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戦場の鎮魂歌  作者: 猿道 忠之進
第二章 補給戦線
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第二章 補給戦線 Ⅲ


「あそこです!」


 雪原の広がる丘陵地帯で、少女が下方に広がる高原の一部を指差していた。

 山は雪化粧していて、朝から照らされていた太陽光でさえ、雪を溶かすことはなかった。それでも雪に覆われた丘陵地帯には、所々無骨に膨れ上がった岩の肌が見え隠れしている。


「あそこがシーリア駐屯地か」


 ベルシアが筒状の望遠鏡を目に当てて、少女が指をさした場所を見ていた。


「にしても、兵隊が一人も見当たらないな」


 そう言って呟きながら、リオデに望遠鏡を手渡した。

 早朝、リオデはすぐに二個小隊を連れて、バスニア砦を目指して足を進めていた。

 昨日はティオの援軍の件でフォリオンに呼び出しを受けた。だが、リオデは騎兵二個小隊で偵察を敢行する理由を事細かに説明すると、フォリオンも渋々それを受け入れていた。そして、村からガイドを志願してきた娘のアリナを連れて、このガルス山脈に足を踏み入れていた。


 村の娘とはいえ、グイの手綱さばきは騎兵達からも一目置かれるほど鮮やかなもので、ベルシアが冗談で「騎兵隊に入らないか?」というほどであった。もちろん、彼女はそれを丁寧に断った。


「目的地は見えた。今のところ敵に遭遇していないが、今我々が立っているこの地は、すでに敵勢力圏下にある。味方の基地がユストニア軍の手に落ちている可能性もあるから、全員警戒厳で進め!」


 リオデの言葉に騎兵達の顔は、一斉に真剣なものへと変わる。ここに居る兵たちは、リオデと共に死ぬ覚悟のある男たちばかりが集まっているのだ。


「女がてらに大隊長を務めてないってか」


 ベルシアはそれを見て、誰にも聞こえないような小声で呟いていた。

 グイの黒い羽毛は雪原の中では特に目立ち、群れになって動いていれば、黒い影が雪の中を進んでいるようにも見えるほど異質な雰囲気を放っている。その異質な一団は、駐屯地に向かい、ゆっくりと近付いていた。


 駐屯地についたリオデ達の目に一番に目に入ったのは、放棄された資機材と鳥車、そして雪に埋もれたグイと王国軍の兵士の死体だった。

 血は一晩で固まり、死体は凍り付いていて、その上から真新しい新雪が薄く被っている。

 それを見て、リオデ達一同は絶句していた。


「すでにこの基地も落ちていたのか……」


 リオデは感慨深げに呟いてから、ベルシアに視線を送った。


「全員、基地の隅々まで調べ上げろ! 二個分隊は周辺の偵察だ。敵が居るかもしれないから、十分に気をつけろ!」


 ベルシアはリオデの視線に気づくや否や、即座に二個小隊に命令を下していた。


「アリナ、俺から離れるんじゃないぞ」


 ベルシアはそう言ってガイドのアリナに、横に居るように言う。アリナもそれを聞いて一度だけ頷いて見せた。

 駐屯基地はすでに綺麗さっぱり物資がなくなっているが、鳥車に積まれていた荷物はそのままになっていた。よく調べ上げた結果、駐屯基地内の死体には王国の兵士のみならず、ユストニア軍の兵士の死体も多く混じっていた。


「ここでユストニア軍と王国軍の激戦が繰り広げられたと?」


 リオデが報告を受けて、ベルシアを問いただしていた。


「はい。勝敗は不明ですが、両軍の生き残った兵士は見られませんし、双方この基地をすてて退却したと見るべきでしょう」


 調査を終えた部隊の報告を、ベルシアが淡々とリオデに報告する。

 全部で鳥車は七台、いずれも積荷は銃の弾薬だけであった。それ以外の物資は、この駐屯基地から持ち出されていた。状況からして敵ではなく、味方が予め物資移動を行っていたことがわかった。

 というのも、この駐屯基地は広大な土地を、ふんだんに使用している。ユストニア軍の一部隊が戦闘の後に、全ての物資を持ち出すことなど不可能であるのだ。そうでなければ、敵が基地を放棄したということに辻褄が合わない。


