招待先での一波乱と和解
ゼオの背を追いかけて、数分後。見えてきたのは森の木々に隠れるように建つ、木で作られた家だった。
その家のドアを開けて入っていったゼオに、続いてデューク達も中に入る。
木造であるが故に暖かみの感じられる雰囲気。ベッド、椅子、机などの家具が置かれ、その奥には3つの扉があった。恐らく扉を開けた先に部屋があるのだろう。1人で住むには十分すぎる程の広さだ。
「その辺でくつろいでいればいい」
ゼオはそういうなり、3つのうちの1つのドアを開いてその奥へと消えてしまった。
大鴉はベッドに舞い降り、ホーリースライムもベッドの上へと移動する。机を囲むように置かれた3つの椅子にデューク、アリサ、マリアが座り、執事の男はデュークとアリサの間あたりに立ち、魔術師の女・ミーシャは3つの扉に一番近いマリアの後ろに控えた。
緊張しているのが丸わかりな4人にデュークは柔らかく話し掛ける。
「皆、そんなに緊張するな」
「だって、お父様」
アリサが口を尖らす。それにマリアとミーシャはクスッと笑うが、固い。まだ緊張はほぐれないようだ。
「それにしては立派な家だな、セバス」
部屋を見渡していたデュークの言葉に執事の男――――セバスが答える。
「そうですね。恐らく《テイム》したモンスターと共に建てたのでしょう」
そんな話の中、ガチャッ、と3つのうちの1つの扉が開いた。デューク達が凝視する中、姿を現したのは白銀の柔らかそうな体毛に1メートル程の体躯、瞳孔の細長い黄金に煌めく瞳を持ったS級モンスター“神狼”だった。
「あら」
意外な者の登場にマリアがフェンリルを見つめ、アリサは目を丸くする。
「か、かわいい~」
ミーシャが声をあげ、フェンリルを凝視する。ミーシャは犬好きで、狼の類に入るフェンリルだが、目の前のフェンリルは小さく、可愛らしい。そこがミーシャにはきたのだろう。
近づき、フェンリルに向かってゆっくりとミーシャが手を伸ばす。
普通に考えればわかるはずだった。なぜ、成体になっていない子供のフェンリルがいるのか、など。
だが、ミーシャは気づかない。緊張から大好きな者を見たせいもあり、導き出される真実を理解していないのだ。――――それが最悪な結果になり得るとは知らず。
ミーシャがフェンリルに触れる前に、デュークは椅子を倒しながら勢いよく立ち上がった。
「待て、ミーシャ!! そのフェンリルに触れるな!!」
デュークは声を上げ、ミーシャを止めようと駆け寄る。ミーシャはフェンリルに気をとられ、デュークの声に反応しない。
そして、ミーシャがフェンリルに触れる直前、凄まじい殺気がデューク達に襲いかかる。指先をピクリと動かせば、すぐ殺されるようなそんな殺気が。
その殺気と同時に羽ばたく音と勢いよくドアを開ける音と共に、指をピクリとも動かせないミーシャ達の前にはフェンリルを守るようにして間に立ち、ミーシャの首筋へと剣身が真っ黒な長剣を突き立てるようにそえるゼオ。その隣には、同じく守るようにホーリースライムがその体を明るく点滅させ、大鴉が漆黒の翼を羽ばたかせて、攻撃の意思を見せている。
『貴様ら、どういう了見だ?』
怒気を孕んだその声の主、大鴉にデューク達は目だけを動かし、その姿を捉える。大鴉の姿を見たデューク達の瞳が驚きで見開かれた。
『主の言葉を聞いていたはずだ。それなのにこんな行動に出るとは、殺されたいのか?』
怒気を孕んだまま、言葉を続ける大鴉。その姿は先ほどまでと違っていた。
漆黒の翼が2対となり、その翼には紅い線が走る。瞳も真紅へと染まっていた。前より一回り大きくなった姿に威厳溢れるオーラ。
前とは明らかに違う、変化した姿に誰かが呟く。
「“血濡れの大鴉”……」
“血濡れの大鴉”――――その姿を見た者は滅多におらず、存在が幻と言われていたS級モンスター。詳しいことは分からず、曰く姿は巨大だとか、C級モンスター“大鴉”が進化したものだとか、その姿を見た者は血に取り憑かれ狂気するとか、うやむやな噂が巷を賑わせている。
『確かに我は“血濡れの大鴉”であるが、そんな事は関係ない』
そう、クリムゾン・レイヴンは切り捨てた。ゼオがミーシャの首筋に剣を突き立てたまま、口を開く。
「俺の言った言葉を理解出来ていたのは2人だけだった」
ゼオの言葉を理解し、フェンリルに触れようとしたミーシャを止めたのはデューク。そして、デュークの後ろに控えていた執事の男・セバスだけだった。セバスもミーシャを止めようとした、その直前でゼオの殺気に当てられ、ピタリと動きを止めている。
