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 塔から戻ると、檸檬は本を読んでいた。

檸檬は割とどんな本でも読む。

が、一番好きなのは、推理ものか、ファンタジーだ。

実生活では現実的な檸檬が、思いの外柔軟な考え方をしているのは、

そのせいでもあるかもしれなかった。

 本から瞳を上げて、びとーが戻ったのを確認すると、檸檬は栞を挟んで本を閉じた。

笑顔を向ける。

「お帰り、びとー。」

 言いつつ、掌を舞わせてアロマキャンドルの火を消した。

「ああ、ただいま。…いつも悪いな。」

 そう。檸檬はびとーが塔へ出掛けると、アロマキャンドルを点けて、

びとーが帰るまで起きて待っているのだ。そして、戻ってくるとすぐに消す。

消し忘れて眠ることがないように。

びとーがいれば、失火による火事を起こすことはまず無い。

それでもキチンと始末をするところが、檸檬の優れた資質のひとつだと、びとーは思う。必要以上に他者を頼らずに、自分で自分に責任を持っている証拠だからだ。

「気にしなくて良いよ。どうせ勉強してるか、本読んでるし。」

 檸檬は前髪をかき上げつつ笑う。

「良い子だ。」

「そうかな?家族が帰ってくるのを待つのは、当たり前だと思うけど。」

 びとーはふっと笑った。

「…家族、か…。」

 檸檬は瞳を上げた。

「…あ、ごめん。びとーにも故郷に本当の家族がいるんだよね。

それなのに勝手に家族だなんて…。」

 びとーは、瞳を曇らせる檸檬の頭をぐりぐりと撫でた。

「檸檬。お前はいっつも考え過ぎる。

それは長所でもあるが、短所でもあるんだぜ。

俺はお前に家族だと思ってもらえるのが単純に嬉しかっただけだ。それに…。」

 びとーは瞳を伏せた。

「多分俺は、もう二度と本当の家族には会えないだろう。」

「…それは、元の世界に戻れないせい?」

「ああ。…だが、檸檬。先に言っておく。俺の故郷を探そうとするな。

お前は頭が良い。

それだけに、ありとあらゆる手段を駆使して、

何千、何万の異世界の中から俺の故郷を探し出し、その門を開けようとしかねない。

それが心配なんだ。」

「どうしてそれが駄目なの?異世界の門をむやみに開くのが危険だから?」

「勿論それもあるが、何より俺がこの世界にとどまることを願うからだ。

今の俺とっては、檸檬と桃が家族で、お前等の側にいることが何よりも幸せなんだ。

この幸せを俺から取り上げようとするな。」

「…本当に?」

 尋ねる檸檬は、びとーのアイスブルーの瞳を真っ直ぐ見つめた。

びとーもその視線を正面から受け止める。

「本当だ。だから約束だぜ?」

「うん。」

 頷いた檸檬は、躊躇うように問い掛けた。

「…びとーの思いも決意も判ったよ。

だけど、聞いても良い?

本当の家族とずっと離れていて、もう会えないって思ったら寂しくならない?」

「…全く寂しくないと言ったら嘘にはなるが、

桃と檸檬がいてくれたらそれで俺は大丈夫だ。

それに今では理事長先生や瑞輝、ゼロだっている。

家族のように思える連中に囲まれて、幸せでない筈がないだろう?」

「…でも、前のご主人の時は、びとーみたいな精霊達がいっぱいいたんでしょ?