「さて、どうしたものかな……」


 リオデは顎に手をやって考え込む。基地を放棄したとはいえ、ユストニア軍がここに戻ってこないとは限らない。あくまでここはユストニア軍勢力下にあるのだ。


「ここに居てはまずいんじゃないでしょうか?」


 アリナがそう言ってリオデの方へと向き直る。


「じゃあ、安全な場所でもあると?」


「いえ、それは……でもここよりはましな場所があると思うんです」


 リオデもこの位置に留まることが、危険ということは重々承知だ。だが、どこかに行くあてがあるのかといえば、そうではない。

 何より駐屯基地がこの有様では、バスニア砦は攻撃を受けている可能性が高いのだ。だからといって、彼女にバスニア砦の偵察任務を放棄することはできない。


「とにかくバスニア砦に行かなくてはならない。そのためにも、あなたの道案内は必要なの。とにかくここよりも安全な場所があるなら、案内してくれる?」


「は、はい!」


 ここでは考えをまとめようがなく、落ち着ける場所、何より周りの状況を把握するために、味方の生存者を探す必要があるのだ。


「ベルシア」


 アリナがグイを捌いて入り口に向かうのを見て、リオデはベルシアを呼び出していた。


「は! 何でしょうか。大隊長殿?」


 ベルシアはそう言って、リオデの横についた。


「お前はアリナについていてやれ。何があっても離れるんじゃないぞ」


 そういうリオデに、ベルシアは明らかに不満そうに表情を歪めた。


「そんな。俺に子守りをしろと?」


「意外だな、お前からそんな言葉が出るとは」


 笑みを浮かべるリオデに、ベルシアは目を点にしてリオデを見る。


「綺麗な女性に声をかけないことは失礼に値する。って部隊で私に最初に声をかけたのは、お前だろ?」


 含み笑いを見せるリオデに、ベルシアは苦笑していた。


「隊長、それは女性に限っての話ですよ。アリナは子どもだ。昨日だって」


 ベルシアはそういいかけて、口を噤んでいた。


「昨日だって、なんだ?」


 怪訝な表情を浮かべるリオデに、ベルシアは言葉を詰まらせたままでいた。果たして、彼女にこのことを言っていいのか。ベルシアはリオデを前にして葛藤していた。

 リオデに真剣な表情を一瞬見せたかと思うと、ベルシアはすぐに笑みを取り戻して言う。


「昨日だって、俺に騎乗技術のことを誇らしげに、自慢してきましたしね。とにかく、俺は子どもに興味はありませんよ」


 笑みを浮かべて答えるベルシアに、リオデも表情を緩めていた。


「そうか。アリナを襲う心配がないなら、なおのことお前に任せるとする。ほかの奴では安心できんからな」


「そうですか」


 リオデはそんな冗談を交えながら、笑顔を貼り付けたままベルシアを観察する。ベルシアも顔に笑みを浮かべてリオデを見つめ返した。


(ばれてないな)


 心の中で嘆息するベルシアは、リオデに王国式の敬礼をする。


「それでは、アリナの護衛任務につかせてもらいます!」


 そういうなり、彼はアリナの元にグイで駆けよっていった。その後姿を見ながらリオデは、怪訝な表情を浮かべていた。


(何か臭うな)


 ベルシアは何かリオデに隠し事をしている。その隠し事が、アリナに対する物であるならば、それはけしてあってはならないことだ。

 リオデは隊長として、部下の命を預かっている身である。些細なことであれ、隊に潜む危険性は排せねばならない。一抹の不安を覚えつつ、リオデは部隊を再集結させていた。


 黒い騎兵の一団は駐屯基地を背に進みだした。山間に向かって進みだす。先頭を切って歩くアリナの横に、ベルシアがぴったりと付き添いっている。リオデはその後ろについて、一団が谷間に入っていくことに一抹の不安を抱えていた。谷間の出入り口をふさがれると、袋小路になる。最悪、敵に首を取られかねない。しかし、アリナの案内する道に、文句は言えない。それが現状である。リオデはここの地理を全く知らないのだ。


