表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦場の鎮魂歌  作者: 猿道 忠之進
最終章 鉱山都市ポルターナ攻防戦
20/27

最終章 鉱山都市ポルターナ攻防戦 Ⅱ

 幾度となく繰り返される突撃、簡素な城壁に向かってユストニア兵たちは走っていく。

 これで何度目の総攻撃か、それはわからない。ただ、なんとしても城壁には、敵を辿りつかせてはならない。

 ラスナは城壁の上で、卓越した指揮をして見せていた。

「投石器の油が、次で最後です!」

 ラスナに向かって一人の親衛隊員が叫んでいた。すでに武器弾薬のうち、投石器の油がそこを尽きようとしていた。敵にはそうとうな被害を与えていたが、それも繰り返すうちに効果をなさなくなってきていた。

 敵は燃え広がる油に対して、雪を使用した消火作業を的確にこなしていく。その上、狭い道ということもあり、大まかな着弾位置が敵に知れ渡っていた。

 最初こそ効果はあったものの、効果がありすぎて早急に対策を立てられてしまったのだ。

 そのため、敵に与える被害も段々と、少なくなっていた。そして、この城壁に取り付くために、敵の歩兵隊は新たな兵器を導入していた。

 矢や銃弾を塞ぐための木のL字型をした板状の盾を、歩兵の隊列に装備させたのだ。歩兵の隊列十人分が、すっぽり入り込んでしまうほどの大きさだ。木とその内側をこのレルジアントで取れた良質な軽い鉄の板で覆った盾。開戦前の最後の輸入鉄で作られた攻城兵器、矢はもちろん、銃弾の貫通は望めなかった。

 その隊列がこの城壁に向かい、ゆっくりと迫っていた。

 城壁の上の兵士たちは、果敢に攻撃をかける。しかし、矢は木に突き刺ささるだけ、銃弾も貫通した様子はない。

 全くもって攻撃の効果は、見えなかった。もう少し近づいていれば、銃弾も貫通するかもしれない。だが、敵を近寄らせることは、城壁に敵を取り付かせることを意味する。

 それだけは、避けなくてはならない。

「総員、射撃をやめ! 白兵戦の容易だ! 銃兵部隊は着剣! 弓兵隊はさがり、歩兵隊前へ!」

 目の前に迫ってくる長細い板の列を見て、ラスナは素早くそう命令していた。

「隊長! 敵の弓兵部隊です!」

 ラスナの耳に届く声、城壁に迫る隊列の後方に、弓兵部隊がぴったりと距離を保って接近してきていている。

 目の前の光景にラスナは考え込んでいた。

 このままでは、城壁に敵を取り付かせてしまう。いくら城壁とはいえ、臨時で作った簡素なもの、高さもさほどない。傾斜になっていて城壁側の方が高いとはいえ、弓兵の接近を許せば、その矢は城壁の上の兵士にとどまらず、村内にまで被害を与えるかもしれない。

 弓兵の接近も避けなければならい。

 ラスナはふとひらめいて、城壁の内側に向かって叫んでいた。

「村にあるグイは何羽だ!?」

 その声を聞いた兵士が大声で答える。

「指揮官用のものを合わせて三十七羽です!」

 その答えを聞いたラスナは、傍らにいた若い青年親衛隊員の肩に手を置いていた。

「ここの指揮はシュトルヴァー、お前が執れ! 私は騎兵隊を編成し、城壁からでる」

「じ、自分が、でありますか!?」

 シュトルヴァーという青年は、目を点にしてラスナを見つめる。

「大丈夫だ。ここまで、敵の接近は許させん」

 ラスナは笑顔で彼に言うと、すぐに城壁から梯子を伝って降りていた。

「グイ三十羽をここにつれて来い! 騎兵の経験のある者も集めろ!」

 ラスナの命令に、村の中が慌ただしく動いていた。たちまち村の厩舎から、グイが城壁前に集められていく。そして、ラスナ自身は親衛隊に配られる、真っ黒に黒光りする甲冑を身にまとい、騎兵槍を手に持っていた。

