小さなバラみたいな花をいっぱいつけた木が群生してるとこがあって見ものだそうよ。だけど獣が多く出るらしくて人が少ないみたい。
二人で楽しもうよ。獣なんて幾ら出てきてもあんたの敵じゃないし。」
俺は狼をバリバリと撃ち殺す相棒の姿を想像したが、やはり動物虐待は駄目だと思う。
リンダは積極的だ。
俺にしろ男なんだから欲望は当然あるが、この身体はディアンからの借り物だ。
人の恋人の身体を借りて、他の女を抱くってのは色々人間として駄目なんじゃないだろうか。
「あんたみたいな臆病者の軟弱者、馬に蹴られて死んじまえ!」
憤然として出て行くリンダを追おうとすると、アネットが入れ替わりに部屋に来た。
「ツカサ。良かったらちょっと買物つきあってくれない。この街アクセサリー類が豊富で買っておきたいの。選ぶ時、男から見た印象も聞きたいし」
それに、と少しうつむき加減に付け加える。
「買物終わったら二人で食事にしない?いい雰囲気の店があるの」
アネットの誘いはまだ付き合いやすいが、リンダを怒らしたすぐ後でアネットと出かけるって言うのは間が悪すぎる。
どうも俺は、女を相手にうまく立ちまわっていくスキルが根本的に不足しているらしい。
◆
結局、ユマを含め4人でリンダが推奨している花見の場所に行くことにした。
ユマも花を見るのが好きらしく、はしゃいでいる。
若干おかんむり気味に見える、リンダの機嫌を取りながら平野の小道を進む。
俺は追跡者に気がついた。
「リンダ、アネット気がついているか?」
俺が問うとリンダは不機嫌であった筈の顔を引っ込め、盗賊の顔に戻って言った。
「ええ。でも、もう隠れる気は無いみたいよ」
すぐ背後から声が聞こえる。
「あなたが、ツカサ フユトミ? ドラゴン殺しの?
蛮国ヘルドの“赤のエキドナ”を殺した?」
俺は慌てて振り向く。そんな側にはいなかった筈だ。
相手は10代の後半だろうか。ツインテールで活発そうな美少女だ。
女は俺の顔をじっと眺め言った。
「ふーん。中々に二枚目ね」
「あんたは何者だ? 刺客か?」
「あーごめん。名乗ってなかったわ」
女は胸をポンと叩き、その薄めの胸を張りながら自己紹介をする。
「私はノルトステア帝国、第一飛行隊所属の戦略級ドラゴン“シルフィード”。
またの名を“帝国の烈風”」
帝国は俺達が行こうとしている、王国の西方にある目的地だ。
人間の姿をした竜は、俺を指さしながら言う。
「ツカサ フユトミ。いざ尋常に私と勝負しなさい」
何故竜が、俺に喧嘩を売りに来る?