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戦場の鎮魂歌  作者: 猿道 忠之進
最終章 鉱山都市ポルターナ攻防戦
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最終章 鉱山地帯ポルターナ攻防戦 Ⅳ

「ここを超えれば、ポルターナです」

 アリナは最後の一歩を踏み越えて、ポルターナの街のすぐ後ろの山頂に立っていた。

 夕日が沈んでいきつつあるが、急な傾斜がポルターナ高原に一直線に続いているのが、かろうじて見えた。

 だが、その高原には幾重もの陣地が敷かれ、ポルターナの街を包囲していた。

 その光景に、アリナは言葉を失っていた。

「案内、ご苦労様。アリナ」

 リオデは彼女の肩に手をのせていた。それに対して、アリナは彼女の胸にしがみついて、眼下のポルターナを見つめていた。

 損傷が酷い南西側の城壁に、間断なく大砲の弾が降り注いでいる。それでも、兵士たちは冷静にそれに対処していた。

 城壁の一部が砲弾に破壊されれば、すぐに体格の良い男を連れて走っていく。そして、修復作業にかかる。だが、だれがどう見ても、南西側の城壁には限界が迫っていた。

「近いうちに、あそこの城壁は落ちるな」

 リオデはそう呟いていた。その横にホフマンが現れ、彼女の横で呟くように言う。

「だろうな。だが、ここから我々が現れるとは、敵は微塵も思っていまい」

 彼はそう言って鋭い瞳で、ポルターナを眼下に収める。リオデはその言葉を聞いて、すぐにその場をかけだしていた。そして、まだ、到着していないフォリオンのもとまで駆け寄る。彼に現状を報告して、すぐに作戦の立案を具申していた。

 フォリオンもそれに応じていた。

 すぐに各部隊から将校が徴集される。そして、ポルターナの裏の山肌で将校たちが集まって、作戦会議を開始していた。

「リオデ君、君の作戦案を聞こう」

 フォリオンがそう言って、彼女を見ると、一斉に他の将校もリオデに顔を向けていた。

「今正に、夜が訪れようとしています。そこで、私は敵に対して、夜襲をかけたいと思っています」

 その場にいた将校全員が、顔を見合わせていた。大部隊での夜襲は、同士討ちというリスクも伴っている。それを即座にその場にいた全員が思い浮かべたのだ。

「我々が日中に現れて、どうどうと顔を出しても、おそらく包囲されて、命運は見えきっています」

 山頂からグイで駆け下りたとしても、そうとうな時間がかかる。山頂から姿を現せば、敵は混乱するだろう。だが山を下りている間に、混乱を建て直すことは充分にできる。混乱さえ立て直せば、リオデたち援軍に対して、充分な対処をすることもできる。

 それを説明し、リオデは夜襲を提案した。まわりの将校たちで、それに反対するものはいなかった。彼女の意見に対して、だれも反対意見を出さなかったのは、現状が把握できているからである。