 ラスナ同様の格好に身をまとった親衛隊員が、彼の前に続々と集結していく。

「これより、敵に突撃攻撃をかける。けして、自殺行為ではないことを、肝に命じておけ」

 ラスナは目の前に集まった屈強な男たちに、力強く、そして簡単に説明をしていく。山道が狭く、谷になっていることや、あの長細い木の盾が、この山道ではどうあがいても二つ並べるのが限界なこと。そして、さらにその後方に弓兵隊が迫っていることだ。

「我々の目標はあくまで弓兵! 他に構うな。それと、俺の言ったことを確実にこなせ!」

 ラスナはそう締めくくると、グイに向かって駆け出していた。各員がグイに騎乗していき、二列の隊列が組まれていた。

「敵はまだとりついていないな!」

 城壁上にいるシュトルヴァーに、ラスナが確認をとる。

「まだであります!」

 シュトルヴァーは手を振って、ラスナに答えていた。それに、再び笑みをかえすと、ラスナはすぐに、近くにいた兵士に命令する。

「歩兵隊100を私が出て行ったあとに、敵にぶつけろ! 城壁守備隊は、そのまま待機だ」

 その声に応呼して村の中の親衛隊員が、雄たけびを上げていた。



 カートは火炎弾の攻撃と城壁からの攻撃に、万全の対策をもって挑んでいた。炎の攻撃にはおおまかな着弾点が分かったので、部隊を移動させる。そして、城壁からの攻撃にはL字型の盾をもって、対処しようとしていた。

 どちらも攻撃をするうえで、デメリットはある。盾を持たせることで、城壁に取り付かせる兵員の数が制限される。その上、移動時間がかかる。

 部隊の移動で作戦の遂行に多少の遅れが出ることだ。だが、それもこちらが城壁に取り付いてしまえば、関係のなくなることだ。

 城壁は人の身長二人分程度の大きさだ。普通の攻城とはちがって、下に付けば槍でも攻撃が届く。城壁に取り付いてしまえば、後方への攻撃が手薄になり、一気に部隊をなだれ込ませることが可能になるのだ。

 だが、敵もそれを熟知している。

 だからこそ、果敢に攻撃して、城壁への接近を拒んでいた。

「城壁からの攻撃がやんだ?」

 カートは盾を持たせた部隊を三つ、波状に向かわせていた。合計60名の歩兵隊である。盾は全部で六つあり、万全を準備しての攻撃だ。だが、部隊が近づいて攻撃が通じないのを確認すると、敵は城壁から攻撃をやめていた。

