望まない英雄
◆
俺はヘリで少し飛び、街から5kmほど離れた森の中の空き地に降下した。
相棒を送還し存在を消す。
戦闘にかかった正味の時間は4時間弱といったところか。
まだ夕方にも早い午後だ。明るい間に十分戻れるだろう。
森の小道から西門に向かう街道に戻り、街まで急ぐ。
王国の兵士達が街の方向から来る。
慌てている様子で数名がこちらに向かってくる。
戦場に何か動きがあったのに気がついたんだろう。
俺は歩みをそのままに、兵士に礼をしながら通り抜けようとするが、その中の一人に呼び止められた。
そして俺の来た先で何があったのか、いろいろ聞かれる。
ヘリに乗って敵をやっつけました、なんて言う気は更々(さらさら)無いので基本とぼけた。
俺は旅人でたまたま通りかかっただけだ、と。
しかし、2時間近く相手をさせられただろうか。怪しい奴と言うことらしい。
そのうち戦場を見に行った兵士の仲間達が戻ってきて、俺のことはどうでも良くなったようだ。
開放してもらい、西門に急ぐ。面倒事は御免だ。
俺は俺が出来る事は全部やったんだ。
早く帝国へ出発して、女達を安全な場所まで連れて行きたい。
下手をすれば宿に着くのが夜になってしまう。
街の西門を抜け、宿まで急いで戻る。
階段を駆け昇り部屋に入ると、女達がハッとして俺を見る。
ユマが抱きついてくる。
「ツカサ!」
女の甘い体臭とスタイルの良い身体を直に感じ、俺は戦った後そのままで汗臭い自分の身体を意識する。
「良かった。 ツカサなら大丈夫とは思ってたけど。 でも」
俺は女達に伝える。
「西のヘルド軍は潰走している。街の防衛の為の時間は稼いだ」
アネットが驚いて尋ねる。
「ドラゴンは?」
「倒した。街道の先に転がっている」
「う、嘘よね? 本当にドラゴン?」
彼女は絶句している。
アレはどう見てもドラゴンだったと思うぞ。強かったし。
「本当なのね? あんたじゃなきゃそんな事、信じないけど。……でも良かった無事に帰って来てくれて」
今度はアネットが抱きついてくる。
「お、おい」
「いいじゃないの。たまには」
窓の外から歓声が聞こえてくる。
アネットから何とか離れ、外を伺う為に窓に近寄った。
人々が歓声を上げている。
俺は急ぎ階下に下りて宿の主人に様子を聞く。
「ご主人、何があった?」
宿の主人は気分が良さそうだ。いつもの仏頂面の面影はない。
「王国と街の自治軍の大勝利の発表があった。ヘルド軍が撤退したそうだ」
「西の軍が撤退した話は聞いている。 東もか?」俺は尋ねる。
「西も東も両方だ」 主人が答える。
西方の軍の損害が大きすぎて、東も引っ込めたか。
あれだけ損耗率が高ければ、攻めるどころではなくて自国の防衛自体が心配になる筈だ。
主人は声を潜めて言った。
「軍は隠しているが、噂がある。
茶色に緑が混じった小さなワイバーンに乗った人間が、ヘルド軍を蹴散らしたそうだ」
……茶色に緑が混じった色ってのは俺の15番機の機体か。
相棒よ。化け物呼ばわりからワイバーンに格上げだぞ。
そういえば、アパッチ攻撃ヘリには小さな武器吊り下げ用の羽がついている。
主人は話を続ける。
「そのワイバーンに乗った人間が、ヘルドの弩級ドラゴンを葬り去った、と。
まあこういう時だから、噂にはいろいろ尾ひれがつくって訳だ。
ドラゴンがそんなに簡単に倒せるなら誰も苦労しない。
俺は信じないな」
主人は鼻で笑った。
「ヘルドがドラゴンを送ってくるとしたら、悪名高い“赤のエキドナ”だろう。
何匹も他の竜を屠っているような、あんな化け物が本当に来たならもうこの街自体が滅んでいるさ」
隣で聞いていたアネットが、“赤のエキドナ”の名前を聞いて激しく動揺している。頼むから人前で変な事言わないでくれよ。
あの竜は、“赤のエキドナ”って名前だったのか。赤かったのは確かだな。
◆
部屋に戻るとユマが改めて言う。
「本当にお疲れ様でした。 それとどうもありがとうございます」
アネットは盛り上がって一人興奮している。
「領主に戦果を報告した? 早くしないと戦果横取りされるわ。
報奨金相当出るわよ。 自衛軍の正規兵、いやいやいや、王国の騎士に取り立ててもらえて爵位も貰えるかも。 弩級ドラゴン倒してるんだし」
俺は首をふった。
「皆で帝国に行くんだろう?
