プロローグ
◆
俺は陸上自衛隊 富津駐屯地第8対戦車ヘリコプター隊所属の三佐、冬富司と言う。
……いや。だったと言うべきだろう。今は死亡している。
人民解放軍の東京侵攻を阻止すべく、戦闘ヘリAH-64DでNOE(匍匐飛行)で進んでいる最中に敵の地対空ミサイルで撃墜された。
最後に覚えているのは、数秒の間だけ鳴ったミサイル警報、パイロット席の戦友の叫び声、それにドーンという爆発音。
それだけだ。
――――……――――……――――……――――……――――……――――……
◆
「はいはーい。こっちは忙しいんだから早く起きて~。後が支えてるんだからね」
俺は煩さに耐え切れず、目を覚ます。
視界が薄ぼんやりとしている。
何処に寝ていたんだろうと見回すが足元さえ見えない。いや、それどころか自分の身体さえ見えていない!
何も無いところから若い女の声が聞こえる。
「こっち注目!簡単に今の状況を説明するから耳の穴をかっぽじって、よく聞いてよね。」
「まず1番目。あんたは戦死した。 OK?」
ああ。死んだ時の事は断片的だが覚えている。
…我軍の反抗作戦はどうなった?
俺達がしくじったお蔭で迷惑かけてないといいんだが。
「死んで、さよならした世界の事はもうあんたには関係ない。知ってもあんたにはどうしようもない。割り切る事ね。
さて、2番目。
希望するなら、別の身体にあんたの心を移し替えて、異世界で生き返らせる事が出来る。
どうする? 早く決めてくんない? 但し、条件のんでくれたらの話だけど」
条件? いや、その前にあなたは何者だ? ここは地獄であなたは地獄の王か何かか?
俺は裁かれているのか?
「面倒くさいなあ。
もう少し、もの分かり良くなんないかしら。あんた軍人なんでしょ?
……まあいいわ。ちょっと待ってて」
突然、ミニスカート姿で、ショートヘアの若い女の姿が目の前に現れる。
ピンク色のデザイナーズブランドぽいメガネをかけている。
地獄の住人にしては色っぽすぎる気もするんだが。
「ええっとね。これが地獄の閻魔大王に見える? 見・え・な・い・よ・ね。
あたしは、言うならば機械の神よ。地上の機械達を管理してる。
あんたがぶち壊した、可哀想な戦闘ヘリAH-64Dとかも私の管轄。
本来なら、あんたみたいな人間自体は受け持ってないの。
でも、担当の可哀想なAH-64Dの身の振り方考えている時に、あんたの事頼まれちゃってさ。
彼女、あんたと一緒にまだ戰いたいって、あたしに頼むのよ。
それで、しょうがなくあんたの面倒も見てやってるんだから感謝してよね」
俺の戦闘ヘリAH-64Dが一緒に戰いたい?
と突然、攻撃ヘリが俺の頭上に現れる。
前席コクピットの側面に数字の15が表示されている。
俺の愛機である15番機だ。
俺の上で空中で停止している。
しかし音はしない。ローターが巻き起こす筈の風も感じない。
「おお健気だとこと。また会えて嬉しいってさ」
「でね。彼女(俺の15番機の事らしい)と一緒に戦えそうな戦場を探したんだけどさあ。
あんた、運がいいわよー。
いい出物があってさ。
ディアン・ラングレーって言う瀕死の召喚士がいて、もう助からない。
死ぬ前の最後の神頼みが、自分はどうなってもいいから恋人の少女を助けて欲しいって言うの。
少女はモンスターに襲われているまっ最中。逃げ回ってるけど、まあ、命も風前の灯火ね。
ちなみに、両親を含む家族たちはモンスター達に既に殺害されてるわ。ばっさりと。
彼女達が住んでる国がモンスター達と戦争しててねー。
死亡者が多過ぎて、人間担当の神は忙しすぎて手が足りてないし、全員の願いなんて叶えてる余裕なし。戦争って、やーねー。
担当外の私にまで、“最後の願い”の処理を回してくるって人間の神様、酷くない?」
こいつ本当に神か? やはり悪魔の間違いなんじゃないのか?
人情の欠片もねえ。
女はこっちの考えなど、お構いなしに言いたいことを喋る。
「でも、あんた運が良すぎ。
たまたま死にそうな身体があって、その身体が召喚能力持ちなんてね。
身体貰えるし、能力も引き継げるわ。」
「死んだディアンが元々持ってる召喚能力は、道具を手元に引き寄せて使役するって言う力。
あの世界は魔法はあるけど、科学レベルは地球の中世相当だから道具って言ってもたいしたこと無いし。彼が大した魔法道具持ってた訳じゃないしね」
「でもでも。異世界人であるあんたが、彼の身体を使えば地球製兵器類の召喚が可能よ。
あんたは兵器専門の召喚士として生きる事になるって訳。
私の可愛い子達である兵器類が、あんたの使い魔として働くわ。有り難く思いなさい」
女はどこから取り出したのか、俺に一枚のリストを渡す。
「私の子達の中から、あんたに縁がある航空機、装甲車両、銃器・弾薬をリストにしておいたわ。その子らの召喚が可能よ」
俺はリストを見た。多くの兵器類が載っている。戦争でも始めさせる気か?
でも、中には使ったことのない兵器も混じってる。
それと装甲車両が沢山リストされているのに、航空機は今まで乗っていたAH-64D攻撃ヘリだけか?
俺の頭上を飛び回っていた攻撃ヘリが、抗議の声をあげるようにぶんぶん唸る。
……なんとなく何を言いたいのか予測出来た。
他の航空機なんてあなたには必要が無いと言ってるようだ。
つまり俺の相棒は、かなりのヤキモチ妬きと言うことだ。
女が忘れていたかのように付け加える。
「召喚は無制限に行える訳じゃないわ。まーやりながら覚えていって。」
「じゃあ条件同意って事でいい? 元の身体の持ち主であるディアンの最後の望みは恋人を救うこと。いいわね? それさえ叶えれば、ディアンの身体はあんたのもの」
いや。ちょっとまてよ。身体貰えるのは有りがたいが、それ持ち主がいるんだろ。
まどろっこしい真似しないで、本人を生き返らせてやれ。
家族全滅で恋人死亡で女の子だけ生き残りって、そりゃ可愛そう過ぎるだろう。
「あんた馬鹿? 状況解ってる?ディアンの能力じゃ、何度生き返っても死ぬだけよ。
誰も守れず、恋人も死ぬ。
私が最後の願いを叶えるために、あんたを派遣するって言ってるの」
「じゃあ、頑張って。相棒(AH-64D)を今度は泣かせるんじゃないわよ」
「それと、ティンダロスの猟犬には気をつけて。
あんた、地球からここに飛んで来る間に奴に見られたわ。
しつこいから、生き延びたいのなら注意して」
女は何の合図のつもりなのか、上から下に手を振り下ろすと俺の視界はブラックアウトした。