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戦場の鎮魂歌  作者: 猿道 忠之進
第二章 補給戦線
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第二章 補給戦線 Ⅱ



 翌日の早朝、村に駐留しているリオデ達のもとに、分かれて作戦行動をとっているティオの部隊から伝令の兵士がやってきていた。

 この高原に入る前にリオデは大隊を2分して、分岐した道をそれぞれ進んでいた。結果、リオデ隊はこの村を確保して、ティオ隊はその先に待ち伏せていたユストニア軍と交戦状態に陥った。そして、今現在、ティオ隊とユストニア軍の戦闘は膠着状態に陥っている。


 ティオ個人としては、同連隊に所属するホフマン大隊に戦闘を任せて、リオデの下に戻って作戦行動をとりたかった。しかし、連隊長のフォリオンがそれを許さず、タリボンで待機している予備隊がつくまで持ちこたえろという命令が出されていた。


 だが、ティオは緊急の伝令の兵士を、この連隊本部とも言うべき村に送ってきていた。

 連隊本部に駆け込んでいく伝令の兵士、その顔には疲労と焦燥感の二つが入り混じった感情があらわになっていた。

 リオデは早朝の墓参りを済ませた後、その伝令の兵士を見かけ、伝令の兵士の後を追っていた。伝令の兵士は連隊司令部に入っていたため、彼女も続いて連隊司令部に入っていく。


「連隊長! 我が隊だけではもはや抑え切れません! 敵は数を集めて、我が隊を破り、この村とタリボンとの道を遮断しようとしているんです。今すぐに援軍を送ってください。これではあと四日が関の山です」


 生き絶え絶えになり、必死で懇願する部下を、作戦指揮所の手前で覗き込んでいた。

 補給もなければろくな陣地を持っていないティオの部隊は、ユストニア軍の攻勢にさらされていて、守備をするのがやっとである。状況を打開するのは絶望的だ。そのため、ティオはこの村に駐留している本隊に、援軍を要請しに来た。

 しかし、フォリオンは腕を組んだ後、後ろで様子を見ていたリオデを一瞥してから口を開いた。


「今現在、この村でバスニア砦へ本拠地を移動させるために部隊の再編中だ。すまないが、援軍を出せる状態ではない」


 フォリオンの言葉を聞いた兵士は、顔面蒼白になりつつも必死に懇願した。


「そんな、我が隊が壊滅すれば、この村は完全に敵勢力圏下に置かれます。孤立するんです! それでも援軍は出せないと!?」


 階級のことなど気にした様子も見せずに、伝令の若い兵士は叫んでいた。事態はそれだけ急を要するほど、深刻な状況に陥っているらしい。

 兵士から目をそらしたフォリオンは、机の上で苦悩の表情を浮かべる。


「あぁ、援軍はだせん。我が連隊は忙しくて、そんなことに裂ける兵士は居ない。あと四日も持ちこたえられれば、タリボンより援軍が到着する。それまで持ちこたえよ」


 フォリオンは全く聞く耳を持たず、伝令の兵士を冷たくあしらった。リオデはその様子を見て、苦悩するフォリオンとその後ろにある悪意を感じてとっていた。彼女の優秀な部下と兵士を潰して、それでいて、この損害に対する責任をリオデに押し付ける。


 そんな意図が見え隠れしていたのだ。


 そして、ティオたちが全滅した場合は、ホフマン大隊を展開させ、ユストニア軍を迎撃する。ティオの部隊から入る報告で敵の数も把握できており、フォリオンも対応しやすい。

 もし、大軍が押し寄せていれば、彼とて援軍は出すだろう。

 連隊司令部から肩を落として出て行く伝令の兵士、その顔は絶望に打ちひしがれていて、声の掛けようもないほどに暗かった。


 だが、リオデはそれでもその伝令の兵士を呼び止めた。


「おい、伝令!」


 肩をびくりと震わせて、恐る恐る振り返る伝令の兵士、今までリオデが後ろに居たことを、いま初めて知ったのだ。


「だ、大隊長!」


 兵士は目を丸くして、やり場のない気持ちを地面に向けていた。


「ティオが危ないんだな?」


 リオデが濁りのない青い双眸で兵士を見つめる。兵士は硬直したまま、淡々と状況説明をしだした。


「はい。敵の数は我が部隊の数の三倍はあると思われます。四日持てばといいましたが、自分が思うにはあと二日も持たないんじゃないかと……」


 伝令の兵士は地面を見た後に、敬礼もせずにそのまま自らの駆っていたグイの方へと、とぼとぼと肩を落として歩き出す。しかし、そんな兵士の肩に手を置いて、リオデは笑顔で答えた。