「カート隊長! 敵は城壁の上に近接武器を持った兵士を配置しています!」

 その報告を聞いたカートは双眼鏡で、城壁の上を見ていた。黒ずくめの兵士たちが槍をもち、銃には銃剣を着剣している。

「弾が尽きたのか? いや、それはないか。であれば、接近攻撃でしのぐつもりか?」

 独り言を呟いているカート、その間にも盾を持った部隊は城壁に着実に近づいていた。

 だが、それでも、この不可解な行動に、カートは不安感をあおられていた。

「何かがある」

「まさか。気のせいですよ。弾がなくなったんでしょう」

 嵐の前の静けさとは言うが、この状況がぴったりに感じられる。独り言に答える兵士の言葉を、カートは嫌々ながらも肯定していた。

「たしかにな。それに、下につけば、こっちのもんだ」

 カートはそう呟いていた。だが、次の瞬間、彼の嫌な予感が的中していたことが、証明される。

「じょ、城門があきます!」

「なんだと!?」

 一人の兵士が叫び、城門を指差していた。木で作られた城門が、確かに開き始めていたのだ。そして、開け放たれた扉から、なんと騎兵が飛び出してきていた。

「ば、ばかな。この状況で、攻撃をかけるのか!? 血迷っている!」

 カートは常識破りの攻撃に、思わず叫んでいた。

 城壁を守るのに、門を開けて逆に突撃をかける。そんなことは、城壁を利用した防衛の常識を、全く無視している。

 だが、目の前で起きていることは現実だ。

 騎兵隊は城門を勢いよく飛び出していくと、一直線に盾を持っている攻撃隊に向かっていた。攻撃隊も異変に気づいていた。しかし、どうすることもできない。

 そう、横一直線にくっついている盾では、両端の兵士しか攻撃には対応できない。だが、その盾は騎兵の攻撃を阻むのには、充分な効果をえる。はずだった。

 先頭の騎兵がグイを果敢に操り、盾に迫っていく。

 そして、次の瞬間にはグイが、盾を踏みつけて、乗り越えていたのだ。

 目を疑う光景に、カートは一度その手で目を擦って前を見る。だが、起きた現実は覆しようがない。確かに盾の上に騎兵が一騎、乗っている。

 二足歩行の鳥だからこそできる荒業だ。

 グイの体重と、盾自身の重さを抑えきれずに歩兵たちは盾を手放していた。たちまち、歩兵たちの姿が露になる。

 慌てふためく歩兵に、騎兵達は槍を突き立てていく。だが、隊列は崩さず、そのまま直進していく。そのため、被害は歩兵十人のうち、三人ほどですんでいた。

 木と鉄を組み合わせて臨時で作った盾は重く、一度全員が手を放してしまうと、もう一度持ち直すのに時間がかかる。

 だからこそ、カートはここで使ったのだ。敵が出てくる恐れのない、この戦場で使った。だが、彼は敵の常識破りなこの戦いに、開いた口がふさがらなかった。

「ば、馬鹿な! なぜでてくるんだ!」

 最初におこなった行為に味を占めたのか、先頭の騎兵は次々と同じように攻撃部隊の盾を剥いでいく。そして、露になった歩兵に後続の騎兵が槍を突き立てる。

 だが、それでも、騎兵達は隊列を崩さず、前進をやめなかった。それどころか、更に奥へと足を進めていた。その進路を見て、すぐにカートは敵の目的を知った。

「攻撃隊の後続の弓隊をさげろ!」

 カートは一心不乱に叫んでいた。だが、とき既におそし、攻撃隊を突破した騎兵が、弓兵に牙を向いていた。

 次々と弓兵隊になだれ込む騎兵達、混乱をきたして散り散りになる弓兵達、こうなってしまっては、どうにも手はつけられない。

「だが、まだ、手はある。攻撃隊を呼び戻せ! 騎兵隊を挟むんだ!」

 カートはそう叫んでいた。だが、それを遮るように、補佐官が言う。

「無理です! 攻撃隊は敵歩兵隊と交戦を開始、すでに全滅しかけています!」

 その言葉にカートは再び双眼鏡を覗いて、攻撃隊のいたところを見ていた。報告どおり、次々と真っ黒なコートを羽織った兵士たちが、攻撃隊を次々と討ち取っていた。

「万策尽きた……?」

 カートは肩を落として、地面を見つめていた。

「撤退し、態勢の立て直しを具申します」

 補佐官がそう言って、カートの指示を待っていた。

「そう、だな」

 元気のない返事をするカートは、戦場に背を向けて歩き出していた。



「ラスナ隊長! 敵が! 敵が引き返していきます!」

 弓兵部隊を蹂躙していた騎兵隊の一員が、指をさして叫んでいた。周りにいた敵兵士で、生きている者はすでに、敵の本隊へと逃げ帰っている。

「やった。やったぞ!」

 歓喜する兵士たち、それにラスナも釣られて笑みを浮かべていた。

 これで、当分敵はこない。

「総員、帰還だ。負傷者、武器の回収を優先的に行う!」

 ラスナは撤退していく部隊を見ながら、部下たちに命令していた。ここで勝利を収めたことは大きい。それでも、けして、ラスナは心の底から喜べなかった。

 この勝利が一時的なものであることが、彼にはわかっていた。

 今回の戦闘で敵部隊の損害は軽微なもの、それにも関わらす部隊の士気が下がったのを見て早急に撤退していく。

 引き際を見極めているが故に、相手はかなり手強いことがラスナには手に取るようにわかるのだ。

「次に敵が来ても、また追い返せるようにしなくては……」

「あんな腑抜けのユストニア兵なんぞ、何度来たって一緒ですよ!」

 ラスナの独り言を聞いた兵士が、そう言って彼に微笑んでいた。心の底からの歓喜、それを彼らは味わっているのだ。

 勝利の余韻に浸るくらいは、許してやろう。

 ラスナはそう思い、一人、城壁に向かってグイを走らせた。

 その道中、自分の蹴倒した盾を見た。その盾で身を守っていた兵士たちは、いまや一人残らず骸となって、道に横たわっているのを見て溜息をついていた。

 軍学校時代、ラスナは騎乗術大会で何度となく優勝している。それゆえ、王国の軍隊のみならず、親衛隊にも一目置かれていた。その騎乗術の技術の高さは、現役の騎兵達をもうならせるほどだった。

