報復
◆
敵の襲撃から離れ戦闘車で森に着いた時は、夜明けまでもう数時間しかなかった。
女達には車内で寝てもらった。俺は夜明けまで見張りに着く。
朝になるとリンダは街に戻る準備を始めた。
頼んでいたユマ暗殺に関する情報収集の為だ。
盗賊ギルドの連絡員と接触して力を借りるとのこと。
街に戻るための変装でリンダの顔は純朴な村娘風になり、別人みたいだ。
魔法も使っているらしい。
しかし地の美人顔が隠しきれておらず、加えて清純な感じが加わった雰囲気は俺好みだったのは内緒だ。
送ってやりたかったが、悪目立ちしつつある俺が行っては逆効果なのは明らかなので止めておく。
「期待してて」と去りゆく際のリンダの声が頼もしい。
彼女の帰りを待つ間、ユマとアネットと喋りながら一日時間を潰す。
食事は戦闘糧食を相棒から、たっぷり降ろしておいた。
自分の故郷や、昔の思い出話をした。
その中で一番受けたのは学生時代にやらかした数々の失敗の話だった。
ただ、あんまり笑われると傷つくんだが。
森のなかでの逃避行は女達には辛いだろうが、俺の読みではそう長くは続かないはずだ。
◆
「分かったわよ」リンダが戻ってきたので迎えると、さっそく報告を受ける。
「金の流れを追ってみたの。あいつら剣士と魔術師を100人規模で雇ってたわよね」
「ユマを狙っているのは、やっぱり王位の継承権を持つ人間か?」
「そう」リンダは渡してやった水を一口飲んでから続けた。
「暗殺の首謀者は王位の第三継承権を持つデステール公爵。
これと第二継承権を持つベルテート公爵がグルね。
金の流れをたどると結局この二人に行き着くわ。
そして彼らの下で実行部隊を率いているのがヘイム男爵。
こいつがツカサを呼び出した男だと思う」
あのキザ男か、俺は思った。
下っ端のようだが後で借りは返そう。
恐らく王位の継承自体は第二継承者が行うつもりで、便宜を測った第三継承者に、後で何か対価となる飴が与えられるのだろう。特権なのか、領地なのかは知らないが。
何で、第二継承者と第三継承者は手を組んだのか?
同程度の力を持つ者の潰し合いを避けたのだろう。
何故、ユマは暗殺されなくちゃならないのか?
簡単に殺せると思っているからだ。俺も舐められたものだ。
何をすべきかは決まっている。
ユマを殺そうなどと思う相手には、思い知らせる必要がある。
痛い目にあわせなくてはいけないのは当然だ。
俺は考え、方針を決めた。
いずれにしろ脅迫は出来るだけ派手にやるのが効果的だろう。
◆
「本気なの?」アネットが驚いて大声で聞く。
「本気だ」俺は答えた。一応俺なりに熟慮の上で決めた作戦だ。
「いいじゃない。ツカサらしいわ」リンダがにやにやしながら俺に同意する。
もともと彼女は権力者が嫌いなのだ。
「ユマの演説力に期待する。頑張ってくれ。あと魔法もよろしくな」
「ええと。少し喋る内容、練習させてください。呪文の方も最近使ってない種類なので」
ユマは不安げに俺を見る。
「本当に大丈夫でしょうか? 私に出来るでしょうか?」
「ユマなら大丈夫だ。俺も一緒にいる。
こそこそ隠れるのはもう止めだ。
堂々と出て名乗りを上げた方が、狙われなくて済む」
俺は第三継承者、セヨーム6世・ド・デステール公爵の住む城にユマと一緒に出向くことにしたのだ。
勿論、話しだけで済ますつもりは無い。実力行使だ。
前回、キザ男との話し合いではまんまと騙された。
俺には力押しが似合ってるって事だろう。
話し合いとか慣れない事はするものじゃない。
「ユマ、準備が出来たら相棒と一緒に城に乗り込むぞ。
いつでもいい。覚悟が出来たら言ってくれ」
◆
ユマをヘリに乗せた俺は、一緒に空に舞い上がる。
首謀者の一人、デステール公爵の居城までは150kmほどだ。
飛べば1時間もかからない。
「ほらツカサ! 綺麗。あんな遠くまで見通せる」
機内通信で後席にいるユマの声が聞こえた。
今日は快晴で雲一つ無い。高度1,000mから見渡す地表は空気も澄み清々しい。、遠くに山脈が連なっているのが見える。
「ユマ。大丈夫そうで安心したよ。なに、すぐ終わる」
「ツカサも一緒にいてくれるし勇気出さなきゃ。私、何も怖くない」
俺は初めて会った時のユマの事を思い出す。
もうあんな思いはさせたくない。
居城に近づき数キロ手前の開けた場所で高度を下げ、装甲車両を召喚する。
「10式戦車!」
10式戦車は言わずと知れた陸上自衛隊の第4世代型MBT(主力戦車)だ。
