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戦場の鎮魂歌  作者: 猿道 忠之進
最終章 鉱山都市ポルターナ攻防戦
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最終章 鉱山都市ポルターナ攻防戦 Ⅵ

「あなた方は、このような杜撰な作戦で、戦っていたというのですか!?」

 強く机を叩きつける音が、作戦司令室に響き渡っていた。

 一同がリオデの怒鳴り声に、目を点にしていた。親衛隊の高級参謀や、陸軍将校、そして、この作戦司令室に呼び出されていたフォリオンとホフマンも、同じように唖然としてリオデを見ていた。

「敵の侵攻を本気で食い止めるのであれば、あの通路に全軍を投入すべきです! 強固な陣地を敷いておきながら、それを運用するには足りない人数で、陣地を運営させ、結果的に、彼らを犬死させた! これは大失態です!」

 リオデの剣幕に圧され気味だった親衛隊参謀が、その重い口を開いて反論する。

「だが、彼らのおかげで、このポルターナの攻略が四日は延びた。それに生き残った彼らは一千以上の敵をここから遠ざけている」

 その言葉を聞いたリオデは、再びその参謀を睨みつけながら声を上げていた。

「たった、たった千人を引き離すために、二千名余りを犠牲にしているというのですか!?」

 親衛隊参謀はそれに黙り込んでしまった。例え、中央道側での被害を合わせたとしても、その数は知れている。多く数えても三千人だろう。

 リオデは味方を孤立させるような作戦をとったここの司令官に、怒りをぶつけていた。

 司令官は親衛隊員であり、一応は軍学校を卒業しているという。だが、その防衛作戦に、リオデは憤りを感じざるをえなかった。

 道を守備する部隊は、あくまで最初から捨て駒として配置していたのだ。

 しかも、一方が陥落すれば、撤退することなどはさせずに、できるだけポルターナから敵を引き離すために、拠点を死守せよと命令していたのだ。

 それに裂かれた敵の戦力はおおよそ一千と八百、だが、これだけの敵を裂くのに、二千二百名の命を捨て駒として使った。

 余りにも代償としてはでかすぎるものがある。

「私が守備司令官であれば、守備隊は分散させず、全兵士集めて、このポルターナで戦わせます! 二千名もいれば、たとえ城壁を破られたとしても、対処はできます!」

 そう守備司令官の前で、リオデは叫んでいた。それに同調したのが、親衛隊司令より立場が上であるはずの陸軍将校だった。

「全くもって、だから、最初から全軍でここにこもるべきだといったのだ!」

 その陸軍将校のみならず、他の陸軍の将校までもが親衛隊に向けて批判的態度をとっていた。そこで、リオデたちはこの作戦司令部の主導権を、親衛隊が掌握していたことを理解した。

