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戦場の鎮魂歌  作者: 猿道 忠之進
第三章 内通者
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第三章 内通者 Ⅲ


「内通者、というよりは、我が軍の軍服を着たユストニア軍の兵士か」


 リオデは足を組んで椅子に座り、両手を後ろに縛られた王国歩兵を見下ろしていた。


「誰が尋問に来るかと思えば、ただの女か」


 その縛られた兵士はリオデを睨みつけていた。

 ティオに噂を流させるまでもなく、この村にはいいエサが飛び込んできていた。そう、例の参謀の拘留といううまい話が、転がり込んできていたのだ。


 リオデは内通者を探し出すために、フォリオンに頼んで参謀の拘留場所を一般兵士と一緒にするように頼んでいた。その上で拘留所を部下に監視させていたのだ。

 参謀クラスの捕虜を一般兵士の捕虜と一緒にすることで、脱走をさせるための口実を作ったのだ。

 あとは捕虜を脱走させるであろう、標的を待つだけである。


 くるかどうかは、運しだい。そんなリオデのその策に、拘束された兵士はまんまとはまっていた。そう、リオデの予想通りの展開となったのだ。

 目の前の敵兵士は、二人の捕虜を脱走させた。その脱走した二人の捕虜には、銃を持たせた騎兵を向かわせて対応している。


「にしても、遅いな」


 リオデはいらだたしげに、逃がした捕虜二人の捕縛の報告を待っていた。


「逃げたのさ。あんたは甘いからな」


 兵士はリオデを見ながら、嘲笑するように言っていた。


「それよりも、だ。貴様には聞きたいことが山ほどある」


「なにを聞いたところで、俺は喋らんぞ」


 鋭い視線で捕虜を睨みつけるリオデ、それに捕虜は動じることもなく、まっすぐと彼女を見据えていた。それが、女であるからか、年齢が若いからか、はたまたその両方からくる余裕なのかは、判然としない。


 ただ、彼女を見下していることだけは、明らかだった。


「そうか。まあいい。私で聞き出せなければ、このあとくる尋問部隊がお前の口から聞きだしてくれるだろうからな」


「ふん。あんたはその尋問部隊にも、信用されていないんじゃないか?」


 リオデの置かれている状況を見破っていたのか、捕虜はそう言って笑みを浮かべていた。横にいたティオが、それを聞いて額に血管を浮かべて捕虜の胸倉を掴みあげる。


「貴様! 少しは身をわきまえろ!」


 拳を上げようとするティオ、その挙げられた腕を掴んでリオデが制止する。


「やめろ。少し頭を冷やせ」


 震える拳から、リオデにティオの気持ちがひしひしと伝わってきていた。この目の前の男のせいで、大勢の負傷者や軍医が命をおとしたのだ。ティオが手を出したくなるのも、無理はない。