 騎乗といっても、グイには複数の競技がある。平地を早く走らせる競技や、持久力を競う競技、障害物競技や、急な傾斜をいかに早く登らせるかといものである。その全ての競技で、ラスナは優勝を収めているのだ。

 グイの能力というものもあるが、やはりそれでも、全競技制覇はなかなかなしえることではない。

 その卓越した騎乗術がこの戦場で生かせるとは、ラスナ自身思っても見なかった。

 盾を転がせたのは、盾の上に飛び乗って、降りる際に盾の角をグイの足蹴りで押すことで盾を無理に剥がしたからだ。グイと人が一心同体となっていなければできない。

 悲惨な目にあった敵を尻目に、ラスナは城門を潜って村へと入っていく。

 そんな彼のもとに、一人の親衛隊員が駆け寄ってきていた。

「ラスナ隊長! 大変です!」

 その表情は明らかに焦りを募らせている。

「どうした?」

「中央道の陣地がすでに、最終防衛ラインにまで下がっています。大砲も一つは破壊されており、負傷者も多数出ている模様で、もってあと三日です」

 その報告からラスナは、中央道がすでに敵の手にあることを悟った。陣地を守備しているのは、総数1800名からなる陸軍歩兵隊だ。

 それに対するユストニア軍は、総数二万以上と見られている。おおよそ十一倍の敵を相手に、中央道で死闘を繰り広げているのだ。

 だが、それでも、敵が攻撃を仕掛けてきて、すでに四日がたとうとしているのだ。中央道の味方は、希望を捨てずによくこらえている。

 とはいえ、孤立無援のポルターナを守ることが、本当にできるのか。ラスナ自身、不安になっていた。

 なにより中央道が抜かれたら、この村は本当に陸の孤島となるだろう。

 ポルターナ平原を後ろに、現在この山道を守っている。しかし、中央道が抜かれ、ポルターナ平原に敵が雪崩れ込んできた時、ラスナたちの逃げ道はなくなるのだ。

「ポルターナに捕虜を送り届けてこい。ついでに、補給物資もたんまりと貰ってこい!」

 ラスナはそういって、伝令に命令を下していた。

 死闘はまだ始まったばかりなのだ。



 作戦司令部からの伝令が到着したのは、猛吹雪がやんでからのことだった。バスニア砦では、その伝令からの指令を聞いて、臨時で作戦が立てられていた。

 作戦が立案されて、決定するのに一日はかかっていた。

 次の日の朝、曇り空の下でバスニア砦の中庭にフォリオン連隊が集まっていた。整列し、フォリオンの言葉に耳を傾ける兵士たち、彼の横には大隊の各重要将校が整列している。

「今回、諸君らに集まってもらったのは、他でもない。我々の任務の変更を告げるためだ」

 フォリオンは台に上って、整列した兵士たちに叫んでいた。それを傾聴する兵士たち、あたりは静寂に包まれていた。

「デルマシア高原にて、我が第六近衛師団、第七近衛師団、レルジアント軍団の各師団、旅団が集結し、敵主力部隊と、最後の戦いに挑もうとしている。この戦いの真意はポルターナの防衛にある」

 昨日来た伝令は、事細かにフォリオンの連隊に対して、作戦指令書を手渡していた。

 ポルターナの無事の確認、それがフォリオン連隊に課せられた任務だった。だが、ポルターナにいく道は、いまだに敵勢力圏下である。

「だが、そのポルターナの無事はいまだに、どこの部隊もはっきりと確認はしていない。そこで、諸君! 総司令部より命令が下された」

 フォリオンはそう高らかに叫ぶと、兵士たちを見回して続けた。

「ポルターナの無事を確認すること。これが任務となったのだ。だが、ポルターナに通じる道を通るには、いまだ敵勢力圏内にあるデルマシア高原を通らなければならない。そのため、我々は、ポルターナにデルマシアルートを通らず、直接山越えをしていく」

