第一章 決断の時 Ⅲ
Ⅲ
「ここらにいるユストニア兵を、全て生け捕りにしろ」
そうリオデは力強く言い放った。
村の惨状は凄惨を極めた。
四百人近くいた村人のうち、生き残った人々は七十あまり、それも少女や少年が目立っている。
ユストニア軍の一部隊の行いであるのは明らかだった。
だが、捕虜にした兵士はどれも階級の低い兵士ばかりで、指揮官クラスの兵士はいない。
そのため、村に部隊を駐留させ、騎兵隊で追撃部隊を編成、先に逃げたと思われる指揮官を捕まえに向かわせたのだ。
「この村は、もうダメね」
村から出て行く騎兵隊を見つめながら、リオデはそっと呟いてうつむいた。
そして、村のはずれで穴掘りに従事させられる捕虜達に視線を向けた。
「この償いはしてもらう……」
無事、捕虜として生きながらえているユストニア兵の数も、ニ、三十人程度、高原の柔らかな土に穴を掘っている。
その他のユストニア兵は敵前逃亡、あるいは村の中で息絶えている。
「あの……」
グイの横に立つリオデに、小さな声がかかって彼女はその声のした方を向いた。
そこにはこの村の少女が立ち、くもりのない瞳で彼女を見つめていた。
リオデが顔を向けると一瞬表情を強張らせたが、すぐに表情を元に戻し、彼女を見つめ続ける。
「何か用でも?」
優しく答えるリオデに対して、少女は真剣な面持ちになり、リオデもまたそれに答えるように真直ぐな視線を送る。
「私をガイド役として連れて行って下さい」
少女の思いもかけない頼みに、リオデは戸惑いを隠せずに言う。
「い、いきなり何を言い出すのかと思えば……」
リオデはそう呟いたあと、少女をその真摯な目で見据える。
「私達がいつも戦いに勝つとは限らないのよ」
その言葉に怯むことなく、少女はリオデに対して真っ直ぐな視線を向けていた。
「一緒に連れて行ってください! ガイドがいないのは知っているんです」
リオデはこの言葉に、頭を抱えたくなった。おそらくは兵士が「ガイドがいない」と愚痴をこぼしていたのを聞いたのだろう。
村に入る前に口止めをしておくべきであったと、後悔しつつリオデは少女を見つめる。
少女の目には真直ぐと、くもりない青い瞳が煌々と輝いていた。
その目を見て、リオデは少女を問いただす。
「あなたは、なぜ私達と行きたいというの?」
「私は……」
リオデの問いに答えようとするが、そう言ったきりに少女は黙り込んでしまった。
「ユストニア人に対する復讐?」
リオデの一言に肩をびくりと震わせ、少女は地面を見つめて何も喋らなくなってしまった。リオデが放った一言は、少女の真意をついていた。
自分の村が破壊の限りを尽くされ、多くの家族同然であった村人を失ったのだ。
当然の気持ちである。
「私は少しでも、あいつらに復讐ができるなら……なんでも協力したい」
少女は「だから……」と語尾を弱めて言うと、今にも泣き出しそうになる。だが、目を潤ませるだけで、涙は流さなかった。
そこからも少女の決意の固さが窺えた。
(強い娘ね)
リオデは感心しつつも、突きつけられた現実を少女に容赦なく、突きつけることをあえて選んだ。
「私怨だけでね、あなたを選ぶわけにはいかないの。だから、あなたは連れてはいけない」
リオデの言葉に再び下を向いて、少女は何かを考え込んだ。
「それは分かっています。ガイドは少しでもその地に詳しいほうが、危険が少なくて済むんですよね。だったら、私を連れて行ってください。幼い頃からずっと父に連れられて、この山で狩りをしてきましたから、ここらは私の庭の様なものなんです」
少女の言葉にまたしても、リオデは頭を抱えたくなる衝動に駆られる。
いまこの村は壊滅的被害をこうむり、男手は数少ない貴重な存在となっている。
そんな中から、ガイドを引き抜くのも、気の引けるものであり、頼みにくいものなのだ。