 兵士の数の上で親衛隊が多いので、親衛隊が主導権を掌握していたのだ。そして、親衛隊が守備作戦を立案し、実行した結果がこれだった。

 今の今まで、陸軍側は何も言えなかったのだろう。涙を浮かべてリオデの言葉に頷いている将校さえいた。

 なにも言い返せずに、親衛隊側は黙り込んでしまっていた。

 なぜ、このような味方を捨てるような作戦をとったのか。リオデたち陸軍軍人たちには理解できなかった。山道側の村では、混成部隊が戦っている。

 それが現実だった。

「なにか、救出の手立てがあればいいのだがな……」

 ホフマンがリオデの横でそう呟いていた。フォリオンも同じように考え込んでいた。

「いまさら、あの村に行ったところで、生存者などいまい」

 親衛隊の参謀の一人がそう言って、作戦地図に視線を向けていた。地図上で山道側の村は、陥落したことを意味する×印がつけられていたのだ。

「どういうことです?」

 フォリオンがその参謀に向かって、鷹揚な態度で聞いていた。

「昼ごろ、村の高原側の城壁が陥落したのを確認したのだ」

 一人の陸軍将校が表情を暗くして、俯いて答えていた。村の城壁が破られたとなれば、村には大量の敵がなだれ込んでいるだろう。

「では、生き残りはいない……と?」

 リオデが真顔でその将校に向き直っていた。

「いや、それはわからん。夕方には、まだ敵が村の中に留まっているのを確認している。それに、陥落しているにしては、まだ敵が村側から出てきていない」

 もしかすると、まだ村内で味方が抵抗を続けているかもしれない。可能性はゼロではないと、陸軍将校は言っているのだ。

「ばかな。既に城壁が破られているのに、味方が生き残っているわけがない」

 親衛隊の参謀はそう言って、地図上の村を見ていた。

「そうやって貴様らは、味方をまた見捨てるのか? また味方を犬死させろというのか!?」

 陸軍の将校の一人が、親衛隊の参謀に罵声を浴びせる。彼らもこれ以上は好き勝手にされたくないのだろう。

 敵の進軍阻止の二千二百名の内、陸軍は一千八百名の兵士を中央道側に裂いていたのだ。

 その殆どはすでに戦死している。

「最初からその予定であった。救出の必要はない」

 親衛隊の参謀の一人がそう冷たくあしらう。

「生きていれば、救出すべきです!」

 リオデはその参謀に向かって、怒鳴っていた。フォリオンやホフマンも全く持ってリオデと同じ意見を持っていた。例え陥落寸前とはいえ、味方があの地で戦っているのなら、救出に向かうのもまた当然である。

「だが、どうする? 敵はこのポルターナを包囲しているぞ?」

 親衛隊の参謀はそう言って、再び地図を指差していた。

 ポルターナの高原に配置してある敵の部隊が、地図上には記されている。どの敵も多くが南西側に向けて配置してある。

「それなら、ご安心ください。我々が大砲を破壊した上に、敵の総司令部もつぶしてきましたからな」

 フォリオンはそう言って地図上の大砲と、敵の総司令部に×印を入れていた。今夜の襲撃での戦果は、充分に敵の侵攻を遅らせることができる。

「それに、これだけの被害を受ければ、敵も態勢を立て直すために、一旦引き上げるでしょう。そこが狙い目です」

 フォリオンはそう言って、地図を睨みつける。だが、それでいて口元は緩んでいて、不気味な笑顔を作り出していた。

「なにを、しようというのだ?」

 親衛隊の参謀は、フォリオンに奇異な視線を向ける。それを気にした様子もなく、フォリオンは説明を続けた。

「おそらく敵は、我々がこの城から出ないと、たかをくくっているでしょう。だから、この布陣全てを立て直すために、高原入り口まで退却するはずです」

「そんなことは明日になってみないと、分からんぞ」

 親衛隊の参謀は、そう言ってフォリオンを睨みつける。

「果たしてそうですかな?」

 フォリオンは不敵な笑みを浮かべて、その参謀を見ながら説明を続ける。

「作戦本部を潰された今、そのまま城壁前に布陣していても、まともに部隊は動かないでしょう。むしろ、城壁からの反撃で、各個撃破される危険さえある。それに加えて、今の状態で、我々が出て行って敵の攻撃に向かえば、どうなります?」

 親衛隊の参謀は少し考えて、言葉を選びながら答えた。

「それは当然、敵は混乱してまともに戦えんだろう」

「そう、指令の行き渡らない部隊など、簡単に蹂躙できます」

 フォリオンはそう言って、再び地図に目をやった。

「その危険もあるからこそ、敵は一時的ではありますが、城壁前から完全に退却するでしょう」

「だが、敵はいつ態勢を立て直してくるかもわからんぞ」

 親衛隊の参謀がフォリオンに向けて、鋭い視線で見つめる。

「まあ、三日もあれば態勢は立て直すでしょう。だからこそ、我々がここにいる」

 フォリオンはそう言って、リオデに向き直っていた。まっすぐで真摯な視線を向けて、いかにも何かをいうような顔をしている。

「我が国が誇るグイ騎兵隊、それは他国にはない俊足の大騎兵隊です。リオデ少佐、君にその任を一任しようと思う」

 急な展開にリオデは面食らっていた。まさか、自分が救出部隊の指揮に任命されるとは、夢にも思っていなかったのだ。

 だが、フォリオンの一任だけでは、この救出作戦でリオデが指揮を執ることを許されない。そのため、フォリオンは司令部に並ぶ面々に向き直っていた。

「我々騎兵大隊がかの村に突入し、残存軍を救出に向かう。そのことで諸君らの中で、私の任命に異論のある者はすぐに申し出てくれ」

 誰一人としてフォリオンに対して、何もいおうとはしない。親衛隊の参謀の面々も、沈黙を決め込んでいるかのように喋らない。陸軍将校たちはむしろそれを受け入れるかのごとく、明るい表情をしてフォリオンを見ていた。