 一日かけて議論した結果の最良な選択、それが山越え案だった。

 デルマシアの高原には、おおよそ十万のユストニア軍が集結している。ポルターナに続く道は、完全にユストニア側にある。

 だが、このバスニア砦からならば、ポルターナへは山越えをすれば、直に出られるのだ。

 そもそも、フォリオン連隊がこの任務を命じられたのは、デルマシア高原での最終決戦に、部隊の配置が間に合わないと判断されたからだ。

 それゆえ、ポルターナの無事を確認するように、命じられたのだ。

「諸君らには、きつい任務かもしれんが、ポルターナの同胞は、我々をまっているのだ。諸君! ポルターナ奪還のために、私に命を預けてくれ!」

 演説を終えたフォリオンに、一斉に歓声をあげる兵士たち、静まり返っていた中庭が一気に騒がしくなっていた。

「ポルターナに自由を!」「ポルターナのために!」など、それぞれの兵士が歓声を上げる。異常なまでに熱気を帯びていた。リオデ大隊、ホフマン大隊、ともに関係なく、一丸となった瞬間でもあった。

 その日の夕方には、連隊は砦を出発していた。また、吹雪くかもしれない。そんな懸念を吹き飛ばすように、その日の夕方は晴れ渡っていた。

 アリナを先頭に、リオデ、ベルシア、ティオ、ホフマン、フォリオンと、高級な将校たちが続いていた。その後ろに、連隊の兵士たち約五千人が続いていた。

 バスニア砦内でも、ポルターナ救出に向かいたいと、志願してくる兵士が大勢いた。そのため、砦の守備兵三百を残し、残りの四百名が義勇部隊として、加わっていた。

 もちろん、その部隊の指揮権はフォリオンにある。

 そんな一個連隊は最初の夜を迎えようとしていた。

 デルマシア高原に続くルートにはいかず、ポルターナに真っ直ぐ向かう。そのルートはけして生易しいものではない。

 バスニア砦からポルターナに向かうには、本来デルマシア高原を通らなければならない。だが、そのルートはユストニア軍の勢力圏である。実質通り抜けることなど、不可能だ。

 そのため、砦から東南に向けてまっすぐ、進路をとらねばならない。その道の途中までは高原地帯が続いているが、それ以降は、過酷な山越えが待っている。

 ポルターナを囲う山岳を越えて、直接、ポルターナに向かうというのだ。

 険しい山肌に山道はなく、あるのは傾斜の岩肌と、それにかぶさった雪の斜面だ。雪崩の危険もあり、山に入るにはそれ相応の準備がいる。

 予定では、砦を出て三日後にポルターナにつくことになっている。

「あの、入ってもいいですか?」

 リオデはその日のことを、テント内で日誌にしてまとめていた。そこに、少女の声がかかり、その筆をとめていた。

「いちいち許可を求めなくていいよ」

 リオデはそう言って、アリナのいるテント入り口に向いていた。指揮官用テントとは違い、行軍に持っていく簡素なテントである。それゆえ、大きさも他の一般の兵士のものと大して変わりはない。

 唯一違うというのは、指揮官ということで、テントを一人で使用できる程度である。本来なら、大の男の兵士が四から五人が、所狭しと体を寄せ合って寝るのが、恒例の光景である。

「で、でも、隊長さんだし」

 アリナは戸惑いながら答えていた。リオデは笑みを浮かべ、やさしく彼女に答える。

「アリナは軍人じゃないから、気にしなくていい。それに、ここはアリナのテントでもあるんだ。何も遠慮なんかすることない」

 ガイドのアリナは女性である。男の兵士たちと寝るわけにも行かない。いくあてのないアリナが、女性であるリオデのテントに行くのは必然といえた。

「明日も早いからな。ゆっくり休むんだよ」

 山越え手前の休息、高原の中で連隊は休息をとっていた。明日からは傾斜の急な丘陵を登って、ポルターナに向かわなければならない。

 その分、やはり、体の負担は取り除いておかなければならない。

「はい。リオデさんは、いいんですか?」

 アリナはテントの入り口を閉めると、彼女の傍らに座って聞く。

「私もそろそろ寝ようとおもってる」

 リオデはそう言ってバッグに、日誌を大切にしまいこんでいた。そして、寝袋に入り込んでいた。グイの羽毛を詰めているこの寝袋は、保温性に優れていて外気との断熱効果もある。