「しかし、隊長」


「ティオ、ここは私にまかせてくれないか?」


 リオデの真摯な視線に、ティオは肩を落として従うことしかできなかった。彼女の後ろに下がるティオを見て、捕虜は一層表情を愉快そうにする。


「はん。王国軍は、女の尻にしかれる腑抜けしかいないのか」


 明らかにグイディシュ王国軍を侮辱する言葉、だが、両手を縛られた捕虜が言う言葉では、負け犬の遠吠えでしかない。


「改めて聞く。お前は、我が軍の情報を、最前線で流していたんだな?」


「さあ? なんのことやら」


 リオデの問いに答えるどころか、顔を背けて人を小ばかにするような態度を取る。


「尋問部隊、貴様も聞いたことくらいはあるだろ?」


「ああん?」


 リオデは捕虜の態度に、話をそらしていた。尋問部隊、拘束した捕虜から重要な情報を聞き出すことが仕事である。だが、軍の内外からも評判は悪い。

 というのも、彼らは情報を得るためなら、手段をいとわないのだ。

 両手両足の爪を剥ぐ程度のことは、序の口である。口の堅い捕虜でも、尋問部隊の尋問を受ければ、三日と経たずに情報を吐くといわれている。


「私は今、お前に選ぶ権利を与える。今私に全てを喋るか。尋問部隊の拷問を受けて、身も心も壊された上で情報を吐くか。だ」


 真剣に目を見つめるリオデに、捕虜は再び嘲笑する。


「そんなコケ脅し、お前みたいな女が言った所で、なんら説得力ねえ」


「そうか。なら、しかたない。お前がいつまでもそんな態度なら、私も考えを変えるとしよう」


 リオデが横に控えるティオに視線を向ける。


「ティオ、その男に縄をつけて、立たせろ」


 リオデの言葉にティオは従い、縛られた男に縄をかけていた。


「な、何をしようって言うんだ?」


「いいから、黙って付いてこい」


 リオデはそう言うと、ティオに男を連れてくるように言っていた。

 彼女はテントから出ると、ある場所にまっ先に向かう。

 村の中でも一際大きな建物、教会である。


 そこには今回の戦闘で負傷した負傷兵が、多く横たわっている。

 タリボンへの負傷者移送は、未だに完了しておらず、苦しんでいる兵士達が移送を待ち続ける異様な状態となっている。


 そんな場所に、急にリオデが現れたので、どっと教会内は騒がしくなっていた。

 その様子を後ろから見ていたユストニア兵は、呆気に取られていた。

 腕や足を亡くした兵士が、彼女を見るだけで涙を流しながら歓迎しているのだ。

 リオデが横たわっている力ない兵士に、そっと声をかけ、その兵士は涙を流して労いの言葉に感謝の意を述べる。


 そうして、数刻が過ぎ去っていき、リオデは教会から出る。そして、その教会の外で、再びユストニア兵に尋問を開始していた。


「け、俺にこんなもの見せて、どういうつもりだ?」


「あの兵士たち、その殆どが今回の戦闘で傷ついた者達だ」


「戦争だ。人が傷ついて死ぬのは当たり前だ」


 リオデはそう言われても、毅然とした態度で返していた。


「だが、な。あの兵士たちの殆どは、お前が流した情報で傷ついた人間ばかりだ」


 かまをかけるようにして、そう言うとユストア兵はふんと鼻を鳴らす。


「何を言ってるんだ? 俺は情報なんて流してない」


 その言葉を聞いた瞬間に、リオデは微笑を浮かべていた。


「そうか。お前はスパイじゃないか」


「ああ? 何のことだ?」


「お前は今言っただろう? 情報を流していない。と」