「ホフマン少佐、君はどう思うかね?」

 フォリオンは横にいたホフマンに向き直り、彼に顔を向けて意見を待っていた。

 しばしの沈黙の後、ホフマンはまっすぐとフォリオンに向き直っていた。

「いいでしょう。私の指揮下の騎兵隊、全てをリオデ隊長に任せます」

 ホフマンの言葉にフォリオンは表情を緩める。それにホフマンは、続けて言う。

「その代わり、リオデ隊長、あなたの指揮下の騎兵隊以外の部隊を、再び私の指揮下に置かせてはくれないか?」

 リオデと面と向かうホフマン、見下げる形でリオデを見つめる形となっている。だが、彼女は真っ直ぐな濁りのない瞳で、彼を捉えていた。

「私の部下の命、あなたに預けます」

 一応のまとまりをみたフォリオンは、司令室を見回す。そして、納得のいかない表情を浮かべている親衛隊の参謀を見た。

「ここまでは、決まりです。ですが、我々だけでは、この作戦成功はしません」

 陸軍の将校たちがその言葉に、フォリオンの方へと顔を向けていた。

「我々、陸軍の城壁守備隊も、この作戦に協力します」

 陸軍側の最高指揮官がそう言って、フォリオンに向かって具申していた。

「あとは、親衛隊のあなた方だけですが、協力、してくれますな?」

 フォリオンはそう言って、対面する親衛隊の参謀たちに聞いていた。彼らはフォリオンの言葉に、何も言い返せずに、ただ頷くことしかできなかった。

「よし、それでは、早速作戦の立案にかかろう」

 フォリオンはそれを確認すると、地図の前に立っていた。

 ×印のついた村から、どのように敵を追い払うのか。それをこれから、ポルターナの守備隊と近衛師団の一連隊が共同で模索しようとしていた。

 作戦会議は、その夜が深けるまで続いた。一息ついた頃には、既に空は明るくなり始めた頃だった。

 リオデはある程度の時間を見て、作戦司令室よりでていた。外の新鮮な空気を吸いに、ポルターナの中心街を見渡せる塔のほうへと足を歩める。

 長い螺旋階段を登り、誰もいない塔の屋上へと出る。

 木の扉を明けたとき、紺碧の空が、星を少しだけ映していた。早朝の冷え込みの中、リオデは大きく息を吸い込む。肺を満たす冷たい空気、それを感じると一気に息を吐いていた。白い息が一瞬にして早朝の空に吸い込まれていく。

「隊長、よろしいでしょうか?」

 いつの間にか後ろに来ていたベルシアが、彼女に声をかけていた。

「なんだ?」

 リオデは空を見ながら、答える。

「その、いいにくいことなのですが、ラスナ大尉の件で」

 ベルシアの言葉に、リオデはその清々しい表情をゆがめる。

「なんだ?」

 言い難そうにベルシアは顔を彼女から背けて、そして、小さな声で言っていた。

「ラスナ大尉は、例の村で守備の総指揮を執っている。と聞きました」

「そう、か」

 リオデはその報告を聞いて、顔を俯かせていた。

「すまないな。こんなことまでさせて」

 リオデはポルターナの無事を確認して安堵していた。彼女は今すぐにでも、ラスナと顔をあわせたかった。それゆえ、ベルシアにラスナの安否を確認させていた。

 本来やってはならないこと。だが、紛れもない上からの命令で、ここポルターナに来られたのは事実である。

 このくらいのことは許して欲しい。リオデは内心そう思っていた。

「いえ、構いません。隊長がここまで来られたのは、偶然です。だから、自分のフィアンセの安否を確認するくらいは、許されますよ」

 ベルシアはそう言ってリオデの横に立っていた。

「それに、隊長。まだ、あそこが完全に敵の手に落ちているかは分からない」

 そう言って顔を高台にある村に向けていた。傾斜のある道には、いまだに敵の兵士が群がっているのが見て取れる。

「だからこそ、明日、救出作戦が展開される」

 リオデの言葉にベルシアは、表情を明るくして彼女に向ける。

「本当ですか!?」

「あぁ」

 ベルシアはそれに少しだけ、表情を緩めていた。そして、微笑を浮かべて言う。

「良かったじゃないですか」

 そんなベルシアに対して、リオデは顔を俯けて言う。

「だが、ラスナが、生きている保証はない」

 リオデはそう言って再び顔を俯けていた。そんな暗い表情のリオデに、ベルシアは明るい表情で語りかける。

「隊長、絶対に大尉は生きてます。総指揮官が頑張ってるからこそ、まだ、敵はあそこにいるんです」

 そんなベルシアに構わず、リオデは暗い表情のまま、再び朝靄のかかる空を見上げていた。心苦しい戦況、村側はすでに陥落寸前であるのは間違いない。

「だと……いいがな」

 リオデはそう言うと、早々にベルシアに背を向けていた。そして、その哀しい背中を見せながら、塔の屋上の螺旋階段の入り口へと向かうのだった。


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