 この寝袋は、寒冷な国土の王国軍にとって、最大の武器でもあった。一度入れば、温もりを逃がすことなく、熱がこもりすぎることもない。

 平原を追われて高原地帯に逃げたグイが、この高原で生き残るために進化してきた。この寝袋は、その恩恵を受けて誕生したのだ。

 横でアリナも寝袋に入り込み、リオデの方へと向いていた。顔を互いに見合わせるように、二人は寝転がっていた。

「あの、リオデさん」

「なに?」

「リオデさんは、なんのために戦ってるんですか?」

 アリナの突然の問いに、リオデは少し黙り込む。

「私が、なんのために戦ってるか、か」

 一人呟いて再び考え込む。そして、アリナの目を見つめて、答えていた。

「アリナたちのため、みんなのため、仲間のため。と言うのもある。だけど、一番は身近な人を守るため、だろうな」

 リオデはそう言って、アリナの真剣な眼差しを受け止める。アリナは彼女の言っていることが、嘘でないことがわかった。

「アリナは、なぜこの作戦にまでガイドを名乗り出たんだ?」

 リオデもまたアリナに質問していた。連隊に合流した砦の部隊は、地元の地形に精通している。その分、ガイドとして、アリナの同行は必要ではなくなっていたのだ。

 だが、彼女は砦を出るときに、あえて行軍に同行することを選んでいた。

「私は、私の中の答えを見つけるため、ここに来ました。ベルシアさんや他の兵隊さんを見ていて、彼らが復讐だけで剣を振るっていないということが、分かったから」

 リオデのいない間に、アリナの心境が大きく変化していた。少し見ない間に、随分と大人びた少女を、リオデはまっすぐ見つめていた。

「私は、まだ、自分の中で答えを見つけられてません」

 少女はそう言って、黙り込んでリオデから目をそらしていた。家族を奪われた苦しみ、それと向き合って生きることが、どれだけ辛いことか。

 リオデには分かろうとしても、それだけは分からない。それは実際に奪われて、初めて分かることだ。

「この世の中、答えは一つじゃない」

 リオデはそう言って、アリナを見つめる。真摯で何でも受け入れるような、優しい目にアリナは目を潤めていた。

「そこに人がいれば、その人の数だけ、違う答えがある。だからといって、その答えを急いで見つける必要はない。ゆっくり、時間をかけて、見つければいい」

 頬を伝って流れ落ちるアリナの涙、リオデは寝袋からでる。そして、アリナのすぐ横まで来て、座り込む。

 黙ってそのまま、その手でアリナの頬を伝う涙をぬぐいとる。そのまま、リオデは横になってアリナの背中をさすっていた。

「お前が寝付くまで、そばにいる」

 アリナはリオデの手の温もりを感じた。リオデの姿が今はなき、母親の姿と重なる。抑えきれなかった涙が、アリナの目から次々と溢れ出てくる。

「泣かないって、決めたのに。なんで、なんで、涙が出るのかな」

 アリナはそう言って、自分の手で頬をぬぐう。目をこすり、涙を拭い取る。だが、それでも涙はとまらない。

「泣きたいなら、泣きなさい」

 リオデはそう言って、体を起こしていた。それに、アリナは寝袋から飛び出て、リオデの胸に飛び込んでいた。そして、声を上げて泣いていた。

 リオデはやさしく頭を撫でる。それに、あの村での出来事が重なって、リオデの目からも自然と涙が流れ落ちていた。

 だが、アリナにそれを悟られるわけにはいかない。リオデは片手で涙をぬぐうと、そのままアリナを優しく慰め続けていた。



 朝早くから親衛隊員が荷車を押しながら、村内に入ってくる。食料に弾薬に、矢、医療物資、少量の補充兵が、この村の中に足を踏み入れる。

 それを見ながら、補給を終えた兵士が、ラスナに報告する。

「ラスナ隊長、これで補給は最後です。援軍も来ません」

 その報告に、ラスナは小さくため息をついていた。

 その言葉は中央道側の防衛ラインが突破されたことを意味していた。あの報告からまだ、二日と経っていない。

「総員、撤退してくる陸軍の歩兵隊の収容を準備、高原側の防備も固める」

 ラスナはそう言って、各守備隊員に命令を下していた。

 中央道からは、ポルターナに撤退するより、この村に撤退してきたほうが、距離が短い。

 逃げてくる陸軍の歩兵たちは、今後の守備にも活用できる。そのため、できるだけ、多くの撤退してくる生き残りの兵士を、収容しなければならない。

 そこまで考えて、大目に補給を要求していた。

 意図を理解したポルターナの本隊は、それに答えて惜しみなく物資をラスナのもとに送った。敵のポルターナの攻略部隊が、ポルターナにのみ集中できない状況を作り上げる。

 それが、ラスナに課せられた重要な、最終任務の一つである。

「ラスナ隊長、陸軍の歩兵隊です! 結構な数です!」

 高原側の城壁守備に付いていた若い親衛隊員が、叫んでいた。

 その声にラスナも、高原側の城壁に上っていた。敗走してくる陸軍歩兵隊、兵科は一見して混在しているのが分かる。騎兵隊に、装甲兵、銃兵、砲兵、歩兵。だが、その総数は見た限り、二百名ほどだ。

