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戦場の鎮魂歌  作者: 猿道 忠之進
最終章 鉱山都市ポルターナ攻防戦
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最終章 鉱山都市ポルターナ攻防戦 Ⅶ

 凸字型をした村の中、ユストニアとタレンジの共同部隊が、一角に王国防衛隊を追い詰めていた。幸いなのはこの村に、非戦闘員がいないことくらいだろう。

 崩れた城壁での戦闘で、親衛隊は善戦していた。しかし、その親衛隊の善戦虚しく、ユストニア軍の猛進を止めることはできなかった。引っ切り無しに続く大量のユストニア兵の猛攻撃、昼過ぎには消耗した親衛隊守備隊は突破され、村にユストニア兵がなだれ込んでいた。奪還は絶望的状況、ラスナは塹壕にまで撤退していた。

 エルディガー達の高原側守備隊もそれにあわせ、防衛線を下げて村の一角で戦うことを決心する。タレンジ義勇軍は守備隊のいなくなった城壁を、難なく突破した。そして、村ないでユストニア軍と合流し、再び猛攻撃に移るのに時間は要らなかった。

 ラスナもエルディガーも、全力を尽くして塹壕にこもって戦った。敵が来れば爆薬を投げて侵攻を阻み、抜けてきた敵を銃でしとめる。だが、夕暮れ時には弾薬が不足し、白兵戦を余儀なくされていた。

 それでも、どうにか夜まで耐えしのぎ、戦闘も寒空と共に自然とやんでいた。

 ラスナは一時的に静寂を取戻した早朝に、陣地内を歩き回っていた。

 そこかしこに兵士たちが横たわり、手当てさえされていない兵士もいる。雪の積もった地面に無造作に並べられた兵士たちの死体。おそらく、手当ての間に合わなかった者が大半であるのだろう。

「ラ、ラスナ隊長」

 彼が陣地内を歩いていると、一人の若い親衛隊員が彼を呼び止めていた。

「なんだ?」

「その、昨日の戦闘で武器庫が敵の手に落ちまして、防具の方が不足しています」

 若い兵士はそう言って、地面に横たわる死体を見ていた。その死体には、傷ついてはいるものの、まだ使える親衛隊の鎧がつけられている。そして、何よりその若い親衛隊員は鎧を身に付けてはいなかった。

 若い親衛隊員の言葉の意味を汲み取ったラスナは、苦笑を浮かべて言う。

「防具の回収を許可する」

 後方にいた兵士たちは、鎧を着る間もなく、ここで戦う羽目となったのだ。それ以外にも、鎧が壊れたという者もいるらしい。

 武器庫にしていた民家は、既にユストニア軍の手に落ちている。防具不足はとても深刻な問題となっていた。

「おい、お前!」

 ラスナは先ほど声をかけてきた親衛隊員を、呼び止めていた。ラスナの声にびくりと肩を震わせる親衛隊員、そんな彼にラスナはゆっくりと近づいていく。

「は! 何でしょうか!?」

「歳はいくつだ?」

「は! 十八です!」

 元気よく返事をする若い親衛隊員に、ラスナは笑みを浮かべていた。

「若いな。卒業したばかりか?」

 ラスナの問いかけに、若い親衛隊員は表情を固めたまま答える。

「は、はい! 今年、親衛隊学校を卒業して、ここに配属されました」

 まだ顔にあどけなさを残す親衛隊員に、ラスナは自身の弟のことを思い出していた。

「これを使え、死体のよりよっぽど、ましだ」

 ラスナはそう言って自分のつけていた鎧を外し、その若い親衛隊員に差し出す。

「し、しかし、それは隊長ので、自分は受け取れません!」

 そう言って親衛隊員は、直立不動のままで動かなくなった。

「ふむ。なら、命令だ。お前はこれをつけろ」

「し、しかし」

 明らかに狼狽する親衛隊員は、首を横に振っていた。

「命令だ。つけろ」

 鎧を差し出され、恐る恐る親衛隊員はその鎧に手をつけていた。

「あ、ありがとうございます!」

 若い親衛隊員はそう言って鎧を受け取ると、頭を深々と下げる。そして、その場から駆け出していた。彼の後姿を見送ると、ラスナは教会へと足を運んでいた。すでに夜が明けて、次の防戦が始まるまで時間はないだろう。