 その言葉を聞いた瞬間に、ユストニア兵はバツが悪そうに眉根を少しだけひそめる。

 普通にしていれば判らない、僅かな変化をリオデは見逃さなかった。

 この状態では、どう答えても、自分が本当の間者でないことがバレるのだ。

 だからこそ、ユストニア兵ははぐらかすように言う。


「ああ、だから何だって言うんだ?」


「内通者はお前以外に居るっていうことが、お前が今証明しただろう」


 リオデの言葉にユストニア兵は、沈黙していた。だが、すぐに口を開く。


「なんだ。そんなこと、俺が知るわけないだろう」


「貴様が知らないわけないだろう」


「知らんものはしらんのだから、仕方ないだろ」


 リオデの詰問に対して、ユストニア兵はあくまでしらをきるつもりでいる。

 それが判らないほど、彼女も間抜けではない。


「あくまで嘘を突き通すか、仕方ない」


 リオデは溜息をついて、ティオに目を向けていた。

 彼はそれを合図と受け取って、腰の短刀を彼女に渡していた。手渡された短刀を抜くと、リオデは真剣な表情のままで捕虜を見つめる。


「お前が喋らないとなると、少々手荒な真似をしなくてはならない」


 捕虜は目つきを変えて、リオデを見据える。


「なんのつもりだ?」


 無言のままリオデは、捕虜に対して近寄っていく。そして、捕虜を押し倒してそのまま首に短刀の刃を突きつけていた。


「拷問は私の趣味じゃない」


 捕虜はそれでも無理やりに笑みを浮かべる。


「俺を殺そうってのか。俺が死ねば、情報は得られなくなるぜ」


 相変わらずリオデを嘲笑する捕虜、だが、リオデも引けを取らない険しい目つきで睨みつける。


「そうか、やっぱり知っているんだな」


 リオデはそう言うと、捕虜にまっすぐに視線を向ける。

 自分の命おしさに、捕虜は誤ったことを口にしていることに気づいた。

 自分を殺すと情報を得られなくなる。と、そう、暗に自分以外に間者が居ることを、喋ってしまっていたのだ。


「さて、質問の続きだ。内通者は誰で、どこにいる?」


「さ、さあてな? 知らないな」


「そうか、なら、お前は用済みだな」


 リオデはそう言うと、短刀の刃を捕虜の首に食い込こませていた。皮膚を切り裂き、徐々に血がにじみ出てくる。

 捕虜は彼女の目を見て、急に表情を強張らせる。彼女は本気なのだということを、その刃から、その目から感じ取ったのだ。


「さ、喋ってくれ。私の部下を殺した人間を匿う輩をこのまま生かしておくほど、生易しくはなれないのでね」


 不気味なまでに無表情なリオデに、捕虜は息もできなかった。彼女から感じる殺意が、肌を通してぴりぴりと伝わってくる。


「わ、わかった。話す」


 血の滲んでいた首筋から、リオデがすっと短刀を引き離す。それに捕虜は肩で息をして、安堵していた。自分が生きていることが、奇跡のように激しく息をしていた。


「所属と任務内容を言え」


「第一陽動遊撃隊、ミエート中尉だ。任務は敵の内情の偵察だ」


 ミエートはそう言ったあと、彼女を見つめながら続ける。


「だが、一つ言っておく。あの奇襲は、捕虜からの情報だ。俺は流していない。潜入したのは、ちょうどここに補充兵が来るのと、同時期だ」


 捕虜の言葉にリオデは疑問を抱いた。こうも都合よく、敵が部隊に潜入できるものだろうか。ましてや、兵の補充に関して、この捕虜は知っていたのだ。ますます疑いを深めるしかなかった。