「少ないな……」

 ラスナはそう呟いて、中央道の激戦を感じ取っていた。

 収容した兵士たちは、どの兵士も負傷していた。戦いには支障をきたさないものの、士気そのものも低く、憔悴しきっていた。

 撤退してきた兵科のなかで、最も帰還率が低かったのは銃兵だった。どの兵士も負けると分かっている戦いに果敢に挑み、多くの命を散らしていった。

 その中でも、銃兵たちは特に勇敢に戦ったという。

 重装甲兵の数が足りなくなり、穴が開けば、着剣した銃を持ってその穴を塞ぎに向かう。鎧を身に付けていないにもかかわらず、先頭に立って死を恐れずに戦った。

 そして、最後まで仲間を見捨てなかった。

 負傷した兵士を後方まで連れ帰った。そして、最後の砦で動けない負傷兵たちを見捨てることはできないと、撤退の時間稼ぎをするために、多くの銃兵が残ったという。

 その最後の勇姿を見つつ、涙を呑んで撤退してきた陸軍兵士の気持ちは、推し量れない。

 なんと言葉をかけていいのか分からず、ラスナは黙り込んでいた。ここで自分がご苦労と言葉をかけていいものなのか。

 続々と村内に入ってくる陸軍兵士を、複雑な心境でラスナは見つめていた。

「ラスナ隊長! 陸軍の代表が挨拶を求めてきています」

 一人の親衛隊員がそう言って、ラスナを読んでいた。彼はそれに応じるために、村の作戦室とも言うべき、教会に来ていた。

 目の前には陸軍の士官が一人、地図を広げた机を前に立っている。

「ラスナ・ファン・エイベルヒ親衛隊大尉です」

 ラスナはその将校に名乗る。その将校は無精ひげの生えた顔で、ラスナに向き直っていた。

「ここの責任者か。私は王国陸軍、特別守備隊、臨時部隊長のエルディガー・マンハルト少尉。ここに逃げてきた者の中で、階級が最も高い兵士だ」

 ラスナはどう声を掛けていいのか分からず、悲しそうな目を向ける。

「そう、神妙な顔つきをする必要はない。我々は、任務を全うした。そして、また、ここでポルターナを守るために戦えるのだ」

 エルディガーはそう言って、笑みを浮かべていた。その笑みが自嘲であることが、ラスナにはすぐに分かった。

 もし、自分が同じ立場だったら、同じことを言っているだろう。

 何があったのか。それは、本人たちしか知らない。だが、大方、ラスナにも想像がついていた。おそらくは仲間に背中を押されて、ここにきたのだと。

 ラスナにはエルディガーがここに来ていることを、後悔しているようにも見えた。

「その、お察し申し上げます」

「ラスナ君、そのことはいい。それよりも、今後の戦いについて君の意見を聞きたい」

 エルディガーはそう言って、机の上の地図を指さしていた。

「はい。我々、親衛守備隊はここを死守するつもりでいます。そのために、村の両入り口に城壁を設け、それを基点に守備をしています」

「そんなことは見ればわかる。君の考えを聞かせてくれと、私は言っているのだ」

 エルディガーの声が聖堂内に響き渡り、ラスナは再び口を開いていた。

「できるだけ、長くここを防衛しなければならない。そのために、城壁に敵を取り付かせないことを徹底してきました」

 そう言って、ラスナはエルディガーを見つめる。

「だが、高原が敵の手に渡ってかからでは、その戦術には限界がある」

 エルディガーは鋭い視線を向けて、ラスナを見つめていた。

「承知しております。だからこそ、油の補給を優先的に行いました」

