彼の素顔
「――――っ!!」
マルクは左手で後ろの2人を押し、右手に持っていた槍を突きだす。金属音が周囲に響いた。
彼はマルクの正面からホーリースライムの元へとジャンプし、マルク達は距離をとる。マルクは槍を構えたまま、戦慄を覚えざるを得なかった。
――何という力量
相手の武器は何かわからないが、槍でしっかり受け止めたにも関わらず、マルクの手は痺れていた。対人戦をかなりの数、行ってきたマルクは二つ名持ちの超一流冒険者には負けたが、それ以外の者に対して勝利を修めていた。その為、マルクは対人戦が得意と自負していた。それなのに自分よりも低身長の者に押し負けたことに動揺を隠せない。それに加え、マルクはその技術に驚愕する。普通の努力では習得出来ないような技術を彼が持っていることにマルクは一度の打ち合いで気づいた。と同時に強い危機感に襲われる。
――――こんな技量を持った彼が本気で殺しにくれば、確実にこちらがやられる!!
このまま何もせずにやられる訳にはいかない、とマルクは再び槍を構える。彼は何もせず、刻々と時間は過ぎていく。
だが、不意に彼は振り返り、後方を凝視する。
何かあったのか、と赤い短髪の男が問おうと口を開いた時、バサッ、と羽音が耳に届いた。その音の主は木の枝に止まる。
「大鴉……?」
そう、羽音の主は翼を広げれば1メートルを越える漆黒の羽と一見、鴉のような漆黒の体と黄金の瞳を持つC級モンスター“大鴉”だった。C級なのでホーリースライムに比べれば弱いが、それでもこの状況下にあってはマルク達にとって油断出来ない。
『主…』
不意にそんな声が聞こえた。
「ああ、わかっている。すぐ向かう」
振り返っていた彼はマルク達へと視線を移す。
「この森の魔物傷つけないのなら見逃す。……たが、少しでも傷つけたのなら容赦はしない」
冷たく言い放つと振り返り、歩を進めた。
「待ってくれ!!」
赤い短髪の男が声を上げる。すると、振り返りはしないものの、ピタッと足を止めた。立ち止まった背に向かって、男は更に言葉を投げ掛ける。
「先ほどはすまなかった。君のテイムしたホーリースライムだと知らず、武器を向けて。私はデューク・メージ・アルガイという。君の名前を教えてくれないか?」
赤い短髪の男――デュークは優しく話し掛ける。だが、それに返ってきたのは痛烈な言葉だった。
「――――お前らに教える必要はない」
言い放った後、足早に立ち去り、彼の姿は見えなくなった。
「デューク様……」
白いローブを纏った女がデュークを気遣い、声を掛ける。ハッとしたデュークはマルクを見た。
「どうかされましたか?」
「いや、ただ驚いただけだ。あの者が十歳ぐらいの子供だったことに」
「なっ!!」
デュークの言葉に2人の声が重なった。そう、デュークは振り返ったあの時、ローブに隠された顔を見たのだ。
顔立ちの整った端正な顔。幼さを残すその顔に対して、見えたのは凍えきったその瞳。左目は黒い布で覆われ、見えなかったが、見えた右目は燃え盛る紅蓮の炎を思わせる赤い色。だが、右目は光を宿さず、全てを否定するかのような冷えきった瞳だった。
それを一瞬、見たデュークは驚愕した。十歳ぐらいの少年があんなにも冷えきった瞳をしていた事に。
デュークには十歳になる娘がいる。だからこそ、自分の娘と同じ年頃の少年の何もかも拒否し、拒絶する事に心を抉られるような思いだった。
「デューク様。とりあえずこの森を抜けましょう。あの少年が気になるのはわかりますが、体を休めなくては…」
マルクは一番デュークと付き合いが長い。だからこそ、分かるのだろう。デュークがあの少年を気にしている事も、少年の事を思い、心を抉られるような思いをしていることも。
「わかった……すまないな」
「いえ。それではいきましょう」
今まで黙っていた白いローブの女は頷き、再びデュークは歩き始める。
――――あの少年が何者か、という考えが頭の中から離れなかった。