「私の騎馬二個小隊三百を残して、私の配下の部隊全て持っていけ」


 その言葉に伝令の兵士は、目を見開いたあとすぐに表情を曇らせて言う。


「しかし、大隊長。自分が部隊を連れて行っては、隊長の責任が……」


 リオデは柔和な笑みを浮かべて、伝令の兵士に言う。


「気にするな。ティオの隊が全滅しても、私に責任が回ってくる。一緒のことだ。だったら、お前たちが全滅しないほうを選ぶ」


 伝令の兵士はリオデの言葉を聞くと、目に涙を浮かべていた。そして、彼は深々と頭を下げていた。


「も、申し訳ありません!」


 半ば涙交じりで、言葉には嗚咽が混じっていた。しかし、それでも伝令の兵士は、大きな声でもう一度だけ叫んだ。


「あ、ありがとうございます!」


 リオデは兵士の肩に手を置いて、顔を上げるように言う。そして、顔を上げた兵士に、笑顔で答えた。


「お前は早く原隊に戻って、援軍が来ることを伝えてやれ」


 伝令の兵士はその言葉に深々と頭をさげた。そして、彼は気を付けをした状態で、胸に拳をあてる王国式の敬礼をし、その場から駆けだしていた。リオデもまた答礼をし、彼の背中を見送った。

 リオデは伝令の兵士を見送ると、即座に準備に取り掛かっていた。中隊の各指揮官を徴収したのだ。


 各隊の長にティオ隊の援軍に向かうように、準備をすることを命じていた。任務はあくまで威力偵察で、交戦することではない。ならば、足の速い騎兵のみでバスニア砦に行ったほうが、はるかに効率的であると考えたのだ。


 どちらにしろ、他の部隊はこの村に待機させておくというのが、リオデの考えだった。

 しかし、待機させるくらいならば、ティオのもとに部隊を送ったほうが、よほど頭のいい選択である。何より、フォリオンはティオの部隊が全滅することを前提に動いているようにしか、リオデには見えなかった。


「ベルシア、お前は残れ」


 リオデは眼前に並ぶ各部隊長に、ティオの配下に回って戦うように命令を下し終えると、横に居たベルシアに言っていた。


「また、なぜです?」


 怪訝な表情をしたベルシアは、リオデの顔をまじまじと見つめた。


「今回の任務に、お前は必要だ」


 真剣な表情をして言うリオデに、ベルシアは笑顔で答える。


「もしかして、自分に気でもあるんですか?」


「馬鹿をいうな」


 ベルシアの冗談に苦笑を浮かべるリオデ、彼女はそれからまた真剣な表情を浮かべていた。


「今回の任務は敵勢力圏下、生還率が低くなるだろう。そんな時、もし私が死んだら部隊を引き連れて帰れる人間はいない。お前はその時の保険だ」


 リオデの決意のみなぎる青い瞳に、ベルシアは唾を飲み込んだ。彼女からは全く死を恐れた表情が伺えないのだ。普通ならば、絶望的な表情を見え隠れさせてもおかしくない状況だ。にもかかわらず、彼女はこの状況を楽しんでいるようにも、ベルシアには見えた。


「まさか。隊長を死なせるような真似はさせませんよ」


 ベルシアはいつもの軽い調子で笑顔を見せて言っていた。

 昨晩荒れていた空は、雲ひとつない快晴と晴れ渡っていた。その空がベルシアには地獄に向かう前の、冥土の土産に見えて仕方なかった。



 湧き上がる男たちの歓声、その村の隅々まで響き渡る歓声は空を震わせていた。

 兵士たちが細長い村の道を挟んで、思い思いの格好で寛いでいる。その兵士たちの視線の先には、この村で唯一残っている村人の少女、アリナに向けられていた。

 決して不埒な行いをして、男たちの歓声や視線を集めているわけではない。


 アリナは漆黒の毛並みの鳥、グイに跨って疾駆しているのだ。その手綱さばきの腕前に半端はなく、基礎がしっかりとできていて技量も騎兵達を驚嘆させるほど高い。

 村の中でアリナは巧みなグイの手綱捌きを披露し、村に駐屯している兵士たちに一目置かれている。そして、今日も狭い道を、グイを巧みに操って駆け抜けていく。その様子を見ては、兵士たちは歓声を上げていた。


 これがすでに一週間ほど続けられていて、この村で兵士たちが時間を潰すための娯楽ともなっていた。

 その兵士たちの前を駆けおわると、グイを厩舎の方へと繋ぎに行く。それがアリナの日課であり、実戦に備えた練習となっていた。


 厩舎に漂う藁の匂い。アリナはグイを繋いだ後、膝を落とした。


 そして、ついこの前までここにいた村人たちのことを思い出していた。厩舎に集まって楽しそうに好きな男の子の名前を言い合い、恋話に花を咲かせる少女たち、藁を出し入れする厩舎の管理人、外を駆けていた少年たち、家に帰ればささやかで質素ではあるが、温かい食事があった。そして、何よりも、家族が温かく迎え入れてくれた。