まして、ガイドは戦う前に予め用意しておくもの、軍の失態をこの村に押し付けるようで、とてもこの村からはガイドを取れるものではない。
だが、少女の方から名乗り出てきたのだ。それでなお、ガイドとしての資質は申し分ない。要するに断る理由がないのだ。
「まずは、今の村の責任者に聞かないといけないわ、それが筋というものよ」
リオデは真剣な面持ちで少女に言って聞かせると、少女は相変わらずの表情を顔に浮かべていた。
「もう、許可は貰ってます……」
リオデは踏み出した足を止めて、少女を見つめた。
(抜け目のない娘ね……)
彼女はそう思わずにはいられなかった。それも仕方のない事だ。
「でも、私はその責任者に会う義務があるわ」
リオデはそういうと、村の責任者である村長のもとに足を向けた。
幸いな事に、この村の村長は生き残っている。村に突入した後に、リオデは村長と面会し、お礼を言われているのだ。
その代わりに村に部隊を駐留させる事を取り付けた。村長はそれを快く受け入れてくれた。リオデは村の入り口に立つ、中年の男に話しかける。
それに反応し、男は顔を彼女のほうへゆっくりと向けた。
村長としては若い方だろう。初老を向かえる前に、村の長になるものは少ない。
「来ると思って待っていましたよ」
遠くを見つめる村長は、リオデ達が来た丘の方角を見つめ続けていた。
「そう言われるのでしたら、話は早いですね……」
リオデは後ろにいる少女を一度見た後、再び村長を見た。
彼はリオデに背を向けたまま、喋りだす。
「アリナのことですか、彼女のことなら気にせずに連れて行ってください。今村で一番ここらの地理に詳しいのは彼女ですから……。そして何より、彼女はそれを望んでいます」
リオデの希望しない答えに三度、頭を抱えたくなる衝動に駆られた。
彼女が予想していた返答とはいえ、一人の少女をガイドとして連れて行くのだ。
他の成人した男のガイドを付けてくれる。悪くて、ガイドなしの答えをリオデは望んでいたのだ。だが、彼女の願いも虚しく、少女の言うとおりに、少女をガイドとして付けろというのだ。
「しかし……。それでは私達は示しがつきません。我々軍の失態を貴方がたに圧し付けているみたいじゃないですか。それに彼女は子ども、しかも女です」
反論されるのは元より覚悟の上で、リオデは村長にありったけの意見を述べた。
「隊長さん、あなたは勘違いされておる。これは少女一人の意思だけではないのです。これは村全体の意思でもあるのです。それに先ほども述べましたが、地理に詳しい男達はもう残っておらんのです」
彼は暗い表情を浮かべた後、リオデの方を真直ぐと見て、念を押すように言う。
「それに、あなたも女性ではありませんか……。アリナ一人を男共の中に渡すのではないのです。あなたのような美しい女性が側にいてくれるなら、アリナも安心です」
リオデは額に手をやって、地面を見つめた。
そして、今初めて、リオデは自分が女である事を心の底から恨んだ。
自分が女であるがために、少女の命を危険に曝してしまったようなものである。だが、リオデのなかに反論する言葉は、何一つとして見つからなかった。
暫く沈黙したあと、リオデは決心して、真剣な顔付きで村長を見て言う。
「分かりました。責任を持って、必ず村にお返しします」
その顔に女を感じさせるものはなく、一人の信念を持つ人間が立っていた事を、村長は感じ取って安堵の表情を浮かべていた。
リオデは渋々その申し入れを受け入れたことに変わりはないものの、自分の責任で少女を戦場に引き込んだことに、自責を感じずにはいられなかった。
「貴女なら、必ずこの戦いに勝ってくれましょう」
村長は安堵の表情を浮かべたまま、リオデを見つめ続けた。
「隊長! 全ユストニア兵の確保、完了いたしました」
部下の一人がそうリオデに報告をしてくる。リオではいつになく険しい表情をして村長に向き直ると、胸に拳を当てる王国式の敬礼をして、その場を離れていった。