 教会の扉を開けると、長椅子の取っ払われた広い聖堂がある。聖堂内にさえ負傷兵が担ぎこまれており、多くの兵士たちがうめき声を上げていた。

 そんな中、エルディガーがラスナを見つけて、すぐに呼びつけていた。

「早くこい!」

 そう言ってエルディガーは聖堂内にある机の上に、地図を広げていた。その机を前に、二人は腕を組んで地図を見つめる。

「今、動ける兵士は二百もない」

 エルディガーを前に、ラスナはそう言って暗い表情を浮かべる。

「そうか……」

 ラスナの報告を聞いて、エルディガーは黙り込む。既に自分たちの損害が、戦える状態ではないことを、彼も把握しているのだ。

「だが、最後の一兵となってでも俺たちは戦う」

 聖堂内に響き渡るエルディガーの声、それに対して、ラスナは微妙な表情を浮かべる。

 彼の言うことには、同意したい。だが、ここまで攻め入られていては、降伏という道もあるのではないか。そんな考えがラスナの頭をよぎっていた。

 聖堂内にとどまらず、ありとあらゆる建物内に負傷者を収容している。グイのいる納屋にまで、負傷兵を収容しているありさまだ。

 当初いた六百名のうち、戦闘可能人員は二百名以下まで減少している。さらに、そのうち無傷な兵士は皆無に等しい。

 現に目の前のエルディガーでさえ、腕に血の滲んだ包帯を巻いている。

 充分に戦ったと、誇りを持って降伏する道を選んでもいいのではないか?

 ラスナはこの凄惨な現状を見て、そう思い始めていた。

「隊長! 敵軍の軍使です!」

 聖堂内の扉が開かれ、一人の陸軍兵士が飛び込んできていた。

「本当か? 通せ!」

 エルディガーはそう言って兵士に命令する。暫く待つ二人の前に、白旗を掲げたユストニアとタレンジの兵士が一人ずつ入ってきていた。

 二人の前に現れた敵軍の兵士、非武装の状態で自分たちの懐に入ってきた敵軍に、勇気を称える言葉をかける。

 そのあと、早速二人の前で、ユストニアとタレンジの兵士は喋りだしていた。

「貴官らの素晴らしい健闘ぶりに、我々も感嘆しております」

 エルディガーとラスナはその言葉に、顔を見合わせていた。まさか、敵から賞賛の声がかかるとは思っても見なかったのだ。

「しかしながら、あなたがたの部隊はすでに多くの負傷者を出しており、これ以上の戦闘の継続は不可能とお見受けします」

 そういわれて、ラスナは苦い顔をする。実際に彼らの言うことは正しい。医療物資も防具や弾薬も不足している。なにより、ほぼ全ての兵士が何らかの負傷をしている。

 それに加えて、憔悴しきった兵士の士気は低い。

「我々はあなた方を、敬意を持って受け入れる準備が整っています。名誉ある降伏をするのであれば、負傷兵も全て手当ていたしますし、あなた方の身柄も保証いたします」

 兵士はそういったあと、真剣な面持ちで二人を見て、強く言い聞かせるように言う。

「どうか、最良のご決断を……」

 ラスナは悩んでいた。どうやったとしても、この状況は打開できるものではない。エルディガーとて同じ考えではないのか。そう悩んで、彼を見つめる。

 エルディガーも下を向いたまま、何かを真剣に考え込んでいた。

「少しだけ、時間をくれないか?」

 ラスナはそう言ったあと、エルディガーを呼んで聖堂から出ていた。

 聖堂の外の庭、そこに無造作に横たわる兵たちの死体。それを前に二人は見詰め合っていた。暫く無言の空間が続く。

「どうする? 俺の意見を言わせて貰うと、降伏はしたくない。だが、これ以上は戦えない。だから、苦渋の選択として、降伏をすべきだと思う」

 ラスナは真剣な表情で、エルディガーを見据えていた。彼もまたラスナを見据えたまま動かない。

「お前の言うことはわかる。だが、ここで降伏すると、これまで死んでいった同胞に合わせる顔がない。それに、ポルターナでもまだ、味方が戦っているんだ。俺たちだけが、降伏して、のうのうと敵の中で過ごせるものか。俺は降伏するくらいなら、自害する」

 エルディガーの決意、その瞳をみて彼の決意が固いことを悟る。ラスナとしても、降伏はしたくない。だが、現状を知れば、ポルターナの人間もその健闘を称えるはずだ。何も恥じることはない。

 明らかに温度差のあるエルディガーとラスナの意見の違い。

 これまで親衛隊と陸軍が一丸となって戦ってきた。だが、この究極の選択を前に、二つの意見が真っ向からぶつかっていた。

「ラスナ、君が降伏したくば、部下と共に投降しても良い。だが、我が陸軍部隊は、たとえ親衛隊が降伏しても、最後の一兵まで戦い抜く所存だ」

 これが親衛隊と陸軍の温度差といってもよかった。極限の状況下、どう決断をするか。それはこれまで教育を受けてきた過程の違う組織の表れといっていい。

 あくまで親衛隊は治安維持を目的とした組織だ。軍隊的要素もあるが、それは付加価値に過ぎない。それに対して陸軍は、自国の領土を守るためなら死をも覚悟する。そのように彼らは教育を受けてきている。