 現状を見る限り、ポルターナの南西側はいつ陥落してもおかしくない。であれば、敵にできるだけ損害を与えて、時間を稼がなくてはならない。

 最も望ましいのは、敵を撤退させることである。

「できるなら、騎兵隊で敵陣地の奥深くを襲撃し、その後方で歩兵隊の支援を貰いたいと思っています」

 リオデの意見に対して、ホフマンがすぐに言う。

「君は、どうする。今まで騎兵による突撃に参加してきたらしいが、今回もその突撃に参加するのか?」

 ホフマンはそう言って、リオデを問い詰める。彼女は暫く黙り込み、考える。

 今回はフォリオンにホフマンもいる。何より、騎兵の数だけなら二千四百以上の数がある。それに加えて、さらに歩兵隊までもが、今までの倍以上の数をそろえている。

「できるなら、私自らもその攻撃に参加したいと思っています。前線で指揮を執り、的確に敵の急所を突きたい。そう考えています」

 ホフマンをまっすぐ見つめるリオデ、それに、彼は答えていた。

「よし、いいだろう。後方の歩兵隊は俺が指揮する。君に我が騎兵隊を、預けよう」

 フォリオンは話がまとまったのを見て、笑顔で頷いていう。

「そうと決まれば、作戦を決行する準備に取り掛からねばな。各隊に伝達、夜になる前に、戦闘準備をすませ、山頂に集合だ」

 フォリオンの言葉に、山の裏は大忙しに動き回っていた。リオデを主軸とした騎兵隊は、山の山頂近くに待機し、その前方にフォリオンとホフマンが指揮をする歩兵部隊が控える。

 その間にも、敵陣地内の情報がつぶさに集められていた。

 南西方面に敵の主力が集中しており、絶え間なく砲弾を射出している大砲も、全てそこに配置されている。だが、今回騎兵達が目的としているのは、さらにその後方にある。入り組んだ陣地だ。

 大きなテントと、昼夜を問わずに警備の兵が立っている場所だ。そこには、このポルターナを陥落させようと、指揮を執っている敵の部隊長たちがいる。

 大砲を破壊するのは、歩兵隊の役目だ。歩兵隊が大砲の破壊に向かっている間に、リオデたち騎兵隊は陣地を強襲することとしたのだ。

 このポルターナを蝕む、蛇の頭と胴体両方を潰そうとしているのだ。

 部隊の配置が完了する頃には、既に日が沈んでいた。だが、山頂から敵陣地の配置は、全て見えていた。ユストニア軍の指揮所には、いまだに煌々と松明がたかれていたのだ。

「この夜の闇に乗じ、我々、騎兵隊は奇襲をかける」

 リオデは後ろに控えるベルシアや、ティオに対してそう語りかけていた。

 それだけではない。かつて、リオデを嘲笑していたあのウェリストまでもが、彼女の後ろに付いていた。ただ、その彼は明らかにリオデが指揮を執ることに、不満な態度をとっていた。

 その間にもホフマン指揮する歩兵隊の第一陣が、その急な傾斜を下りだしていた。闇夜に乗じて前進を開始する歩兵隊、その後ろに続いてゆっくりと騎兵隊も足を踏み出す。

「全軍、前進だ」

 リオデたちの後ろに約二千四百の騎兵隊が隊列をなして、前進を開始する。

「隊長、手はずどおり、我々は指揮所を潰しますよ」

 ベルシアの言葉を頼もしく思ったリオデは、笑みを浮かべていた。

「信頼しているよ」

 そして、傍らに控えているアリナにも顔を向けていた。

「アリナ、絶対に私から離れるな」

 彼女を一人にしておくわけにもいかず、リオデはアリナの卓越した騎乗技術を見込んで、戦場に連れて行くことにしていた。アリナを戦場に連れ出すことなど、リオデとしてはしたくはなかった。だが、アリナを他の誰かに任せるわけにもいかない。

 苦渋の決断の上、アリナにそのことを告げる。すると、彼女も決意していたかのように、当然と頷いて見せていた。もとより、彼女はこの戦場に身を投じるくつもりだったのだ。

「はい! 足手まといにならないよう、がんばります」

「その意気だ。けして、はぐれるな」

 リオデは返事をするアリナを見たあと、ベルシアとティオを見ていた。もしものことがあれば、アリナを頼むと、予め二人に言っているのだ。

 夜の闇が部隊を覆い隠し、真っ黒な丘陵地帯を連隊はゆっくりと進んでいた。

 敵の大砲は夜の間も、砲撃を続けていた。そのおかげで、フォリオン連隊の前進に気づく兵士もいなかった。それどころか、ユストニア兵達は陣地の中で、眠りについているものさえいる。