「お前、補充兵のことはどうやって知った?」


「さあな。それは俺の関与するところじゃないから、知らん」


 リオデは捕虜の男を見据えていた。どうも、他にも隠していることがありそうである。ミエートはそれでも、まっすぐと彼女を見つめ返す。


「そうか。あと、他に確認しておきたいことがある」


 リオデを見据えたまま、捕虜の男は眉をひそめる。


「あの参謀は偽者だな?」


 一瞬だけ左に目を背けたミエートは、すぐにリオデに向き直る。


「まさか、正真正銘の、参謀殿さ」


 眉一つ動かさずに、彼はリオデに答えていた。だが、それでリオデはこの男が嘘をついていることを、確信した。

 目の前の男が潜入した時期と、参謀が捕まった時期は見事に被っている。そして、何より、参謀が前線に出て行って捕まること自体が、おかしいことなのだ。

 ユストニア軍の参謀が前線の視察に訪れるという情報が、タリボンの予備隊に入ってきた。その情報の真偽を確認することもせず、予備隊は動いてまんまと参謀を捕まえた。


 リオデが確認した情報では、そういうものだった。

 話ができすぎていて、逆に怪しいのだ。

 そこで、リオデは男が何かを知っているのではないかと、カマを駆けてみた。

 引っかからなかったように思えた。が、男が嘘をついているのを見破るのに、リオデにとっては充分な反応だった。


「嘘は、よくないな。参謀殿を呼んで、直接聞いてみるとするかな」


 リオデはミエートに目を向ける。彼もまっすぐと見据えていた。


「どうせ、何も喋らないさ」


 リオデはそれに、笑みを浮かべてミエートを見つめる。


「なぜ、わかるんだ?」


「さあ、な?」


 ミエートは明らかに顔をそらしていた。まるで、参謀が最初から何も喋らないことを、知っているかのように勝ち誇っている。


「ティオ、参謀を連れてこい。改めて、テントで尋問する」


 再びテントにてミエートを連れていき、ティオはその場を離れていった。テントの中には、リオデとミエートだけだ。

 暫く沈黙が場を支配していたが、再びリオデが口を開いていた。


「さっきも聞いたが、どこで補充兵のことを知った?」


「そんなことまで、俺が知るものか。俺は行ってこいと言われたから、ここに来た」


 それを聞いたリオデは、ミエートを問い詰める。


「目的は?」


「だから、ただの情報収集だって言ってるだろ」


「他に協力者は?」


「さあな。俺以外にいないんじゃないの?」


 そう言って再び黙りこけるミエート、それにリオデは嘆息していた。


「連れてきました!」


 ティオの声がテントないに響いてくる。彼の傍らには、老兵である参謀が俯いて、立ち尽くしていた。覇気もなく、経験は豊かそうだが、それでも兵隊という感じはしない。

 リオデの横までその参謀を、ティオは連れてくる。そして、椅子に座らせていた。

 目は死んだように輝きをなくし、リオデを見てもなんら反応を示さない。それが、彼女の不信感を余計にあおっていた。


 今までであれば、リオデを見た敵兵は、彼女を見て驚きの表情をしていきた。だが、参謀はまるで彼女に興味なしだ。どこを見つめているのかも、わからない。


「貴官の所属は?」


 リオデはその参謀に質問していた。だが、彼は沈黙したまま俯く。その暗い表情が彼女の方へと向くことはない。


「もう一度聞く。貴官の所属と氏名を、言ってください」


 何も答えようとしない参謀に、リオデは苛立たしげに靴踏みをしていた。その後も参謀を色々と問いつめる。が、帰ってくるのは沈黙ばかりである。

 やつれた老人の参謀は、リオデの問いに対して何一つ答えようとはしなかった。ただ、なにを聞かれても黙秘を貫いていた。それが、余計にリオデの懐疑心を、くすぐった。


 この老人は参謀ではないのではないか?

 そんな疑問さえ持ってしまうほど、元気も風格もないのだ。


「だから、いっただろ。その参謀は喋らんと。口が堅いことで、有名だからな」


 捕虜は明らかに勝ち誇った笑みを浮かべて、リオデたちを見ていた。それでも、やはり彼女は負に落ちない部分があることを感じていた。


「もう一度きこう。お前以外に、侵入した奴はいるのか?」


 リオデは鋭い視線を、ミエートに向けた。彼女は腰のサーベルに手を当てて、今にも飛び掛りそうな剣幕で男を見る。

 ミエートはそれに唾を一度だけ飲み込むと、再び口をあけていた。


「しらねえな」


 その一言でリオデは、ミエートを追求するのをやめていた。そして、今度は執拗に参謀に対して質問をしていた。


「あなたの所属と、部下、なんでもいい。喋ってはくれませんか?」


 だが、リオデの問いかけに対して、参謀は一向に喋ろうとしない。

 普通ならば、何かしら言葉を発してもいいはずなのだが、その参謀は何かに怯えているのか、頑なに口を閉ざしていた。

 そして、その表情はなぜか恐怖に歪んでいた。


「だから、言っただろう。その参謀は喋らないって」


「なんで、そう言い切れる?」


「さあな? それよりもこの縄を解いてくれ、きつく縛られすぎて体中が痛い」


「いい加減、正直に言え。今ならまだ間に合うぞ?」


 参謀を連れてきてからも、ミエートの態度は変わらなかった。首筋の怪我は軽く、なんら、尋問に支障をきたさない。

 あのような脅しにも屈さずに、ここまで口を割らなかったことは、尊敬にあたいする。

 だが、一向に口を割らない以上は、体にきくしかない。


 極力、リオデとしても取りたくない手段である。


 喋る一歩手前まで追い詰めるのだが、いざ追い詰めるとミエートはとぼける。

 惚けるということは、ようはその事を話したくないという表れであり、また、ユストニア側からすれば、話してはならないことであるのだ。


 だが、結局、このようなやり取りをしていても、埒があかない。

 リオデは彼の胸ぐらを掴んで立たせると、今度は地面に叩きつけるように突き倒す。


「なにしようってんだ?」


「さっきも言っただろ。今なら間に合うと。もう一度だけ聞く。仲間はいるのか?」


「さあな」


 目を背けるミエートに、リオデは彼の上に馬乗りになる。そして、腰から素早くサーベルを抜いていた。そして、リオデは彼の太ももにサーベルを、躊躇なく突き立てていた。瞬時にテント内に響く男の悲鳴、それに参謀とティオは釘付けとなっていた。