前モデルである90式に比べ小型軽量化されているが、同等以上の防御力・攻撃力・指揮統制能力を保持する。全周走査可能なセンサー類を装備し、目標の弱点箇所を自動的に判断して照準出来るなどIT系も強化されている。
主砲は国産44口径120mm滑腔砲。
光が地表に凝縮し、戦車の形をとって実体化する。
「10式参上しましたー。司令官、お目にかかれて光栄です♪」
若い女性の声だ。
「何したら良いですか?」
「お前の姿を敵に見せつけてやりたい。
城に300mほど手前まで接近して、そこで待機してくれ。
こちらが指示するまで発砲は控えるように」
「了解ですー♪
えと、私の姿を見せつけるんですか?」
勿論戦車に顔なんかついてないんだが、俺の心の目には10式が自分の姿を見なおして変なところが無いか確認してるのが見えた。
「いや、まあその。お前の勇姿を見せてやって欲しいって事だな」
「分かりました。頑張ります♪」
俺は自分の仕事にとりかかる。
ヘリの高度を再び上げ、城に向かう。
隠れるつもりは無い。堂々と乗り付けてやる。
しばらく前から、ユマは後席で呪文の詠唱をしている。
20分程の詠唱時間が必要だと言っていた。
「絶対魔法防御!」
ユマの呪文が完成し、攻撃ヘリを中心にした魔法の無効化空間が展開する。
王家の血筋を持つ者のみ詠唱可能な禁呪、絶対魔法防御。
その結界内では、あらゆる魔法の発動が禁止される。
詠唱に時間がかかりすぎ、敵のみならず味方の魔術師も魔法が使え無くなるので、使いどころを選ぶ術だ。
効果時間も長くはない。
しかし俺にとっては最強の盾だ。
俺の力は魔法ではなく兵器の持つ物理的破壊能力。
つまり、こちらの攻撃は禁止されずに力を行使出来る。
まあ敵の持つ剣なども物理攻撃だから無効化されないが、魔法と違って対応はしやすい。
隠れるつもりは全くないので、これ見よがしにヘリを城に近づける。
ワイバーンが二匹、城から迎撃に上がって来た。
視覚連動を使いチェーンガンを照準。射撃。着弾。破壊。
ワイバーンはドラゴンほどには防御が硬くない。
衝撃で飛び散る仲間のワイバーンに驚いて、二匹目は乗り手の言うことを聞かずに暴走。
彼方に飛び去ってしまった。
城の上空50mほどで空中停止する。
ヘリ外部の拡声器を使い、俺は城主に要件を告げた。
「俺は、冬富 司と言う。
王位の第一継承権を持つユマ・イベールの護衛だ。
セヨーム6世・ド・デステール公爵に話がある」
話し“合い”とは言っていない。
城の中庭には警備の兵士だろう。数十人が集まりヘリを見上げてこちらを指差し何か叫んでいる。
「まずは、先日ユマ・イベールに対する殺害を企てた事に対し返礼する」
FCS(火器管制装置)にヘルファイア・ミサイルの選択を伝え、目標を狙う。
敵に対する心理効果を考えドンジョンを狙う。
ドンジョンは、西洋の城の内部にある円形の塔で、普段使いの建物とは別にある。
兵士や市民が立てこもり、敵に抵抗するのに使われる。
つまり城で最も防御が硬い最後の砦の部分・建物だ。
俺はヘルファイア・ミサイル二発を発射した。
ドラゴンの表皮でさえ貫通したヘルファイア・ミサイルが塔の下部構造に着弾する。
建物はあっけなく崩壊した。
着弾部分は一瞬で瓦礫となり、上部の構造も砕けて地面に落下する。
埃がもうもうと立ち込める。
多分魔法でも防御されていたとは思うが、竜の表皮とは比較にも成らない。
城内で一番強固な塔が、瞬時に崩壊するのを見て立ちすくむ兵士達。
「これから、そこにある庭に着陸する。武器をこちらに向けるな。向けたものには報復する」機外の拡声器を使って警告した。
庭にある装飾用の像に向かってチェーンガンを発砲。
威嚇のつもりだ。
大理石らしき像が砕け散る。
ヘリを中庭に着地させる。
剣士達には脅かしが効いたのか、かかってくる者はいない。
それでも後方に居る何名かの弓兵が、ヘリに弓を射る。
魔術師らしき人間も、杖をかざし何事か叫んでいる。
しかしユマの絶対魔法防御の圏内だ。
敵の魔法は発動しない。
敵の弓兵と魔術師に対しチェーンガンで応射した。跡形も残らず存在が消える。
惨状に動転した兵士達は呆然としている。
「無駄な抵抗はするな。死ぬだけだ」
相棒にチェーンガンのコントロールを委ね、俺はヘリから素早く降りた。
MINIMI機関銃を実体化する。
そしてユマが後部席から出るのを手伝ってやった。
相棒は高度を少し上げ、空中停止しつつチェーンガンを敵兵の群衆に向ける。
「城主のセヨーム6世・ド・デステール公爵をここに呼べ」
俺はリーダーらしき兵士に怒鳴った。