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翌日。瑞輝はアメリカに向かって旅立った。
雷を呼ぶ絵の持ち主、リチャード・アレン氏に会って、絵を譲ってもらう為だ。
このまま放っておいて、マクラーレンの主人になった人間が妙な思考を持つ者だった場合、桃に危険が及ぶ可能性も無いとは言えない。
だから、主人になれる、なれないとは別に、絵だけは確保しておきたいと、
みんなの意見が一致したのだ。
そして、トレジャーハンターで、
びとーの絵を手に入れた実績もある瑞輝にその大役が任された。
母親は二十年以上も前に他界し、更に五年前に父親を亡くしてから、
光輝は兄の瑞輝と一緒に、学校中央の塔部分で生活している。
だが、トレジャーハンターである瑞輝は家を空けることが多く、実質は独り暮らしだった。だからこれまでは、一度帰宅し、数日一緒に過ごした瑞輝が旅立つと、
暫くはとても心細いような寂しい気持ちになっていた。
だが、今では毎晩のように炎の精霊がアルコールを求めてやってくる。
更に、あることがきっかけで拾った理事長秘書も、現在は塔に居候させていた。
彼は他に行くところが無くそうせざるを得なかったという事情もあるが、
心を入れ替えた彼とはとてもウマが合い、また実際役にも立つので
光輝としては重宝している。
「酒はあるか?」
料理中にいきなり出現するびとーに、最初の頃ははいちいち驚いていた玲だったが、
さすがにもう慣れたようで、鍋をかき混ぜながら、笑顔で
「そこにブランデーがありますよ。」
と言った。
「ありがたい。」
びとーは瓶を手にする。
料理ができ、三人でテーブルを囲む。
元々、炎の気だけで命を維持できるびとーは、
これまでアルコールだけで満足していたが、
玲の作る料理が手放しで美味く、最近は彼の料理をつまみにして呑んでいる。
今夜は洋食だ。
野菜たっぷりのクリームシチューに鰆のムニエル、
エビとブロッコリーとコーンのサラダ、そしてビール。
光輝も瑞輝もパンよりご飯が好きだが、基本的に呑む時は主食を抜いている。
健康の為、というよりは、単なる習慣だ。
双子とはいえ、瑞輝と光輝の食べ物の嗜好にはかなりのズレがある。
瑞輝は肉が好物だが、光輝は魚と野菜の方をより好んで食べる。
瑞輝は辛党、光輝は甘党だし、
光輝は薄味が好きだが、瑞輝は味があまり薄いと満足感が得られない。
更にいえば、瑞輝は辛口カレーが好きで、光輝はカレーよりシチュー、
しかもあっさり好みの光輝にしては珍しく、シチューに関してのみ、
こってり目が好きである。
逆に嫌いなものは、瑞輝はピクルス、光輝はゲテモノ系だったりする。
そして勿論、二人とも、玲の作る料理は賞賛に値すると思っていて、
玲が二人の嫌いなものを一切出さない為もあるが、
以前はあまり好きではなかった料理でさえも、玲が手を掛けたものは口に合うらしく、
残したことは一度として無い。
参考までに付け加えるならば、玲には好き嫌いは全く無かった。
敢えて言うなら、若干薄味の方が好きかもしれないと思う程度だ。
という訳で、玲は瑞輝が家を空けている間は、魚と野菜中心のメニューをよく作る。
「ゼロは本当に料理が上手いな。慣れてもいるし。」
サラダのエビを口に放り込んだ炎の精霊の褒め言葉に、玲の瞳が少し翳る。
「以前、仕えていた方の力になりたいと、必要と思われることは何でも覚えましたからね。特に料理は好きでもありますし。
…でも、どんなに頑張ったつもりでも、切り捨てられる時は一瞬でした。」
「…別に良いじゃないか、
人間を利用価値だけで判断するようなヤツにしがみつかなくても。
判っているだろうが、理事長先生は身体が不自由な子や
成長の遅い子にも手を差し伸べるような人だ。瑞輝も然り。
何を覚えようができるようになろうが、たとえその逆で何もできなくても関係無い。
絶対にお前を切り捨てたりはしない。
そんな理事長先生や瑞輝の側にいられる方がゼロにとっても幸せだろう?」
玲は静かに微笑んで頷いた。
「はい。今は本当に一日一日が大切に思えます。」
目の前で褒められると何となく居心地が悪いのか、光輝が話を変えた。
「びとー。昼間の話だけど。」
「うん?」
「土の精霊ってそんなに強いのかい?」
びとーは頬杖をついた。
「地球を考えてみろ。地面の下はマグマが燃えたぎっているんだぜ?
炎の力を抱え込んで平気な顔をしている。
使う力の規模にもよるが、もし単独で俺の力を抑えることができるヤツがいるとしたら、キャデしかいないだろう。」
「そうなのか。炎と対局にあるのは水のような気がしていたんだけどね。」
光輝が言うと、びとーは肩をすくめた。
「確かに水と炎は対局だが、その力関係はほぼ対等だ。
土の力は更にその上のレベルにあると言ったら良い。」
「その土の精霊は、性格的にはどうなんですか?」
「頑固。無口。腰が重い。平和主義。面倒くさがり。おっとり。静か。
よく寝る上に、寝起きも悪い。それから。」
「「それから?」」
「怒らせると怖い。」