報奨金なんて貰いに行って正体明かして、帝国行くから王国の皆さん、さようならっで済むと思うか。
適当な理由をつけて、無理やりここの防衛を継続してやらされるぞ」
俺の言葉を聞くと、ユマが悄気た。
「ごめんなさい。 私がツカサに無理言ったから」
「いや。いいんだ。民間人を見捨てて逃げるのは抵抗があったのは俺も同じだ」
でも、と俺は続ける。
「少なくとも今は、これ以上の事をここでやるのは嫌だ。当面の危機は過ぎたと思う。後はここの兵士達にまかせる。
何するにしても2人を安全なところに逃してからだ」
ディアンとの約束は俺の手で果たしたい。
行動の自由は制限されたくない。
宿の主人が部屋の外側から声を掛けてくる。
「旦那さん。 お客さんだよ」
俺に客なんて、居る筈が無い。
「こんにちは。 二枚目さん」
現れた女は、アネットの事をゴロツキから救ってくれたギルド所属の盗賊だ。
女は宿屋の主人に階下に戻るように促す。何か聞かれたくない話をする気か?
俺は盗賊に言った。
「この前、アネットを救ってくれた事は感謝する。
しかし、あなたにこの宿を教えた覚えは無いな」
「調べる手段は色々あってね。 それにしても派手にやっつけたものね。
街を救った英雄さん。
弩級のドラゴン一匹と数えきれない数のヘルド兵。 何十匹?何百匹? いや、千匹は超えてるか? もっと殺したかな?」
なんで、俺が戦闘した事を知っている。
「何を言っているのか分からない。言いがかりは止めて欲しい」
「とぼけてもダメよ。 ワイバーンに乗ってヘルド軍を駆逐したでしょ」
盗賊ギルドは危険だ。
下手をすれば、領主やら王国のお偉方に俺の能力に関する情報を売られかねない。
そうなると面倒なことに成る。良くて英雄として奉られ、戦力に組み込まれるか、悪けりゃ、反対勢力に使われるくらいならいっその事…って話になるだろう。
自由が制限されるのは、まず絶対に間違いない。
俺はユマ達と一緒に帝国へ、普通の人間として行くんだ。
少なくとも今は、行動の自由を制限されたくない。
「あなたの考えている事は分かるわ。 私は危険過ぎる、そうでしょ?」
俺は何も言わずに女の顔を見つめる。
「あなたと争うつもりは無いの。 今日はお願いに来たのだから。個人的な事で。
私はリンダ・ピロゴフ。 職業はギルド所属の盗賊。これはもう知ってるわね?」
「私は、この王国とまずい事になっている。
間もなく追われる立場に成る。私も帝国に逃げたい」
「あなた達と一緒に連れて行って。ドラゴン殺しの英雄さん。
今更、女が一人増えたところで違いは無いでしょ?
王国とまずい事になっている、と言っても殺人とかじゃないの。
まあ、ちょっとした諜報活動がバレたような」
つまり彼女は、連れていかなければ俺の能力をバラすって事を言いたい訳だ。
俺は唸った。どうすりゃいい?
しばし考えて腹を決めた。
「ついて来たいのなら好きにすればいい。
但し、俺は王国と事は構えたくないからな。
あんたが王国から何かされても手助けはしないぞ」
「うーん、どうしよ」
女はいかにも考えこむ振りをする。明らかに演技だ。
「それでもいいや。 頼みを聞いてくれてありがと」
盗賊はにっこり笑う。
「あなたは、女が殺されるところを放っておく筈がないもの」
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