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理事長室に入ると、檸檬はまず真っ直ぐ光輝の元へ進んだ。
「理事長先生。ちょっと見てほしいものがあるんですけど…。」
英字新聞を渡す。
「何だい?」
変に折り目が付いた英字新聞に、光輝は首を傾げる。
よく見ると何に使われていたのか、おおよそのことは想像できた。
だが、すぐに真剣な眼差しに変わる。
その新聞に載っていた写真は一枚の絵だったのだ。
桃に付いている炎の精霊は、
元々は油絵の具を塗りたくったようなキャンバスに封印されていた。
檸檬自身はその絵を見ることはなかったが、
英字新聞の写真は、正にそんな絵だったのである。
写真を見た光輝は、玲に手招きし、英字新聞を手渡す。
「瑞輝にも見て貰おう。」
と、塔にいた兄をも呼んだ。
「現代の神秘!雷を呼ぶ絵。…この、無秩序に絵の具を載せただけのような絵には、
雷を呼ぶ性質があると噂されている。
確認されているだけで、現在までに七回持ち主が変わっているが、
その全ての家が落雷の被害に遭っている。
幽霊を呼ぶ等の絵はよくあるが、自然災害を呼ぶ絵というのは珍しい。
真実であれば希少価値が高いと言えるが、
現在の持ち主、リチャード・アレン氏は売却を見当しているという。」
玲がスラスラと英字新聞を訳す。
「似てる!」
炎の精霊が封印されていた絵は瑞輝が見つけてきたものだった。
その瑞輝の声が上擦っている。それくらい瓜二つだった。
だが、当の精霊はまだこの場には来ていない。
叱られた桃が、再度、引き算のテストをさせられているからだ。
彼は彼女と共にいるのである。
「じゃあ、もしかすると本当に…。」
檸檬が言いかけた時、扉が開いて、ようやくびとーが桃と一緒に現れた。
円を描くように顔を付き合わせている面々に、問いかけるような眼差しを向ける。
「びとー。これ見て。」
檸檬に言われて英字新聞を覗き込み、眉をひそめた。
「似てると思わないかい?」
問いかける光輝に、びとーは写真から目を離さずに言った。
小さいままだと、新聞の写真と身体の大きさが殆ど変わらない。
「似ているといえば似ているが、こんなに画像が悪いとよく判らないな。
雷ということは、もし本物ならマクだろうが…。」
「「「「マク?」」」」
檸檬を始め、光輝も瑞輝も玲も同じ事を言った。
桃は嬉しそうに
「ハッピーアイスクリーム!」
と言っている。
そんな桃に構わずにびとーは言葉を足した。
「マク。マクラーレンだ。前の主人に付けられた名前では。」
「マクラーレン。車の名前ですね。」
玲が言うと、檸檬が興味を引かれて、炎の精に尋ねた。
「じゃあ、びとーは前のご主人様の時、何て名前だったの?」
「フェラーリ。」
フェラーリなら檸檬も知っている。かなり格好いいスポーツカーではないか。
「…フェラーリが微糖。」
と檸檬。
「…フェラーリが微糖。」
と光輝。
「…フェラーリが微糖。」
と玲。
「…フェラーリが…。」
と大ウケする瑞輝。
「追い打ちを掛けるように、繰り返し言うな!」
「桃ちゃんのネーミングセンスには脱帽します。」
びとーの機嫌が斜めになるのをよそに、玲が言った。
「で?」
「で?とは何だ?瑞輝。」
「他のヤツらの名前も、全部車だったのか?」
「ああ。土がキャデラック。風がポルシェ。水がマセラティだ。」
ふて腐れながらも真面目に答えるびとーに、瑞輝がニヤリと笑う。
「じゃあ次はコーヒーつながりでどうだ?低糖とか無糖とか砂糖増量とか。」
「…瑞輝。ミディアムかウェルダンか選べ。」
小さかった身体を人間大に変え、本気でやりそうな殺気を漲らせてびとーが言う。
「レアで。」
と瑞輝は言ったが
「レアで赦される筈がないだろう?!」
と返される。
威圧感たっぷりの炎の精に、瑞輝は両手を上げてあっさり降参した。
そんな二人を見ながら、檸檬がしみじみと言った。
「でも初めてだよね。びとーが昔の仲間の話をするのは。」
「そうか?」
びとーにはそういった自覚は無い。
「全然話さないから、てっきりタブーなんだと思ってた。」
びとーは首を捻りながら、檸檬の言葉を否定する。
「タブーな訳じゃないし、隠しているつもりもない。
これまで話す機会が無かっただけだろう。」
「そっか。」
話が判っているのか、いないのか、桃が口を挟んだ。
「そのなかにびとーのすきなひとっている?」
見上げてくる桃の頭を撫でながら、精霊は笑顔で答えた。
さっき瑞輝を脅していた者と同一精霊だとはとてもとても思えない。
「桃が一番好きだよ。」
こんなにでれでれしている炎の精霊の姿は、桃の前でしか見られない。
「じゃあ、きらいなひとは?」
「水のクソ女!」
口調も声も、桃に対するのとは真逆である。
「えっ?水の精霊って女の人なの?」
驚く檸檬にびとーは頷いた。
「水だけが女だった。」
「なんで、水の精霊が嫌いだったんだ?」
更に瑞輝に問われて、びとーは鼻を鳴らした。
「炎が水を嫌って何が悪い。」
確かに。
「参考までに聞くけど。」
檸檬の口調に真剣さが混じる。
「びとーが一番敵に回したくないのは誰?やっぱり水?」
びとーは即答した。
「キャデ。土だ。」