 そんなリオデの心配をよそに、一団は列をなして谷間に入っていく。

 切り立った山間はお世辞にも道と言えるところではなく、リオデ達一行の進行スピードはおちていた。こんなところを敵に襲われれば、ひとたまりもない。岩陰に隠れている敵を探知する手段は、彼女たちにないのだ。だが、そんなリオデの不安が的中するような出来事が、目の前で起こることになる。


 雪が岩肌から滑り落ち、岩影から次々と兵士が姿を表したのだ。


「総員、戦闘態勢をとれ!」


 散り散りになっている二個小隊にリオデは叫んでいた。だが、個々になった騎兵ほど頼りないものはない。その上、足場は傾斜のある岩場で囲まれた地帯だ。騎兵のお家芸のである機動力を生かした戦闘もできない。


「待ってくれ! 味方だ」


 岩陰から出てきた兵士の一人がそう言って、リオデの前に近寄っていく。

 リオデはその兵士の姿を見て、安堵のため息を漏らしていた。もし、これが敵であるなら、この千載一隅のチャンスを逃すはずがない。


「驚かせてすまない」


 兵士はそう言って、王国式の敬礼をリオデにしていた。リオデは警戒感を抱きつつも、答礼をして問う。


「どこの部隊の所属だ?」


「シーリア駐屯地に駐屯していた輸送隊だ。第1112師団の第二連隊指揮下、第一大隊の輸送部隊に所属している」


 リオデは思いもしない味方に遭遇して、目を見開いて男の兵士を見つめていた。目の前にいる兵士は、リオデの連隊が救出目標としている部隊の人間であったのだ。


「私は第六近衛師団第二大隊、大隊長のリオデ・J・ネイド」


 すぐに言葉を返すリオデに、その兵士は物珍しそうに彼女を見つめていた。


「あんたがあの女性士官か……。すまないことをした。敵との戦闘から時間がたっていなくてな……」


 兵士はそういって咳払いすると笑みを浮かべて毛皮の帽子をとった。そして、リオデに握手を求めてくる。リオデもグイから飛び降りると、兵士に向かって手を差し出した。


「申し遅れました。私の名前はトラーク・シュタインです」


 トラークはしっかりと彼女の手を握り締める。自分たちが今ここで生き残れていることを心のそこから歓喜しているのが、その手から伝わってくる。


「あなたの部隊はこれだけですか?」


 ふいなリオデの質問に、トラークは顔をしかめたあという。


「いえ、他にもいます。ここで立ち話もなんです。少し陣地を見ていってください。話は見ながらでもできますから」


 案内係を自ら申し出たトラークにたいして、リオデは一度頷いてみせる。

 その様子を見守っていたベルシアは、即座に配下の兵士に命令した。


「総員、戦闘態勢を解け、あれは味方だ」


 力んでいた兵士たちがベルシアの一言で、一気に安堵の色を表した。ある者は胸をなでおろし、ある者はため息を漏らしていた。

 そんな兵士たちの様子をみたあと、リオデはトラークの「こちらです」という言葉で、足を動かし始めた。彼女の後ろにはベルシアが谷間たるこの道に気を配りながら、警戒を怠足らずについてきていた。


「私たちの部隊は当初、三小隊はありましてね。そのうちの一つは輸送部隊でした」


 雪を踏みしめて丘陵地帯を歩き回りながら、トラークは語り始める。


「その輸送部隊は、駐屯地から砦へ部隊移動をするにあたって、最後の物資を運び出していたんです。しかし、輸送部隊が駐屯地から砦へと辿り付いた時には、砦は敵の攻撃に晒されていて、我々は事実上行き場を失いました。そこでやむなく駐屯地に引き返したんです」


 トラークはそう言い、苦笑しながらリオデの方へと目をむけていた。


「そこで駐屯地を制圧しに来た敵と交戦したと?」


 リオデはその視線に答えるように、トラークに歩きながら聞いていた。


「まあ、そうなりますね。正確には、砦の攻略部隊が我々を発見して、追撃をしてきたといったほうがいいでしょうな」


 自嘲気味に笑うトラークの笑みは、谷間から入る太陽の光で影を落としていた。


「残ったのは歩兵一個小隊分……か」


 リオデはそう言って、たどり着いた簡易な陣地を見回していた。

 閑散とした雪原の上に布を敷いて、戦傷者をそこに寝かしている。また、多くの兵士が体を傷つけて、岩にもたれかかっていた。どの兵士も戦闘と寒さで消耗しているのか、頬はこけて見るからに憔悴しきっていた。