 フォリオンたちの接近にも気づかないまま、のんきに眠りこけているのだ。

 長い傾斜をようやく下りた時、歩兵隊が高原に足を踏み入れる。

 それと同時に騎兵隊が、歩兵隊とは違う方向へと駆け出していた。歩兵隊が目指すのは大砲陣地だが、騎兵隊が目指すのはその後方の敵の作戦本部だ。

 リオデは歩兵隊を追い抜かすとき、騎兵槍を空高々に上げて見せていた。それに答えるかのごとく、大剣を抜いてホフマンが答えて見せていた。

「これからが本番だ。アリナ! 着いてきているか!?」

 リオデの叫びに、アリナは横にぴったりと横にグイを寄せて答えていた。

「はい!」

「その位置から、絶対に離れるな! 私がなんとしても、守り抜く!」

 アリナに強く言い聞かせると、それと同時に回りに騎兵達が密集してきていた。

 横にはティオ、前にはベルシア、後ろにはウィルフィ、そして、先頭を行くのはウェリストだ。その周りにも多くの兵士が付いている。

「これは別に、お前たちを守ろうとかじゃない。俺たちが先攻して、手柄を立てるためだ!」

 ウェリストはリオデに向かってそう告げる。そして、リオデとアリナに背を向けて、グイを全力で走らせる。

 グイの一団は、防柵のない陣地に入ろうとしていた。それと同時に、大砲の砲撃がやむ。その代わりに、男たちの叫び声と、刃を交える音が、辺りに響き渡っていた。

 前線の大砲の襲撃と同時に、リオデたち騎兵による陣地奥深くの強襲、ユストニア軍陣地は完全に混沌とした状況になっていた。

 それこそ、彼女の思い描いていた理想的奇襲だ。

 敵陣地奥深くまで入っても、騎兵ならば即座に撤退行動に移れる。なにより、その俊足は敵が襲撃に気づく間も与えずに、攻撃に入れる最大の武器だ。

 敵陣地に突入したリオデは傍らに付く、各中隊長に命令を下していた。

「目に付いた敵の歩兵は、蹴散らしていけ! 第一、第二中隊は敵歩兵陣地に突入して、敵をかく乱しろ! 第三中隊は、逃げ道の確保だ。残りは、敵本陣に突入!」

 リオデの指令を聞いた各中隊長は、指示通りに部隊を動かしていく。そして、ユストニア陣地をかき回していた。

 小隊二つ分の数である300名の中隊、大よそ六百名が敵の歩兵陣地に突入し、三百名が撤退のルートを確保するために沸いてくる兵士を倒していた。

 慌ててテントから出てくるユストニア兵、それに騎兵隊が次々と襲い掛かっていく。

 リオデはその様子を一瞥すると、松明を灯している遥か前方の陣地を目に捉えていた。

 さすがに敵司令部ということもあって、常駐している兵士は襲撃に気づいていた。

 だからこそ、兵士たちは襲撃に冷静に対処しようとしていた。

 司令部前に部隊を固めて、周りを火で灯して大きなテントを後ろに守勢に入っている。だが、それが逆にリオデたちを突入に、駆り立てていた。

 敵がそれだけ厳重に守備を固めた。すなわち、そこに攻略部隊の指揮官がいることを、意味しているのだ。

「アリナ! これから、敵の総本陣に乗り込む。離れるな!」

 すぐ横を走るアリナに対して、リオデは叫んでいた。そして、再び、彼女は腹のそこから叫び声を上げていた。

「前方の松明のある陣地前に集結! 突入隊形だ! 横陣に展開!」

 リオデの一声で、後ろに列をなしていた騎兵達が、彼女の横へと何重にも並んでいた。

「騎兵槍! 構えろ!」

 横に兵士たちが並ぶのを見るなり、リオデは命令していた。

「総員! 突撃!」

 段々と迫り来る王国騎兵の方陣、ユストニア兵たちは、唾を飲み込んでリオデたちを待ち受けている。分散したとはいえ、リオデの元にいる兵士の数は一千五百の大部隊だ。守備を固めても、精々百人程度しか、司令部前にはいないのだ。