「取り付いた敵を、油で焼き払おうと?」

 エルディガーの問いに、ラスナは頷いて見せていた。

 暫くの沈黙の後、エルディガーはラスナに向き直って言う。

「それはやめておけ。大砲が来たときに、城壁が火薬庫になりかねん」

 エルディガーの言うことは、最もなことだった。もしも、大砲に城壁を破られたとき、油を満載した城壁は火の海になる可能性がある。

 それを指摘されて、ラスナは嘆息していた。

「戦場ではなにが起こるか。それはわからない。だから、最悪の事態を常に想定して動かねばならない。親衛隊に入った者は、そこら辺の意識が甘い」

 エルディガーはそう言って、次に自分の防衛案をラスナに提案していた。

「まずは、この城壁内の守備隊形からかえろ。臨機応変に対応するための配置としてはいいが、万が一、敵が侵入してきたときに対応が遅れる」

 そう言って、部隊配置の変更を命じてきていた。

 彼の提案した防衛案は、城壁に敵を取り付かせないものではなく、取り付き城壁を突破したことを前提としたものであった。

 城壁上部の銃兵は全て地上におろし、城壁の内側に塹壕を掘って、そこに銃兵を配置する。城壁の上には弓兵と、一般歩兵を配置しておく。もし、城壁を破られても、内側の銃兵が一斉に射撃をして対応する。

 その後、予備兵力を使って、城壁を奪還するというものだった。

 だが、ラスナは疑問に思った。城壁を破られるまで、疲弊しきったのでは、奪還は愚か、防衛に専守せねばならない状況ではないのかと。

「お言葉ですが、奪還はできないと思われます。城壁を破られたとき、それはそこに回す兵士がいないことを意味します。確かに、破られたあとの戦術としてはいいかもしれませんが、兵がなくては、この作戦はなりたちません」

 そこを指摘され、エルディガーは喉をうならせていた。ラスナの言うことは、しごく真っ当なことなのだ。

「ですが、その塹壕案には賛成します」

 そう言ってラスナは、エルディガーを見つめていた。再び議論を重ねあう二人は、自分の意見を出し合っていた。そして、最終的に案件がまとまったのは、夕日が沈むころあいであった。

 最終案の部隊配置の移動は、城壁の死守に専念できるものとし、城壁上にも銃兵は配置する。また、城壁の内側に塹壕を掘って、そこに武器弾薬、油を保管しておく。

 必要とあらば、すぐに城壁に届けるというものだ。万に一つ、城壁を破られても、塹壕を拠点に戦うことができる。

 また、その塹壕は作戦司令室の教会を守るように、二重に展開していくことだ。

 その日の夜には、全兵力を持って、防衛陣地の再構築の作業にかかっていた。

 それと同時に、ポルターナ高原には続々とユストニア軍が入り、ポルターナの都市を包囲していった。

 そこで新たなに事実が判明する。このポルターナの攻略に当たっている部隊が、おそらく総数では三万近いことが、分かったのだ。

 ポルターナ高原側には、二万七千の敵兵士たち、それまで多大な被害を与えてきたはずなのに、まだ、それだけの兵力が高原になだれ込んできたのだ。

 それに加えて、撤退したユストニア軍が、いつ、山道側から来るか分からない。

 村の守備隊総数600の陸軍兵士と親衛隊員は、気を引き締めて戦いに備えて、陣地の再構築に取り掛かるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