 だが、冷酷にも現実が、彼女を引き戻した。


 外から聞こえてくる音、兵士たちが訓練をするときに出す叫び声、軍靴が床を叩いて響かせるかつての我が家、何より、剣を交える耳障りな音が、アリナに突きつけられていた。

 自然と頬に伝う涙、複雑に入り混じった感情が溢れ出し、止めどなく涙が流れでる。


「お、父さん……。お母さん……」


 気づけば、アリナは嗚咽を漏らしながら、声を押し殺してグイにしがみ付いて泣いていた。溢れんばかりの感情が、彼女の口から流れ出ていた。


「大丈夫か?」


 アリナは声を聞いて、ビクリと肩を震わせていた。泣いていて気づかなかったが、誰かが厩舎に入ってきていたのだ。

 恐る恐る顔を声のしたほうへと顔を向ける。そこには一人の青年士官が立っていた。

 精悍で女受けしそうな顔立ちに、黒髪を短く切りそろえたその青年士官は、やさしくアリナを見つめていた。


「ぁ、あなたは」


 涙ぐんだ目をこすり、びしょびしょの頬を袖でぬぐっていた。それでも、彼女の涙は止めどなく流れ出してくる。


「いや、悪い。別に覗きをするわけで来たんじゃないんだ。すまん」


 そう言ってその青年士官は、その場を立ち去ろうとする。


「ま、まって……ください」


 嗚咽交じりのアリナの声に、青年士官は足を止めた。そして、彼女のほうへと向き直る。


「少しでいいです。一緒に、いてください!」


 懇願するアリナに、青年士官は動揺していた。まさか、彼女のほうから呼び止めてくるとは思ってもいなかったのだ。だが、泣いている少女が、そう言っているのだから放っておくわけにも行かない。


 青年士官はアリナに歩み寄り、グイの入れられている一室に入る。そこで、アリナは急に青年士官の胸に抱きついた。どきりとするのも柄の間、アリナはその場で悲鳴を上げるように、嗚咽を交えながら泣き出してしまった。

 途方にくれる青年士官は、仕方なく少女の頭に手を載せて、その艶やかな長い黒髪をなでてあげた。そして、空いた手を背中に回す。

 とにかく、今は泣いてもらうしかない。それ以外に彼女が落ち着く方法はない。


(しかた、ないよな)


 いくら騎乗に長けていても、まだ十四、五の子どもである。ましてや、家族とその周りの村人を一瞬にして奪われたのだ。

 それを今まで、人前で泣かずに我慢してきたこと自体、異常だったのだ。アリナが無理をしていたことに気づいた青年士官は、優しく包み込むように背中をさすり、とにかくアリナをなだめだした。そうして数刻がすぎさり、ようやくアリナは落ち着きを取り戻す。まだ、頬は涙で濡れ、目は真赤に充血している。


「おちついたか?」


 青年の声にアリナはゆっくりと頷いて見せた。


「よし、落ち着いたならそれでいい」


 青年はそういうと、彼女の目の高さまで身を屈めた。そして、彼女に目線を合わせると、ゆっくりと落ち着き払った声で言う。


「リオデ隊長が明日、この村を出ることになっている。そこで君の仕事になるんだが、できるな?」


 アリナは彼の声にゆっくりと頷いて見せた。


「よし、いい子だ。一応自己紹介しておこう。俺はベルシア・ガルアシス。リオデ隊長の補佐役だ」


「わ、私はアリナ・ベルツエン」


 涙目のアリナに、ベルシアは笑みを浮かべて、彼女に優しく言う。


「よし、アリナ。君はゆっくり休んでくれ。明日また呼びに来る」


 アリナにそう言うと、ベルシアは彼女に背を向けて歩き出した。

 ベルシアは厩舎から出ると、大きなため息を吐いていた。これから彼のガイドを担当するのが、先ほどの少女であるのだ。いくら地理に精通しているからといって、あのような精神状態の少女では、いささか頼りない。


 アリナのような問題を抱えている人間を、ガイドとして雇うのは、作戦行動に支障が出るのではないか。そんな疑問が頭によぎる。彼はその場で葛藤した。この事実をリオデに報告し、アリナのガイドを解雇するか。それとも、続けさせるか。そんな、二者択一の選択を、ベルシアは自分の中で決めようとしていた。


 だが、どちらを選ぶにしろ、アリナには精神的苦痛しか残らないだろう。今まで彼女が我慢してきたのも、全てはガイドを解雇されないためである。少しでも支障をきたすのなら、ガイドは即クビだ。

 だからこそ、ああやって頑張っているのだ。だが、その支えをなくした時、果たして彼女はどうなってしまうのか。ベルシアには想像もつかなかった。


(このことは、オレの胸の中にしまっておくか)


 ベルシアはそう心の中で呟いて、村から出て行くティオへの援軍を見つめていた。晴天の空の下、ベルシアは増援部隊を見送ると、自分に割り当てられた家屋に向かった。

 大切なアリナの思いを、胸にしまって……。




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