「はい。大変な痛手を負いまして、どうにか敵を撃退しましたが、このざまです」


 トラークはそう言って、自陣を見回していた。そして、リオデに向き直ると、彼は真剣にリオデの目を見つめて言う。


「できるなら、ここから砦まで同行して、敵軍を砦の外と中から挟み撃ちにしたいと考えているんですが、ご協力願えますか?」


 リオデはこのトラークという男が死に場所を求めていることに気づいた。

 だが、リオデはそれに気づいたからこそ、苦笑を浮かべる。

 リオデもつい先日、砦の攻略部隊を見ている。この程度の戦力で、しかも士気の低い負傷兵が多くいる部隊とともに、バスニア砦に行っても結果は知れている。


(あなたに巻き込まれて、部下を殺されてたまるものか!)


 リオデは内心そう思いつつ、あくまで表情は冷静を保ったまま言う。


「すまない。私達はあくまで偵察が任務でな」


 トラークはそれを聞いて、不思議そうに聞く。


「この数で……ですか?」


 偵察行動といえば、大抵は五人ほどの分隊規模で動くものだ。だが、リオデは三百人、二個小隊を引き連れているのだ。トラークが不思議がっても、おかしくはない。


「威力偵察というやつだ。私もある程度の状況が掴めてきた以上は、こんなに数は必要ないと思っている。それに数が多ければ、敵に見つかりやすくなるしな」


 そう言葉を区切って、リオデはトラークを見つめる。


「あなたは私が返す部下と共に、我が連隊が拠点としている村まで帰っていただけまいか?」


 そう言われたトラークは、リオデを見つめなおして言う。


「異論はありません。しかし、砦への救援を早急に向かわせなければ、あそこはすぐにでも落ちてしまいます。そこをお忘れなきよう、おねがいします」


 トラークはそういい終えると、少し残念そうに地面を見つめていた。そんな彼に、リオデは顔色一つ変えず、念を押すように言い聞かせる。


「そうだな。だが、連隊長は情報を欲している。常に新しい情報をな。だからこそ、あなた方にはわが拠点に戻ってほしい」


 トラークは彼女の言葉に、敬礼して無言で答えた。


「では、私は部下にもあなたの部隊と共に戻るように言ってきます」


 トラークは年下のリオデに、丁寧に礼をするとその場から駆け出して行った。その後姿が、リオデには妙に寂しく見えて仕方がなかった。


「救援を待っている側が、意地でも救援に行かなくてはならない。それだけ、戦況が煮詰まってきてるんですかね?」


 今まで後ろに控えていたベルシアが、悲哀の視線をトラークに向けながら呟いていた。リオデの横に立っているベルシアに、彼女は冷静に答えていた。


「そうともとれる。だけど、私には彼が死に場所を探しているように見えた。多くの部下を失って、絶望し、自責の念から自分に失望している。そう見えた」


 同じ指揮官であるベルシアとリオデ、だが、持たされている責務は、リオデのほうが確実に重い。ベルシアは元々一小隊長に過ぎない人物である。だが、隊を二分した際に副官のティオがいなくなったため、リオデが信頼しているベルシアが、その副官の地位に就いている。その二人の見解は対極的なものであった。


「その、両方、ですかね?」


 いつの間にか、アリナが声を発して、二人の間に立っていた。


「両方?」


 リオデが怪訝な表情をして、アリナを見つめる。


「ええ。部下を失って、なお、救出にも向かいたい。自分はその責任を取らなくてはならない。なんか、うまく言い表せないですけど、やっぱり、どっちの思いもあると思うんです」


 アリナはそう言って、トラークの背中を見つめていた。その中年の兵士の背中は、三人に何かを語りかけているようにも見えた。


「まあ、いいわ。それよりも休息よ。みんな疲れてるだろうし、一旦ここで休息をとるわ」


 そう言ってリオデは陣地の中へと、足を踏み入れて行った。ベルシアとアリナの二人も、それに続いて陣地に入って行く。

 空はいまだに晴れ渡っていて、憎いくらいに戦場とは対極的な美しさを、三人に感じさせるのだった。




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