「な、なにしやがるんだあ!?」


「喋れ!」


 胸倉を掴み、リオデは男の上半身を起き上がらせる。男はそれでも、口を噤んでいた。

 その態度を見て、リオデは素早くサーベルを右太ももから抜く。そして、今度は反対側の太ももにサーベルを突き立てていた。

 再び戦慄の悲鳴が、テント内に響き渡っていた。


「だれが、喋るもんか! こおおのくそあまあああ!」


 意地で男は叫びながら、リオデを怒鳴りつけていた。彼女は突き立てたサーベルの柄を、握ったまま手首をひねる。それによって、太ももの傷口が開いていく。

 断末魔の叫びが、その場の全員の耳を支配していた。


「言ったはずだ。あれが最後だと。次はこのサーベル、貴様の首に立てる」


 再びサーベルを抜き取ると、今度は両手でサーベルを握り、刃の切っ先を首に当てる。


「わ、わかった。まて、待ってくれ! 話す! 話すから!」


 勢いに任せて、リオデは大きくサーベルを振り上げる。そして、サーベルを突き立てていた。

 テント内が静寂で支配される。

 ミエートは目を見開いたまま、ゆっくりと震える目で、首の横に突き刺さるサーベルを見ていた。サーベルは彼の首を貫かず、首の横の地面を突き刺していた。


「仲間はいるのか?」


 リオデは無表情のまま、ミエートを問い詰める。それに、彼は震える口で答えていた。


「い、いない。お、俺、一人だけだ」


 おびえた目でミエートは、リオデを見つめていた。彼女がなぜこの軍内部で、ここまで這い上がってこられたのか。彼はその片鱗を見た気がしたのだ。


「本当の目的はなんだ?」


 リオデは再び、ミエートに対して質問をしていた。


「カート・アルバーツェリンの脱走の手助けと、情報の収集だ」


「他に協力者は?」


 リオデの質問に、ミエートは再び沈黙しようとする。彼女は握ったままのサーベルを、素早く彼の首のほうへと押し倒す。ミエートの首にひんやりとした鉄が、当たっていた。冷や汗をかいたミエートは、再び喋りだしていた。


「この村に駐留している男だ。名前はフィルド・ゲルゼン。全部そいつの情報だ。元ユストニア国籍で、王国に帰化した男だ。捕虜って言うのもうそだ。あいつが、あいつが、情報を全部、ユストニアに流してるんだ。お願いだ。助けてくれ!」


 必死で懇願するミエートに、リオデは容赦なく言葉を浴びせかける。


「聞きたいことはまだある。あの参謀は本物か?」


「ち、違う。そこらの村の老人を適当に連れてきただけだ!」


 痛みとリオデの真剣な表情に、ミエートは恐怖していた。また、いつサーベルを突き刺すか。それさえ、わからない。

 表情を変えないで、なんでもやってのける彼女に、心底震えていたのだ。この女はやる時は、本当にやる女だ。そう確信していた。


「よし、よく正直に喋ってくれたな。協力、感謝する」


 そう言うとリオデは、テント前で待機している守衛を呼んでいた。

 彼女の声に呼ばれた守衛二人が、テント内に入ってくる。そして、ミエートの両腕の紐を解いて、彼の腕をとって担ぎ起こしていた。ミエートは息を取り乱しながら、感情のない目でリオデを見ていた。


「すまないが、そいつはちゃんと手当てをしてやってくれ」


 守衛の兵士にリオデはそういうと、守衛は苦笑して返事をしていた。


「はは、お安い御用です。にしても、尋問部隊は、こんな荒々しいことしませんよ」


 守衛はリオデが暴力で聞き出したのを見て、笑みを浮かべて言っていた。彼らは尋問部隊なら、もっとじわじわと時間をかけていたぶる。と、遠まわしに言っているのだ。


「すまないな。私も少しやりすぎたと思うよ」


 リオデは守衛の冗談に、苦笑を浮かべて答えていた。

 彼女を見た守衛は、ミエートを外へと連れ出していく。リオデは血の付いたサーベルを見る。銀色の刃についた血を、机の上に置いていた布で拭い取る。そして、サーベルを再び鞘に戻していた。


「隊長、こんなことをしては、尋問部隊に文句言われますよ」


 ティオが呆れながら、リオデに顔を向けていた。


「尋問部隊で、あの男が苦しまないなら、私はそれでもいい」


 リオデの言葉に、ティオはさらに唖然としていた。

 あの時、冷静さを失っていたかのように見えた。だが、リオデは実は尋問部隊の尋問から、捕虜を逃がしていた。


 大怪我をしてしまっていては、いくら尋問部隊といえ、下手に手出しができなくなる。

 なにより、リオデたちと違って、捕虜から情報を聞きだせもしない間に、殺してしまうことは、彼らにとって最大の屈辱である。だから、できるだけ、捕虜は拷問にも耐えられるように、五体満足のまま尋問をするのが鉄則となっている。