俺達よりはずっとびとーの気持ちを理解できるような仲間が…。」

「まあな。それに関しては確かに前の主人に感謝している。独りにならずに済んだからな。」

 びとーは少し考えるような仕草をした。そして、また口を開く。

「…そうだな。

檸檬に少し前、といっても檸檬が生まれる前のことになるが、

俺が召喚された時の話をしようか。」

 檸檬は嬉しそうに頷いた。やはり興味があるのだろう。

「俺の棲んでいた世界は、この世界とは違い、溢れるような自然があって、

無機質なビルや不格好な乗り物なんかは存在すらしなかった。

それに人間もいなくて、周りは全て、何かの精霊か妖精だった。

…俺の名前は炎帝だった。

俺には両親と二人の姉がいて、父親が炎王という名前だった為に

俺にはそんな名前を付けたのだろうが、姉達にはよく名前負けしているとからかわれたな。まぁ姉達はちょっとアクが強い性格だが、それでも俺達はそこそこ仲の良い家族で、

普通の生活をしていたと思う。

近所には土の精霊の家族が棲んでいてな、

俺は、俺よりいくらか年上だったそこの次男と仲が良かった。

そいつは美地という名だったが、いっつも大地に寝転がっていやがって、

何も言いたがらないし何もしたがらなかった。

でも俺はそいつのことが大好きだった。

頑固で無口で面倒くさがりで、だけどそいつといると凄く安心できて、

兄のようにも思っていたし、憧れてもいた。

だから、大抵側にいて、他愛もないことを話したり、

一緒に寝転んで空を眺めたりしていた。

そいつは、かなりの堅物で不精者なのは間違いないんだが、

それを補って余りある程の美形だった。

だから、女共はよくそいつを追い掛けていた。」

 人間と比べても相当綺麗な精霊達の中にあって、更に美形だというのだから、

半端な美しさではないのだろうと、檸檬は思った。

 びとーは懐かしむように微笑む。

「特に俺の上の姉貴は、炎の特質さながらの情熱的かつ強引な性格でな、

暇があるとそいつのことを追い掛け回していたんだ。

だが、さっきも言ったが、不精者だったそいつは、

姉貴を含め、追い掛けてくる女共が煩わしくてな、二人でしょっちゅう隠れたぜ。」

 檸檬はちょっと首を傾げた。

「…もしかして、それって、その土の精霊目当ての人だけでなくて、

びとー目当ての女の人もいたんじゃない?」

「どうだかな。たとえいたとしてもかなり少数派だ。

…まぁ、とにかくその日も二人で一緒に女共から逃げたんだ。

そして、ある洞窟に向かった。

それはちょっとした森の奥にあって、入り口が木々に隠れるんだ。

だから、遠目では切り立った絶壁にその先を阻まれているようにしか見えなくて、

そこに洞窟があると判っている者しか来ない。

二人でそこに逃げ込んだ時、タイミングが良かったのか悪かったのか、

丁度そこに異世界の門が開いてしまった。

一瞬のことだったぜ、取り巻く景色が変わったのは。」

「じゃあ、もしかして…。」

 びとーはニヤリと笑った。

「そうだ。俺と土の精霊は同時にこの世界に召喚されることになったんだ。

つまり俺は、家族とは離れることになったが、

幼なじみであり兄貴分でもあった土の精霊とは一緒にいられた。

だから、まだマシだったと思う。」

「…じゃあ、土の精霊と敵対したくないって言ってたのは、力の強さだけじゃなくて、

お兄さんみたいに慕っているせいでもあるんだね。」

「その通りだ。」

 檸檬は表情を曇らせた。

「…でも、ここに来て、その土の精霊とも離れてしまったよね。

敵対する不安も確かにあるだろうけど、それ以上に寂しいんじゃない?

探しに行かなくて良いの?」

 びとーは穏やかな微笑みを浮かべて首を振った。

「行く気はない。」

「どうして?俺や桃のことなら気にしなくて良いんだよ?」

 自分の為に必死に言う檸檬に、びとーは笑顔を向けた。

「桃や檸檬との関係やこの環境を捨ててまで行くつもりはない。

…前の主人は孤独感が凄くてあんまり独りにできなかったから、

殆ど屋敷に籠もりっきりだった。

だが、今の俺の生活を考えてみろ。

家に閉じ籠もってばかりじゃなくて、桃の学校にも行けば、

理事長先生や瑞輝のところにも呑みに行っている。

桃が買い物の練習に出掛ければ、一緒にすーぱーなんてところにも行くし、

遠足だとか何とか体験実習にだってついて行く。

単なる一精霊じゃなくて理事長先生と瑞輝の腹違いの兄なんていう、笑っちまうような、人間としての身分までできてしまった。

こんなに色とりどりに変化する毎日が面白くない訳がないだろう?

それに、お前達二人の未来を見届けるのが楽しみでしょうがない。

だから俺は、ここから離れるのは絶対に嫌だと思っている。本当に。」

 びとーは微笑んだ。その瞳には何の憂いも見えなかった。

「本当に俺はここにこうしていられるのが幸せなんだ。だから心配するな。」

 そんなびとーの表情を見て、檸檬も笑顔になる。

「うん、判った。

…俺も幸せだよ。びとーのようなお兄さんができて、ずっと一緒にいてもらえて…。」

 頷いたびとーは、また檸檬の頭をぐりぐりと撫でた。



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