「――――そのおかげでお前は一瞬で殺されずに生きている訳だ……」
自分に向けられたゼオの言葉に思慮が浅かったと後悔するミーシャ。デュークとセバスが気づいて、自分は止めようとしていなければ今頃はもうこの世にいなかったのだろうだから。
「くぅ~ん」
緊迫する空気の中、フェンリルがゼオに顔を擦り付け鳴き声を上げた。
「――――こいつらを許せ、と?」
「がう」
ゼオの訝しげな問いに肯定、と現すように声を上げる。殺気を抑え、深いため息をついてゼオは告げた。
「少ししたら、出ていけ」
ゼオは一度、扉の奥に消え、戻ってきた手にはデューク達の人数の紅茶をお盆に乗せていた。それをセバスに差し出す。
「ありがとうございます」
礼を述べ、ゼオの手から受けとるセバス。そんなセバスをゼオはフードの奥から凝視する。
「どうかされました?」
視線に気づいたセバスが問い掛ける。
「…………A級ランカーの“セバス・デリクト”だな」
ゼオの言葉に一瞬、驚愕の表情を見せる。
「どうして、分かりました?」
「……別に」
ゼオはそう言うなり、フェンリル達と一緒にベッドの上へと移動した。
ゼオとセバスの会話を聞いていたデューク達も驚愕を露にする。
この世界各地には《ギルド》という組織があり、依頼を達成すればその難しさに応じて報酬が与えられる。その者の能力や依頼達成数などにおいてランクがあり、以下の通りだ。
E……初心者。最初は誰でもこのランクから始まる。
D……C級モンスターを何とか一人で倒せるレベル。
C……ようやく一人前として認められる。
B……実力者。ここから上は才能と努力が求められる。
A……「二つ名」がつけられ、尊敬の眼差しが集まる存在。
S……その者に指名依頼が届くようになる。
SS……冒険者の中で現在3人しかいない。最高のギルドランク。伝説級の存在。
それぞれのランクの強さはSS>>>(越えられない壁)>>>S>>>>A>>>B>>C>>D>Eとなる。
ランクが高い依頼ほど危険度はあがり、S級以上となれば死と隣り合わせの依頼がほとんどだ。ちなみにB級以上が上級冒険者となる。
ギルドはA級以上の冒険者の「二つ名」とランクのみは公表しているが、名前は公表していない。その冒険者のプライバシーを守るためだ。
だと言うのに、何故彼が知っているのか。訳が分からず、セバスはゼオに視線をむける。が、当の本人はフェンリル達とベッドの上にいる。
疑問を頭の片隅においやり、ゼオから受け取った紅茶をアリサ達に配るセバス。
「ありがとう、セバス」
アリサは礼を言ってから、紅茶に口をつける。
「おいしい…」
その紅茶はアリサの中で1・2を競うほど美味しかった。そのほかの4人も紅茶に口をつける。
「まぁ、本当においしいわ。ありがとう、ゼオ君」
「いや、どうということはない」
マリアの言葉になんでもない、とばかり首を横に振るゼオ。デューク達も称賛の声をあげた。
「セバスのいれた紅茶と1・2を競うぐらいだ」
「そうですね。もっと精進します」
そんな中、ミーシャがゼオの正面に歩みより、おずおずと告げる。
「あの、ごめんなさい。傷を負ってまで《赤き盗賊》から助けてくれたのに、強情にあなたの言葉を信じようとしなくて。それに大切なフェンリルの子供に触ろうとして、ごめんなさい」
ミーシャは頭を下げた。
「………別にいい」
ゼオはそういうと口を閉じた。
あの時、デュークとミーシャを突き飛ばし、怪我をした腕はホーリースライムの“浄化”で出血はおさまったのだろうが、切れた黒のローブから見える腕には一筋の傷痕が見える。
ミーシャはそれを視界にいれると手を翳した。すると、ゆっくり傷痕が消え、なくなっていた。
「ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
ニコリと微笑むミーシャ。先ほどのミーシャがしたのは魔術。基本属性――――火・水・地・風の中の水属性の回復魔術だ。ミーシャは水属性に適性があり、魔術を使えたのだ。
「さて、そろそろおいとましょうか」
「はい、お父様」
「わかったわ」
「かしこまりました」
「はい」
デュークの言葉に4人が返事し、席を立つ。
「それじゃ、ゼオ・アスタロナ君。また来るよ」
そう言ってデュークは去ろうとする。
「――――もう来るな」
その背にゼオの声が届いたのを最後に、扉が閉まった。