 だが、リオデが捕虜の男に重傷を負わせてしまった今、尋問部隊はお役ごめんとなる。


「呆れましたよ。まさか、今後の捕虜のことも考えていたなんて」


 ティオはそう言って顔面を、片手で覆っていた。それを一瞥したあと、リオデは老人に向き直る。


「今まで、気づいて差し上げられず、申し訳ありませんでした」


 リオデはやさしく老人に話しかけていた。まるで、先ほど見せた顔とは、全く別人のような、柔和な笑みだ。そして、彼の手にかかる縄を解いていた。

 老人はリオデを見て、急に目に涙をためていた。そして、口をわななかせながら言う。


「た、助けて、くれませんか」


 今まで黙秘を続けてきた老人が、安全とわかった瞬間に喋りだしていた。その状況にリオデとティオは顔を見合わせていた。


「私の、孫を、娘を、家族を助けてください!」


 そう言って懇願する参謀は、跪いていた。


「人質、ですか?」


 跪いたままの老人の背中に、リオデは手を当てる。老人は顔をゆがめると、叫ぶように言っていた。


「そうなんだ。ユストニア軍に家族を人質にとられて、仕方なく奴らの指示に従っただけなんだ! 何も言うな。ただし、何か一言でも喋ったら、家族は皆殺しにされる! お願いだ。家族を助け出してくれ!」


 予想が付いていたとはいえ、そんな事実を口にする老人に、リオデは言葉を失っていた。

 捕まってから誰とも口を利かず、彼はずっと黙秘を続けてきた。なにより、リオデは彼にもとから軍人らしさが、かけらも見えなかったのが、気になっていた。


 だが、この理由なら納得がいく。

 軍人らしさが見えないのも、農夫であるなら当たり前のことだ。何より家族の命がかかっていれば、喋らないのも納得がいく。


「分かりました。とりあえず、このことは司令部に連絡させてもらいます。だから、ご安心ください」


 リオデは嗚咽を漏らす老人の背中を、優しくさすっていた。

 憤りを感じずにはいられない事実。それにリオデは、胸の奥でつかえる思いを感じずにはいられなかった。

 今の今まで耐えてきた老人の気持ち、それがまた、リオデたち軍人とは違った境遇で戦場に容赦なく巻き込まれる。


 卑劣で下劣な戦術を駆使してでも、ユストニアはこの地を奪おうとしている。リオデはそれを再確認して、ティオに向き直っていた。


「ティオ、すぐにあの男が言ったフィルドォを調べ上げて、捕まえろ」


「了解です!」


 凛としたリオデの声に、ティオは威勢良く返事を返していた。


「た、隊長! 向かわせた騎兵二人が、殺されました」


 テント内に駆け込んできていた兵士が、そう叫んでいた。ティオとリオデは、その兵士に向かって聞いていた。


「捕虜は!?」


「一人は死亡を確認! もう一人のカートと思われる方は、逃亡中です。おそらく、にげきられたかと」


 兵士はそう言ったきり黙りこんでいた。完璧でないにしろ、二人の追跡には騎兵がついていた。その騎兵を返り討ちにし、逃げおおせたのだ。


「信じられんな……」


 リオデは知らずのうちに、呟いていた。

 捕虜に逃げられることで、もしかすると、自分の立場が窮地に追いやられるかもしれない。そんな不安を胸のどこかに、彼女は感じていた。


「大丈夫ですよ。隊長のこのことで、内通者も判明しましたし、全部、帳消しになるはずです!」


 ティオは彼女の不安そうな表情を見て、そう言葉をかけていた。

 もともと、この内通者探しが、一番の目的だ。捕虜が逃げたからといって、彼女は見事に内通者を突き止めた。

 今後の作戦行動の不安を取り除いた、功労者でもあるのだ。


「だと、いいがな」


 ティオに元気のない返事をして、リオデは俯いていた。

 逃がしてしまったことには変わりはない。その責任は全て、自分にある。ここで自分の目的が絶たれようと、それも仕方がないことだ。

 リオデは一人、覚悟を決めてテントから出て行っていた。




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