「そんなことはできない。我々親衛隊とて、同胞が目の前で死んでいくことは、見過ごせない」

 ラスナはまっすぐとエルディガーを見据える。

「で、あれば、決まりだな」

 ラスナはエルディガーの言葉に、無言で頷いていた。それはあくまで、親衛隊の意思であるがのごとく、真剣な表情で見つめる。

 親衛隊が陸軍に引っ張られる形での、降伏の拒否だ。この時、陸軍の兵士も、親衛隊員も数はほぼ半々だった。しかし、数などここまでくれば関係はなかった。

 答えを出した二人は、聖堂に向かって足を踏み出していた。

 その足取りは、決意した男の固い足取りだった。



「隊長! ポルターナの攻略部隊が退却を!」

 その言葉にカートは走って事実を確認しに向かっていた。陣地内では昨夜受けた被害が明らかになり、攻略部隊は城壁の前から兵を引いていた。

 それどころか、陣地をさらに下げようと動いているのが、上から見ると一目で分かる。

 退却しているようにも見える。しかし、カートにはそれが部隊の建て直しであることがすぐにわかった。

「ばか者! あれは退却ではない。部隊の再編成をしているだけだ」

 カートの言葉に、兵士はすぐに陣地を見直していた。少なくとも日が上がって判明した被害は、四千名近い数に登っていると聞いた。攻略部隊の七分の一が、一夜にして失われたのだ。後方に一旦退いて、態勢を立て直すのは当然の処置だ。それを兵士は撤退と勘違いしたのだ。

(兵士たちの不安も大きくなってきているのだろう。早々にこの村を陥落させなければならないな)

 カートは状況を確認し終えると、決意を改めて村の中の方へと戻っていく。

 遥か向こうに見える教会、そこに敵はこもっている。カートは一度で良いから、ここで戦っている指揮官と対面して、話がしたかった。そのため、自らが軍使になろうとした。

 しかし、部下の根気強い反対によって、それが阻止されて落胆していた。

 当然といえば、それが当然の結果である。ここの最高指揮官が、武装もせずに敵地に赴くことなど、言語道断である。かつて、そのようなことをした人間はいない。

 ましてや死の危険のあるところに飛び込むことなど、最高指揮官のすることではない。タレンジ義勇軍からは、失笑される始末である。

 そうまでしても、カートは敵の指揮官と謁見したかったのだ。

 常に自分の常識を凌駕してきた敵と、一度で良いから話をしてみたかったのだ。だが、その機会は失われた。それに、カートはため息を漏らすしかなかった。

 だが、この降伏を受け入れてくれれば、その願いもかなえられるかもしれない。なにより、多くの兵士たちがこれ以上戦わずにすむのだ。

「隊長! 軍使が帰ってきました」

 カートはその声を聞いて、教会のほうへと目を向ける。塹壕を越えて軍使として使命を果たした兵士たちが、ユストニア側の陣地へと戻ってきていた。

 カートはその兵士に駆け寄って、結果を聞く。

「彼らの抗戦の意思は固く、降伏はありえないとのことでした」

 軍使はそういって、カートに告げていた。カートはそのまま動きを止めていた。

 村の七割を掌握した状態のユストニア軍、ここで戦う意義はすでに失われている。ポルターナの高原を見渡せる場所は失い、残ったのは後ろに山を囲われた何も見えない袋小路である。

 それでも、彼らは投降してこなかった。

 なにが彼らをそこまで突き動かしているのか。カートには理解できなかった。

 暫く沈黙していたカートだったが、すぐに表情を真剣なものに変えていた。

「仕方がない。全軍! 総攻撃を再開する」

 全軍に対して、カートは命令していた。

 命令を待ちわびていた兵士たちが、槍を突き出して前に進みだす。教会を背中にして、残った村の領地を守るように掘られた塹壕。ユストニアの兵士たちは隊列を維持して軍靴の音を響かせながら進んでいく。

 塹壕からは散発的に発砲がくりされるが、その数も一時の猛攻撃に比べれば、すずめの涙のようなものだ。

 ユストニア兵たちは、そんな塹壕に向かって、足を進めていく。

「王国陸軍の意地を見せてやれ! 我々の鉄の意志を、奴らに見せ付けるのだ!」

 応呼する陸軍兵士たち、親衛隊員もそれに倣って歓声をあげていた。

 雄たけびを上げて走り出すユストニア軍兵士たち、塹壕の中から王国軍の兵士たちも飛び出していく。

 ほぼ弾薬がつきた今、ここで塹壕にこもって戦う意味はなくなっている。篭っていれば、槍で上から串刺しにされる恐れがある。

 次々と飛び出していく王国陸軍兵士と親衛隊員。そして、それに向かっていくユストニア軍の兵士たち。

 彼らの最後の戦が、今始まっていた。


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