「勝敗は見えた! 本陣を荒らしたあと、できるだけ、敵陣地をかき回しておけ!」

 リオデの声が聞こえ、騎兵達が一斉に歓声を上げる。

 それに驚いたユストニアの指揮官が、大きなテントより飛び出してきていた。

 闇の中に照らし出されるその姿、驚愕の表情を浮かべてリオデたちのほうへと顔を向けていた。

 雄々しく叫ぶ騎兵達は、瞬時にして敵守備隊を打ち破り、そして、敵の総司令部へと突入していた。

 燃え盛る松明を蹴倒し、次々と本陣に乗り込んでいく騎兵達、このとき、ユストニア軍は命令系統を遮断された。

 どこに集まれとも、どこに行けとも命令がでず、兵士たちは途方に暮れるだろう。

 松明を手に本陣のテントに火を放っていき、敵本陣は火に包まれていく。

 リオデはとにかくアリナを横につけたまま、燃え盛る本陣の中で指揮を執っていた。

「本陣の設備をとにかく破壊しろ! それが完了次第、敵歩兵陣地を蹂躙しながら、味方に合流するぞ!」

 リオデの叫び声に、大勢の兵士が返事をしていた。仮にもユストニア本陣である。いつ、援軍が駆けつけて、乱戦になるかわからない。

 そうなる前に、ここをできるだけ焼き払わなければならない。

 だが、無情にも、歩兵隊から合図があがっていた。城壁側から火矢が高く、何度も上げられていたのだ。

 最後の大砲を破壊したあとに出される合図、ポルターナに撤退せよ。

 その合図を目にしたリオデは、即決して部隊に命令を下していた。

「全員に告ぐ! このまま、ポルターナに向かうぞ!」

 リオデはグイを、ポルターナに向けて走らせる。一斉に走り出す騎兵達、その一糸乱れぬ走りに、ユストニア兵は唖然としていた。

 敵歩兵陣地では、何が起きたのかさえ定かではないのだろう。リオデたちが目の前を通り過ぎていっても、ユストニア兵は襲ってこなかったのだ。

 騎兵達は目に入ったユストニア兵を、次々と突き刺していく。それにようやく、リオデたちが敵であることを知って、ユストニア兵たちは、あっという間に陣地を放棄して逃げていた。

 それからの展開は一方的なものだった。リオデたちの騎兵隊は、大した被害もなく、殆どの兵士がポルターナの城門前に、帰還していた。

 未帰還者の報告も入っていたが、その数も百を越えることはなかった。

 襲撃の混乱を収めるのに、ユストニアは朝まで待たなければならなかった。多くの兵士が燃え盛る本陣に向かって、殺到している。だが、すでに襲撃者はポルターナに帰還していた。

 リオデたちが城壁前に着いたとき、城壁の上で兵士たちが歓声を上げていた。外の異常に気づいた兵士たちが、敵陣地が襲撃を受けていることに気づいたのだ。

 なにより、ポルターナの兵士が歓喜していたのは、ここに援軍が来たことである。

 自分たちは見捨てられてはいなかった。このことを知れば、ポルターナの市民全てが喜ぶだろう。

 城門が開き、次々と収容されていく騎兵達。リオデははぐれずに付いてきていたアリナに顔を向ける。そして、笑顔で彼女に言う。

「よく、はぐれなかった。今日はゆっくり休みなさい」

 アリナは興奮冷めやらずという顔で、ゆっくりと頷いていた。迅速に動いていく兵士たち、切り倒されるユストニア兵、彼女はそれを見てきた。

 だが、けして悲鳴を上げることもせず、冷静に行動をしていた。

 リオデが見た限りでは、そう感じられた。

「わかりました」

 そう一言だけ言うと、アリナはリオデと城門を潜って、ポルターナに入っていた。

 戦闘の勝敗は瞬時で決まる。それを体現したような戦いは、ユストニアの攻略部隊に多大な被害を与えて終了していた。


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